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 さて、前回お伝えしたとおり、長い道のりをへて無事に到着したピカソですが、このような長時間のフライトや移動を経た後は木箱をすぐに開けることはありません。「シーズニング」といって翌日以降までそのままにして環境になじませてから、木箱から取り出して移動中に何か変化がなかったかの点検するのです。着いた日は週末だったので翌々日に開梱、点検をピカソ美術館の保存修復の学芸員と一緒に行い、すぐに展示室へ移送して展示作業へかかりました。

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▲クレート(輸送箱)を開けたところです。

 ピカソ美術館は非常に古い建物を再利用した美術館なので、それぞれの展示室はさほど大きくはありませんが、展示された部屋はピカソ美術館の中でも中心的な展示室でそれも壁の真ん中に飾るところが用意されていたのでした。
 ほかの展示室の案内も含めて館長が丁寧に応対してもらい、作品を架けるフックや照明などそれぞれ確認をしながら展示作業は進められました。展示そのものはワイヤーで吊るタイプではなく専門スタッフが新しく塗り替えられて用意された壁に作品に合わせたフック用の穴を、日本製のドリル!であけ、盗難防止の留の付いたフックを使って高さや水平を調整しながら架けました。

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▲世界のマキタ!

 日本を出発する直前にピカソ美術館からは今回の愛知県美術館の作品をピカソ美術館で展示することについて取材依頼が来ているので是非対応してほしいとの連絡がありました。どんな取材になるのかと期待半分、不安半分だったのですが、実際にはバルセロナのあるカタロニア地方の地方紙の女性記者とスペイン全国紙の男性記者とカメラマンが来て展示の終わった作品を前にしてそれぞれ直接のインタビューを受けることになりました。《青い肩掛けの女》がどういった経緯でいつ収蔵したのか、愛知県美術館コレクションでの位置付けはどうか、来館者はどんな様子かなどについて尋ねられました。記者たちはスペイン語だったので、スペイン語の出来ない私のために、ピカソ美術館の館長に英語に通訳していただいてのインタビューとなりました。

 そのあとピカソ美術館のチーフキュレーターにピカソ美術館でこの作品を展示する意味やこの作品の重要性などを聞いていました。おかしかったのは、そのチーフキュレーターへのインタビューの様子を私が写真に撮ろうとしたら、そのまま動かないでくれとカメラマンが《青い肩掛けの女》を背にして私がカメラを構えている様子を撮影し、なんとその妙な写真が全国紙の紙面とウェブに載せられたのでした。 

 

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▲インタビュー中に撮影されました。

 

 このように《青い肩掛けの女》は現地でもニュースになる注目されることであったのです。愛知県美術館が1992年の開館に向けて収集を始めて最初の寄贈作品であったこの《青い肩掛けの女》は長年展示室で見慣れていてつい素通りしがちになっていたのですが、バルセロナでも注目される重要な作品であることを改めて感じさせられた出張になりました。この作品のおかげもあって今度の「ピカソ、天才の秘密」展にはバルセロナのピカソ美術館からは油彩と素描合わせて5点の作品が来日しています。もちろんの《青い肩掛けの女》もそれらと一緒に帰国して展示室に並びました。
 1月3日からの「ピカソ、天才の秘密」展にはバルセロナのピカソ美術館だけでなくパリのピカソ美術館やワシントンDCのナショナルギャラリーやフィラデルフィア美術館などからも名品が出品されています。是非ご来館いただければと思います。そして上記のような裏話を思い出しながら見ていただけると別の面白さもあるかと思います。

(S.T)

 ピカソ展を直前にして、9月にバルセロナのピカソ美術館へクーリエ(作品随行員)として出張したことをご紹介します。このクーリエ出張は201613日から始まる「ピカソ展、天才の秘密」展の準備の一環でした。というのはバルセロナのピカソ美術館との出品交渉をしている中で、条件として出てきたのが愛知県美術館所蔵のピカソ青の時代の名品《青い肩掛けの女》を貸してくれるならバルセロナから複数の作品を貸してもよいというものでした。美術館どうしの関係はお互いの信頼関係はもちろんのこと互いに借りたい作品を持っているのかといったことも影響し、展覧会の成否にも関わってきます。大前提としては、展覧会そのもののコンセプトが相手の館に理解されること、空調を始め保安上なども含め美術館の基本条件をクリアしていることなのですが、借り出しが難しいものを借りるためにはこうした条件が示される場合があるのです。

というわけで美術館の実力を測る物差しの一つには他館が借りたい所蔵品をいかに多く持っているのかがあるわけです。つまり優れた所蔵作品を持てば持つだけ美術館活動をやりやすくなります。もちろんの博物館の一種である美術館は作品を始めとする美術資料を収集し保存して後世に残していくという本来的な役目があるのですから常に収集し続けることが自明であることはいうまでもありません。ですから一定程度収集すれば展示室に並びきらないほど集めなくてもよいのではなどという乱暴な議論は美術館を単なるイベント会場として認識するような的外れなものです。
 
さてバルセロナへのクーリエ業務ですが、残念ながら観光旅行のような気楽なものではありません。日本からバルセロナへは直行便がないので、どこかで乗り継ぎをするかヨーロッパのハブ空港に降りて陸送するかしかありません。当初は乗り継ぎで行った方が時間的にも体力的にも楽なので、それを希望していました。しかし、最も早く行けるのはドバイ経由でしたが、作品の積み替えのことを考えると環境条件や安全性の点で不安があるということで、結果としてはパリまで直行し、パリからは陸送ということになりました。

まず、作品を入れた木箱を愛知県美術館から東京まで空調の効いた専用のトラックで7時間ほどかけて陸送し、一旦倉庫で一泊、翌朝7時前には再度トラックに積み込み羽田空港へ。貨物を積み込む専用の所で慎重にアルミ製の箱に木箱を梱包するのに立ち会ったのち自分は旅客ターミナルへ。パリまでのフライトはおよそ13時間、夕方についてトラックに積み替えパリ市内の専用倉庫へ入れて一泊し、再び翌朝の7時にバルセロナへ向けて出発。ドライバーは交代要員として併せて二人が乗車し、一人は後ろの席で仮眠が取れるようになっています。私は助手席にただひたすら座り続けて地図と対照しながら道々に現れる景色と道路標示に目を向ける事およそ14時間、その間わずかにトイレ休憩2回とごく短い昼食とガソリン給油のみで、6年ほど前に落馬で骨折した腰が再び痛みだしてしまいました。

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▲朝日が昇るとともに出発です。

 

日本を出発前に輸送業者からは所要時間を7時間ほどと聞いていたので、なんとその倍かかるとは大変な誤解でした。思えばパリからバルセロナまでの距離を確認すればとんでもない間違いだと分かったはずですが、トラックに乗ってからドライバーから所要時間を聞いたので、はじめは冗談かと思ったほどでした。 

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▲ガソリンスタンドで給油中

 

さて、フランスとスペインの国境にはユーロのマークがあるだけで特別なパスポートチェックのようなものは何もありません。ユーロ統合以降陸路で国境越えをしたことがなかったので、一応のチェックぐらいあるのではないかとこれも誤解していました。

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▲国境付近 

 

バルセロナ市内へ入った頃には当然夜になっており、景色を眺めるようなこともなく旧市街地にあるピカソ美術館へ到着。ピカソ美術館は路地に囲まれた中にあり、大きなトラックは直接近づくことはできません。路地の入口には警察官が待ち受けており、一般車の通行を一時的に遮断し、路地に駐車したトラックからの荷卸しを警護してくれていました。愛知県美術館のように4トントラックごと建物の搬入口へ入れるなんてことは到底できないわけです。スペインへ入ったころは少し雨模様でしたがありがたいことにピカソ美術館へ着いた時には雨は上がっており、小さな台車に乗せ換えた《青い肩掛けの女》の入った木箱を作業員が美術館まで運びます。美術館脇の小さな広場を囲む店先のテーブルには飲食を楽しむ人々がいて、その脇をガラガラと台車を押していくのを見るのは不思議な感じでした。そして、美術館内に入りエレベーターで収蔵庫まで運んだのでした。

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▲夜の搬入です。

 次回は美術館での出来事についてお伝えします!

(S.T)

 芸術植物園、ご覧いただいた方はお分かりのように、ここ尾張名古屋を代表する植物学者・伊藤圭介を大フィーチャーしております。幕末から明治にかけて大活躍した伊藤圭介は、来日中のシーボルトに学び、日本初の理学博士となった人物。九州生まれの私は、実はここ名古屋に来るまで恥ずかしながらその存在を知らなかったのですが、名古屋の方は皆ご存知のようで、あちこちに像が設置されているほどの愛されぶりに驚きました。

 というわけで、今回の記事はこの伊藤圭介ゆかりの地のうち、比較的行きやすいところをいくつかご紹介したいと思います!

