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刀剣の手入れ

2014年12月11日

 今回は、学芸員も江戸時代の武士のごとく刀剣の手入れをします、というお話。
 相手を断ち斬る「武器」であり「武士の魂」である日本刀は、美術館や博物館で展示される美術品の一つでもあります。当館の木村定三コレクションのなかにも槍が含まれているのですが、美しく保存しておくためには定期的に手入れが必要。そこで京都国立博物館名誉館員の久保智康先生を講師にお迎えして手入れの方法を伝授いただくことに。
 手入れの内容は大まかには、刀に塗られた古い油を拭い取ることと、新しい油を塗ることです。油が少なくて揮発してしまったり、逆に塗りすぎたまま放置したりするとサビの原因になってしまうので、定期的に古い油を拭い、きれいな油を薄く引いておくことで、研ぎ澄まされた刃文や輝くような地がねの美しさをいつまでも保つようにするのです。

 

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▲まずは鞘を抜いて状態をチェック。美術品といえども刀は刀。手にしてみると独特の重みが感じられ、なかなかに緊張感があります。

 

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▲古い油を拭い取ります。昔は和紙を使っていたそうですが、現在はキズがよりつきにくいということでちょっと高級なタイプの極柔ティシューを使用。親指と人差し指で刃を挟んで、すーっ、すーっ、と手を動かして拭っていきます。しかし切れ味鋭い刀剣、ここで手の動かしかたを少しでも間違えると簡単に手を切ってしまうので、注意が必要です。
 

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▲次に「打粉」を打っていきます。ろうそくを灯した部屋で、口に紙をはさんだ武士が丸いふかふかした玉で刀にポンポンポン…、と時代劇で目にするシーンのアレです。打粉というのは砥石を粉末状にしたもので、これを薄く付けることで油を吸収する効果があります。(ちなみに口に紙をはさむのは、刀に唾が飛んでしまってサビるのを防止するため。)この後、もう一度打粉ごと古い油を拭い、きれいに拭えていることを確認して新しい油をひき、元の通り柄に戻し、専用の袋に仕舞って手入れは完了です。

 一つ間違えると事故になりかねず、緊張しながら手入れをするので、一通り作業を終えると「ふぅ」と一息つきたくなるような疲労感があります。しかしそれだけに、余計なことを考えずに目の前の刀だけに意識を集中して精神を統一する修行、という感じで心がなんとなく落ち着きます。

 

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▲今回手入れをしたのはこちらの槍。与謝蕪村や浦上玉堂などの江戸絵画、熊谷守一や小川芋銭をはじめとする近現代美術、古代遺物、茶道具、仏教美術…と非常に幅広い時代と地域の作品からなる木村コレクションですが、じつは刀剣類はこの槍が一振りあるだけです。木村氏がこの槍を買い求めたのは、「柄」の螺鈿細工の装飾を気に入ったからだそうです。究極的には人を殺すための道具である刀剣に関心があったのではなく、あくまでも自身の価値基準に照らして美しいと判断したものを収集していったという木村氏らしいコレクションの一つです。一点だけなのでなかなかコレクション展の構成に組み込むのが難しいところですが、いつか展示してご紹介したいと思っています。(S.S.)

▼螺鈿の装飾が美しい槍の柄

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釜か(回文)

2014年10月08日

 今期の木村定三コレクション展示室は、茶釜特集です。茶釜と茶杓が展示されています。え、地味ですか?いやいや、じっくりみるとなかなか面白いものなんです。

 茶釜は点茶でお湯を沸かす必須の道具ですが、その重厚な存在感は、茶席の空間全体の雰囲気をがらりと変えてしまうほどです。室町時代の初め頃に、九州北部の芦屋の鋳物師たちが製造した真形(しんなり)の釜から、利休の時代の侘びた風情のシンプルな阿弥陀堂釜や雲龍釜、そして江戸時代に各地方の城下で製作された釜たち。木村コレクションには、これら各時代・各様式の茶釜がほぼ網羅されているのです。茶碗や茶杓をコレクションする方はたくさんいらっしゃいますが、茶釜のコレクターは非常に珍しい存在です。

 一方の茶杓は、茶入などから抹茶をすくって茶碗に入れるための小さな匙で、竹製のものが一般的です。茶杓発祥の地はお茶のふるさと・中国ですが、中国では金・銀・象牙などのものが一般的で、今回展示されているような筒を伴う竹の茶杓は室町時代末に考案された日本の茶人オリジナルの文化なのです。茶杓は一本一本材料の竹や削り方でその姿が異なります。それぞれに付けられた銘も面白い!(例えば「カマキリ」や「水仙」、「カチカチ山」なんてのもあります)。

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▲展示風景

 さて、これらの茶釜や茶杓等をまとめたカタログ『茶道具—金属工芸・竹工芸を中心に』(税込2,500円)が、昨年刊行されました。同書所収の京都国立博物館名誉館員・久保智康先生による「金工の茶道具:茶湯釜と銅器を中心に」と、竹芸家の池田瓢阿先生による「竹工芸による茶道具について」を併せてお読みいただければ、この奥深い茶道具の世界がより広がって見えてくるはず。

