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   いよいよこの「ポロックの足跡を訪ねて」シリーズも、今回で完結です。最終回は、ポロックが最後の10年を過ごしたニューヨーク州イースト・ハンプトンです。

 

 

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▲ ロングアイランド鉄道のイースト・ハンプトン駅(2002年撮影)。ニューヨークのペンシルヴェニア駅から約3時間で到着。

 

 

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▲ イースト・ハンプトンのイースト・ハーバー(2004年撮影)。

 

 

   1945年11月、ポロックはニューヨークから東に約100マイル(160 km)離れたロングアイランドのイースト・ハンプトンという田舎に移り住みます。

 

 

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▲ ポロック邸(2011年撮影)。現在は、ポロック=クラズナーハウス・アンド・スタディセンターとなっています。

 

 

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▲ ポロックのアトリエ(2011年撮影)。

 

 

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▲ ポロックのアトリエの床(2011年撮影)。

 


   ポロックは、彼の画商だったペギー・グッゲンハイムから借金をして、イースト・ハンプトンのスプリングスという村に一軒家を購入しました。広い敷地には納屋があり、彼はそれを1946年からアトリエとして使い始めました。(ポロックのアトリエについては、このブログの「ポロック展見どころ紹介2 ポロックのアトリエ再現」をご参照ください。今回のポロック展ではアトリエを原寸大で再現し、6.5 m×6.5 mの床面にお客様に上がっていただけるようにしています。ぜひポロック独特の制作空間を体感なさってください。 ※ 原寸大再現は愛知会場のみです

 

 

 

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▲ ポロック邸1階のリビングルーム(2008年撮影)。左の壁には、現在ポロック展に出品されている人のような形をしたオブジェが掛かっています。

 

 

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▲ ポロック邸2階のベッドルーム(2003年撮影)。

 

 

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▲ ポロック邸の庭(2011年撮影)。遠くにかすかに見える川は、ポロックが愛したアカボナック・クリーク。彼は、この川の名前をとった「アカボナック・クリーク・シリーズ」という8点の連作を1946年に描いています。今回のポロック展には、同シリーズからは《星座》(個人蔵)という作品が出品されています。

 

 

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▲ 1950年にポロックがドキュメンタリー映像の撮影のために庭で野外制作を行った時の跡(2002年撮影)。この塗料は、いま現在は残念ながらほとんど消えて無くなってしまいました。その時に撮影された映像(ハンス・ネイムス+ポール・ファルケンバーグ制作「ジャクソン・ポロック」)は、ポロック展展示室内で上映中です。

 

 

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▲ ポロック邸の近くにあるスプリングス雑貨屋(2002年撮影)。現在、店主は当時と別の人に変わってしまっていますが、かつてポロックはこの雑貨屋の常連客でした。ある時彼は、56ドル分のツケを帳消しにしてもらうために、店主に《黒、白、黄、赤の上の銀》(1948年)という自分の絵をあげました。ポロックが亡くなったあと、店主がその絵を手放した時には、その130倍の値段が付きました。その後、その絵は巡りめぐって、現在はパリのポンピドゥ・センターに所蔵されています。

 

 

 

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▲ グリーンリバー墓地(2011年撮影)。奥の巨石がポロックの墓。手前は、彼の妻リー・クラズナーの墓。

 


   ポロックはこのイースト・ハンプトンで、モダンアートの運命を変える革命的な絵画を1947年から1950年の間、生み出していきました。しかし、その後は制作に翳りが見え始め、やがてはほとんど絵が描けない状態に陥っていきます。そんな衰退の苦悩の中、1956年8月11日、ポロックは飲酒運転による自動車事故を起こし、惜しくも44歳の若さでこの世を去ることになります。(ポロックの死亡事故については、このブログの2011年8月11日の記事をご参照ください。)

 

 

   「生きることと制作はひとつ」――生前ポロックは、こんなことを言っていました。すなわち、自分にとって生きることとは描くことであり、そして、描くこととは生きることである、と。この言葉自体は、凡庸な芸術家でも言いそうな陳腐なものかもしれません。しかし、ポロックが困難な探求の果てに到達したその芸術の偉大さを思う時、その言葉は特別の重みと意味を持って私たちの心に響いてきます。今回のポロック展をより深く楽しんでいただけるよう、彼の人生面を主にご紹介させていただいたこの「ポロックの足跡を訪ねて」シリーズ、これにて完結です。どうもありがとうございました。       大島徹也