・伊藤圭介記念室

 まず、何と言っても外せないのが名古屋市東山植物園さん。植物園門を入ってすぐ左の事務所の建物内に伊藤圭介を顕彰する「伊藤圭介記念室」があり、本展出品の伊藤圭介関係資料は、いずれもこちらからお借りしております。なお東山植物園の皆さんは、花を見分けられない私にかわって、本展出品作に描かれた植物を同定していただくというとても面倒な作業も快くお引き受けくださいました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。

 

・生家跡

 続いて伊藤圭介の生家跡。「伊藤圭介先生誕生之地」という碑が設置されています。

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 背面の碑文には次のようにあります。

伊藤圭介先生(1803-1901)は日本を代表する偉大な植物学者で多くの輝かしい業績を残されわが国で最初に博士号を得られた人である。この地は先生が享和3年1月27日に生まれ66歳で東京へ移られるまで住んでおられた所である。双葉を象徴するこの碑は若い人々の伸びゆく魂への期待でもある。

 なるほど、言われてみれば双葉ですね。場所は呉服町通りと上中通の交差点そばです。

 

・旭園跡

 そして、圭介が1858(安政5)年に設けた植物の栽培・研究拠点「旭園」跡。…を訊ねようと思ったのですが、そこにあるはずの石碑が見当たりません。以前は老舗和菓子店・名古屋亀末廣の店先にあったようなのですが、同店は2012年7月に閉店、現在はコインパーキングになっています。閉店の際に撤去されてしまった...?場所は中区錦3-14付近です。事情をご存知の方がいらっしゃいましたらTwitterなどでぜひご教示くださいませ。

 

・伊藤圭介座像

 最後に、花を持った圭介の座像。鶴舞中央図書館の駐輪場付近にひっそりと設置されています。碑文をみると、1957年に圭介の功績をたたえて建立されたとのこと。

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▲連日の雨で水たまりが。

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▲いろいろな植物に囲まれる伊藤圭介。

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▲鶴舞中央図書館の来館者を見守る。

 なお、ゆかりの地の場所は名古屋大学付属図書館ウェブサイトを参考にさせていただきました。まだまだゆかりの地は沢山あるので、時間を見つけて行ってみたいと思います。皆さんも機会がありましたらちょっと気にして見てみて下さいね。
(KS)

現在、美術館のロビーでは「芸術植物園」展と同時に、子どもアート・プログラム「グランド・カフロス博士の庭」を開催しています。「芸術植物園」展に合わせて行われるワークショップやプログラムを自由に体験してもらえる庭です。 

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そもそもカフロス博士って誰…と思われる方も多いかもしれませんが、「各地を旅する文化人類学者」なのです。博士が街なかで見つけた面白いかたちを集めて、仲良しの大工さんたちと一緒に愛知県美術館に庭を作ったら…というイメージのもとにこの空間はデザインされています。事前申し込みプログラムの他に「だれでも・いつでもプログラム」として、「芸術植物園」展出品作家である渡辺英司さんによる人工芝を人工的に生長させた《常緑》を実際に体験できる「しばのばし」や、造花の花びらや葉っぱを組み合わせて新しい種類の植物を作る「新種発見ガーデン」など、など……毎日その場で参加してもらえるものも多数用意しています。

 
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↑「新種発見ガーデン」で作られた新しい花たち。なかなか独創的です。

 

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↑「しばのばし」体験中。着々と芝が育っています。

子どもだけでなく、展覧会観覧後に参加されていく大人も多いです。特に「しばのばし」は、はまるとなかなか抜け出せず、たくさんの芝をふさふささせていく人の姿もちらほら。カフロス博士が暮らしている(はず)のロッヂもあり、会場のどこかで博士の姿を発見できるかもしれないので是非観察してみてください。

今回、会場デザインを担当したL PACKは、2013年のトリエンナーレで「NAKAYOSI」という名前のビジターセンターを運営していたおなじみのメンバー。「芸術植物園」展に出品している狩野哲郎さんの作品設置にも携ってもらっています。会場設営はミラクルファクトリー、プログラム立案はフジマツの面々にお願いしました。

芝が伸びたり、花が増えたり会期中どんどんと進化していきそうなこの庭。ロビーでの開催になるため、庭に入って頂くのは無料ですので、是非何度でも足をお運びください!なお、8月8日に飯山由貴さんが行ったプログラム「病気や怪我の思い出を話す」の映像も公開中です。

*写真撮影可

↑実はCMもあるのです。BGMは国際オバケ連合!

(N.O)

会期も残すところあと僅かとなりました!今回は設立当初のロイヤル・アカデミーから現在まで続くその活動と、当時の様子をうかがい知ることが出来るエピソードをいくつかご紹介します。ロイヤル・アカデミーは芸術家による芸術家のための支援機関として1768年にジョシュア・レノルズを筆頭に設立されました。当時、芸術家は未だ職人的意味合いが強く、パトロンたちから注文を受けて作品を制作するという立場にあったのです。そこで、自立を目指した芸術家たちは一念発起し、時の国王ジョージ3世に芸術機関の設立請願書を提出しました。そこに目的として記されていたのは、芸術家たちが持つ才能を公表し、世評と励ましを享受できるような展覧会を毎年開催すること(後に年次展覧会と呼ばれます)、そしてイギリス初の美術学校を創立すること、この2つでした。フランスでは当時既にアカデミーが権威的な存在としてあったにも関わらず、イギリスではまだ芸術家が作品を見せるために展覧会を行う環境が整っていなかったことが分かります。当初は芸術家である34人の会員自らが運営する自治組織として創始され、250年後の現在もロイヤル・アカデミーが運営の指針として設定したこれらの活動は現在においても続けられているのです。

記念すべき第1回目の展覧会は1769年4月26日から約1カ月間にわたって開催されました。非会員でも出品を希望することが出来るのですが、当初136点だった作品数は1840年には1500点、1870年には3510点、1914年には11615点までに脹れあがっていきます。しかし、スペースには限りがあるため、実際には2500点ほどしか展示出来ないという状況があり、実質倍率はかなり上がっていたことが分かります
 

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↑ピエトロ・アントニオ・マルティーニ 《ロイヤル・アカデミーの展覧会》(1787)

出来るだけ多くの作品を展示するため、このように絵は天井まで敷き詰められていました。溢れんばかりに絵が飾られています!当然、天井に近づく程絵は見えづらくなりますから、会員による出品審査に通過しても、時に壮絶な場所取り争いが繰り広げられたそう。そこで、床から8フィート(2.4メートル)のところに額縁の下辺がくるように「ザ・ライン(The Line)」と呼ばれる線が引かれてありました。それは誰にとっても鑑賞しやすい場所という意味で、アカデミーが重要と考えた作品はこの線の上に配置され、また線から離れた場所に作品が飾られることは画家のプライドを汚される事でした。時には作品の位置をめぐって懇願や苦情が殺到したとか。作品の増加に伴い当然来場者も増え続け、1879年には39万1000人が来場するなど、年次展覧会は国民的人気を博した催しであったことが分かります。ここで販売される作品の売り上げは100%作家に渡っていたというから良心的。展覧会の収益から200ポンドは生活に困っている芸術家にあてがわれ、それ以外は運営費とされていました。

また締切に間に合わない、出品後も手を加えたいという作家が後を絶たなかったらしく、展示設営後、まとめて手直ししてもよいという日が予め設けられていました。仕上げ日という名目も込められていたので、「ニスの日(Varnishing Day)」と呼ばれるようになり、現在は内覧会を指す言葉として使われています。この期間には周囲の絵との関係性を考慮して、大幅に描きなおす画家もいたようです。特にカンスタブルとライバル関係にあったターナーは通常は3日間のところ、このために5日を要していたそう(もっと掘り下げると色々な人間模様が見えてきそうです…)。
   

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↑フランク・ルイス・エマニュエル《ロイヤル・アカデミーのニスの日》(1907)   

出品者が一堂に会すこの日は重要な交流の機会でもあったことがこの風刺画からも伝わってきます。ここにはラファエル前派の面々による絵画や、イギリス美術を代表する作品が出品されてきたわけです。かの有名なジョン・エヴァレット・ミレイの《オフィーリア》が初めて公開されたのも、この年次展覧会。しかし、そんなロイヤル・アカデミーも19世紀末には印象派のような外部から新潮流の風を受け、存続の危機を迎えたことがありました。しかし、反発する作家たちも最終的には会員として受け入れることで分裂を回避し、存続し続けて来たのです。ロイヤル・アカデミーが当初から掲げていた理念はその時1番の芸術作品を展示すること。では、現在は一体どのような作家がいるのでしょうか?
   
昨今の会員数は約80人。ここには、トニー・クラッグ、リチャード・ディーコン、アントニー・ゴームリー、ザハ・ハディッド、デイヴィット・ホックニー、アニッシュ・カプーア、ヴォルフガング・ティルマンス…といった現代美術ファンにとってはお馴染みの作家たちも多く含まれています。なんと、あいちトリエンナーレ2013に出品していたことで記憶に新しい、ボウリング・レーンを納屋端エリアに設置したリチャード・ウィルソン《Lane 61》や、ぺしゃんこにした楽器を展示したコーネリア・パーカー《無限カノン》も実はロイヤル・アカデミーの現会員なのです!(著作権の関係で写真を掲載出来ないのが残念です…)このように、設立当初は古典主義的であったロイヤル・アカデミーも、現在では様々なメディアを用いる先鋭的な作家たちによって支えられています。

イギリスにおける初の美術学校でもあったアカデミーは、数多の芸術家を輩出しています。現在は大学院のプログラムに特化していますが、授業も変わらず無料で行われ、現役作家である会員たちが教壇に立つことも続けられています。このように伝統を守りつつも、時代の変化に即して柔軟に発展を遂げてきたロイヤル・アカデミー。私自身も今回の展覧会を担当して初めて運営方法を改めて理解しましたが、250年間にわたり芸術家の制作をサポートする機関であり続けているのです。(N.O.)