 カタログは10階のミュージアムショップで販売しておりますが、上司から「さらに何か売れる工夫をするように!」と指示を受けまして、販促グッズを開発いたしました。今期の展示期間中限定で、この『茶道具』カタログお買い上げの方に、豊臣秀吉から細川三斎が拝領したという《大耳釜》のオリジナルペーパークラフトをプレゼントします!ペン立てとしても使えます。ただし、作るのにはハサミと糊と手先の器用さと根気と一時間程度のお暇な時間が必要ですのでご注意を。
(KS)

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▲試作品の数々。左から順にver. 1からver. 4まで。

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▲実物と比較する筆者。ちょっと赤みが強すぎました(修正済み)。

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▲カタログと大耳釜(紙)と桐箱(紙)。

空前絶後の熊谷守一展

2014年09月11日

残酷なまでに暑かった夏をようやく乗り越えて、すっかり秋めいてきましたが、皆さんは如何お過ごしでしょうか。私の方はというと先日、岐阜県美術館でオープンしたばかりの「熊谷守一展」を拝見してまいりました。

 

当館からも木村定三コレクションの作品が多数出品されている関係で、初日の開場式にお邪魔してきたのです。熊谷守一といえば岐阜県にとっては、山本芳翠と並んで極めて重要な地元出身の洋画家。当然多数の関係者がつめかけた開場式は熱気に包まれ、古川館長の最初の挨拶からして気合が入っています。曰く10年以上前から、誰も見たことがないような、熊谷の展覧会をいつかはやりたいと考えており、今回それが実現した。出品点数が400点を超える展覧会は空前絶後である、とのこと。これを聞いたときに、何か運命めいたものを感じました。

 

というのも、熊谷の生誕100年を記念した展覧会図録の中で、木村定三氏は今後自分のコレクションはどこにも貸し出さない、故にこの展覧会が絶後の遺作展である、という主旨の言葉を書いているからです。それから20年以上を経て、木村定三コレクションが当館に寄贈され、今やその作品が多くの人の目に触れることになったのは周知の通りです。その中でも80点以上(まさしく空前の規模!)の木村定三コレクションが貸し出された今回の展覧会が、時を超えて二つの「絶後」を結びつけたということに感慨もひとしおです。

 

また岐阜新聞社の杉山名誉会長は、2012年に岐阜県美術館のシャガール展が大成功を収めた頃から、2014年にも何か大きいことを、という思いで企画を進めてきた、と挨拶されていました。それでふと思い出したのが、シャガールも熊谷守一も同じく97歳でこの世を去った長寿の画家だったという事。同じ年に立て続けに長寿画家の展覧会に関わった偶然に、我ながら少しおかしくなりました。ちなみに梅原龍三郎と中川一政も同じく97歳まで生きたそうです。…ハッ!…ということは…!?(かようにしつこく長寿ネタを披露しているのは単なるトリビアではなく、次回のコレクション展の「夭折の画家」特集へのカウンター的ステマだったりします)。

 

出席者の中には県議会の議長もいらっしゃって、この展覧会をもって岐阜の文化振興に寄与したい旨の言葉もありました。熊谷守一の父親、孫六郎がかつて同じ県議会議長を務めたことを思えば、この言葉もまた重みを増してくるように思いました。などと、普段はオープニングにうかがっても聞き流している関係者のご挨拶ですが(ちょっとちょっと!)、展覧会をお手伝いをさせて頂いたこともあって今回は聞き入ってしまいました。

 

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 熊谷守一のご息女、熊谷榧さんもご出席。

 

さてテープカットが終わり、会場へ足を進めようと思いますが、人が多すぎて中に入れません。なのでまずは、所蔵品展示から先に見始めます。こちらは先頃《裸婦》が重要文化財に指定されたばかりの山本芳翠の絵が多数展示され、さながら特集展示のよう。他にも藤島武二、長原孝太郎、青木繁、藤田嗣治など、熊谷と関係の深い画家の作品が並んでいました。

 

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 展示室入ってすぐの初期作品コーナー。

 

ようやく熊谷守一展の会場に入ると、いきなり木村定三コレクションの《朝の日輪》がお出迎え。おお。その後も要所要所で、木村定三コレクションの名品が展覧会を彩っていて誇らしくなるとともに、自分の中で確立させた熊谷守一像に従って、厳格に作品を収集していった木村定三氏の目利きに改めて恐れ入る思いでした。また、それにも増して《母の像》や《熊谷萬病中図》、《ヤキバノカエリ》など、主要な所蔵品を軸にして熊谷守一の死生観に迫っていく展示構成には、作家への深い理解と収集活動が一体となった岐阜県美術館の実力を感じずにはいられませんでした。

 

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 当館木村定三コレクションの猫は下絵(トレース紙)と一緒に。

 

