2013年05月12345678910111213141516171819202122232425262728293031

 昨年から始まったAPMoA Project, ARCH。今年度の第一弾としてご紹介しているのは、藤永覚耶(ふじなが・かくや)さんです。

blog130527_0.jpg
(撮影:林育正)

 藤永さんは、滋賀県大津市生まれ。京都嵯峨芸術大学で学ばれた後、愛知県立芸術大学大学院に進まれました。現在は、大津市のアトリエで作品制作を続けています。このブログでは、藤永さんのアトリエの様子をお伝えしつつ、藤永さんの独自の制作手法をご紹介します。

 藤永さんは、写真のイメージを元に平面作品を制作してきましたが、近年は、アルコール染料インクで画像を描き、そのインクを溶かすという方法により、独特の揺らぎを感じさせる絵画を作り出しています。その制作手法ではまず、ある写真のイメージを、アルコール染料インクを用いて、点描で綿布に移し変えていきます。点が打ち易いように、ペンタイプのものを選び、さらにペン先のスポンジを自分で成形して使っておられます。

blog130527_1.jpg
△藤永さんの使うアルコール染料インク。

 また、既成のインクだけでなく、これらをさらに調合して、よりイメージに合った色を作ります。

blog130527_2a.jpg
△こんな風に色の調合もされています。

 藤永さんによると、制作のほとんどの時間が、この点描のプロセスに費やされるとのことです。今回は、美術館の展示室に合う大画面の作品を制作してもらったので、さぞかし時間がかかったことでしょう

 点描ができたら、最後の工程へ。ここで、インクの溶剤であるアルコールを霧吹きで上から吹きかけます。そうすると、アルコールがどんどん綿布に浸透して、インクが溶け出していきます。画面の上から吹きつけたアルコールが重力によって下へ落ちてくるに従い、インクもそれに応じた動きを見せます。インクを溶かす途中の様子は、藤永さんのブログでご覧いただけます。

 このアルコールを吹き付ける工程で、作品の様子はまさに一変。興味深いのは、同じようにアルコールが通過した部分でも、使うインクの色や組合せによって、溶け方が異なってくることです。藤永さん曰く、何度もこの手法を研究する中で、どの色やどの組合せが溶けやすく、また溶けにくいかということがだんだん分かるようになってきたとのこと。その過程を垣間見せるのが、アトリエにあるたくさんのサンプルです。実作品を制作する前に、小さな綿布に点描を施してからアルコールで溶かしてみて、どのような溶け方をするか、また色が混ざってどんな色になるか、ということを見るためのものです。

blog130527_4.jpg
△微妙に異なるサンプルがたくさん。

 もちろん、このようにサンプルをたくさん作っても、溶かす過程で思いがけない結果が現れることもあります。最終的な作品の外観は、制御された色の配置と偶然による効果の合わさったものとなります。こうして完成する作品は、どこか焦点の定まらないイメージとなります。近づいてよく見ようとするほど、イメージはぼやけていき、一瞬めまいのような感覚さえ覚えることでしょう。逆に、作品から離れてみると、馴染みのイメージが見えてくるものもあり、「見る」という行為に改めて考えを至らせてくれます。 

 さらに、藤永さんは、こうしてできた作品を壁にかけて展示するだけでなく、敢えて裏から光を透過させて見せることにも取り組んできました。今回は、展示室5、6、7、8をつなぐ前室の奥に、このタイプの作品を展示していますので、ここにも注目です。


blog130527_5.jpg
△前室の作品《foliage[1302]》(撮影:林育正)

 ここでは、作品の背後がガラス壁になっているため、自然光が入り、天候や時刻によって、作品の色が変化します。通常美術館の展示室では、作品保護の必要から自然光を排除していて、作品がよく見えるようにと工夫された人工的な照明も、結果的には作品に一定の「見え方」を与えていると言うこともできます。これに対して、藤永さんの作品は、作品が与えられた空間に存在する「もの」であり、そうした環境の影響を受けて見え方も変化する存在であることを積極的に示しています。「実際にそんなに見え方って変わるものなの?」と思った方、ARCHで展示中の《foliage [1302]》をインターバル撮影し、動画化したものをこちらからご覧になれますので、ぜひ見てみてください。

 これらの経験は、小さな作品画像を見るだけでは、決して得ることができません。ぜひとも会場に足を運んでいただき、作品を前にして、皆さんの眼がどんな変化を捉えることができるか、経験してみてください。また、藤永さんご自身の最新のブログ記事では、作品のコンセプトや展覧会タイトルへの思い、また展示作業の様子について書かれていて、盛りだくさんな内容となっています。ぜひこちらもご覧ください!
(SN)

 既に展示室でご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、現在木村定三コレクション室(展示室8)では、新しい小冊子を配布しています。かわいらしい表紙が目に付くこの冊子の名前は「拝啓、木村定三さま」。その名の通り、コレクターの木村定三氏をご紹介する内容です。

 当館では木村定三コレクションの受入れ以来、様々な調査研究や展示を行ってきましたが、来館者の方々から「木村さんはどういう方だったのですか?」という質問を頂くことがしばしばありました。今年2013年は木村氏の生誕100年にあたりますので、それを記念して木村定三氏その人に焦点を当てた印刷物の発行を企画したわけです。内容については実際にお手にとって頂くこととして、ここでは編集中の裏話をいくつかご紹介しようと思います。

 この冊子は当初から、幅広い年代の読者を想定して、小中学生でも楽しみながら読めるものにしたいと考えていました。そのため、堅苦しくない雰囲気を出すために、当館の他の印刷物では「木村定三氏」と呼ぶところを、あえて親しみをこめて文中では「定三さん」と呼んでいます。さらに様々なエピソードにはイラストを添えて、楽しみながら読み進められるようにしました。