今回は2月に行われた関連講演会の様子をお届けします。2月21日には本展覧会の図録も監修されている、一橋大学名誉教授の河村錠一郎氏による講演会「ロイヤル・アカデミーとシェイクスピア、そしてターナー」が行われました。

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会場の前には参加を希望するお客様で長蛇の列が出来ていた程の大盛況!今回、河村先生には英国美術と物語の関係性について語って頂きました。英国美術には、ある物語の一場面を取り上げたものが多く見受けられます。物語が様々な表現手段によって表象される一例として、まずシェイクスピアによる『ハムレット』のある場面をオペラと映画の両方で見比べました。その後、ターナーやカンスタブルといった出品作家における物語性を解説していただきました。また、ジョン・エヴァレット・ミレイによって描かれたことで著名な《オフィーリア》は、ロセッティやウォーターハウスといった画家たちも主題としていたという紹介がありました。先生が講演中に強調されていたのが、「History Painting」は歴史画ではなく、「物語絵画」と訳すべきであるということ。イギリスではピューリタン革命の影響によって偶像崇拝が禁止されたことから、聖書にまつわる宗教画が発達しなかったという背景があります。イギリス人にとっての物語である戯曲が絵画の主題とされたことから、イギリス美術と物語は切っても切れない関係にあることを改めて理解することが出来ました。 

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喜寿を過ぎているとは信じがたい、河村先生の流麗かつ力強い語り口調に観客一堂熱心に耳を傾け、あっという間に講演終了となりました。

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続く2月27日はウィリアム王子が同時期に初来日ということで(残念ながら当館には来館せず…)「華麗なる英国王室 その過去と未来」と題し、上智大学英文学科教授である小林章夫氏をお迎えしました。こちらも平日にも関わらず、多くのお客様がご来場。小林先生はイギリス文学・文化をご専門にされ、英国王室に関する著書も多く執筆されています。今回は90分という限られた時間でしたが、ロイヤル・アカデミー創設年1768年に即位していたジョージ3世に始まり、ヴィクトリア女王やチャールズ1世、2世など個性豊かな面々を中心に英国王室の歴史250年分をぎゅっと凝縮して振り返って頂きました。豊富な裏話を交えた先生のお話しによって、当初縁遠いように思われていた王族にも人間的な親しみを覚えることが出来ました(特に現在チャールズ皇太子が在任期間歴代1位を更新中であることなど)。私はかつて世界史で学んだ知識を総動員しながら拝聴しましたが、イギリス史について熟知されている小林先生はいくらでもお話しが尽きないといったご様子でした。

今回のように展覧会に関係するテーマを設定し、関連イヴェントとしてその分野を専門にされている方にお話しして頂くことは、作品を多角的に捉えるための重要な機会なのだなと実感する今日この頃です。

(N.O)

展覧会はその時、その場でしか体験できませんが、カタログは後まで残ります。そこで考えた「これからの写真」のカタログコンセプトは、読み物として充実させること。出展作家の解説・作品画像以外のコンテンツも充実させ、展覧会を見ていなくてもカタログ単独で楽しめる本を目指したのです。そういうわけで、今回はカタログのお勧めポイント等を勝手ながら紹介します。

〇参考文献
今回は「写真について学びたい人」向けの参考文献一覧を付けてみました。というのも、私が大学に入って美術の勉強を始めようとしたとき、さて、何から読んだら良いのか分からん…という事態に直面したためです。インターネット等で「美術」「アート」と検索すると、もう古今東西の本や言葉が山ほど出てきますね。勉強する以上、年代順に最初から学ばなくちゃいけないのか、となると、洞窟壁画からで!?ギリシャ哲学から!?となってしまうわけです。
そこで、今回のカタログでは、写真に関する学術書を整理して紹介文とともに掲載しています。オーソドックスな写真史、スーザン・ソンタグやロラン・バルトなどの写真論はもちろんのこと、ファッション写真や報道写真といった社会の中での写真の位置づけについても目を走らせつつ、デジタル以降の動向もおさえる!それぞれの領域、分野ごとにおすすめの本が載っており、それらの紹介文をまとめて読むだけで、写真研究の現在がマッピングもできてしまいます。参考文献は、関西で写真の研究をしている林田新さんを中心に編集していただきました。
 

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↑あまり関係ないですが、色校正の様子。鈴木さんとは、夜の12時にセブンイレブンの前で待ち合わせて色校正をしたのでした。スポンジ一つ一つの色を確認する作業…。

 

〇写真関連年表
人間は、地図を見るのが好きな人と年表を見るのが好きな人に分かれると聞いたことがあります。私は断然、年表派です。とりわけ、一見すると無関係な出来事が同時期にそれぞれ起きているのを眺めるのが好き…。
また、芸術としての写真は、写真全体からするとごく一部で、それ以外の多様な目的のもと、日々、大量に生み出され眺められています。そこで、芸術写真以外の社会の変遷も視野に入れた年表にしました。この難事業を主に進めてくださったのは、写真研究家、冨山由紀子さんです。
川内倫子と松江泰治の両氏が木村伊兵衛賞を受賞した2001年、Google社が日本法人を設立してブロードバンドも普及。その年に横浜トリエンナーレがスタート。とか、土門拳賞を土田ヒロミが受賞していた2008年に秋葉原通り魔事件で監視カメラの設置が進んだ、等々、改めてみると発見がたくさんあります。

なお、最初、冨山さんが作ってくださった年表は、プリントするとA3にして12枚以上におよぶボリュームで、ページのレイアウトを担当したデザイナーの見増勇介さんも頭を抱えてしまい、泣く泣くみんなでデータを削りました。

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文字通り、関係者の汗と涙といろいろなモノの精華であるこの一冊、ぜひ、皆さんも手にとってみてくださいね。

(なお、芸術文化センターではネットによる販売はしていません。名古屋には足を運べないけど郵送で購入希望の方は、052-971-5511(愛知芸術文化センター代表)にお電話いただき、「写真展のカタログ購入希望」とお伝えください。担当部署までつないでくれます。そして、最後がテレフォンショッピングな〆方ですみません…)。

 (F.N.)

デュフィ展は現在あべのハルカス美術館に巡回中。そして当館でも約1ヶ月後に始まるこの展覧会のために、色んな準備が進んでいます。かわいいサポーターもがんばってくれています。FacebookTwitterに頻繁に登場していますので、ぜひ会いに来てくださいね。

さて、前回の記事では、デュフィ展をやろう、と決定したところまでを書いてみました。今回は、展覧会をどんな内容にするか考えたり、その実現のためにフランスの美術館と行ったやり取りについてお伝えしようと思います。

デュフィという画家は日本ではとても人気があり、過去に何度も展覧会が開催されています。その中で特に規模が大きな展覧会としては、「デュフィ回顧展」(国立西洋美術館・京都国立近代美術館、1967-68年)、「ラウル・デュフィ展 海と音楽―そしてパリの情景」(Bunkamura ザ・ミュージアム他、1994年)、「ポンピドーセンター所蔵 デュフィ展」(宇都宮美術館他、2001年)という3つの展覧会が挙げられます。一つ目の展覧会は日本で初となるデュフィの展覧会であり、フランスの研究者が監修となって行われた規模の大きなものでした。2つ目の展覧会は音楽や海、パリの街を描いた作品を中心に構成され、3つの目の展覧会はポンピドゥー・センターのコレクションによる展覧会でした。

これらの過去の展覧会のカタログを眺めながら、今回の展覧会でどんな新しいデュフィ像が示せるだろうか…と考えていたところ、ポンピドゥー・センターのコレクション展に掲載されていた「デュフィ、『線表現』豆辞典 アラベスクからジグザグまで」(青木理著)に目が止まりました。誰もがデュフィの鮮やかな色彩にばかり目を奪われ、「色彩の魔術師」などという呼称も定着しているのに、この豆辞典はデュフィの線描の多様性に目を向けた非常に稀な興味深い資料でした。この辞典でまとめられているようにデュフィの線描は多様で表現豊かでありながら、その部分には今まであまり目を向けられていないことに気づかされ、この点を展覧会の一つの核にしようと思いました。
 

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↑デュフィ「線表現」豆辞典 デュフィの線描の種類を23項目に分けて解説した、マニアックかつものすごく面白い内容!展覧会自体は油彩画のみで構成されていたので、この豆辞典でまとめられたデュフィの線描の魅力は今期の展覧会でぜひチェック!
 

こうして、展覧会の基本構造としては、前回のブログでも触れたように、デュフィの特に初期の制作過程がきちんと示せることと、デュフィの線の表現を掘り下げることを決めました。

上の2点を踏まえて、次にドリームリストを作成しました。この作業が展覧会の準備の中で一番楽しい!という学芸員もいるほどで、まずは自分勝手に制限もなく展示したい好きな作品を選びながら、リストを作成していくわけです。このとき参考にしたのは、2008年にパリ市立近代美術館で開催されたデュフィの大々的な回顧展です。世界中からデュフィの主な作品がこの展覧会に集結し、余談ですが、実は当館の《サンタドレスの浜辺》も出品されたのでした!この大規模な展覧会はパリでかなりの人気を博し、美術館前には(普段並ぶことが大嫌いな!?)パリジャン達が長い列を作ったそうです。


本国での過去最大となる展覧会ほどではないですが、最大限の希望を詰め込んだ企画書とドリームリストが出来上がると、いざ!海外の美術館との交渉のスタートです。デュフィの作品は、デュフィ夫人の寄贈によりパリ国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)に多数まとまってコレクションされており、ドリームリストでもこのコレクションの中から作品が多くセレクトされていました。

そこでまずは先輩から連絡先を教えてもらったポンピドゥーのキュビスム専門の学芸員宛てに、展覧会の趣旨を説明し、作品借用の可能性をうかがいたいという内容の手紙を書きました。前回のブログで取り出した2009年10月付けの手紙とは、まさにこの手紙のことです。ところが、いくら待っても返事が来ない!教えられたファックス番号やメールアドレスに何度連絡をとっても、なしのつぶて…(涙)このままでは展覧会の企画自体成立しないため、最終的に共催社のつてで、フランス在住のコーディネーターの方に直接電話で連絡を取っていただきました。私が送った手紙は秘書さんのところでくるくるとたらい回しにされていたようで、学芸員さんの手元にまで届いておらず、またその時は大変お忙しいとのことでした。結局、デュフィについて研究されているグラフィック・アート部門の学芸員クリスティアン・ブリアン氏をご紹介いただき、ようやく面談のアポをとることができたのでした。(ふう〜!)