作品数の充実は、会場で様々な気付きがもたらされることを意味します。今回の展示では、1930年代に描かれた様々な裸婦像がグリッド状に配置されたコーナーや、1960年前後に描かれた裸婦がまとめられた壁面などに、特に目を見張りました。前者では同じ裸婦というモチーフながら、絵具によるドローイングのように、異なる表現方法を試行錯誤した跡がありありと見て取れます。また後者では、グリーンとオレンジという色の対比を用いた背景の平面構成に、この時期の画家の関心があることが伝わってきます。これらはそれぞれの時代や主題ごとの作品を、点ではなく面で見せることによって浮かび上がってくる成果と言えるでしょう。

 

また木村定三コレクション以外では、来年秋に画家の故郷にオープンする予定の、熊谷守一付知記念館準備室が所蔵する作品が出品されていました。開館前の今のタイミングだからこそ、集めることの可能だった出品内容といえると思います。単純だけれどもそれだけに奥が深く、一点一点の鑑賞に時間のかかる熊谷作品。それがこれだけ集められているのですから、どうか十分な時間を予定に入れておくことをおススメします。なんといっても他のお客さんから、「えーっ、まだあるのー?」という驚きの(あるいは歓喜の)声が聞こえてきたくらいですから!!

(TI)

 コレクション展示室では、会期毎に木村定三コレクションの作品をさまざまな角度からご紹介しています。そして、なんと今年2013年は、木村定三氏の生誕100周年にあたるとともに、作品を美術館にご寄贈いただいてから10年という、コレクションにとって記念すべき年なのです。さらに、このたび新たに『仏教美術』の図録が完成しました!

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 愛知県美術館はこれまでに、木村定三コレクションに関する調査を継続して進めてきました(参照:コレクション調査進行中)。今回の図録には、専門家の先生方のご協力のもと、仏教美術に分類される彫刻、工芸、絵画、書跡を収録しています。少し中身をのぞいてみると…

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 こんな感じで、密教法具や仏画などをカラー図版でご紹介しています。その他にも、タイやミャンマーなど東南アジアの仏像や、刺繍による曼荼羅など、幅広い作品が解説とともに掲載されており、木村コレクションの新たな側面を感じていただける内容になっています。館内のショップにて販売中ですので、ぜひ一度お手に取ってみてください!

 さて、現在のコレクション展示室では、木村定三コレクションの中から「岡本柳南」の作品を公開しています。岡本柳南(1848-1934)は、江戸時代後期から昭和にかけて、名古屋で活動した南画家です。いわゆる「職業画家」ではなく、土木建築の仕事に携わる一方で、福島柳圃(1820-1889)に南画を学んだり、名古屋の南画家・山本梅逸(1783-1856)の画風を研究したりと、地道に絵に対する関心や技術を磨いてきました。

 あまり知られていないことですが、木村コレクションの中にはこの岡本柳南の作品が57点も含まれていて、木村氏がとりわけ熱心に蒐集した作家の一人なのです。愛知県に生まれ、仕事の傍ら美術に情熱を注いだ木村氏は、自身と柳南の経歴を重ね合わせ親近感を抱いていたのかもしれません。茶会記には、木村氏自身が催した茶会にて柳南の掛軸が公開されたことが記されており、木村氏の柳南作品との関わりの一端が窺い知れます。

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 今回の展示では柳南作品を17点まとめて展示しています。プーシキン美術館展でフランス絵画を鑑賞された後には、ぜひコレクション展示室へ!ほっと一息つける空間になっているかと思います。
(KM)

 既に展示室でご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、現在木村定三コレクション室(展示室8)では、新しい小冊子を配布しています。かわいらしい表紙が目に付くこの冊子の名前は「拝啓、木村定三さま」。その名の通り、コレクターの木村定三氏をご紹介する内容です。

 当館では木村定三コレクションの受入れ以来、様々な調査研究や展示を行ってきましたが、来館者の方々から「木村さんはどういう方だったのですか?」という質問を頂くことがしばしばありました。今年2013年は木村氏の生誕100年にあたりますので、それを記念して木村定三氏その人に焦点を当てた印刷物の発行を企画したわけです。内容については実際にお手にとって頂くこととして、ここでは編集中の裏話をいくつかご紹介しようと思います。

 この冊子は当初から、幅広い年代の読者を想定して、小中学生でも楽しみながら読めるものにしたいと考えていました。そのため、堅苦しくない雰囲気を出すために、当館の他の印刷物では「木村定三氏」と呼ぶところを、あえて親しみをこめて文中では「定三さん」と呼んでいます。さらに様々なエピソードにはイラストを添えて、楽しみながら読み進められるようにしました。

 このイラスト、どなたに頼もうかと思案したのですが、若い作家を支援した木村氏にならって、若いアーティストにお願いすることにしました。イラストを使った作品も発表している、板谷奈津さんです。彼女は小さいお子さんを持つお母さんでもあるので、子どもたちの共感を得られるのでは、という予感がありました。結果としてこちらの期待を上回る内容に仕上げてくれたのではないかと担当は思っていますが、皆さんの感想はいかがでしょうか。板谷さんの娘さんも登場していますので、是非実物をご覧になってみてください。