 

 

  

 

   愛知県美術館の「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」、日本初のポロック回顧展および世界で唯一の生誕100年記念ポロック回顧展として、国内外から大変な好評をいただいています!
   昨年末サザビーズ・ニューヨークで、12月13日の夜6時から9時まで、わずか3時間だけの非公開の小さなポロック展(出品数9点)が開かれました。ポロックのカタログ・レゾネの編者 Francis V. O’Connor 氏、1998-99年のMoMAでのポロック展のキュレーター Pepe Karmel 氏、Jackson Pollock (New York: Harry N. Abrams, 1989) の著者 Ellen G. Landau 氏など、多くのポロック関係者が集まっていましたが、その場でも愛知県美術館のポロック展、大きな話題になっていました。

 

   さて、この「ポロックの足跡を訪ねて」シリーズ、展覧会立ち上がり後は他の記事優先のためにしばらくお休みしていましたが、いよいよポロック展もあと数日で終わりということで(1月22日[日]まで!)、シリーズ完結に向けて再開しました。

 

 

 

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▲ ロサンゼルス手工芸高校(2002年撮影)。

 

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▲ 手工芸高校の正面入口を入ってすぐ左にある「手工芸高校の名誉の壁」(2002年撮影)。右から2列目の、上から5番目に Jackson Pollockの名が。この高校の最も偉大で有名な卒業生は、間違いなくジャクソン・ポロックでしょう。

 


   1912年にワイオミング州コディに生まれて以来、家族の都合で西部を転々としていたポロックですが、16歳から18歳にかけてはカリフォルニア州ロサンゼルスに住んでいました。その時通っていたのが手工芸高校(マニュアル・アーツ・ハイスクール)です。ここでは学校の教育方針を批判して一時放校処分を受けたりもしましたが、ポロックは在籍中に彫刻やドローイングを学び、この頃すでに「自分は何らかの種類の芸術家になるだろう」と感じていました。

 

 

 

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▲ アート・ステューデンツ・リーグ(2006年撮影)。

 

 

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▲ アート・ステューデンツ・リーグの教室(2011年撮影)。

 

 

   そうして1930年、18歳の秋、ポロックはロサンゼルスからニューヨークに出てきて本格的に芸術家修行を始めます。ニューヨークで入学したのが、アート・ステューデンツ・リーグです。1875年創設のこの美術専門学校は、ポロック以外にもジョージア・オキーフ、マン・レイ、ベン・シャーン、マーク・ロスコ、バーネット・ニューマン、ルイーズ・ブルジョワ、ロバート・ラウシェンバーグ、フランク・ステラ、ロイ・リキテンスタイン、サイ・トゥウォンブリー、ドナルド・ジャッド、エヴァ・ヘス、ロバート・スミッソンなど、数多くの有名な芸術家を輩出してきています。ちょっと変わったところでは、クレメント・グリーンバーグ、カルヴァン・クラインなどもここで学んでいました。

 

 

 

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▲ ポロックが住んでいたニューヨーク東8丁目46番地(2005年撮影)。

 

 

   ニューヨークではポロックは、1935年から1945年までの10年間、マンハッタンの下の方の東8丁目46番地に住んでいました。ポロックが当時住んでいたアパートはすでに取り壊されて別の建物になってしまっていますが、その番地は今も残っています。

 

 

 

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▲ シーダー・タヴァーン(2005年撮影)。

 

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▲ シーダー・タヴァーンのカウンター(2005年撮影)。

 


   ポロックのアパートからすぐのところに、当時、シーダー・タヴァーンというバーがありました。ポロックはここの常連だったのですが、彼の他にもウィレム・デ・クーニング、フランツ・クラインなど抽象表現主義の画家たちが出入りし、飲んだくれていたことで有名な伝説的酒場です。1964年には近くの別の場所に移転して、近年まで営業を続けていましたが、残念ながら2006年に閉店してしまいました。

 

 

   1930年にニューヨークに出てきてから、ポロックは15年間をその街で過ごしました。その間に個展やグループ展を重ね、批評家グリーンバーグの後押しも得て、芸術家としての階段を一歩一歩上がっていきました。そして1945年、ニューヨークを離れることを決意し、彼の最後の地となるイースト・ハンプトンに移り住むことになります。   (T.O.)

