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 愛知県美術館では以前から、小・中・高校の先生方を対象にした鑑賞に関するプログラムを行っています。展覧会ごとに先生を対象に展覧会の案内をするとともに、先生方の中から美術鑑賞の実践をされた様子を発表してもらって、他の先生方への参考にしてもらおうという催しです。
 今年度最後の鑑賞学習交流会は2月26日に開催し、大変たくさんの先生方に集まっていただきました。年度の最後の交流会では、通常の展覧会解説と先生からの実践発表のほかに学校図書館に展覧会図録のバックナンバーを寄贈することもおこなっていて、図書費の減少の中で1冊でも美術の寄贈本があることは有り難いという声をいただいています。

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 今回はカンディンスキーと青騎士展の解説のほかに愛知県陶磁資料館からの利用案内もおこない、そのうえで交流会の中心である、鑑賞教育の実践発表=今回は「鑑賞から表現へ、そして鑑賞へ」と題して、半田市立花園小学校の伊藤増代先生の発表=がおこなわれました。

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 交流会後には「鑑賞学習ワーキンググループ」という自主的な研究会サークルの勉強会もおこなっています。こちらのほうは、より実践的な意見の出し合いや美術館と協働して美術館での子ども向けのプログラムをおこなったりしています。それぞれの先生はボランティアとして美術館の教育活動を支えていただいています。

 

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また、一方今回の交流会後には知多の図工美術の先生方を中心にした「知多図同好会」の研修会として展示室での鑑賞実践もおこないました。先生方でとてもにぎわった土曜日となりました。
鑑賞学習交流会は必ずしも図工美術の専門の先生だけを対象にしているわけではなく、鑑賞学習に興味のある教師や教員養成課程の大学生なら参加できますので、気軽に覗いてみてください。 

(S.T.)

友の会特別鑑賞会

2011年02月26日

 

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 みなさんは、愛知県美術館の友の会をご存知でしょうか?多くの美術館が友の会組織を持っていますが、愛知県美術館の友の会は、愛知県美術館が運営しているのではなく、美術館とは独立した団体として、美術館と協力しながら鑑賞会や講演会を開いたり、美術館をサポートする活動をしたり、会報を発行したり、他の美術館への見学会など様々な活動をしています。
 それらの活動のなかでも重要なのがそれぞれの企画展ごとに開かれる特別鑑賞会です。企画展が始まると最初の木曜日には、午前中に一回と午後一回開かれることになっています。
特に午後の鑑賞会では、夕刻、講堂で展覧会の担当学芸員からスライドなどを使った簡単なレクチャーを聴き、一般のお客さんが帰られた閉館後に展示室に移動して学芸員と一緒に鑑賞します。展示室では担当学芸員はもちろん他の学芸員も参加して作品を前に会話しながらの鑑賞です。どうも敷居が高く見られがちな美術館ですが、フレンドリーでアットホームな雰囲気の中で鑑賞できます。

 

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今回の特別鑑賞会では、カンディンスキーの《印象III(コンサート)》という代表作=1911年の1月2日にシェーンベルクの楽曲が演奏されたコンサートを聞いたカンディンスキーが翌日その「印象」を絵画化したということで有名=の前で、まさにそのコンサートで演奏された曲を学芸員がCDを用意し、参加者のみなさんはそれを聴きながら、鑑賞するというサプライズもありました。

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作品の下の壁際に特別鑑賞会のために用意されたスピーカーが置かれています。
一般来場者では経験できないことに、みなさん満足されていました。
友の会はいつでも入会できます。特典もいろいろあります。是非入会を検討してみてください。 

(S.T.)