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 ちなみに彼女の本業の方の作品では、イラストの温かいテイストはそのままに、もうちょっとハードな感じ(意味深)になっているので、そのギャップもまた興味深いです。一番の驚きだったのは、イラストだけではなく定三さんのアップリケも作ってくださったこと。その出来の良さに、迷わず表紙に使わせていただきました。
(TI)

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ようやく秋も深まってきましたが、書斎で静かに読書を楽しむ方もいらっしゃるでしょうか。

今回は、現在コレクション展の木村定三コレクション室でご覧いただける文房具たちをご紹介します。

木村氏は文人と呼ぶにふさわしい方で、文人には欠かせない文房具についても豊かなコレクションをお持ちでした。

文房具とは文房=書斎で使うものという意味であり、文房具の中心をなす四つを指して、文房四宝と呼びます。

それは、筆 墨 硯 紙 のことで、このうち硯が最も重んじられ、文人の愛玩の対象となりました。

硯の中でも中国の端渓の石で作られたものが有名です。

 

では、展示しているものから2点の硯をご紹介します。


まずは、端渓の《日月硯》です。

 

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「眼」(がん)と呼ばれる石の中の斑点を太陽と月に見立てた硯です。

カメラマンの腕が悪いため良さが伝わりませんが、石眼を含めて石の材質感や右下の凸凹としたところの様子などがとても素敵な硯です。

 

この硯には、もう一つ素敵なポイントがあります!

それは硯箱です!

 

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整った瓜の形をしており、よく見ると蛍がとまっています。

なぜホタル・・・・・?

この硯箱の作者は石眼を蛍の光に見立てたため、硯箱の蓋に蛍を登場させたのでした。

硯では太陽と月に見立てられている石眼を、硯箱では蛍の光に見立てるとはなんと面白い演出でしょうか!

文人はこうした演出を好み、仲間とともに愉しみました。

 

次に紹介するのは、猿面硯です。

 

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こちらは和硯の一つで、陶硯といって陶器に漆を塗って硯にしたものです。

日本風の呼び名は、「さるおもてのすずり」といいます。

確かに猿顔ですね!

この硯の周りには螺鈿が施されており、装飾的な美しさも兼ね備えています。

 

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陶硯には硯にすることを目的に焼かれた陶器を用いたものの他に、甕や食器といった須恵器を整形・研磨して硯に仕上げたものがあります。

これらは転用硯と呼ばれます。

 


今回の文房具の展示では、硯の他に水滴(硯に水を注ぐための容器)や硯箱も展示しています。

 

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↑ 水滴たち

 

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↑ 水滴を収める箱

 

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↑  硯箱

 

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あっ!かまきりが水滴を狙っている!!

 

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実はこれは工芸品の一つで、自在置物といいます。

本物そっくりの形は当然のこと、関節部分も本物同様に動かせるよう精巧に作られたものもあります。

江戸時代に入って戦がなくなると、武具などの需要が減少したため、甲冑師の中にはこうした精巧な工芸品に自らの技を活かす者もいました。

写真には写らない美しさがあります。

どうぞお越しいただき、間近でご覧いただきたいです。

 

今回の文房具の展示をご覧いただいた方から、「木村定三さんって本当に広い見識を持っていらして、コレクションの底が知れないね」というお言葉をいただきました。

みなさんも木村定三コレクションの世界に足を踏み入れてみませんか?

さあ、恐れないで・・・。

(Y.H.)

梅雨が明けず蒸し暑い日々が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?


現在、美術館は展示替え中です。

普段立ち続けているロバート・スカル氏も休憩中です。

「7月13日からはまたソファに座った妻の後ろで皆様をお待ちしております」とのことです。

 

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↑ 休憩中のロバート・スカル氏

 

さて、今回は木村定三コレクションについて皆様にお知らせです。

木村定三コレクションの『作品目録 I 』が完成しました!

 

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↑ 『木村定三コレクション 作品目録 I 』表紙


木村夫妻にご寄贈いただいてから継続的に進めておりますコレクションの調査により、不明だった作家が判明した作品、名称がより正確なものに変更された作品などが出てきました。

そこで、これまでの調査・研究の成果を反映させた目録を作成しました!

分野ごとに掲載していますので、コレクションの全体像がわかりやすくなっていると思います。

木村定三コレクションをより身近に感じていただければ幸いです。

 

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↑ 『木村定三コレクション 作品目録?』内容

 

残念ながら販売の予定はありませんが、愛知芸術文化センター内のアートライブラリーでご覧いただけるようにいたしますので
いましばらくお待ちください。

 

“ I ”となっていることでお気づきの方もいるかと思いますが、まだまだコレクションの全貌とまではいきません!

みなさまに木村定三コレクションの魅力をお伝えすべく、今後も継続して調査・研究を続けて参ります。


調査と並行して作品の修理も行っております。

修理後の作品のお披露目についてはまたお知らせしたいと思います。

お楽しみに!

(Y.H.)