ブリアン氏との初めての面談はとても緊張しましたが、つたないフランス語での説明を真剣に聞いてくださいました。リヨン美術館の学芸員だったブリアン氏は1999年にリヨンとバルセロナで開催されたデュフィの回顧展を企画され、パリに移られてからもパリ市美の回顧展に協力されるなど、デュフィ研究に取り組まれている数少ない研究者の一人です。またグラフィック・アート専門ということで、デュフィの線描の表現に関心を持ち、デッサンや版画などを重点的に展示したいというこちらの意向に大きく賛同してくださり、今回の展覧会のカタログにもデュフィのデッサン類について論文を寄稿してくださっています。ブリアン氏との最初の面談は無事終了し、最後に「これが最初の一歩ですね。よい展覧会をぜひ実現しましょう」とおっしゃってくださいました。

この時から2013年まで、ブリアン氏とは毎年出張の度に面談を行い、展覧会の準備の進捗を報告したり、内容について相談したりしました。最初はご自身がデュフィのデッサン類を展示する展覧会をフランスで行うために、こちらが希望した作品のいくつかは貸し出せない、と言われていたのですが、その展覧会の計画が頓挫したのでやはり作品を貸し出してあげると言ってくださったり、ラングルというフランスの地方の町で別のデュフィの展覧会を監修された時は、タイミングよく私も展覧会を見に行くことができると伝えると、ラングルの美術館の学芸員さんに連絡を取ってくださったり、展覧会に《電気の精》がないのは残念だから、晩年にリトグラフで複製されデュフィ本人がグアッシュで加筆した作品を展示した方が良いと言って、こちらのリストにない作品を提案してくださったりもしました。そして東京のBunkamuraザ・ミュージアムの開催に合わせてクーリエとして来日されました。展覧会準備の最初から最後までつきあってくださったブリアン氏は、オープニング・セレモニーのときに「おめでとう。良い展覧会になりましたね。」と言って、誰よりも喜んでくださいました。

 

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↑文化村ザ・ミュージアムでの《電気の精》の展示。美しい色彩がリトグラフとグアッシュで再現されています。展覧会にこの作品が出品されるのは初めてとのこと。


(MRM)

 

さて、前回はカメラ・オブスキュラについてご説明しましたが、続いて今回はヨウ化銀を塗った金属板を露光させてイメージを直接、板に刻み込むダゲレオタイプについてです。企画展「これからの写真」では、新井卓さんがダゲレオタイプを使った作品を出展しています。

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 ↑新井卓《2012年1月16日、新田川、南相馬市》2012年
光の当て方や眺める角度によって、見え方が変わるのが面白いですね。驚くほど細かいところまでしっかりと写っているところも特徴です。新井さんの詳しい制作過程は、10階ショップのモニターにて紹介しています。

さて、このダゲレオタイプ、もっとも古い写真技法の一つと言われています。カメラ・オブスキュラ等に写し出される像を何とかそのまま固定したいと考えた多くの人々が試行錯誤を繰り返し、ついに、フランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが、感光性を持つ金属板の露光、現像、そして像の定着に成功します。1839年にダゲールはこの技術をパリの科学アカデミーに報告し、この技法は「ダゲレオタイプ」という名前で世に広まりました。

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↑テオドール・モーリセ《ダゲレオタイプ狂》1839年
Henisch, Heinz K., POSITIVE PLEASURES (The Pennsylvania State University Press,1998)より転載

 上記の絵からも伝わるように、ダゲレオタイプは熱狂的に社会に受け入れられ人気を博したようです。ダゲールは早くも同年に市販用のカメラも発表し、名誉と報酬を手にしました。

しかし、実際のところ、ダゲールただ1人が写真技術を発明したわけではありません。同時多発的に各地で写真技術は追求され、少なからぬ人々が一定の成功をみていました。例えば、イポリット・バヤールはダゲール同様、1839年には紙陰画による写真技術の発明に至ります。しかし、ダゲールのダゲレオタイプが公式に認められた後だったため、バヤールはダゲールほどの評価を得ることはできませんでした。
そこでバヤールは翌年、抗議の意味を込めて一風変わったセルフ・ポートレートを撮影、発表します。

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↑イポリット・バヤール《溺死者に扮したセルフ・ポートレート》1840年
ジェフリー・バッチェン『写真のアルケオロジー』(青弓社、2010年)より転載。

自分の発明が軽視されていると悲嘆したバヤールは、自ら溺死者に変装して写真を撮り、それを科学アカデミーに送ったのでした。すごい当てつけ・・・。写真技術誕生からわずか1年、演劇性、自意識、ロマン主義、宣伝効果など写真の様々な力が(非常に奇妙な形で)すでに発揮されているようです。
(F.N.)

 

先日、オープンした企画展「これからの写真」。9名の出展作家による力の入った個展形式の展示となっています。個々の作品については、会場のパネルやカタログ等でお話しているので、ブログでは、コラム的なお話をしていきたいと思います。
さて、「これからの写真」と銘打ちながら、実は、過去の写真技法に関する作品も少なくはない本展覧会。今回は前編と後編に分けて、それら紙にプリントされる以前の写真について振り返ってみましょう。

まずは、田村友一郎の茶室型の作品のモチーフともなっている「カメラ・オブスキュラ」についてご説明しましょう。

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↑田村友一郎《T氏の部屋》。 T氏とは今回のモチーフである徳川慶勝の名字のTであり、田村のTであり、さらに英語にするとT's Roomとなって茶室(Tea Room)とダジャレになっているという・・・。

カメラ・オブスキュラは、小さな穴から暗い箱に光が差し込むと、外側の風景が逆さまになって映る仕組みを利用した視覚装置です。この仕組みは、写真技術が誕生するはるか昔 の紀元前には発見されていましたが、ルネサンス期に改良されて広まったそうです。このカメラ・オブスキュラがカメラの原型になったと言われています。

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↑こちらが携帯用のカメラ・オブスキュラ。画家はカメラ・オブスキュラに現れるイメージをなぞって描きました。手でなぞって描く代わりに、感光によって像を焼き付けようとしたのが写真の始まりです。
 

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一方、大きなカメラ・オブスキュラの場合、箱の中に人が入って風景を楽しむことができました。エンターテイメントとして人気があったようです。

今回、田村友一郎の制作した茶室も、人が入室できるタイプのカメラ・オブスキュラを彷彿させる作りとなっています。

なお、国内だとなんと東京○ィズニー・シーの火山のふもとに人が入れる大型のカメラ・オブスキュラがあります。しかし、東京○ィズニー・シーで「なるほど、レンズをはめ込んでカメラ・オブスキュラに写る像を明るくしたのはルネサンス期のミラノの数学者、カルダノと言われているので、それが大航海時代をテーマの一つにしたこのテーマパークに設置されているのは合点が行くね。ところで大航海時代とカメラ・オブスキュラと言えば、当然、フェルメールが想起されるわけだが云々」と語り始めると、絶対、モテません!
(F.N.)

皆さんこんにちは。さる4月23日、ここ芸術文化センターのコンサートホールでは、シャガールコンサートと題した珍しい演奏会が行われました。

現在当館で開催中のシャガール展は、教会や劇場、大学など、多くの人々が集まる公共的な空間のために制作された、大規模な作品を紹介するのが中心的なコンセプトなのですが、その中でも特に重要なのがチラシやポスターでも使われている、パリ・オペラ座の天井画なのです。この日のコンサートは天井画に描かれている14の曲目の中から、9曲(アンコールも含めると10曲)をオムニバス形式で演奏するというとても欲張りな企画でした。

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▲合唱付きの編成です(撮影:中川幸作)

当然、1,800席もあるホールを使った大がかりなコンサートを、美術館が単独で企画できるわけはなく、全てを取り仕切ってくれたのはこの4月から愛知芸術文化センターの指定管理者となった愛知県文化振興事業団です。劇場の専門スタッフならでは企画力で、今回のコンサートが実現しました。

さて、シャガールの巧みな構成のおかげで、天井画の中では違和感なく収まっているこの曲目ですが、国や時代の異なる作曲家の作品を縦横無尽に駆けめぐるラインナップなので、実は演奏者の方々にとってはかなり負担がかかるそうです。楽器の編成も大分違いますし、気分を入れ替えるのも大変なのでしょうね。これって例えば上野や六本木の美術館を4つも5つもはしごして、全くジャンルの異なる展覧会を見まくった後のあのボーゼンとした感じに、少し似ているのではないかと勝手に想像しています(やったことのある方は共感してくれるはず)。

コンサート全体のMCは井上さつきさんが担当されて、曲の合間に解説などをしてくれました。実は恥ずかしながら展覧会担当のワタクシも、シャガール展の宣伝を兼ねて舞台上にちょっとだけ登場して、オペラ座の天井画について簡単なお話をしてきました。美術館で働いていると、ギャラリートークや団体鑑賞のガイドなど、人前で話す機会は結構あるのですが、舞台上でスポットライトを浴びつつ喋るのは、これまた全然違うなと実感した次第です。

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▲展覧会を宣伝中(撮影:中川幸作)

流石はプロ、と妙に感心してしまったのはリハーサルで綿密な打合せが行われる事。時間配分がきっちり決められているのは序の口、立ち位置に向かって歩き出すタイミングや声の出し方まで細かいチェックをするんです(この打合せが余計な緊張を誘っていた気もしますが・笑)。舞台裏で名フィルの皆さんが思い思いに音出しをしている姿を横目に、気分はすっかり「にわか関係者」です。「イチベル」だの「カゲアナ」だの知る限りの業界用語を駆使して、アイアム関係者アピールをしてみたい誘惑にかられます。

ただ一つ残念だったのは、自分がMCで喋った前半は舞台裏にいて、原稿を頭に入れていたので(ええ、完全アドリブはちょっと無理でした)、演奏を聴く余裕が全くなかったこと。やはり人間、心に余裕がないと芸術を楽しめませんね、と言いつつ長くなってしまったので続きは次回に。

(TI)

 

 コンサートなどのチケットはかなり前からオンラインチケットのみに統一されており、展覧会のチケットも近頃はオンラインが増えてきています。でも、今もデザインに工夫を凝らして、その都度新しく作るのが展覧会チケットの主流。プレイガイドのショーケースにいろんな展覧会チケットが並べられ、それぞれに個性を競っているのは皆さんご存じのとおりです。ところでこの展覧会のチケット、どれもほぼ同じサイズで作られているようですが、長さはかなり違いますし、幅の狭いものから広いものまで、さまざまなものがあります。