 

  

 

愛知県美術館はこの秋、「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」を開催します(今年11月11日 - 来年1月22日)。それまでの間、当ブログにてポロックゆかりの地をご紹介する「ポロックの足跡を訪ねて」という記事を連載していきます。第1回目となる今回は、ポロックの生地を訪ねます。

 

 

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▲ ポロック巡礼の聖地コディの街の入口の看板(2004年撮影)。乾いた荒野に、澄んだ青い空と白い雲。どことなくマグリットの世界のようですね。

 

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▲ コディの街並(2004年撮影)。いかにもアメリカ的な田舎町です。

 


ジャクソン・ポロックは1912年、アメリカ西部のワイオミング州コディに生まれました。コディは西部開拓史における伝説的人物ウィリアム・フレデリック・コディ(通称バッファロー・ビル)が建設した街で、彼の名をとって「コディ」と名付けられました。西部開拓史の英雄バッファロー・ビルが建設した街に、現代アートの開拓者ジャクソン・ポロックが生まれたのは、なんとも奇妙な縁です。いや、時代を背負う人物には、得てして何かしらそういったことがあるものなのでしょうね。

 

 

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▲ ポロックが生まれたワトキンズ牧場のあったあたり(2006年撮影)。

 

ポロックはコディの外れにあるワトキンズ牧場で、5人兄弟の末っ子として生まれました。ワトキンズ牧場はすでに無くなっていますが、現在も牧草地のままで、セージ・クリークという小川が近くに流れるのどかな一帯です。


コディにはポロックの親友だったハリー・ジャクソン(1924年 - )という芸術家が住んでいて、このハリーさんはポロックとコディの関係について次のように言っています。「ポロックはコディというこの新しい街に生まれたことを疑いなく大切に思っていました。ポロックは一歳に満たなかったですが、これらのものすごい草の広がりは、彼の比類なく敏感な潜在意識の最も深いレベルに消えることなく焼き付きました。……彼は、広大な平原が周囲に広がるバッファロー・ビルのコディに生まれたことをいかに誇りに思っているか、しばしば語っていました」(ハリー・ジャクソン、インタヴュアー/訳=大島徹也 「1948年から1950年のポロック」 『芸術/批評』 3号 [2007年]、15頁)。

 

 

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▲ コディの街の象徴、ハート山(2006年撮影)。

 

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▲ 曇りの日のハート山(2004年撮影)。《西へ》のような、アメリカの地方の情景を描いたポロックの初期の陰鬱な絵画世界に通じるものがあります。
ジャクソン・ポロック 《西へ》 1934-35年頃  スミソニアン・アメリカ美術館蔵(画像=http://americanart.si.edu/collections/search/artwork/?id=19820
ポロックの初期の代表作で、「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」に出品予定です!

 


コディの街の中心には、ランドマーク的な老舗ホテル「アーマ・ホテル」があります。

 

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▲ アーマ・ホテル(2006年撮影)。

 

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▲ アーマ・ホテルのレストラン(2004年撮影)。


アーマ・ホテルはバッファロー・ビルが立てたホテルで、ポロックの父親も一時そこで働いていたことがありました。ホテル内のレストランやバーはほとんど西部劇の世界で、カウボーイ姿の人たちが普通に食事をしたり酒を飲んだりしています。

 


アメリカが世界に誇る偉大な芸術家の生誕の地ということで、コディはポロックで町興しでもしているのかと思いきや、少なくとも私がその地を訪れた2004年時と2006年時には、そのような気配はまったくありませんでした。また、ホテルの人や観光案内所の人たちに「ポロックの生地を知っていますか」と尋ねると、「知らない」という答えがほとんどでした。そして、「ポロックはここコディの生まれなんですよ」と教えると、みな驚くという次第でした。2009年にマティスの生地、フランスのル・カトー=カンブレジを訪れた時には、街のあちこちにマティスに関する建物や看板、マティスにあやかったショップや商品を目にしたのですが、コディでのポロックの存在の薄さは意外でした。世間一般ではどうしてもポロック=ニューヨークのイメージが圧倒的に強いのでしょうね。

 

 

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▲ コディのマクドナルド(2004年撮影)

 

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▲ コディのマクドナルド店内の壁面(2004年撮影)。

 


それでも何かポロックにちなんだ現在の物がコディにないかと探してみたら、一つ見つけました。マクドナルドの店内の壁紙(そして壁に掛かっている絵自体の背景)が、見事にポロック風でした!