 

「うつし、うつくし」展のなかで展示されていた銅鐸(木村定三コレクション)をご記憶の方もいらっしゃると思います。この銅鐸には興味深い事実があります。展覧会は終了しましたが、ここでご紹介いたします。

 

ご承知のとおり、銅鐸は弥生時代に特有の金属器で、近畿を中心に、中部地方以西に分布することが知られています。そして、祭祀の時などに、特殊な目的で用いられたものと考えられています。もともとは音を鳴らすための鐘としての機能をもつものだ

ったようで、初期のものは小型で、上部の吊り手部分の「鈕(ちゅう)」にひもを通して吊し、本体部分「身(しん)」の内側に「舌(ぜつ)」を付けて、鈴のように鳴らしたものと推測されています。

さらに、銅鐸は集落跡などの遺跡発掘ではほとんど確認されることはありません。工事などの際に偶然発見されることが多く、これも大きな謎となってきました。

銅鐸は、やがて本来の鳴らすという機能を失っていき、時代を経るに従い装飾的で大型のものが作られるようになっていったとされています。

 

木村定三コレクションの銅鐸は「四区袈裟襷文銅鐸(よんくけさだすきもんどうたく)」という型式です。編年的には第三段階「扁平鈕式(へんぺいちゅうしき)」と呼ばれるもので、弥生時代の中期、紀元前1世紀頃に制作されたものと推定されています。銅鐸の時代を推定する編年研究のポイントは、「鈕」の形態の変化を一つの指標としていて、「扁平鈕式」というのは、もとは「紐」の断面が菱形だったのが、扁平になった段階のものという意味です。

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↑ 木村定三コレクションの《四区袈裟襷文銅鐸(よんくけさだすきもんどうたく)》

 

ところでこの銅鐸を納めた箱には「唐物喚鐘花瓶(からものかんしょうかびん)」と書いた紙が貼られています。つまり、この銅鐸は、ある時期、花瓶として使われていたと言うことです。

 

細部を観察してみましょう。

まず、上部の平らな部分、銅鐸としては「舞(まい)」と呼ばれるところですが、ここが大きく切り取られていることが判ります。もともと、この部分は銅鐸を鋳造するときの技術的な事情から、小さな穴があることが多いのですが、ここでは明確に手が加えられています。また、よく観察すると「鈕」の内縁も少し削り取られていて、花が生けやすいように改造されています。

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↑ 花を生けるため「舞(まい)」の部分が大きく切り取られています。

 

その他にも花瓶としての改造部分はあります。背面(本来銅鐸には表裏はないので、花瓶としての裏側という意味)には、これを懸けるための金具が取り付けられています。さらに、銅鐸の「身」の部分にもともとあった穴はふさがれて、水が漏れ出さないように手が加えられ、もちろん、内部には、花瓶として使えるよう底板が取り付けられています。

つまり、この銅鐸は、弥生時代の考古資料であるばかりか、茶の湯などで用いられた「掛花生(かけはないけ)」でもあったわけです。

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↑ 背面に金具が取り付けられています。金具の両側には穴が塞がれた跡が見えます。

 

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↑ 花瓶として使えるように、底板が取り付けられています。

 

このような銅鐸の道具などへの転用については、難波洋三氏が「花入などに転用された銅鐸」と題して、その概要を報告されています(『京都国立博物館だより』149号、2006年)。

それによれば2006年段階で、難波氏が何らかの転用を把握していたものが43個あり、実際には50個以上あるのでは、と推定されています。それは出土総数の一割以上になるとのことです。そして、このような転用は、その多くが花生であるということ、そして、それは江戸時代を中心に行われていたということを紹介されています。

 

銅鐸に限らず、長く伝世したものには、本来とは違った目的で用いられたり、そのために手が加えられたりすることがあります。この銅鐸は、その典型的なものということができます。

(M.M.)

木村定三コレクションの調査については、作品の寄贈以来継続して続けていますが、今年度は主に金工品を中心に行っています。

 

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↑ 木村定三コレクションの調査風景。

 

特に銅鏡についてはその全体像を目録にまとめようと現在調査を進めています。

専門の研究者に依頼して調査・研究を進めていますが、それぞれの作品を目の前にして、作品の状態や、形態・文様など専門外の者にはわからないことなどいろいろ教えていただきながら調査を進めることができ、実物に触れる楽しさを感じる醍醐味はなかなか得られない経験となっています。

考古資料でもあることから、発掘品として錆が付着していたりすると、赤錆だったり緑錆だったり、また変形していたりして、どんな状況で土中に埋まっていたのが想像され、興味は尽きません。

 

銅鏡特有の神像獣像も拡大すると実に鮮明で、中国の金工品などによく見かける、足や角の欠けた小型で細長い胴体の龍型文様である文(ちもん)が複雑に絡み合う蟠文(ばんちもん)などは、実に生き生きとしかも奇妙で、古代の人々の想像力のすごさに圧倒されてしまいます。

 

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↑ 青銅蟠文鏡(せいどうばんちもんきょう)部分

 

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↑ 青銅細文地方格規矩四龍文鏡(せいどうさいもんじほうかくきしりゅうもんきょう)部分

 

年度末には目録にまとめる予定ですが、出来上がるのが楽しみです。

(H.K.)