 愛知県美術館でも、以前は展覧会ごとに異なるサイズのチケットを作っており、おおむね最近のものよりかなり縦に長いかたちでした。当時よく会場入口のスタッフから「お客様が半券のないチケットをお持ちなのですが…。」という連絡がありましたが、その原因はチケットを財布や小さなバッグに収納するとき、そのままだと長すぎるのでミシン目のある半券のところから折って入れることによるものだったようです。紙幣の出し入れなどを繰り返しているうちに半券が外れて紛失してしまうのでしょう。かといって、ミシン目をなくせば受付での切り離しが大変だし、さてどうしたものか…?そこで閃いたのが、「一万円札と同じサイズにすれば、半券部分を折らずに財布などに収納できる!」というアイデアでした。それ以降、当館のチケットはできるだけ一万円札サイズで統一することにしました。一般的なチケットよりちょっと寸詰まりで幅広な感じにはなりましたが、扱いやすいサイズになっているのではないでしょうか。それ以降、半券のないチケットをお持ちになるお客様がずいぶん少なくなりましたので、その効果は大きかったようです。

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▲クレー、ステラは今見るとかなり長い!エルンスト、魔術美術、ポロックは一万円札と同じ長さで幅はやや狭く、応挙、クリムトは一万円札と同じ幅でほんの少し長めです。

 一万円札サイズのチケットは、一般的なものより数センチ短いのですが、これが意外に大変でデザイナー泣かせのようです。チケットのメインビジュアルに使う作品によってはおさまりの悪いこともあります。展覧会のタイトルや基本情報をはじめとするテキストも多く、これら全てをあの小さな紙面に配置し、上手くデザインするのはなかなか難しいことなのです(そのためかここのところまた一万円札より数ミリ長くなっていたりしますが…)。前売り券を入手されたとき、またご来館の折りに、当館のチケットを一度じっくりご覧になってみてください。

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▲印象派を超えてのチケット。

 なお、オンラインチケットをご持参いただいたお客様も、会場入口でオリジナルのチケットに交換させていただいていますので、どうぞご安心ください。
(MM)
 

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 「美しき日本の自然」展開催中の関連イベントとして、「ギャラリー・トーク」と「学芸員おすすめの一点」があります。

11月3日には、愛知県陶磁資料館(もうすぐ名称が変わるそうです)の長久学芸員によるトークがありました。

普段、愛知県美術館では聴くことの出来ない「美しき日本の自然」展に出品されている陶磁器を中心にしたお話を展開していただきました。

トーク終了後、参加者からは「とてもわかりやすくて、陶磁器の見方も頭が整理された感じです」と好評でした。

終了後も個人的に長久学芸員質問されている参加者もあり、満足度の高いトークとなったようです。

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(撮影者の技量不足で長久学芸員の顔がはっきり写せませんでした。手前のケースには長久学芸員の指導の下、当館館長が展示した織部の向付が見られます。展示風景は9月30日のブログで見られます。)


 ギャラリー・トークとおすすめの一点はすでに終了した回もありますが、会期残り期間中には、17日(土)に「美しき日本の自然」展のギャラリー・トークが、この展覧会の担当の平井学芸員による最終回と、そして「学芸員おすすめの一点」については、下記の4回があります。

「学芸員おすすめの一点」はこの展覧会にの出品作に限らず、現在コレクション展に展示されている作品からも選ばれています。

毎回のように聴きに来られるお客様もいらっしゃいます。

それぞれの学芸員のキャラクターも窺い知ることができ楽しみにされているようです。

トークを聴きに来てブログに感想を書かれている方もありました。

残念ながら私の回はすでに終わってしまっていますが、11月中の5回のうちいずれかでもお聴きいただければ幸いです。

(S.T.)
 

「学芸員おすすめの一点」の今後の予定

11月9日(金)  19:00-19:30  中村岳陵《芦に白鷺鶺鴒図》     長屋菜津子
11月10日(土) 11:00-11:30  杉戸洋《The Second Lounge》    塩津青夏
11月11日(日) 11:00-11:30  アンリ・マティス《待つ》         大島徹也
11月18日(日) 11:00-11:30  リュシアン・クートー《干潮の帽子》  副田一穂

※申込不要。観覧券をお持ちの上、開始時刻に美術館ロビーにお集まりください。

 

9月28日から愛知県美術館、秋の展覧会が始まりました。
  

 涼しくなり始めたこの秋にぴったりの展覧会が始まりました。その名も「美しき日本の自然」!

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 現代生活では自然と直接触れあう機会が減少しており、自然との関係が薄れてきています。本展では作品に登場する風景や草花、動物などを日本の作家たちはどのように表現してきたのか。またどのように図様化してきたのかをご紹介します。先人たちが感じていた自然の力や動植物への眼差しを共有し、自然を見つめ直す機会としたいと思います。

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 日本人の古来持っている自然観に裏打ちされた作品群を近世絵画を中心に、瀬戸市にある愛知県陶磁資料館の陶磁器も加えて構成されています。趣は普段とは違ってかなり和のテイストが色濃い会場となっています。

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 絵画だけの展覧会と比べると陶磁器と一緒に並べられると茶室に入ったような空気が流れるのが不思議ですね。

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 展示には、陶磁資料館からも担当の学芸員ふたりに来てもらいました。愛知県美術館長も展示作業に加わり、陶磁資料館の学芸員から展示指導?を受けていました。
 
 浦上玉堂の重要文化財などを含む出品作品は、全体では65点でそのうち陶磁器は19点出品されています。掛け軸、屏風などの作品の他、近代洋画の黒田清輝や坂本繁二郎らの風景を描いた油彩も見られます。さらなる内容については後日またブログでご紹介の予定です。

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この秋、是非愛知県美術館に足を運んでみてください。(ST)

 

 

ポロック展 その後

2012年08月16日

  

 昨年11月から今年1月にかけて、愛知県美術館はジャクソン・ポロック(アメリカ,1912-56年)の生誕100年記念回顧展を開催しましたが、ポロック生誕100年本番の今年、小規模なポロック展が本国アメリカでもいくつか企画されています。その内の1つが先月ニューヨーク州のブリッジハンプトン(マンハッタンから車で二時間半)で行われたので、休暇を取って3泊5日の強行軍で行ってきました。

 

 

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▲ ArtHamptons 2012 でのポロック生誕100年記念展&パーティの案内状。

 そのポロック展は、今年で5回目を迎えたアートフェア「ArtHamptons」(2012年7月13-15日)の会場内の一角で、フェアの関連イベントの1つとして企画されたものです。開催地ブリッジハンプトンは、ポロックが最後の10年を過ごしたイースト・ハンプトンのすぐ隣なので、ポロックに対して特別な思いがあったのでしょうね。

 

 

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▲ ポロック展&パーティの会場。入場料は75ドル(1ドル=80円とすると6000円)もしましたが、大勢の人々が集まっていました。ハンプトンは高級避暑地なので、セレブっぽい人もチラホラ見かけました。

 

 

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▲ スタッフが手描きでポロック風に仕立てたパーティ会場のテーブルクロス。

 展示作品は愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」にも出た版画作品が中心で、あとはポロックの関連写真などがたくさん飾ってありました。けっきょく油彩画や素描はなかったのですが、特にがっかりはしませんでした。というのは、私の今回のお目当てはポロックの作品ではなく、愛知県美術館にゆかりのある別のものだったからです。

 

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▲ 愛知県美術館でのポロックのアトリエの原寸大再現。

愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」では、ポロックの特殊な制作空間を体感できるように、アトリエの原寸大再現を行いました。特に重要なのが絵具の飛び散った6.5 x 6.5 m の床面で、この忠実な再現のために、イースト・ハンプトンに現存する本物のアトリエにカメラマンさんを派遣して床面を数十分割で写真撮影してもらいました。その分割画像を日本で専門家に繋ぎ合わせてもらって、シート状に打ち出して仮設の床板に貼り付けました。
 「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」終了後、私たちのこの試みを聞きつけたArtHamptonsのスタッフからメールをいただいて、「今度のArtHamptonsでもポロックのアトリエの床の再現をやりたく、愛知県美術館で作った床面画像が欲しい」とのことでしたので、お役に立てれば光栄と、喜んで画像を提供したのです。それがArtHamptonsではどんなふうになったか、ぜひ自分の目で見たくてブリッジハンプトンまで出かけた次第でした。

 

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▲ ArtHamptons 2012 の会場のエントランスに設置されたポロックのアトリエの床面複製。

 

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▲ これはArtHamptonsで再現された床面を写したものですが、こうして画像で見ると、本物を撮影した画像とほとんど区別がつきません。

 その他にも、ArtHamptons 2012 の会場のあちこちで、いろいろなポロック関連のイベントが行われていました。

 

 

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▲ エド・ハリス監督・主演の映画「ポロック―2人だけのアトリエ」(2000年)の撮影に使用された、エド・ハリス自作のポロック絵画のイミテーション。右側の茶褐色地の作品は、オリジナルが特定できないレベルの代物でしたが、左の《肖像と夢》(1953年)を真似た方は、なかなか良く出来ています。逆に言えば、塗料を流し込み撒き散らすポロックの「ポーリング」というテクニックは、下手な模倣はできても、やはりポロックならではのものということなのでしょうね。

 

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▲ 身につけたドレスを地面に釘刺して、自らの身体を大地に繋ぎとめるアンドレア・コートのパフォーマンス(2012年7月13日)。

 

 

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▲ 全身を白く塗った裸の男女二人のモデルに、青・黄・赤の三色のペンキを投げ掛けるクリスティアン・ヴェローノのパフォーマンス(2012年7月13日)。

 この秋には、ポロックの甥っ子さんがニューヨークでやっている画廊などでも、ポロックの個展が企画されています。そんな中、当館がポロック生誕100年記念展としては世界最大規模のものを開催できたのは大きな喜びです。ご協力くださった皆様、どうもありがとうございました。

(T.O.)

