2008年12月12345678910111213141516171819202122232425262728293031

ワイエスの寄贈作品

2008年12月10日

 今回の「アンドリュー・ワイエス 創造への道程(みち)」展に出品されている愛知県美術館所蔵作品は、2006年にアンドリュー・ワイエス夫妻から直接愛知県美術館に寄贈を受けた作品です。

thmnl_dsc00609a.jpg

↑左側が愛知県美術館所蔵の《氷塊I》(1968年) 「アンドリュー・ワイエス―創造への道程」(Bunkamura ザ・ミュージアムの展示風景)

 ワイエス夫妻からの寄贈作品を所蔵している美術館は数多くあるわけではありません。愛知県美術館が寄贈の話をいただいた時、ワイエス・プライヴェート・コレクションの学芸員であり、マネージャーのメアリー・ランダ氏は、「これまでワイエス夫妻が美術館に寄贈したことはなかった!」と述べていました。愛知県美術館へ寄贈を頂いたと同時期にフィラデルフィア美術館にも複数の素描類が寄贈されましたが、それは同年に大規模な回顧展を開いたからだと推測できます。
 では、愛知県美術館へはどうして寄贈されたのでしょうか?愛知県美術館では1995年に大規模なワイエス展を開きました。その頃はバブル景気のなごりで、数多くのワイエスの作品が日本にありました。今から思うと信じられないくらいの質をもった、つまり代表作として数えられるような作品が、それも数多くあったのです。その展覧会後、愛知県美術館はいくつかの所蔵先から寄託を受けました。その数およそ40点。その中には1976年、メトロポリタン美術館で開催された「アンドリュー・ワイエスふたつの世界」展の中心を成したコレクションも含まれていました。また、そうした寄託品を預かるとともに個人所蔵家の作品をアメリカで開催されたワイエスの展覧会に借用する交渉の手伝いをしたりして、ワイエス家との良好な関係を保って来ました。
 そして寄贈を受けた2006年にもアメリカで開かれた「アンドリュー・ワイエス メモリー・アンド・マジック」展への日本からの借用にも力を貸したのでした。今から思えばそうした長年にわたる作品保護や協力関係に対するお礼だったのではないかと考えられます。
 作家やその遺族、あるいは所蔵家との関係は展覧会の時の一度きりの関係ではありません。美術館活動は派手な企画展に目が行きやすいのですが、表舞台には出にくい地道な活動がやがて花開くことのあることをこの作品の寄贈が示しています。
 ただ、あれほどたくさんあったワイエスの寄託品はそのほとんどが現在はアメリカへ売られて戻って行ってしまいました。うーん残念!

(ST)