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 みなさん「冬芽」ってご存知ですか?冬芽(ふゆめ/とうが)とは、樹が休眠・越冬する時期にみられる、葉や花を準備する芽のことです。寒さや乾燥を防ぐために毛や鱗で覆われた冬芽を帽子や角に見立て、その下にある葉柄の維管束の痕を目や口に見立てると、樹木ごとに違った表情の顔が現れます。

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▲筆者が実家で撮影したアジサイの冬芽。顔文字( ´・_・`)みたいでかわいい。

 と、まるで植物園のブログかのように書き出してしまいましたが、実は現在開催中のAPMoA Project, ARCH vol. 9「山内崇嗣 くるみの部屋」では、オニグルミの冬芽をめぐる展示を行っています。なんといってもオニグルミの冬芽は柔らかな毛に包まれた大きく立派な顔(よくヒツジに似ていると言われます)なのです。

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▲オニグルミの冬芽、矢印部分全部顔。実際に展示されています。

 山内さんは、地元の自然観察会に参加した際にこの冬芽に出会い、植物なのに顔に見えるという不思議さに惹かれて、それを作品制作に取り入れています。オニグルミの冬芽をクロースアップで捉えた絵は、植物画や静物画のようでもありますが、同時に誰かの(ヒツジの?)肖像画にもなっている、というわけです。

 さらに、山内さんの興味は冬芽だけに留まらず、オニグルミそのものにも向かいます。先日行われたアーティストトーク&記念座談会「くるみ会議」は、その名の通りくるみについてひたすら掘り下げるという美術館らしからぬイベント。ゲストに、東谷山を中心に野生のニホンリスの保護や調査研究をされているボランティア団体「守山リス研究会」の会長・北山克己さんと、滋賀県甲賀市で木工作家として活躍されている川端健夫さんのお二人を招き、リスとくるみの関係、くるみの形質変化と淘汰、くるみ材の性質や特徴、日本各地の城にくるみが植樹されている理由などなど、2時間にわたってまさにくるみ尽くしの話をしていただきました。
 
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▲左から北山さん、川端さん、山内さん、わたし。

 この展覧会の準備を始めてから、わたしも家のまわりの街路樹や実家の庭にそれまでとは違った眼を向けるようになりました。ほんの少しのきっかけで、それまで気にもかけなかったものがとても魅力的な存在に思えてくる、展覧会を通じてそんな体験ができたことが新鮮でした。展覧会会場では、いつもの展覧会リーフレットにくわえて、東谷山のくるみマップも配布しています。展覧会はシャガール展と同じ6月8日[日]まで。美術館で樹木観察、してみませんか?
(KS)

前回に引き続き「学芸員は見た」的、シャガールコンサートのレポートです。前半の自分の出番が無事に終わりホッと一息。後半は客席で鑑賞させてもらいました。

後半は有名な曲が多いので、自然と会場も盛り上がります。大音量の《白鳥の湖》を聞きながら、ふとシャガールとチャイコフスキーは、美術と音楽におけるそれぞれの立場が何だか似ているなーと思いました。二人ともロシア出身ですし、大衆から愛されるがゆえに、通の方からはやや軽視されがちな感じとか。あとはやっぱり作品の中で、ここ一番の盛り上げ方というか、フィニッシュホールド(必殺技)が近い気がします。単なる思いつきに過ぎませんが。

最後の曲は、シャガールとは最も縁の深い《ダフニスとクロエ》。指揮者の時任康文さんはMCで、《ダフニスとクロエ》は合唱付きの方がラヴェルの意図がよく伝わると仰っていましたが、実に聴きごたえのある演奏でした。

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▲指揮者の時任さんのお話もありました(撮影:中川幸作)

今回の展示ではよく知られた同名の版画集は勿論のこと、《ダフニスとクロエ》の舞台美術と衣装デザインは必見です。というのも、これらの作品は《火の鳥》のためのデザインと並んで、シャガールがどのようにバレエ・リュスを継承し、乗り越えようとしたのかがよく分かる資料だからです。現在まで広く知られているバレエ・リュスのレパートリーの多くは、ロシア時代のシャガールの師であった画家、レオン・バクストが初演の舞台や衣装をデザインしています。当然、シャガールはこれらの舞台美術と衣装を手がけることになった際に、バクストの仕事を意識したことでしょう。

バクストの《ダフクロ》はギリシャの設定にちなんで、いわゆるギリシャっぽい衣装(テルマエロマエをイメージしてください)になっていますが、シャガールのデザインでは半分肩を出す着こなしが残っているものの、もはや特定の地域をイメージした形跡は見られません。一方、《火の鳥》ではバクストのオリエンタルな装飾性を、シャガールも引き継いでいるように思えます。

このように先人の作例に学びつつ、新しいものを生み出そうとするシャガールの意気込みは、オペラ座の天井画にも見られるものです。本展のカタログの中で佐藤幸宏さんが詳細に論じているように、シャガールの天井画はジュール=ウジェーヌ・ルヌヴによる元の天井画を損なわないように、埋めてしまうのではなく覆う形で設置されています。のみならずシャガールは、いくつかのモチーフはルヌヴの絵から着想を得ています。こうして古い作品に学びながらも、自分のオリジナルな世界観を作り上げることに成功したシャガールの努力の跡に注目すると、シャガール展をより楽しめるかもしれません。

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▲合唱の皆さん、アンコールではオペラの芝居で歌ってくれました(撮影:中川幸作)

…というような話をコンサートの時に話そうと思っていたのですが、7分間という出演時間ではそこまで話が到達できなかったので、こちらのブログに書いている次第です(笑)実は井上さんとの事前打合せでは、もっと興味深い話に展開する予定だったんですが…、まあそれはまた、別の機会に。
(TI)
 