友の会特別鑑賞会

2012年07月22日

 愛知県美術館では、友の会会員対象に企画展ごとに特別鑑賞会が開かれています。今回の企画展「マックス・エルンスト フィギュア×スケープ」展でも19日木曜日に開かれました。鑑賞会は昼の部と夜の部があります。どちらも別室で担当学芸員から展覧会の概説レクチャーを聞いた後、展示室で学芸員と一緒に作品鑑賞をします。

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 昼の部では一般の来館者も入っている時間帯なので、静かな鑑賞ですが、夜の部では特別に閉館後の18時からの入場になり、貸し切り状態で、担当学芸員だけでなく、館長以下多数の学芸員がご一緒します。互いに感想を述べ合ったり、質問したり、解説を聞いたりと一方的な説明に終始せず、和やかな雰囲気の中での鑑賞会です。

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 今回は昼の部も大勢の参加者がありましたが、夜の部も高校生の学生会員から年配のベテラン会員まで大勢の会員に楽しんでいただけました。私は学生会員からは「おじさん!この作品の技法のこと教えてください!」とアプローチを受けて、その積極的な様子をとても喜ばしく思いました。(できれば「おじさん!」でなく、名札もつけていたので名前で声をかけてもらえたら、もっと嬉しかったのですが・・・・)


 展覧会を楽しみつくす方法の一つとして友の会へ入会して、企画展ごとの鑑賞会に参加するのも一つの方法です。ぜひ入会をお勧めします。特典や会費などは友の会のページをご覧ください。(ST)

エルンスト展開幕

2012年07月12日

 

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本年度の企画展第2弾「マックス・エルンスト フィギュア×スケープ」展が始まりました。

7月12日あいにくの雨模様でしたが、共同でこの展覧会を企画した横浜美術館の学芸員や宇都宮美術館の館長をはじめ250人ほどの招待客を迎えて開会式が開かれました。

 愛知県美術館の村田館長の挨拶では、これまでのシュルレアリスムの作家という視点だけでなく、エルンストの創り出した世界を「フィギュア(像)」と「スケープ(景色)」というキーワードで読み解いて、この作家の豊かな世界を紹介する展覧会であることを中心にわかりやすく話されました。

 

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会場はじっくりと鑑賞しようとする大勢の人たちで熱気に包まれていました。


 

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同時に始まったコレクション展の展示室では、新収蔵品である梅原龍三郎の《北京紫禁城》が初公開となり、安井曾太郎の作品とともに近代洋画のふたりの巨人を特集しています。

(梅原と安井については、7月22日のコレクション・トークで学芸員がお話します。)

また、併せてほかの新収蔵品もお披露目していますので、是非ご来館ください。

(S.T.)
 
 


 

うつし、うつくし展が始まって1ヶ月を過ぎ、展覧会をご覧になられたお客様からは、たいへん好評をいただいております。


「うつし」ということに焦点を当てて展覧会を構成するという発想のもとになったのが銅鏡だというと驚かれるかもしれません。
木村定三コレクションにはまとまった数の銅鏡があり、現在7面を展示しています。

(木村コレクションの銅鏡については、2012年2月21日のブログ記事でも紹介しています。)

 

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↑ 展示中の銅鏡(一部)


門外漢ながら銅鏡のことを調べていく中で、鏡背が同じ図柄のいわゆる同型鏡の中に「同笵鏡」と呼ばれる類の鏡があることを知りました。

「同笵鏡」というのは、同じ雌型から鋳出された鏡のことで、展示中の三角縁神獣鏡にも同笵鏡が一面あることが確認されています。

 

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↑ 三角縁神獣鏡(部分)。いちばん外側の縁の断面が△の形をしています。


この「同笵鏡」をつくるのと同じような工程・作業が、近代彫刻の世界では石膏原型からブロンズ彫刻をつくる場合でもおこなわれていることに気がつきました。  

(  ブロンズ彫刻の鋳造については、2012年3月5日のブログ記事で詳しく説明しています。)

 

考古遺物としての銅鏡も近代の美術作品としてのブロンズ彫刻も、つくられる過程で「うつし」という行為が介在しているという点で共通しているのです。

 

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↑ 戸張弧雁の石膏原型(真中の2体)とそれぞれのブロンズ作品


これを出発点として、版画はもっともわかりやすい「うつし」の例になるとか、絵画の場合はどのような「うつし」があるのかとか、発想を広げていってできたのがこの展覧会です。


昨年島根県立美術館で開催した「ふらんす物語」や杉本健吉による「新・平家物語」挿絵も展示していますが、すべてがワンコイン(500円)でご覧いただけます。

 

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あと2週間で終了しますので、早目のご来館をお待ちしております。


(H.F.)

 


愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(2012年1月22日まで)が、NHK「日曜美術館」で放送されます!

 

日曜美術館
NHK Eテレ
2011年12月11日(日) あさ 9:00―9:45
2011年12月18日(日) よる 8:00―8:45

 

 

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▲ ポロックの《インディアンレッドの地の壁画》の前に立つ石井竜也さん(右)、千住さん(中央)、森田アナ(左)。

 

 今回の「日曜美術館」ポロック特集では、千住さん、森田アナ、そしてメインゲストの石井竜也さんが愛知県美術館に来てくださり、展示室内で収録が行われました。
 かつて、お父様がお持ちだったポロックの画集を見て衝撃を受け、ポロックに憧れて画家になろうとしたという石井さん。収録でも、現在愛知県美術館に展示されているさまざまなポロックの傑作を前に、ご自身のポロックに対する思いや個々の作品についての解釈を、熱く語ってくださいました。
 放送は、今週日曜(12月11日)の朝9時から。再放送は、来週日曜(12月18日)の夜8時から。必見です! (T.O.)

 


★ NHK「日曜美術館」ポロック特集インフォメーション:
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2011/1211/index.html

 


★ 愛知県美術館「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」について語る石井竜也さん:
http://www.sundayfolk.com/livlog/6g76g7y/
 

いよいよ開幕した「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」。
初日の11月11日に、「嶋本昭三パフォーマンス」を行いました!


嶋本昭三氏は、戦後日本美術史上に重要な位置を占める前衛美術集団「具体美術協会」(具体)の創設メンバーの一人です。

具体のメンバーたちはポロックの芸術から強い刺激を受けており、嶋本氏は協会が発行していた機関誌『具体』をポロックに送付していたこともあるなど、ポロックと具体、そしてポロックと嶋本氏には、注目すべき関係があります。


今回嶋本氏が行ったのは、絵具の入った容器を床に広げたキャンバスに投げつけるというパフォーマンスです。


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▲絵具が入れられた容器を、キャンバスの上にセッティング。


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▲絵具が入れられた容器を投げつけると、勢いよく破裂! 絵具が画面に激しく飛び散っています。


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▲舞台となった約10m x 8mもの巨大なキャンバスは、色とりどりの絵具で彩られていきました。


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▲パフォーマンス終了時には、「ポロック展」の看板の前で記念撮影。

 

またそのあと、嶋本氏にはポロック展も鑑賞していただきました。


本展には、60年前日本に初めてやってきたという記念碑的な意味をもつポロックの作品2点も展示されています。

それらのポロックの作品は当時の日本の美術界に強い影響を及ぼしますが、嶋本氏は当時もそれらの作品を見た、とおっしゃっていました。

60年前にポロックの作品を見て、その後も活動を続けてきた嶋本氏によるパフォーマンスを、こうして日本初のポロック回顧展の場で実現できたのは本当に有意義なことで、まさにポロック展の初日にふさわしいイベントでした。


嶋本さん、嶋本ラボのスタッフのみなさん、どうもありがとうございました!(S.S.)
 

政府による補償制度

2011年10月04日

 これまで、美術館関係者の間では、欧米の美術館のように展覧会の国家補償制度の導入を期待する声が多く聞かれました。一般の方にはなじみのない話かもしれませんが、欧米の各国ではかなり昔から、展覧会開催のための保険をカバーするために、国家補償制度が導入されていました。この制度は展覧会を開くために海外から高価な作品を借りるときに、一般の保険会社に多額の保険料を払って、保険を掛けるのではなく、万が一のことがあるときには国が保険会社に代わってその損害を補償するという制度です。そのために高額な価値のある美術品をたくさん海外から借りても、保険会社には保険料を払わないで展覧会が開けます。その結果として、経費が抑えられ、内容の濃いよい展覧会が開きやすくなるのです。


 長年の懸案であったこの制度が、日本にも今年からついに導入されることとなりました。愛知県美術館が11月から開催するポロック展が、東京の国立西洋美術館で開かれるゴヤ展とともに、この補償制度の導入第1号として認定されました。形としては文部科学大臣と展覧会の主催者が契約を結ぶことになります。9月の某日、文化庁長官室でその補償契約締結式が行われ、愛知県美術館からは副館長が出席し、ポロック展の巡回先である東京国立近代美術館の松本副館長とともに文化庁長官から補償証明書を受け取りました。(写真)

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 この制度で補償を受けられる展覧会は、海外からの借用ならなんでもよいというわけではありません。なによりもまず開催の意義のある展覧会で、しかも評価額も非常に高いものに限られます。ポロックの作品は一般の日本人が思い描く以上に評価額は高く、作品一点で100億円、200億円を超えるものさえあります。20世紀後半の美術作品の中では飛び抜けて高額で、所蔵している美術館はどこも大切にしているだけに、作品借用はとても難しいものでした。そうした困難さを乗り越えて、この秋注目のポロック展が愛知県美術館で開催されます。みなさん是非お見逃しのないように!                             (ST)

Happy Birthday to MUNAKATA !

2011年09月05日

今日9月5日は棟方志功の誕生日です!おめでとう!!


さて、当館で開催していた棟方志功展は昨日無事終了しました。
台風にも関わらずこの週末はたくさんの方にお越しいただきました。ありがとうございました!
最終日の午前中には5万人目の来場者を迎えました。

その記念すべきお客様となったのは、みよし市からお越しになられた高村さんご家族です。

 

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↑高村さんご家族へ館長から記念品贈呈


展覧会にいらっしゃったきっかけは、娘の華奈(はな)さんが学校で先生から配布された棟方展チラシのコピーだそうです。メインビジュアルの《弁財天妃の柵》の姿が気に入り、先生にオリジナルのチラシをおねだりしたそうです!

展示室に入り口真正面に展示されていた「弁財天妃」は、華奈さんに素敵な思い出をもたらしてくれたことでしょう。

 

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 ↑《弁財天妃の柵》


今回の展覧会は夏休み中ということもあって、ご家族連れで来てくださった方もたくさんいました。また多くの方から「棟方の作品からエネルギーや勇気、温かな気持ちをもらった」と感想をいただきました。

「この展覧会ができて本当に良かった」と、スタッフ一同心から感謝しています。

ありがとうございました!

