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 愛知県美術館がこの秋開催する「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」(今年11月11日 - 来年1月22日)に関連してお届けしているこの「ポロックの足跡を訪ねて」シリーズ、第2回の今回は、「生地コディ(前編)」(2011年2月23日)の続きです。

 

 

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▲ バッファロー・ビル歴史センター (2006年撮影)。

 


 ポロックが生まれたコディ(米国ワイオミング州)は、西部開拓史の伝説的人物ウィリアム・フレデリック・コディ(通称バッファロー・ビル)が建設した街であることは前編でお話ししましたが、コディには、その建設者の名を冠した「バッファロー・ビル歴史センター」という大きな施設があります。これは、バッファロー・ビル博物館、ホイットニー西部美術ギャラリー、平原インディアン博物館、コディ銃器博物館、ドレーパー自然史博物館などから成るアメリカ西部の歴史・文化についての複合ミュージアムです。

 

 

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▲ 第23回平原インディアン博物館パウワウ (2004年撮影)。

 


 コディでは毎年、平原インディアン博物館が主催する「平原インディアン博物館パウワウ」というイベントが行われています。「平原インディアン」(Plains Indians)は、グレート・プレーンズ(ロッキー山脈の東側に広がる大平原)に住んでいたさまざまな種類のアメリカ先住民の総称です。また「パウワウ」(powwow)というのは、踊りや音楽を伴った彼ら先住民の祝祭的集会です。コディのパウワウはとても興味深いので、2004年にコディ調査旅行を計画した際、このパウワウのタイミングに合わせて行くことにしました。2004年の第23回平原インディアン博物館パウワウは6月19日-20日の2日間だったのですが、「18-54才、男子、伝統ダンス」や「13-17才、女子、ファンシー・ショール・ダンス」といったように、平原インディアンの人々による世代別かつ性別かつ種類別の多様なダンス・コンテストが盛大に行われていました。
 ポロックはアメリカ先住民文化に深い影響を受けていて、1944年(32歳)には「私はかねがね、アメリカンインディアン美術の造形的質には非常に感銘を受けてきた」とも明言していますが、平原インディアン博物館での展示やパウワウから、彼の生地コディにも豊かな先住民文化があったことを知ることができました。

 

 

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▲ ハリー・ジャクソン 《スタンピード》 1965年  ホイットニー西部美術ギャラリー   (2006年撮影)

 

 ちなみに、バッファロー・ビル歴史センターの中にあるもう一つのミュージアム、ホイットニー西部美術ギャラリーには、前編で紹介したポロックの親友ハリー・ジャクソンさんがポロックに捧げた《スタンピード》が常設展示されています。この絵の画面右下には、"Dedicated in memory of the painter Jackson Pollock" (「画家ジャクソン・ポロックを偲び、捧ぐ」)と、ハリーさんによる書き込みが入っています。

 


 ところで、世間一般では、コディはポロックの生地としてよりもむしろ、アメリカ最古の国立公園であるイエローストーン国立公園へのゲートタウンとして知られています。コディから80kmほど西に行くと、イエローストーン国立公園に入ります。約9,000平方キロメートル(鹿児島県とほぼ同じ面積)という広大な園内にはさまざまな自然の見どころがあり、とても一日や二日では回りきれません。

 

 

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▲ イエローストーンのシンボル、オールド・フェイスフル・ガイザー (2004年撮影)。50m近くも噴き出す巨大な間欠泉です。

 

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▲ ミネルヴァ・テラス (2006年撮影)。地下から噴き出す温泉に含まれる石灰質が堆積して、白く輝く美しい階段状の構造を成しています。

 

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▲ 路傍で草を食べる野生のバッファロー (2006年撮影)。恐怖を抑えて、思いっきり近寄って撮ってみました!