皆さんこんにちは。さる4月23日、ここ芸術文化センターのコンサートホールでは、シャガールコンサートと題した珍しい演奏会が行われました。

現在当館で開催中のシャガール展は、教会や劇場、大学など、多くの人々が集まる公共的な空間のために制作された、大規模な作品を紹介するのが中心的なコンセプトなのですが、その中でも特に重要なのがチラシやポスターでも使われている、パリ・オペラ座の天井画なのです。この日のコンサートは天井画に描かれている14の曲目の中から、9曲(アンコールも含めると10曲)をオムニバス形式で演奏するというとても欲張りな企画でした。

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▲合唱付きの編成です(撮影:中川幸作)

当然、1,800席もあるホールを使った大がかりなコンサートを、美術館が単独で企画できるわけはなく、全てを取り仕切ってくれたのはこの4月から愛知芸術文化センターの指定管理者となった愛知県文化振興事業団です。劇場の専門スタッフならでは企画力で、今回のコンサートが実現しました。

さて、シャガールの巧みな構成のおかげで、天井画の中では違和感なく収まっているこの曲目ですが、国や時代の異なる作曲家の作品を縦横無尽に駆けめぐるラインナップなので、実は演奏者の方々にとってはかなり負担がかかるそうです。楽器の編成も大分違いますし、気分を入れ替えるのも大変なのでしょうね。これって例えば上野や六本木の美術館を4つも5つもはしごして、全くジャンルの異なる展覧会を見まくった後のあのボーゼンとした感じに、少し似ているのではないかと勝手に想像しています(やったことのある方は共感してくれるはず)。

コンサート全体のMCは井上さつきさんが担当されて、曲の合間に解説などをしてくれました。実は恥ずかしながら展覧会担当のワタクシも、シャガール展の宣伝を兼ねて舞台上にちょっとだけ登場して、オペラ座の天井画について簡単なお話をしてきました。美術館で働いていると、ギャラリートークや団体鑑賞のガイドなど、人前で話す機会は結構あるのですが、舞台上でスポットライトを浴びつつ喋るのは、これまた全然違うなと実感した次第です。

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▲展覧会を宣伝中(撮影:中川幸作)

流石はプロ、と妙に感心してしまったのはリハーサルで綿密な打合せが行われる事。時間配分がきっちり決められているのは序の口、立ち位置に向かって歩き出すタイミングや声の出し方まで細かいチェックをするんです(この打合せが余計な緊張を誘っていた気もしますが・笑)。舞台裏で名フィルの皆さんが思い思いに音出しをしている姿を横目に、気分はすっかり「にわか関係者」です。「イチベル」だの「カゲアナ」だの知る限りの業界用語を駆使して、アイアム関係者アピールをしてみたい誘惑にかられます。

ただ一つ残念だったのは、自分がMCで喋った前半は舞台裏にいて、原稿を頭に入れていたので(ええ、完全アドリブはちょっと無理でした)、演奏を聴く余裕が全くなかったこと。やはり人間、心に余裕がないと芸術を楽しめませんね、と言いつつ長くなってしまったので続きは次回に。

(TI)

 

藤井達吉の〈継色紙〉

2014年04月26日

 愛知県美術館のコレクションは20世紀以降の国内外の美術を中心としたものですが、その他にまとまったコレクションが二つ含まれています。ひとつはこれまでこのブログでも何度か取り上げてきた「木村定三コレクション」、そしてもうひとつが「藤井達吉コレクション」です。このコレクションは、愛知県碧海郡棚尾村(現在の愛知県碧南市棚尾地区)に生まれた工芸家・藤井達吉(1881-1964)が1953年に愛知県に寄贈した自身の作品と、彼が収集していた美術・工芸作品を含むものです。最近この藤井達吉による〈継色紙〉のシリーズの再調査を行っていますので、その様子を少しご紹介します。

 藤井は岸田劉生を中心としたフュウザン会に唯一工芸家として参加するなど、当時最先端の美術動向を鋭敏に捉えながら近代的な芸術としての工芸を追究した作家で、その作品は螺鈿、七宝、刺繍、染織、金工など多様な技法を自在に組み合わせた非常に斬新なものでした。そんな藤井が晩年好んで行ったのが、平安時代の和歌の料紙(書に用いる和紙)の技法「継紙(つぎがみ)」を継承・発展させた、継色紙(つぎしきし)。色や模様、質感の全く異なるさまざまな紙を継ぎ合わせることで一枚の料紙を作り、そこに墨で歌を書き付け、さらに顔料や箔、螺鈿で植物などの姿を描き出すという、一種の総合芸術です。

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▲軸装された継色紙。赤い円の部分を拡大すると…

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▲…こんな感じで異なる紙が継ぎ合わされています。

 この継色紙が生まれた背景には、愛知県西加茂郡小原村(現在の愛知県豊田市小原地区)で農閑期の副業として行われていた紙漉きとの出会いがあります。1932年、藤井は小原村で野草を漉き込んだ和紙を目にし、染色したコウゾ(和紙の原料)を絵具の代わりにして絵や模様を漉き込む技法を発案し、和紙工芸の指導を行いました。それ以降、藤井は様々な風合いの和紙制作を研究し、さらにそこに別の紙を継いだり布や貝などを貼り付けたりすることで、この継色紙という技法を生み出しました。

 使われている材料が多岐にわたるうえに、藤井独自の技法も加わっているため、作品の基本的な情報である素材や技法を正確に同定するには時間がかかります。いずれまとまった形で皆さんにお披露目することを目標に、今後も調査は続きます。
(KS)

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