(MRM)
 

3万人達成!!

2011年08月22日

最近少し涼しい日もありますが、それまでは暑い日が続きました。
そのように暑い日が続くなかでも、たくさんの方に「棟方志功 祈りと旅」展へ足をお運びいただいております。
ありがとうございます。

そしてついに8月21日には入場者数が3万人を超えました!!

 

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3万人目となられたのは、蒲郡市からお越しの榊原公平さんでした。
当館館長からの記念品をご家族とともに受け取られ喜んでおられました。

 

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その日はテレビ局も取材に来ており、3万人達成の様子はその日の夕方には
お茶の間に届けられました。

 

プーシキン展の中止から緊急開催となった本展覧会は、それほど広報に時間を割くことができなかったのですが、

すでに3万人以上の方にご覧いただくことができ、非常にありがたいことと感じております。

新人学芸員としては愛知県美術館がいかに皆様に愛されているかを感じると共に、

先輩方が築き上げたものを引き継いでいけるようがんばりたいと思います。

 

今後も島田章三展、ジャクソン・ポロック展と魅力的な展覧会が続きますので
引き続き足をお運びいただければと思います。

 


最後にお知らせです。

 

朝日新聞のインターネットサイト【アサヒコム】に「棟方志功 祈りと旅」展に関する記事を集めたコーナーを
作成していただきました。

各界の著名人(片岡鶴太郎さん、山本容子さん、矢野きよ実さんなど)に棟方についてインタビューした記事など

棟方志功の魅力をより深く知っていただけるかと思います。


どうぞ一度覗いてみてください。

 

【アサヒコム】
http://mytown.asahi.com/aichi/newslist.php?d_id=2400086

 

(Y.H)

はじめてブログを書きます。
新人学芸員2号です。

5月の記事でもう一人の新人学芸員が「まもなく登場予定」と紹介してからはや2ヶ月が経とうかという時期になりました。
ご挨拶が遅くなってしまいました。

実は今回の「棟方志功 祈りと旅」展の担当の一人でありまして、7月16日のギャラリートークにお越しいただいた方にはご挨拶させていただきました。
お越しいただきました皆様に感謝いたします。

現在は展覧会の他に、所蔵作品の貸出などを担当しております。
今後ともよろしくお願いします。


さて、7月16日に「棟方志功 祈りと旅」展の関連イベントである津軽三味線KUNI-KENチャリティーライブを開催しました。

演奏していただいたKUNI-KENは三重県の四日市市出身の津軽三味線ユニットで、ご兄弟で活動されています。
今回のライブに関しては急なお願いにもかかわらず、快くご承諾いただきました。ありがとうございました。

 

当日のライブはたくさんの方にお越しいただき、盛況のうちに幕を閉じました。

 

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 ↑ 会場は芸文センターの大ホール前。たくさんの方にお集まりいただきました。 

 


津軽三味線とロックを融合した曲も演奏され、会場は大いに盛り上がりました!


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↑ まるでロック・ミュージシャンのようなステージ!

 


最後は「津軽じょんがら節」で締めくくり。


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↑ 「津軽じょんがら節」の演奏は緊張感たっぷり。

 

 

ライブ後、KUNI-KENのお二人にはCDをご購入いただいた方へサインをしていただきました。

 

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↑ お客様一人一人のために丁寧にサインをしてくださったKUNI-KENさん。


今回のライブはチャリティーライブとして開催し、皆様に義援金のご協力をお願いしました。
KUNI-KENのお二人からもお声がけいただき、たくさんの義援金をお寄せいただきました。会場に来てくださった皆様に感謝いたします。
ありがとうございました。

(Y.H.)
 

 


  愛知県美術館はこの秋、「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」を開催します(11月11日 - 来年1月22日)。それに関連してお届けしているこの「ポロックの足跡を訪ねて」シリーズ、第3回の今回は、カリフォルニア州チコです。

 

 

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▲ チコの看板(2006年撮影)。

 

 1912年1月28日にワイオミング州コディに生まれたポロックは、実際のところその街には1年足らずしか住みませんでした。同年11月28日、ポロック家はコディを離れます。そしてカリフォルニア州サンディエゴやアリゾナ州フェニックスを転々とした後、1917年、5歳の時にやってきたのがカリフォルニア州チコです。

 

 

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▲ チコの看板のそば(2006年撮影)。右手は果樹園。

 


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▲ チコ市内、ポロックの家があったサクラメント・アヴェニューの某果樹園(2006年撮影)。残念ながら、ポロックの家は残っていない模様。


 チコはサンフランシスコから北に約280km上がったところにあるのどかな街です。辺りには昔から果樹園がたくさんあって、今も果物栽培が盛んです。

 

 

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▲ カリフォルニア州立大学チコ校(1887年創立)のキャンパス(2006年撮影)。

 

 

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▲ チコ博物館(2006年撮影)。

 

 チコは小さな街ですが、大学も博物館もあります。また、アートも盛んで、ギャラリーやスタジオがけっこうあります。とりわけ特徴的なのはパブリック・アートで、街のあちこちに作品が設置されています。そんなわけで、チコは2002年には「アメリカの小さなアートタウン、トップ100」に選ばれてもいます。

 

 

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▲ サクラメント・リバー(2006年撮影)。

 

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▲ イースト・ハンプトンのアカボナック・クリーク(2008年撮影)。

 
 ポロックの家があったサクラメント・アヴェニューをしばらく西に行くと、サクラメント・リバーにぶつかります。ポロック家の子どもたちは、夏には時折ここまで足を伸ばして水遊びを楽しんでいました。
 私が2006年にサクラメント・リバーを訪れた時、どこかすでに見知った場所であるような感覚を覚えました。すぐに気づいたのですが、ポロックが人生最後の10年を過ごしたニューヨーク州イースト・ハンプトンの彼の邸宅の近くにある川のような入り江、アカボナック・クリークになんとなく雰囲気が似ていたのです。だとしたら逆に、ポロックがイースト・ハンプトンにやってきてアカボナック・クリークを目にした時には、かつて彼が少年時代を過ごしたチコのサクラメント・リバーを思い出したのではないでしょうか。ポロックは、1946年に描いた一連の8点の絵画(ex. 《ティー・カップ》:「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」出品予定。画像=http://www.museum-frieder-burda.de/typo3temp/pics/8ca6c719c2.jpg)を、その入り江の名前を取って「アカボナック・クリーク・シリーズ」と名付けています。そのことからも分かるように、彼はその入り江を気に入っていましたが、それにはチコのサクラメント・リバーの思い出も重ねられているような気がします。

 (T.O.)

 

麻生三郎展オープン

2011年04月29日

本日「麻生三郎展」が始まりました(6月12日まで)。
厳しい時代に向き合い、人間の存在の尊さを描き続けた麻生(1913-2000)の約60年にわたる画業を、3つの章に分けてご紹介しています。 

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第1章「闇の中で光を見つめる」
10歳時の関東大震災と32歳時の東京大空襲で家を焼失し、召集令状を2度受けた麻生は、戦時下から戦後しばらくまで、妻や生まれたばかりの娘などの姿を闇に灯る明かりのように描きました。003dsc01203.jpg

 

第2章「赤い空の下で」
戦後の復興や高度成長の陰でなお重苦しく不穏な空気を、麻生は赤黒い空と感じながら、その重さに抗する人々や街を絵の中に立たせました。

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第3章「内と外の軋み」
1960年代以降も安保闘争やヴェトナム戦争、核実験や環境破壊などの現実に直面した麻生は、人間の生命を否定し脅かす大きな力への抵抗として、混沌とした空間と人体がせめぎあう絵画を追究しました。004dsc01205.jpg

 

去年の11月に東京での麻生展オープンをレポートしたときは、「表面的なキレイさ、かわいさがもてはやされがちな今日だからこそ、麻生の重い絵を紹介」という言葉がありましたが、その後1月からの京都展の頃には閉塞感や不安が日本を覆うようになりました。そして誰もが人の命を想い続けている今、麻生三郎の絵はあらためて心に迫るように感じています。愛知会場では説明パネル10枚と『鑑賞ガイド』を新たに作り、また第3章の後半に「人間像の再生に向けて」という節を立ててみました。じっくりとご鑑賞いただければと思います。005dsc01206.jpg

 

5月14日には、岩手県立美術館の原田光館長に「赤い空の下で」と題してご講演いただきます。長く神奈川県立近代美術館におられた原田さんは、1994?95年に神奈川・茨城・三重県で開催された麻生三郎展の主担当を務められ、作家とも親しく接しておられた方です。こちらもご期待ください。

(T.M.)
 