 

コディにはまだまだ興味深いポロック関連スポットがありますので、今日のところはここまでとして、次回の「ポロックの足跡を訪ねて」は、「生地コディ(後編)」をお送りしたいと思います。

 

 

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愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」は、今年11月11日スタートです(来年1月22日まで)。どうぞお楽しみに! 

(T.O.)

 

現在愛知県美術館で開催中の展覧会「カンディンスキーと青騎士」の記念講演会を2月19日に開催しました。

 

カンディンスキーに関する論文や訳書等の多数の業績がおありで、日本における主要なカンディンスキー研究者のお一人である東京国立近代美術館の松本透副館長にぜひ講演をとお願いし、本講演が実現することとなりました。

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↑会場は早くからお越し頂いたお客さんで満員!

 

講演の題目は「〈青騎士〉の今日性」。

カンディンスキーをリーダーにして集まった前衛的な芸術家グループである青騎士は、展覧会を開いたり、『青騎士』年鑑を出版したりしました。
(『青騎士』年鑑の詳しい内容については、『AAC』67号の記事「アートライブラリーにあった『青騎士』年鑑」をご覧下さい!)

 

今でこそ、若い芸術家たちがグループ展を開いたり、雑誌の編集を行ったりすることは珍しいことではありません。
それでも、当時は自主的な芸術家グループは多くはありませんでしたから、青騎士は現在では当然のように目にするそのような芸術家グループの、先駆的な存在だったのです。

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↑スライドを交えて講演される松本氏。

 

また『青騎士』年鑑には、当時最先端のモダンアートだけでなく、民衆版画や児童画、さらには日本の絵画など、古今東西の作品の図版が掲載されました。
つまり外面的なフォルムではなく、その内的な何かが共通していれば取り上げるというカンディンスキーの姿勢を、松本氏は紹介されていました。
そのようなカンディンスキーの考え方は、現在の私たちにも強く訴えかけるものを持っているものと思います。

 

松本氏の語り口は優しいながらも、カンディンスキーや青騎士に関する高い専門性に裏打ちされた熱のこもったもので、「もっといろいろとお話を聞きたい!」と思った方も多いでしょう!

 

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↑本展の目玉作品の一つである、カンディンスキー《印象III(コンサート)》についても詳しくお話ししていただきました!


このようにして講演会は終了してしまいましたが、カンディンスキー展は4月17日まで開催しています。

 

講演会を聞き逃してしまった・・・という方も、学芸員によるギャラリートークなど、関連事業がこれからも続きます!
ぜひそちらにご参加いただいて、カンディンスキー展をどうぞじっくりとお楽しみください。
 (S.S.)


※写真中の作品はレンバッハハウス美術館蔵
Städtische Galerie im Lenbachhaus und Kunstbau München
 


愛知県美術館がこの秋開催する「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(今年11月11日-来年1月22日)の見どころをご紹介します!

 

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▲ ジャクソン・ポロック 《ナンバー7, 1950》 1950年
油彩・エナメル塗料・アルミニウム塗料、キャンバス 58.5 x 268.6 cm ニューヨーク近代美術館
Gift of Mrs. Sylvia Slifka in honor of William Rubin.719.1993
© 2011. Digital image, The Museum of Modern Art, New York / Scala, Florence

 

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▲ ジャクソン・ポロック 《ナンバー11, 1949》 1949年
エナメル塗料・アルミニウム塗料、キャンバス 114.3 x 120 cm インディアナ大学美術館
© Indiana University Art Museum / Jane and Roger Wolcott Memorial, Gift of Thomas T. Solley


日本でポロックの実作品が初めて紹介されたのは、今からちょうど60年前、1951年の第3回読売アンデパンダン展においてでした。それはその3年後に具体美術協会を創設することになる吉原治良や、同協会のスター作家となる白髪一雄に注目すべき影響を及ぼしますが、その時にやってきたのが上の2作品です。

 