 


  他の見どころにも寄っていきたい気持ちを断ち切って車を走らせ、イエローストーン国立公園を南に抜けると、そのまま次のグランド・ティトン国立公園に入っていきます。

 

 

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▲ ジャクソン・レイク (2004年撮影)。

 

 

 まもなく右手に大きな湖が見えてきます。それがジャクソン・レイクです。ジャクソン・ポロックの「ジャクソン」という名は、このジャクソン・レイクにちなんで付けられたものです。ポロックのお父さんは若い頃、この美しい湖の辺りで狩りをするのが好きだったそうです。
 もともとポロックの正式な名前は「ポール・ジャクソン・ポロック」(Paul Jackson Pollock)といいました。しかし、ポロックと家族の間の書簡などから確認できる限り、ポロックは少年時代、家族のうちで「ジャック」と呼ばれ、また自らそう呼んでいました。そして18才頃に、「ポール」というファーストネームを捨てています。もしポロックが「ジャクソン・ポロック」でなく、「ポール・ポロック」だったら、名前から受ける印象はずいぶん違いますね。

 

 

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▲ グランド・ティトン山脈とスネーク・リバー (2004年撮影)。

 

 

 ジャクソン・レイク沿いに道を走り、ジャクソン・レイクを過ぎる頃から、文字通り蛇のようにくねったスネーク・リバーという川が右手に見え出します。そうしてスネーク・リバーを横目で見つつ、さらに車を飛ばし続けると、ジャクソンという街に入ります。

 

 

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▲ ワイオミング州ジャクソンの入口の看板 (2004年撮影)。

 

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▲ ジャクソンの中心街にあるカウボーイ・バー (2006年撮影)。

 


 ジャクソン一帯にはスキー場がたくさんあって、ジャクソンはリゾート的な感じもかなりありますが、コディに劣らずウエスタンな街です。そして、ジャクソン・ポロックの「ジャクソン」という名と関係のある街とくれば、その雰囲気はひとしおです。

 


 最後はコディを離れてジャクソンまで話が飛んでしまいましたが、こうして1912年にコディに生まれた一人の赤子が、やがて芸術家を志してニューヨークに出、アートの世界を変える偉業をなしてゆくのでした。

 

 

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 愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」では、そんな20世紀美術のスーパースター、ジャクソン・ポロックの仕事を、初期から晩期まで包括的にご紹介します。日本初のポロック回顧展となる本展、どうぞご期待ください! 

(T.O.)

 

 ウィーンのリンクシュトラーセ(環状道路)に面してウィーン大学が建っています。クリムトは1894年にマッチュとともに、そこの講堂天井画の依頼を受けます。

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△リンクシュトラーセ越しのウィーン大学(右端の方形の屋根のあるところが正面入口、講堂はこの写真の真正面の場所にある)

 クリムトが担当したのは《哲学》《医学》《法学》で、それらは1900年から1903年にかけて分離派展で順次公開され、大論争を引き起こしました。

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《哲学》

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《医学》

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《法学》

 ちなみに《法学》が初出品されたのは1903年の第18回分離派展で、すでに公開済みの《哲学》や《医学》もこの展覧会で同時に出品され、愛知県美術館の《人生は戦いなり(黄金の騎士)》も初めて公開されています。

 最終的にクリムトは1905年に《哲学》《医学》《法学》の3点を買い戻すことになります。しかし、それらは第二次世界大戦中に疎開先の戦災で焼失してしまい、現在ではモノクロの画像しか残されていません。

 ウィーン大学入口の受付でクリムトの天井画を見たいと申し出れば、場所を教えてもらえます。講堂の天井には現在、所定の場所にモノクロの画像がはめ込まれています。マッチュによる周りの絵に比べて、クリムトの作品がいかに前衛的であったか伺い知ることができます。
(H.F.)

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左下《医学》、右下《哲学》 ウィーン大学講堂

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左下《医学》、右下《哲学》、右上《法学》 ウィーン大学講堂

 

募金にご協力下さい

2011年03月18日

このたびの東日本大震災で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。


美術館受付に、募金箱を設置しました。
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 この募金箱で集められたお金は、中日新聞社会事業団を通じて、東日本大震災の被災地に義援金として送られます。


被災地の一日も早い復興を祈念いたしますとともに、ご来館の皆様には募金へのご協力をお願い申し上げます。 

(S.S.)
 