 

*ブログ編集担当者より

文(ばんちもん)模様のオリジナル商品を開発したくなります。
 

 来年1月23日まで、愛知県美術館の全展示室を使って「美の精髄 愛知県美術館の名品300」展が開催されています。その中の最後の部屋、いつも木村定三コレクションを展示している「展示室8」では、木村定三コレクションの名品のうち、愛知県美に収蔵されてから修復がされた作品がお披露目されています。


 愛知県美での作品修復は、作品を今後もずっとよい状態で皆さんに鑑賞していただくために行われるものです。一つずつの作品に個性があって他に代えがたいものであるように、いたみの具合も作品ごとに千差万別で同じものはありません。修復は、作品ごとに注意深い状態調査をした上で、その作品にとってベストな方法を、修復技術者と学芸員が相談を重ねながら行われます。


 一堂に展示された修復後の作品を眺めていると、それぞれについての修復のエピソードが思い起こされ、感慨深いものがあります。ここでは、展示作品の中から1点をご紹介。


 江戸時代の画家、呉春が描いた《蛙図扇面》は、扇絵が掛軸に仕立て直されている作品です。

 

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↑修復前は、細い軸木に掛軸を巻くことによる横折れがひどく、作品がいたんでいることはもちろん、鑑賞が大きくさまたげられていました。

 

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↑修復により、横折れが解消され、すっきりとしゃれた作品の魅力が味わえるようになりました。

 

 この作品で重要なのは、古くになされたと考えられる紙の表具です。表具の紙自体も大変いたんでおり、修復の際に再使用できるかどうか危ぶまれましたが、この作品の軽く上品な味わいには欠かせないものという判断から、修復技術者のかたに表具を新調する以上の手間をかけて再使用していただきました。


 ぜひ展示室で、修復のなった《蛙図扇面》の魅力を味わって下さい。なお、この作品は12月26日までの展示です。お見逃しなく!
(M.Ma)

蕪村の名作、修理中

2010年10月11日

 江戸時代の画家、与謝蕪村晩年の名作として名高い《富嶽列松図》は、愛知県美に寄贈された木村定三コレクションの中でも最も知られた作品の一つです。蕪村の代表作として、重要文化財に指定されています。この作品が、今年から修理されています。


 《富嶽列松図》は、掛軸としては珍しいほど横長の画面が特徴で、それが鑑賞上も重要なポイントとなっています。しかし、この作品の場合、掛軸として大きく重いことが表具の変形につながってしまい、画面にも影響があらわれ始めてしまいました。画面のあちこちが折れたり、また巻いたり広げたりすることで表面の墨がこすれて取れてきたりしています。


 この作品は、県美での展示予定や他館の展覧会への出品希望も多い、大人気の作品です。今後も皆さんに見ていただく機会をできるだけもつためには、このままの状態では作品への負担が大きすぎるという判断から、本格的な修理をすることになったのです。

 

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↑《富嶽列松図》(修理前)。今回の修理は、この形を基本的に保ちながら、保存上の問題を解決するやり方で行われます。

 

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↑修理の経過を一部ご紹介。掛軸を解体した後、絵を吸い取り紙にのせ、手早く水を通して画面をきれいにします。これは使用後の吸い取り紙ですが、これだけの汚れが取れました!

 

 修理には丸2年かかり、修理後も作品が落ち着くまで寝かせておく必要があります。愛知県美の名品を集めた「美の精髄」展にも、残念ながら出品することができません。しばらくの間見ていただくことができませんが、リフレッシュした《富嶽列松図》にお会いいただける日を楽しみにお待ち下さい!
(M.Ma)

江戸絵画、修理中

2009年05月14日

美術館は作品を展示する所ですが、美術館が所蔵した時点で、傷んでいる作品も少なくありません。そうした作品を、安全に展示し続けられるように修理することも、美術館の大切な仕事です。大きな修理が必要なものは、専門の修理所に「入院」させ、1年から2年がかりで修理をすることになります。今もいくつかの作品が修理中で、江戸時代の伊藤若冲の《伏見人形図》(木村定三コレクション)もその一つです。

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▲伊藤若冲 《伏見人形図》

かわいらしい伏見人形の布袋様を描いたこの作品は、紙の折れや絵具の剥落がひどく、このまま展示を続けると傷みが進んでしまうおそれがありました。また、表具(ひょうぐ)のうち、「一文字(いちもんじ)」と「風帯(ふうたい)」(焦げ茶色の細い裂(きれ)の部分です)に使われていた裂は、媒染剤※に含まれる鉄分のせいで劣化が激しく、この鉄分が作品にも影響を与えかねないため、取り替える必要がありました。※裂を染める際、染料を繊維に固着させるための物質。