1点目の《ナンバー7, 1950》はポロックの絶頂期の作品にして横が約3mという大きさで、ポロック絵画のアクション的要素も存分に発揮された秀作です。現在の所蔵者はあのニューヨーク近代美術館(通称MoMA)! ポロック展をやるならモダンアートの殿堂MoMAの協力を何としても取り付けねばと思っていましたが、MoMAもこの作品が日本の美術界にとってどれほど重要かをきちんと理解してくださり、無事に拝借OKとなりました! 2月7日に当ブログでご紹介したポロック展開催予告ポスターでも、さっそく図版に使わせてもらっています。

 

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2点目の《ナンバー11, 1949》は、1951年の第3回読売アンデパンダン展時には、1点目の《ナンバー7, 1950》以上に注目された作品です。

 

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▲ 1951年第3回読売アンデパンダン展出品目録。

 

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▲ 『みづゑ』547号(1951年4月、第3回読売アンデパンダン展特集号)

 

同展の出品目録に図版が掲載されたのみならず、『みづゑ』の同展特集号の表紙を飾っています。この作品は現在、インディアナ大学美術館所蔵。2009年の12月、私は古本屋で見つけた『みづゑ』同号の現物を携えてインディアナ大学美術館に出品交渉に行ってきました。先方は自分のところのポロック作品が1951年に日本のメジャーな美術雑誌の表紙になっていたことを御存じなかったので、その号を資料用にと差し上げたところ、大変に喜んでいらっしゃいました。だからというわけではないでしょうが、インディアナ大学美術館もMoMA同様、日本美術界にとってのそのポロック作品の重要性をすぐに理解し、快く出品を承諾してくださいました。

 

こうして今回のポロック展では、日本のポロック受容において記念碑的な意味を持つこれら2作品が再び揃ってやってくることになりました。愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」、どうぞご期待ください! (T.O.)

4月17日(日)まで愛知県美術館で開催する「カンディンスキーと青騎士」展が、本日オープンしました!

 

抽象絵画の偉大な創始者の一人であるカンディンスキーと、彼をリーダーとして20世紀の美術史に大きな足跡を残した「青騎士」グループの活動をご紹介する展覧会です。

 

カンディンスキーが芸術家としてアートシーンに登場することになるミュンヘンの状況を伝える序章に始まり、

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第1章では、カンディンスキーがヨーロッパ各地を旅行しながら、印象派風のスケッチやメルヘンチックなスタイルで風景や人物を描いた頃の作品を展示し、
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第2章では、青騎士のメンバーとなる人物たちと交流しながら、徐々に抽象的になってゆく作品が並び、

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そして第3章ではいよいよ「青騎士」が誕生し、カンディンスキーが《印象III(コンサート)》や《コンポジションVII》などの重要作を次々と生み出すにいたる様子をご紹介します。

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↑左に写っているのがカンディンスキーの重要作である《印象III(コンサート)》。
手前の展示ケースの中には『青騎士』年鑑の初版本も展示してあります!

 


カンディンスキーの展覧会は国内でもこれまで何度か開催されてきましたが、彼と青騎士の作家の作品をまとめてご紹介する展覧会は、国内でも初めてのことです!


19日には記念講演会が開催されますので、ぜひご参加下さい。


またその他にも愛知県美術館のある愛知芸術文化センター内では、本展覧会に関連して、カンディンスキーやシェーンベルクの映像上映会など、関連事業も開かれます。
そちらもどうぞご参加下さい!


(S.S.)
 

さて、大西康明さんが作品制作を始めてすでに2週間。後半戦です。展示室の入り口まで作品がせり出してくるようになりました。もうゴールも間近です!

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 しかしここで問題が!ある部分のポリエチレンシートがうまく吊れずに落ちてきてしまうのです。どうやらシートを吊っている接着剤が弱まっている様子。天井が高い分、接着剤で吊る部分がいつもより長くなるためか。接着剤を細く繊細に垂らしてきたためか。空中に浮かばなくては作品が作品になりません。
 これまで垂らした接着剤を剥がして再スタートです。浮き上がらない部分のシートに着いた接着剤を根気強く一つ一つ剥がします。そして、綺麗になったらこれまで以上に丁寧に上から垂らしていきます。さあ、うまく浮いてほしい・・・。

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  何とか無事に浮きました!良かった。良かった。しかし、非常に脆い作品であることには変わりはありません。まさに生ものの作品です。

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こんなに大スケールになりました。明日、2月14日が開会式、15日から一般公開です。

(F.N.)