以前、ブログでもご紹介しました「視覚に障がいのある方に向けたプログラム」。すでに愛知県美術館では10年以上続いているプログラムです。今年2月末に開催された模様を今回はお話します。

愛知県美術館のプログラムでは、参加者とガイドボランティアとが作品について語り合う言葉を通じた鑑賞のほか、立体コピー(平面作品の立体複写画像)を用いた鑑賞、そして実際に作品に手で触れて行う鑑賞などがあります。

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↑三沢厚彦のライオン像に触れる参加者。このプログラムでしかできない鑑賞体験です。

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↑クリムト《人生は戦いなり(黄金の騎士)》の立体コピー。輪郭部分が触れると分かります。

具体的な方法については前のブログでお話したので、今回は参加者の反応についてご紹介しましょう。

ピカソ《青い肩かけの女》の前に立たれた鑑賞者のお一人は、ガイドボランティアから「肩にかかっているケープは薄くてヒラヒラしたものではなく、ずっしりとしたもの」と説明をうけたそうです。そして、物寂しさや「森の精につつまれているようなひっそりとした雰囲気」を感じたと話されていました。

また、レームブルックの《立ち上がる青年》を手で触って鑑賞された方は、彫刻の足のくるぶしの向きとひざの皿の向きがねじれていることを発見。普通の人間の足はこのようにはならないそうです。レームブルクはあえて人のフォルムをねじりながら上に伸ばしたのでしょう。ぱっと見ただけでは気づきにくいこれら造形上の工夫が、青年像に独特のリリシズムを与えているのかもしれません。

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↑ヴィルヘルム・レームブルック《立ち上がる青年》 1913年

このようなプログラムを経験すると、私たちが普段何かを見ているつもりで見ていないのかに気づかされます。また、同じものを見ていても、あらためて言葉にすることで全然違う風に見ていることも分かります。こうした捉えがたさにこそ、アートの豊かさがあるのかもしれません。

(F.N.)
 

2月27日(土)に愛知県美術館では、テーマ展「体積の裏側」を開催中の大西康明さんご本人をお招きし、アーティスト・トークを実施しました。最初は展示室前の廊下でトークを行っていたのですが、大西さんの希望もあって最終的には展示室の作品内にて参加された皆様とお話することになりました。

 

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↑作品内で車座になる参加者

 

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↑座って語る大西さん

 

「作品本体でない側」の空間を接着剤で埋めているような感覚で制作を行っていること。大学で伝統的な彫刻を学んでいた時から内と外のはざまに関心があって、素材や手法を変えながらもその表現を追及してきたこと。展示が終わるといつもこれ以上のものは今後出来ない、と感じていること。そのようなことを真剣に語ってくださりました。

中に座って眺めると、作品自体に包まれているような神秘的な感覚がいっそう強まります。お奨めの鑑賞方法です。

(F.N.)
 

 

  

 

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▲ ヴァシリー・カンディンスキー 《印象III(コンサート)》 1911年
77.5 x 100.0 cm オイルテンペラ、カンヴァス レンバッハハウス美術館
Städtische Galerie im Lenbachhaus und Kunstbau München


愛知県美術館で現在開催中の「レンバッハハウス美術館所蔵 カンディンスキーと青騎士」展(4月17日まで)の愛知芸術文化センター内関連企画が始まりました!

愛知県美術館は愛知芸術文化センターという、美術館だけでなく劇場や図書館等を備えた複合文化施設の中にあります。その特性を生かして、「カンディンスキーと青騎士」展会期中、愛知芸術文化センター内では下記のような3つの関連企画が催されます。本展と併せてそれらにも足を運んでいただければ、本展をいっそう深くお楽しみいただけること間違いなしです!