  

ポロック展あとわずか

2012年01月17日

ポロック展の会期も残すところ1週間となりました。2012年が明けてからの入場者数はどんどん増しており、1月13日の夕方のギャラリートークには普段の倍の70人ほどが展示室を埋めて、大変な熱気で担当学芸員もかなりプレッシャーを感じていたようでした                                                   

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1月15日の日曜日には入場者数は2000人に届く勢いで、ポロック展の一日として最高の入場者数を記録しました。
最近はツイッターでポロック展についてつぶやく方が大変多く、ポロック展をツイッター検索すると、会場の一角にある原寸で再現されたアトリエを撮影して(再現アトリエは立ち入り撮影が可能です)報告されている方もおられます。

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 公式サポーターの石井竜也さん(米米クラブ)もこの再現アトリエに座り込んで、ポロックの制作場所を感じておられたのを思い出します。

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 展覧会もあと1週間、まだご覧になっていない方はぜひ足を運んでください!!

(S.T.)

愛知県美術館で開催中の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」。

会期が残すところ10日ほどとなった昨日、入場者数が3万人を越えました。


そこで、恒例のセレモニーを行いました。

記念すべき3万人目のお客様は、兵庫県姫路市からお越しの松本順子さん。

副館長から、記念品の図録、ポスター、展覧会オリジナル・チョコレートを贈呈させていただきました。

 

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↑ 左から副館長、3万人目のお客様・松本順子さん、名古屋市在住のご友人。

 

お話をうかがうと、松本さんご自身が趣味で抽象画を描かれるとのこと。

ぜひポロックの作品を見たいと、はるばる兵庫県からご来館くださいました。

実は、この日はいわゆる”13日の金曜日”だったため、縁起が悪いかと思い来るのを一瞬ためらわれたそうです。

それがなんと3万人目に当たり、「来てよかったです」と大変喜んでおられました。


次は目指せ4万人!

まだご来場いただいていない方はもちろん、もうご覧になった方も4万人目を目指してぜひもう一度ご来館を?!


(S.N.)

 

 

 

新年のご挨拶

2012年01月03日

新年、明けましておめでとうございます。


昨年は、東日本大震災をはじめとする自然災害、そして内外の政治経済をはじめとする社会の不安定化のなかで、誰もが現在の状況を把握し、将来に展望をもつことが困難な一年だったと思います。当館でも「プーシキン美術館展」中止にともなう「棟方志功展」の開催、また、被災地での文化財レスキュー活動への参加など、震災以前には予想もしなかったことへの対応に追われました。そのなかで、東北復興支援のため、また文化財レスキュー活動支援のため、さまざまな機会に皆様にご協力をお願いし、多額の義援金をお寄せいただきました。ここに改めてお礼申し上げます。


そのようななかで「棟方志功展」をはじめ「麻生三郎展」「島田章三展」そして「ジャクソン・ポロック展」を開催することができました。また、企画展ごとにさまざまなテーマや特集を組み込んだ所蔵作品展、さらに8階ギャラリーの展覧会もあわせて、多くの皆様にご来場いただきましたこと心より感謝申し上げます。


そして、昨年は、美術館活動を支えていただく、作品のご寄贈をはじめ数多くのご寄附やご支援をいただき、大変心強く、大きな励みとなりました。特に地元企業の蟹江プロパン様からは、美術品の購入資金として2億円のご寄附をいただき、当館コレクションの核の一つとなるフェルナン・レジェ《緑の背景のコンポジション(葉のあるコンポジション)》を購入することができました。


現在、開催中の「ジャクソン・ポロック展」は、1月3日の特別開館から皆様をお迎えいたします。この展覧会は、日本初、そしてポロックの生誕100年であっても、海外では開催を断念したと伝えられる回顧展です。またとない機会ですので、ぜひ、ご来場ください。


2月3日からは、当館の所蔵作品から「うつす」をキーワードにして、美術作品の魅力をご紹介する「うつし、うつくし」展を開催します。そして4月以降も、シュルレアリスムの巨匠の回顧展など、魅力ある展覧会の開催を予定しています。これら平成24年度の企画展をはじめとする事業計画は改めてお知らせしますが、どうそご期待ください。


新しい年を迎え、スタッフ一同、愛知県美術館ならではの良質の展覧会の開催をはじめとして、より一層皆様に親しんでいただける美術館にしていけるよう取り組んでまいりたいと存じます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

愛知県美術館館長 
村田 眞宏