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現在、東京のBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「デュフィ展」。愛知県美術館では10月9日から開催されます。

 

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▲Bunkamuraザ・ミュージアムの展示会場。鮮やかな青色が南仏を想起させ、今の季節にピッタリ。


この展覧会を当館で開催すると決まってから何年たっただろうと思い、書類をぱらぱらめくったところ、2009年10月付けの、ポンピドゥー・センターの学芸員さん宛てに面談の依頼をする手紙が出てきました。ということは、5年前ですね・・・確かに、ラウル・デュフィという画家の展覧会企画としての出発は5年前ですが、個人的にはもっと長い時間を経たように思います。ここではそのあたりのことから、デュフィという画家の展覧会企画が立ち上がった経緯について書いてみたいと思います。 


当館では開館当初からコレクションにある重要なモダン・マスターの展覧会を開催してきました。たとえば、「パウル・クレーの芸術」(1993年)、「色彩の宇宙 クプカ展」(1994年)、「没後50年 ボナール展」(1997年)、「ミロ1918-1945」(2002年)、近年では「マックス・エルンスト ――フィギュア×スケープ」(2012年)、「クリムト 黄金の騎士をめぐる物語」(2012年)などが挙げられ、これらの展覧会の多くが愛知県美術館の学芸員による独自企画です。私自身は、ボナール展あたりから愛知県美術館を訪れるようになり、さらに開館10周年を記念して開催された「ミロ 1918-1945」の準備中に、当時学生だったのですが、ボランティア、アルバイトとして展覧会のお手伝いをさせていただきました。その時に、海外から作品を運んで日本で展覧会を行うためには、4-5年の準備期間が必要なことを知りました。その準備期間には、海外の美術館に展覧会の趣旨を説明して「どうしてもこの作品が展覧会に必要だ!」という熱い手紙を書き、アポを取って面談に出かける、断られても何度かトライする、それでも断られたら別の作品を提案してみる、などあの手この手で交渉を行い、少しずつ少しずつ形にしていく、そういう過程を着実に経てこそ、展覧会が実現することを目の当たりにしました。学生だった私は展覧会準備をする学芸員の方の仕事を間近で見て、「いつかはこんな展覧会を自分でも実現できる学芸員になれたらいいのにな・・・」などという思いが生まれたのでした。


さて、その後愛知県美術館の学芸員として勤めることになったのですが、勤め始めて間もない頃に、現館長が、当館のコレクションにあるデュフィの作品《サン=タドレスの浜辺》(1906年)について次のようなことを雑談の中で何気なく話されました。

「この作品は、フォーヴ時代の作品だけれど、マティスらドランの原色の激しい色使いとは違って、パステル調の優しい色調が、デュフィらしさを発揮している。後年のデュフィの色彩感覚は、彼が生まれ持った独自のもので、それがこの初期の作品にすでに現われているね。いつかデュフィ展やればいいのに・・・」

きっとご本人は忘れられていると思いますが(笑)、この館長の言葉によってデュフィという画家を強く意識するようになりました。とはいえ、目標が簡単に実現することはなく、この時点から館内で企画案を通すまでが一番大変だったように思います。なにせ、過去にはクレーやらクプカやらボナールやら、モダン・マスターの大規模展覧会を開催してきたプライドと伝統のある愛知県美術館の先輩学芸員の方々が、ついこの間まで学生としてアルバイトをしていた新人学芸員の企画を簡単に了承することなどないわけで・・・。そうこうして日常業務のあわただしさにデュフィ展の企画案も忘れかけていた頃に、きっかけは思いがけないところからコロンとやってきました。

ある展覧会で共同主催をした新聞社の担当者の方と立ち話をしていた時に、どういう文脈かは忘れてしまったのですが、「デュフィっていいよね、いつかは展覧会やりたいよね」という話で盛り上がりました。その話の後、その新聞社の方が上司に話をされ、関心を持っているようだから企画書を起こしてほしいと言われました。良い機会だと思い企画書案を提出したところ、新聞社ではデュフィ展を行いたいという回答がありました。その後館内会議に企画を提案し、新聞社も開催したい希望がある旨を伝え、何とか了解を得ることができました。


この館内会議から5年の歳月を経てようやく実現したこのデュフィの展覧会は、現館長の言葉がきっかけで生まれ、またその言葉は今回の展覧会のコンセプトの基盤にもなっています。鮮やかな色彩が溢れるデュフィ独自の画風がどのように形成されたのか、その過程がご覧いただける構成になっているのではないかと思います。