【本日スタート!】
〇 図書展示 (主催: アートライブラリー)
「『カンディンスキーと青騎士』展関連展示」

期間: 2011年3月4日(金)―4月24日(日)
場所: 1階 アートライブラリー   ※入場無料
時間: 平日 10:00-19:00、土日祝 10:00-18:00
休館日: 毎週月曜日(ただし、3月21日[月・祝]は開館)、3月15日(火)、3月22日(火)、4月19日(火)
問合せ先: 052-971-5511(代) アートライブラリー


【来週から!】
〇 ビデオ上映会 (主催: アートプラザ)
「音と色彩の共鳴  カンディンスキーとシェーンベルク」

期間: 2011年3月8日(火)―3月24日(木)
場所: 地下2階 アートプラザ ビデオルーム  ※入場無料、定員30名
上映時間: 11:00-  /  13:30-  /  16:00-
休館日: 3月14日(月)、3月22日(火)
問合せ先: 052-971-5511(代) アートプラザ


【3月12日のみ!】
〇 ミニトーク (主催: アートプラザ)
「シェーンベルクとカンディンスキー  絵画《印象III(コンサート)》から聴こえる青騎士の響き」

講師: 中村ゆかり氏 (愛知県立芸術大学非常勤講師、音楽学)
日時: 2011年3月12日(土) 13:30-14:30
場所: 地下2階 アートプラザ ビデオルーム   ※入場無料、先着30名
問合せ先: 052-971-5511(代) アートプラザ
※この日(3/12)、愛知県美術館の方では、11:00-11:40に学芸員による「カンディンスキーと青騎士」展ギャラリートークもあります。(申込み不要。「カンディンスキーと青騎士」展観覧券をお持ちの上、11:00に愛知県美術館ロビーにお集まりください)。
 

 

 

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▲ カンディンスキー展スペシャルランチ。定価2,000円のところ、「カンディンスキーと青騎士」展観覧券提示で1,500円!



なお、「カンディンスキーと青騎士」展会期中、愛知芸術文化センター10階(愛知県美術館と同じフロア)のレストラン「ウルフギャング・パック」では、ドイツで活躍したカンディンスキーと青騎士にちなんで、ドイツ料理のコース「カンディンスキー展スペシャルランチ」をお召し上がりいただけます。

【4月17日まで!】
〇 タイアップランチ (ウルフギャング・パック 愛知芸術文化センター店)
「カンディンスキー展スペシャルランチ」
→定価2,000円のところ、「カンディンスキーと青騎士」展観覧券提示で1,500円!

前菜1:本日のスープ

前菜2:ジャーマンポテトサラダ
⇒ドイツで最もポピュラーなお料理の一つです

メイン:レンズ豆とベーコンの煮込み
⇒ドイツの田舎家庭料理です

デザート:サワーチェリーのケーキ
⇒ドイツの定番お菓子「ザワーキルシュ・クーヘン」をウルフ風にアレンジしました

ドリンク:
⇒ホットコーヒー、アイスコーヒー、ホットティー、トロピカルアイスティー、ペプシ、ペプシネックス、ジンジャーエール、7UPからお選びいただけます


こちらのランチも併せてお楽しみいただければ、「カンディンスキーと青騎士」展の味わいもいっそう深まることでしょう! 「レンバッハハウス美術館所蔵 カンディンスキーと青騎士」展は4月17日までです。どうぞお見逃しなく! 

(T.O.)
 

 

  

 

愛知県美術館がこの秋開催する「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(今年11月11日 - 来年1月22日)の見どころ、その2をご紹介します!

 

 

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▲ ニューヨーク州イースト・ハンプトンに現存するポロックのアトリエ(2006年撮影)。

 

 

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▲ 制作中のポロック、1950年
Photograph by Hans Namuth © Hans Namuth Ltd.