 前回は、ポリエチレンシートを土台にかけたところまでご紹介しましたが、いよいよ制作作業のメイン、接着剤を使っての固定作業が始まります。天井からポリエチレンシートの上へ溶かした接着剤を垂らして、シートを土台の形に固めつつ吊っていくのです。


 
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このように高い足場を組んで、その上から接着剤を垂らしていきます。


 
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アップで見るとこんな感じ。上からの重力が感じられます。

 

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接着剤でシートを空中に固めたら、下にあった土台を抜いていきます。そうすると、展示室にふわっと軽やかな山形の鋳型ができるというわけです。
淡々とした作業ですが、確実に展示室の中の空気が変わっていっています。もっと詳しく知りたい方は、2月15日夜に長者町で開かれるアーティストトークや、2月27日午後に愛知県美術館で行われるギャラリートークで、直接、大西さんに聞いてみてくださいね!

(F.N.)

 26日より展示作業の始まった大西康明「体積の裏側」展。その制作過程をここではご紹介していきます。


 さて大西さんは最初に、展示室6にこんな山のような立体を出現させようか、と現場の部屋を見ながら考えて・・・。

 

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  その立体を形作るためのポリエチレンシートを準備します。横幅だけで10メートルほどの大きさがあります。

 

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  そして展示ケースや段ボールなどを立体の土台となるように組み立てて、山の形に相応しい高さを出していきます。

 

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 その山に先ほどのポリエチレンシートをかければ、作品の基盤が生まれます。とは言え、まだまだ作品からは遠く・・・。これら土台やシートの形を微妙に調整していきながら、接着剤を使って空中にシートを固めていきます。続きは大西康明「体積の裏側」の裏側(2)で!

 

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(F.N.)

 

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愛知県美術館はこの秋、「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(2011年11月11日-2012年1月22日)を開催します!

このポロック展、実に日本初のポロック回顧展となります。これまでも過去に別のいくつかの美術館でポロック回顧展は計画されてきたようですが、さまざまな事情からいずれも実現には至りませんでした。最大の問題はおそらく、作品が集まらないというものでしょう。2006年にポロックの絵画が1億4000万ドル(1ドル=100円とすれば、なんと140億円!)という最高額を叩き出したのは今でも話題に上る衝撃的な出来事ですが、それは単発のこととしてさて置くにしても、現代作家の中でポロックが最も作品を集めにくい画家の一人であることは間違いありません。そんな困難を乗り越えて、日本美術界待望のポロック回顧展がついにこの秋、愛知県美術館で実現します!

そんなふうに国内の熱い期待を背負ったこのポロック展ですが、さらに、世界からも大きく注目される要素を備えています。本展は「生誕100年」と銘打ってあるとおり、ポロック(1912年アメリカ生まれ。1956年没)の生誕100年を記念して開催するものですが、どうやら本展が世界で唯一の生誕100年記念ポロック回顧展となりそうなのです。本国アメリカにとってはポロックは国宝級の存在ですから、まずアメリカで大々的に行われそうなものですが、私が出品交渉でアメリカ各地、またヨーロッパ各地の美術館や画廊を回ってきた中で、競合企画について耳にしたことは不思議と今日まで一度もないのです。(生誕100年記念回顧展ではないですが、スペインの某美術館が本展のちょっと前の時期に小さなポロック展を計画しているという情報は一つだけ入っていました。しかしこれも、やはり作品が集まらないという事情からでしょうか、延期になったと先日聞きました。)そんなわけで、欧米のアート関係者の間でも Aichi Prefectural Museum of Art の “Jackson Pollock: A Centennial Retrospective”、かなりの話題になっています!

100年に一度の歴史的なイベントとなるこの「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」、どうぞご期待ください! また、当ブログにてポロック展開催までの間、「ポロックの足跡を訪ねて」(仮題)という連載記事を月1回程度のペースでUPしていく予定です。こちらもお楽しみに! 

(T.O.)