 このイラスト、どなたに頼もうかと思案したのですが、若い作家を支援した木村氏にならって、若いアーティストにお願いすることにしました。イラストを使った作品も発表している、板谷奈津さんです。彼女は小さいお子さんを持つお母さんでもあるので、子どもたちの共感を得られるのでは、という予感がありました。結果としてこちらの期待を上回る内容に仕上げてくれたのではないかと担当は思っていますが、皆さんの感想はいかがでしょうか。板谷さんの娘さんも登場していますので、是非実物をご覧になってみてください。

kimuraleaflet001.jpg

 ちなみに彼女の本業の方の作品では、イラストの温かいテイストはそのままに、もうちょっとハードな感じ(意味深)になっているので、そのギャップもまた興味深いです。一番の驚きだったのは、イラストだけではなく定三さんのアップリケも作ってくださったこと。その出来の良さに、迷わず表紙に使わせていただきました。
(TI)

kimuraleaflet002.jpg

 「展覧会で絵を展示するとき、高さはどうやって決めるのですか?」というご質問をいただくことがあります。

 私たちはそれを、絵の中心が床からどれだけの高さになるか、ということを考えて決めるようにしています。そして、多くの展覧会ではこの高さを145cmか、150cmとしています。これは、作品を鑑賞される皆さんの平均的な目の高さから導き出されたものです。

hangheight002.jpg

 ただし、事前に混雑が予想されるような展覧会だと、作品の前に二重、三重に人が立っている状況でも見やすくするために、普段より少し高め、例えば160?くらいの高さで展示することもあります。このようにして展覧会ごとに高さを決め、それを基準に作品の展示が行われます。しかし、ある展覧会に出品されるすべての作品を同じ高さで展示すればよい、というわけでもありません。例えば、高い山や建物を見上げるような位置から描かれているような、高さが強調されている作品の場合は、他の作品より少し高めに展示することもあります。

 現在開催中のプーシキン美術館展では、普段よりちょっと高めの155?を基準にしています。それは、会場が混雑したときにも、少しでも皆さんに作品をご覧いただきやすいように、ということを考慮しているからです。ただ、高ければよいというものでもなく、これ以上高く展示してしまうと、絵によっては見づらくなる可能性もありますので、少し高めの155cm、なのです。ルノワール《ジャンヌ・サマリーの肖像》も、もちろんこの高さで展示してありますから、この絵の前に立つと身長が180?ほどの、ちょっと背の高めな女性と対面しているような印象になるかも知れません。

hangheight001.jpg

 ところで、プーシキン美術館展の会場には、1点だけ155cmより高く展示している作品があります。ご来場いただいた方は、お気づきになったでしょうか?ひょっとすると気付いていただけないかも知れませんが、それはむしろ、展示についての私たちの工夫がごく自然なかたちで皆さんに受け止められている、という証でもあります。展覧会の会場を、作品の配置はもちろんのこと、ディスプレイも含めてどうやって構成するか、そしてまた、絵の大きさや構図などにも配慮して絵の高さを決めていく作業は、学芸員の腕の見せどころといえましょう。
(MM)
 

 東日本大震災から早くも二年が経ちました。このブログでも何度か取り上げてきましたが、2011年7月から9月にかけて文化庁の主導による「東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援事業」、いわゆる「文化財レスキュー事業」に、当館からも複数の学芸員が参加して被災した美術作品の応急処置等の作業にあたりました(参照:文化財レスキュー 一参加学芸員からの報告)。

 その時処置された作品たちは、いまどうなっているのでしょうか?実は、今年の2月から先月4/14まで、岩手県立美術館で「特集:救出された絵画たち―陸前高田市立博物館コレクションから―」という展覧会が開催されていました(開催中にこの記事がアップできたらよかったのですが...)。この展覧会は、震災でとりわけ甚大な被害を受けた陸前高田市立博物館のコレクションのなかから、応急処置の完了した作品の一部を紹介するというものです。レスキュー活動の拠点となったのは、中津川沿いの旧岩手県衛生研究所。作品保全の観点から、作業当時はこの拠点の名称や場所は非公開とされていましたので、レスキュー参加者は「盛岡ラボ」と呼んでいました。

Iwatelabo001.JPG

Iwatelabo002.JPG

 幅広いジャンルにわたる同館のコレクションのうち、油彩画、版画、イラスト、書などの美術作品は150点強ありました。応急処置を済ませたそれらの作品は、現在は岩手県立美術館に保管されています。いずれの作品も、未だ完全とは呼べない状態ではありますが、レスキュー活動が一段落したこともあり、作品の現状とレスキュー活動の結果を報告するというかたちで、この展示は企画されました。岩手県立美術館さんのブログで、この展示について館長や担当の学芸員の方が思いを綴られています。作業当初は描いた作家の名前も分からないままに処置した作品たちが、キャプションを添えられてスポットライトを浴びている姿を見ると、とても感慨深いものがあります。

Iwatelabo003.JPG

 レスキュー活動は一段落したとはいえ、作品の本格的な修復はまだまだこれからです。そこには当然お金をどこから捻出するのか、作品は今後どこで保管するのかなど、多くの問題が山積しています。「文化財レスキュー事業」そのものは発展的解消をして、今後は「被災ミュージアム再興事業」として、修復や元の所蔵先への返却等を行うことになります(参照:文化庁 - 「文化財レスキュー事業の発展的解消について〜2年間の活動への御礼と今後の展望〜」)。
(KS)