 


ポロックは1945年、長年住んだマンハッタンを離れ、車で3時間ほどのところにあるニューヨーク州の田舎町イースト・ハンプトンに引っ越しました。そして1947年から1950年にかけて、絵画芸術の新たな地平を切り開く一連の革新的な絵画を生み出したのですが、その時彼が制作していたアトリエが、イースト・ハンプトンには今も残っています。

 

 

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▲ ポロックのアトリエの床(2003年撮影)。キャンバスをはみ出してあちこちに飛び散った絵具が、ポロックの制作の様子を生々しく伝えています。

 

 

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▲ 《収斂》(1952年)の制作の跡でしょうか(2002年撮影)。《収斂》画像=
http://www.albrightknox.org/collection/collection-highlights/piece:pollock-convergence/

 

 

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▲ ポロックのものと思われる足跡も所々に(2005年撮影)。

 


「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」では、ポロックの作品約70点(うち絵画約40点)を世界中から集めて展示する予定で、目玉作品のうちの2つは2011年2月16日に当ブログ(「ポロック展見どころ紹介1 日本のポロック受容における記念碑的2作品」)ですでにご紹介したところですが、作品以外での目玉として、絵具の飛び散った床面まで複製したポロックのアトリエの原寸大モデルの展示も計画しています!

 

ポロックにあっては、結果として生み出された作品も革新的でしたが、それを生み出した制作方法もまた革新的でした。それまで画家はイーゼルに垂直に立て掛けたキャンバスに正対して描いていたのですが、ポロックはキャンバスをイーゼルから床に引きずり下ろし、床の上に水平に広げられたキャンバスに時には足を踏み入れながら、流動性の塗料を流し込み、撒き散らして描画しました。――その時の画家とキャンバスの実際の位置関係は? その時画家にとってキャンバスはどう見えていたのか? など、アトリエの原寸大モデルによって、ポロックの特殊な制作フィールドをお客様に体感していただくことができれば、きっとポロック芸術を理解する大きな助けになるのではないでしょうか。(床の複製については、お客様にそこに上がっていただけるようにしたいと思っています。)

 

このポロックのアトリエの原寸大再現計画、海外の美術館を出品交渉で回っている時にも、向こうのキュレーターたちに非常に注目されました。実は1998-99年にニューヨーク近代美術館(MoMA)でポロックの大回顧展が開催された時にも、ポロックのアトリエの再現は試みられていたのですが、それは断片的でまったく不完全なものでした。あるアメリカの美術館のチーフ・キュレーターなどは、「ウチの大切なポロックを貸すのだから、あなたが目玉の一つだと言うアトリエの再現、MoMAの時みたいな中途半端なことはしてくれるなよ」とおっしゃったものです。安全上、展示スペース上、予算上など、困難な制約がいくつかありますが、せっかくの機会ですから、私も中途半端なことはしたくありません。完全再現とまでは行かずとも、ポロックの制作のあり方を十分にお伝えできるものになるよう努力したいと思います。どうぞお楽しみに! 

(T.O.)

 

芸術文化センターの吹き抜け空間に設置され、皆さんに親しんでいただいていた北山善夫さんの巨大な作品が再設置されました。この作品、開館十数年を経て、ほこりなどの汚れが目立つようになってきていました。あいちトリエンナーレの開催を機会に、作品のクリーニングを行うことにし、一年半ほどかけてようやく再設置することができました。以前貼ってあった白い紙状のものをすべて取り去り、新しく貼り直すというのが主な作業でした。あの白い紙のように見えるのは、以前はガラス繊維を紙状に加工したものを使っていました。そして今回は和紙を塩化ビニール樹脂で加工してあるものです。このような特殊な素材を使用するのは防火のための配慮です。およそ2万枚近い貼り替え作業もようやく終わって、2月21日から4日間をかけて組立作業を行いました。

 

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この作品、何を表しているかご存じでしょうか。作品が大きすぎてちょっとわかりにくいかも知れませんが、実は人のかたちなのです。両手を広げ、左足を後ろに跳ね上げるようにして宙に浮いているように表されています。そのポーズは今回、かなり大きく変更されました。以前は両手をほぼ水平に広げていたのですが、今回は左手先を上げ、胴の部分をひねって、躍動感のある印象のものになりました。どうぞ皆さん、実際にご覧になってご自分の目で確かめてみてください。

 

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この作品には「私」と書いて「あなた」とルビがつく、ちょっと意味ありげなタイトルがつけられています。

(MU.M.)