また、経験の浅い新米学芸員の一企画を受け入れる英断をしてくださった当時のC新聞社文化事業部部長、そして現館長だけでなく、館内会議で展覧会企画が通るまで応援してくださった現副館長などのサポートがあって、ようやくこの展覧会の準備がスタートしたのでした。


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▲展覧会のきっかけとなった愛知県美術館の所蔵作品《サン=タドレスの浜辺》(1906年)


次回は、展覧会準備の過程でフランスの美術館などとどのようなやり取りをしたのか、もう少し具体的な内容をお伝えしたいと思います。

(MRM)
 

2012年に始まったAPMoA Project, ARCH。今回で10回目となりました。
今回ご紹介しているのは、愛知県で制作を続ける丹羽康博さんの作品です。

タイトルは「詩としての行為」。

2007年に制作された作品から新作にいたるまでを通して、丹羽さんという作家を知っていただこうというものです。


まず、コレクション展の展示室を通って展示室6に近づくと、左手の壁にこんな作品が。
 

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なぜカンヴァスが裏返しになっているのでしょうか?
作品のタイトルにヒントが隠されています。ぜひ会場で考えてみてください。


展示室の中には、さまざまな作品が点在しています。
 

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こちらは、愛知県立芸術大学大学院の修了制作として発表されたシリーズ〈詩としての彫刻〉(2007-2009年)です。
 

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このシリーズでは、自然の中から採取したものが、ほとんど手を加えられることなく作品として提示されています。


例えば、この《I caught a falling-leaf.》(2008年)。
 

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紙の箱に納められた葉は、一見落ち葉のようですが、「落ち葉」ではありません。
「落ち葉」は英語で"fallen leaf"と言いますが、この作品のタイトルでは"falling-leaf"となっています。訳すなら「落ちていく途中の葉」となるでしょうか。
丹羽さんが、木から落ちる葉を一生懸命掴もうとしている姿が思い浮かびませんか?

このシリーズの作品を観るということは、自然が作り出したものを見つめることであると同時に、自然の中からそれらを取り出した作家の行為そのものに思いをはせる、ということにもつながっていきます。


他の作品も見てみましょう。

一部が焼け焦げたソファの前に、何やら立方体が…
 

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この立方体の正体は、この展示室にもともとあったものです。
丹羽さんの手にかかると、彫刻作品のように大変身しました。


しかし、なぜこのような積み方をしているのでしょうか?
よく観察すると、作品と空間との関係が見えてくるかもしれません。


さて、その向こう側の壁にあるのは今回初めて発表される作品です。

 

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壁に留めてある紙の一枚一枚には、数字が描かれています。

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これらの数字は何を意味しているのでしょうか?
一緒に展示されたものをよく観察していただくと、作品がどのようにしてできているのか分かっていただけるかもしれません。
丹羽さんがどうしてこのような作品を作ったのか、ぜひ考えてみてください。


さて、今回も、展示室の外に展示された作品があります。
 

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えっ?作品が見えない?
確かにこの距離ではよく見えませんが、この通路の奥にも作品があります。
ぜひ会場で見ていただきたい作品の一つです。


さて、ロビーに出ると、瓶がたくさん並んでいます。
これも丹羽さんの作品、《Three minutes breathing》(2011年-)です。
 

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タイトルは「3分間の呼吸」という意味で、瓶の中で3分間呼吸をして封をしたものを集めた作品です。
一つ一つの瓶のふたに記された日付を見ていくと、やがて並べ方の規則性が見えてきます。

 

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この規則性が、作品の重要なポイント。作品の周りをぐるぐる回って見つけてみてください。
呼吸とは日々生きることそのものですが、皆さんが生活する中で感じていることを、この作品に感じ取ることができるかもしれません。


何だか「考えてみてください」が多いブログになってしまいましたが、実際に、この展覧会では、一見何の変哲もないように見える作品が少なくありません。
しかし、ちょっと眺めただけで通り過ぎてしまってはもったいない!
なぜこの作家はこんなことをするのだろう?この作品は何を意味しているのだろう?と考えてみると、皆さんの中にも共感できるものが見つかるかもしれません。


そして、そこで考えたり感じたりしたことが、作品の前を立ち去った後も皆さんの中に思考として残っていくことで、作品は生き続けると言えるのではないでしょうか。

一度読み終わった詩を反芻しているといろいろな解釈が生まれる、この展覧会では、そんな体験を楽しんでいただければと思います。



APMoA Project, ARCH vol.10 丹羽康博「詩としての行為」は7月21日(月・祝)までの開催です。

ぜひご来場ください!
(S.N.)