作品は、現在解体修理中ですが、膠(にかわ)で絵具の剥落を止める「剥落止め」がされ、汚れが除かれて、布袋様たちも心なしかほっとした表情です。

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▲解体作業中です

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▲「剥落止め」がされ、汚れが除かれました

修理後の表具は、なるべく修理前の雰囲気に近いものにすることが決まり、新調する「一文字」と「風帯」もふるいものに似せて染めてもらいました。リフレッシュした布袋様たちに、展示室でお会いいただけるまで、今しばらくお待ち下さい。

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▲修理後の表具裂合わせ。左下はふるい「一文字」

(M.Ma)

 

今年度の所蔵品展示として、木村定三コレクションの中から「京都の焼物」が、愛知県陶磁資料館で「日本のやきもの」と題して展示されています。それぞれ特徴ある優品ばかりで、今回はじめて公開されるものも含まれています。
 楽茶碗の黒楽や赤楽、また永楽保全の中国の陶磁器や東南アジアの陶磁器の写しなど多彩な京焼が展示されます。展示の詳細は陶磁資料館でお尋ね下さい。(HK)

愛知県陶磁資料館
〒489-0965 愛知県瀬戸市南山口町234番地
 TEL (0561)84-7474(代表)

 

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▲黒楽茶碗(くろらくちゃわん) 銘ぬれ烏, 楽 了入(らく りょうにゅう) 

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▲祥瑞写唐子図腰鎬筒茶碗(しょんずいうつしからこずこししのぎつつちゃわん)永楽 保全(えいらく ほぜん)

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▲交趾写魚形水注(こうちうつしさかながたすいちゅう), 永楽保全

 

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▲色絵蓬莱注連縄文茶碗(いろえほうらいしめなわなわもんちゃわん), 永楽保全

 

  今年度の木村定三コレクションの新しいビデオ番組が出来ました。木村定三コレクションの全貌を紹介するため、毎年テーマを決めて制作しています。今年度は「近代の美術」を制作しました。
  ↓美術館ロビーのビデオテークで見ることができます。

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↑ 画面メニュー

  これまで制作された木村定三コレクションのビデオには、「木村定三コレクション」「感銘を求める旅」「江戸絵画への誘い」などがあります。いずれもビデオテークで鑑賞できますのであわせてご覧ください。

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 また、美術館所蔵作品や所蔵作家を紹介するプログラム、その他美術の歴史や現代作家シリーズのプログラムもありますので、こちらも美術鑑賞に合わせ、ぜひご利用ください。

(HK)
 

 愛知県美術館には木村定三氏とその遺族から3000点をこえる収集品が寄贈されましたが、美術館ではこのコレクションを「木村定三コレクション」と名付け、各研究機関や専門家の方々のご協力を得て調査研究や整理、管理運営を進め、必要な保存処置と並行しながらその公開に努めています。展覧会や雑誌などでも紹介されることが多くなりましたので、皆さんの中にも各地の美術館の展覧会や各種の出版物で「木村定三コレクション」という言葉に触れたことのある方たちもおられると思います。

 コレクションの寄贈以来、さまざまな調査研究、保存科学的調査研究、それらに基づく登録管理を進めてきましたが、そうした活動に伴って種々の資料が集められ、作成されて、その数も年々増えてきました。担当されている方たちの努力の賜物でしょうか、作品カード、写真フィルム・紙焼、状態記録、保存処置記録や各種写真、類似作品の資料や写真など、関連する資料は増え続け、キャビネットから溢れてしまうほどでした。

 今度新しくキャビネットを追加して、これまで溢れていた資料を整理していくことになりました。追加に伴い担当の方たちのデスクの配置換えもしました。これまで整理してきたキャビネットの数は倍になりましたが、整理して行くとすぐにいっぱいになりそうです。

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↑新しいキャビネットの搬入の様子

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↑以前の資料保存

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↑キャビネット搬入後。資料整理場所が増え、スッキリ!

 さまざまな方たちの協力の下、今後も寄贈者の遺志に応え、美術館の活動をより広く行っていくためにも、木村定三コレクションの調査研究を進めていこうと思います。

(HK)

ただいまワイエス展真っ最中の愛知県美術館ですが、展示室が美術館の全てではありません。バックヤードでも日夜、さまざまな活動が行われています。

先日は、NPO法人・文化財保存支援機構の装こう師(*注1)の先生方をお招きして、木村定三コレクションの近現代日本画(明治・大正時代の掛け軸など)の調査が行われました。大和なでしこからは程遠い私もちょっと見学!

例えば、かけ軸は箱から取り出して壁にかけるのですが、その過程には細やかな手順があります。軸と箱の向きのそろえ方、圧力をあまり紙にかけない軸の持ち方、特殊な紐のかけ方、等々。全て、かけ軸を最も安全かつ簡潔な手順で扱うために必要なのです。

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 一つ一つの所作振る舞いが何だかお茶席みたいだなーと思いきや、やっぱり掛け軸の扱いはお茶と同じ起源をもっているそうです。どちらも、大切なものをできるだけ丁寧に扱う、という心に基づいており、その作法の美しさをより洗練させたのがお茶と言えるかもしれません。

↓きれいに巻いて紐をかけた掛け軸は、それだけで美しいですね!

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 調査の終わりに、先生方から直接、掛け軸の扱い方を指導していただけました。先生方はすっすっと自然な手つきなのですが、先生の前で緊張している私の場合「あれ、手が足りない…」「紐がびよーんとなっているんですが…」となります。。。
長い時間を超えて受け継がれる作品にはきちんとした作法で接したいもの。そして、そうした作法は日々の鍛錬があって初めて身につきます。時には先生方に基礎から教わり、自分の「手」を見つめなおすことが学芸員として何より大事ですね。


*注1 装こう師とは、掛け軸や屏風など日本の伝統的な形態のものを修理したり仕立てたりする技術者の方です。今回いらした方は、いずれも日ごろは国宝などの修理をされている工房の皆さんばかりです!パパーン!!

(FN)

 今、所蔵作品展の展示室8で特集展示「受け継がれる木村定三コレクション」を開催しています。これに関係する3つの催しが終わったところですが、その裏話をちょっぴりさせて頂きます。

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 いやあ、シンポジウムというのは、やっぱり難しい。これで2回目になりますが、今回もまた担当としましては不完全燃焼で終わってしまいました。でも皆様から伺うお言葉やアンケートには、熱心なご感想やら励ましの言葉が多く、普段はあまり紹介されない美術館の裏方活動というか基礎研究の部分に、こんなに興味を持っていらっしゃる方々が多いのだなあということを、今回もまたつくづく感じたのでした。
 ただこの手のものをまともにやると、ただ「小難しい話」になってしまい、またどうしたって「地味」であることには間違いなく、それを少しでも「分かりやすく」「面白く」というのが、毎回、担当が苦しむところなのですが・・・。ああ、やっぱり、難しい。
 

 前回のシンポジウムで何より残念だったのは、日本画の独特の技法、裏彩色(うらさいしき)や裏箔(うらはく)といった技法についてお伝えしきれなかったこと。もちろん講師の先生は、これ以上はないだろうという写真などをご準備下さいましたが、やはり写真では限界があり、またそれを見越して見本までもお持ち下さったのですが、それはそれで極わずかな方にしか見て頂けない・・・、そこを担当としましては、なんとかしたいという思いにかられたのでした。今回の特集展示ではサンプル資料を展示しました。日本の伝統的な顔料そのものの美しさや、それを絹の表と裏と両面から彩色した「透ける」色の重なり・・・その立体的な色彩の妙を、実際に見て頂きたいと思ったからです。その上で作品をご覧いただけると、また違った目で作品の美しさ、神秘さに触れて頂けるのではないでしょうか。サンプルを制作して下さっているところも、一部ですが撮影させて頂きました。またいずれ、そういうものも参考資料として展示に取り入れていこうと思っています。

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  さて、今回の展示で担当が一番ふんばったのは、作品とお客様の距離。これはいささか自慢したいことなのです。なんたって作品が展示ケースのガラスから10cmの距離にあるのですから!! 特に今回のシンポジウムのテーマにもなった阿弥陀三尊来迎図の衣類を表現している「きり金技法」は、虫眼鏡で見たって「凄い」の一言。この、とてもこの世の人の手によるものとは思えない精緻なるものを、展示ケースの奥の壁に展示したって、とても見ることはできません。だから担当はまず展示の仕様に精一杯の知恵を絞りました。でも・・・、それより何より語りたいのは、展示の前のガラス磨き。これだけ作品が近いと日頃はあまり気にならない程度のガラスの曇りも致命的です。だけどこれがこれが・・・!! 最初はもちろん普通にワイパー方式。だけど寄る年波か、段々と腕が上がらなくなってくるのです。だったら今度は両足開きのガニ股スクワットで!! それこそ髪を振り乱し、なりふりかまわず、執念の鬼婆の如く! ああ、こんな姿はとても亭主、子どもにも見せられないわあ・・・と思っていたら、ガラスの向うで先輩学芸員がニコニコ手を振っているではないか。「力、入ってるねえ」。「うー、なんのこれしき、主役は作品よお。学芸ではないのよお」なぞと訳のわからないことを口走りながら磨くこと1日半。腰は痛いし、時間は迫るし、でもやっぱり「最高の状態で見て頂きたい!!」。おかげで(??)、ちょっとどこの博物館でもやってない、迫力の展示になったと悦に入っていますが、いかがでしょうか? あっ・・・いえ、ガラスではなく作品を見てくださいね。

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 スライドトークの方も非常に盛会。竹上先生の「使える糊になるのに10年、1人でできる職人になるのが10年、だから弟子入りして最初の年に作った糊をもらって、暖簾(のれん)わけさせてもらう」という話には、会場からため息が。また豊橋市出身の加藤先生には「頑張って下さいね」と、逆に先生を励ますお客様もいらっしゃり、シンポジウムとはまた違う小規模の会ならではの良さを再認識致しました。

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 スライドトークはもう一度、11月29日に行われます。

(NN)