 

  

 

 愛知県美術館がこの秋開催する「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」(今年11月11日 - 来年1月22日)に関連してお届けしているこの「ポロックの足跡を訪ねて」シリーズ、第2回の今回は、「生地コディ(前編)」(2011年2月23日)の続きです。

 

 

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▲ バッファロー・ビル歴史センター (2006年撮影)。

 


 ポロックが生まれたコディ(米国ワイオミング州)は、西部開拓史の伝説的人物ウィリアム・フレデリック・コディ(通称バッファロー・ビル)が建設した街であることは前編でお話ししましたが、コディには、その建設者の名を冠した「バッファロー・ビル歴史センター」という大きな施設があります。これは、バッファロー・ビル博物館、ホイットニー西部美術ギャラリー、平原インディアン博物館、コディ銃器博物館、ドレーパー自然史博物館などから成るアメリカ西部の歴史・文化についての複合ミュージアムです。

 

 

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▲ 第23回平原インディアン博物館パウワウ (2004年撮影)。

 


 コディでは毎年、平原インディアン博物館が主催する「平原インディアン博物館パウワウ」というイベントが行われています。「平原インディアン」(Plains Indians)は、グレート・プレーンズ(ロッキー山脈の東側に広がる大平原)に住んでいたさまざまな種類のアメリカ先住民の総称です。また「パウワウ」(powwow)というのは、踊りや音楽を伴った彼ら先住民の祝祭的集会です。コディのパウワウはとても興味深いので、2004年にコディ調査旅行を計画した際、このパウワウのタイミングに合わせて行くことにしました。2004年の第23回平原インディアン博物館パウワウは6月19日-20日の2日間だったのですが、「18-54才、男子、伝統ダンス」や「13-17才、女子、ファンシー・ショール・ダンス」といったように、平原インディアンの人々による世代別かつ性別かつ種類別の多様なダンス・コンテストが盛大に行われていました。
 ポロックはアメリカ先住民文化に深い影響を受けていて、1944年(32歳)には「私はかねがね、アメリカンインディアン美術の造形的質には非常に感銘を受けてきた」とも明言していますが、平原インディアン博物館での展示やパウワウから、彼の生地コディにも豊かな先住民文化があったことを知ることができました。

 

 

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▲ ハリー・ジャクソン 《スタンピード》 1965年  ホイットニー西部美術ギャラリー   (2006年撮影)

 

 ちなみに、バッファロー・ビル歴史センターの中にあるもう一つのミュージアム、ホイットニー西部美術ギャラリーには、前編で紹介したポロックの親友ハリー・ジャクソンさんがポロックに捧げた《スタンピード》が常設展示されています。この絵の画面右下には、"Dedicated in memory of the painter Jackson Pollock" (「画家ジャクソン・ポロックを偲び、捧ぐ」)と、ハリーさんによる書き込みが入っています。

 


 ところで、世間一般では、コディはポロックの生地としてよりもむしろ、アメリカ最古の国立公園であるイエローストーン国立公園へのゲートタウンとして知られています。コディから80kmほど西に行くと、イエローストーン国立公園に入ります。約9,000平方キロメートル(鹿児島県とほぼ同じ面積)という広大な園内にはさまざまな自然の見どころがあり、とても一日や二日では回りきれません。

 

 

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▲ イエローストーンのシンボル、オールド・フェイスフル・ガイザー (2004年撮影)。50m近くも噴き出す巨大な間欠泉です。

 

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▲ ミネルヴァ・テラス (2006年撮影)。地下から噴き出す温泉に含まれる石灰質が堆積して、白く輝く美しい階段状の構造を成しています。

 

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▲ 路傍で草を食べる野生のバッファロー (2006年撮影)。恐怖を抑えて、思いっきり近寄って撮ってみました!

 


  他の見どころにも寄っていきたい気持ちを断ち切って車を走らせ、イエローストーン国立公園を南に抜けると、そのまま次のグランド・ティトン国立公園に入っていきます。

 

 

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▲ ジャクソン・レイク (2004年撮影)。

 

 

 まもなく右手に大きな湖が見えてきます。それがジャクソン・レイクです。ジャクソン・ポロックの「ジャクソン」という名は、このジャクソン・レイクにちなんで付けられたものです。ポロックのお父さんは若い頃、この美しい湖の辺りで狩りをするのが好きだったそうです。
 もともとポロックの正式な名前は「ポール・ジャクソン・ポロック」(Paul Jackson Pollock)といいました。しかし、ポロックと家族の間の書簡などから確認できる限り、ポロックは少年時代、家族のうちで「ジャック」と呼ばれ、また自らそう呼んでいました。そして18才頃に、「ポール」というファーストネームを捨てています。もしポロックが「ジャクソン・ポロック」でなく、「ポール・ポロック」だったら、名前から受ける印象はずいぶん違いますね。

 

 

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▲ グランド・ティトン山脈とスネーク・リバー (2004年撮影)。

 

 

 ジャクソン・レイク沿いに道を走り、ジャクソン・レイクを過ぎる頃から、文字通り蛇のようにくねったスネーク・リバーという川が右手に見え出します。そうしてスネーク・リバーを横目で見つつ、さらに車を飛ばし続けると、ジャクソンという街に入ります。

 

 

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▲ ワイオミング州ジャクソンの入口の看板 (2004年撮影)。

 

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▲ ジャクソンの中心街にあるカウボーイ・バー (2006年撮影)。

 


 ジャクソン一帯にはスキー場がたくさんあって、ジャクソンはリゾート的な感じもかなりありますが、コディに劣らずウエスタンな街です。そして、ジャクソン・ポロックの「ジャクソン」という名と関係のある街とくれば、その雰囲気はひとしおです。

 


 最後はコディを離れてジャクソンまで話が飛んでしまいましたが、こうして1912年にコディに生まれた一人の赤子が、やがて芸術家を志してニューヨークに出、アートの世界を変える偉業をなしてゆくのでした。

 

 

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 愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」では、そんな20世紀美術のスーパースター、ジャクソン・ポロックの仕事を、初期から晩期まで包括的にご紹介します。日本初のポロック回顧展となる本展、どうぞご期待ください! 

(T.O.)

 

2月27日(土)に愛知県美術館では、テーマ展「体積の裏側」を開催中の大西康明さんご本人をお招きし、アーティスト・トークを実施しました。最初は展示室前の廊下でトークを行っていたのですが、大西さんの希望もあって最終的には展示室の作品内にて参加された皆様とお話することになりました。

 

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↑作品内で車座になる参加者

 

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↑座って語る大西さん

 

「作品本体でない側」の空間を接着剤で埋めているような感覚で制作を行っていること。大学で伝統的な彫刻を学んでいた時から内と外のはざまに関心があって、素材や手法を変えながらもその表現を追及してきたこと。展示が終わるといつもこれ以上のものは今後出来ない、と感じていること。そのようなことを真剣に語ってくださりました。

中に座って眺めると、作品自体に包まれているような神秘的な感覚がいっそう強まります。お奨めの鑑賞方法です。

(F.N.)
 

 

  

 

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▲ ヴァシリー・カンディンスキー 《印象III(コンサート)》 1911年
77.5 x 100.0 cm オイルテンペラ、カンヴァス レンバッハハウス美術館
Städtische Galerie im Lenbachhaus und Kunstbau München


愛知県美術館で現在開催中の「レンバッハハウス美術館所蔵 カンディンスキーと青騎士」展(4月17日まで)の愛知芸術文化センター内関連企画が始まりました!

愛知県美術館は愛知芸術文化センターという、美術館だけでなく劇場や図書館等を備えた複合文化施設の中にあります。その特性を生かして、「カンディンスキーと青騎士」展会期中、愛知芸術文化センター内では下記のような3つの関連企画が催されます。本展と併せてそれらにも足を運んでいただければ、本展をいっそう深くお楽しみいただけること間違いなしです!


【本日スタート!】
〇 図書展示 (主催: アートライブラリー)
「『カンディンスキーと青騎士』展関連展示」

期間: 2011年3月4日(金)―4月24日(日)
場所: 1階 アートライブラリー   ※入場無料
時間: 平日 10:00-19:00、土日祝 10:00-18:00
休館日: 毎週月曜日(ただし、3月21日[月・祝]は開館)、3月15日(火)、3月22日(火)、4月19日(火)
問合せ先: 052-971-5511(代) アートライブラリー


【来週から!】
〇 ビデオ上映会 (主催: アートプラザ)
「音と色彩の共鳴  カンディンスキーとシェーンベルク」

期間: 2011年3月8日(火)―3月24日(木)
場所: 地下2階 アートプラザ ビデオルーム  ※入場無料、定員30名
上映時間: 11:00-  /  13:30-  /  16:00-
休館日: 3月14日(月)、3月22日(火)
問合せ先: 052-971-5511(代) アートプラザ


【3月12日のみ!】
〇 ミニトーク (主催: アートプラザ)
「シェーンベルクとカンディンスキー  絵画《印象III(コンサート)》から聴こえる青騎士の響き」

講師: 中村ゆかり氏 (愛知県立芸術大学非常勤講師、音楽学)
日時: 2011年3月12日(土) 13:30-14:30
場所: 地下2階 アートプラザ ビデオルーム   ※入場無料、先着30名
問合せ先: 052-971-5511(代) アートプラザ
※この日(3/12)、愛知県美術館の方では、11:00-11:40に学芸員による「カンディンスキーと青騎士」展ギャラリートークもあります。(申込み不要。「カンディンスキーと青騎士」展観覧券をお持ちの上、11:00に愛知県美術館ロビーにお集まりください)。
 

 

 

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▲ カンディンスキー展スペシャルランチ。定価2,000円のところ、「カンディンスキーと青騎士」展観覧券提示で1,500円!



なお、「カンディンスキーと青騎士」展会期中、愛知芸術文化センター10階(愛知県美術館と同じフロア)のレストラン「ウルフギャング・パック」では、ドイツで活躍したカンディンスキーと青騎士にちなんで、ドイツ料理のコース「カンディンスキー展スペシャルランチ」をお召し上がりいただけます。

【4月17日まで!】
〇 タイアップランチ (ウルフギャング・パック 愛知芸術文化センター店)
「カンディンスキー展スペシャルランチ」
→定価2,000円のところ、「カンディンスキーと青騎士」展観覧券提示で1,500円!

前菜1:本日のスープ

前菜2:ジャーマンポテトサラダ
⇒ドイツで最もポピュラーなお料理の一つです

メイン:レンズ豆とベーコンの煮込み
⇒ドイツの田舎家庭料理です

デザート:サワーチェリーのケーキ
⇒ドイツの定番お菓子「ザワーキルシュ・クーヘン」をウルフ風にアレンジしました

ドリンク:
⇒ホットコーヒー、アイスコーヒー、ホットティー、トロピカルアイスティー、ペプシ、ペプシネックス、ジンジャーエール、7UPからお選びいただけます


こちらのランチも併せてお楽しみいただければ、「カンディンスキーと青騎士」展の味わいもいっそう深まることでしょう! 「レンバッハハウス美術館所蔵 カンディンスキーと青騎士」展は4月17日までです。どうぞお見逃しなく! 

(T.O.)
 

友の会特別鑑賞会

2011年02月26日

 

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 みなさんは、愛知県美術館の友の会をご存知でしょうか?多くの美術館が友の会組織を持っていますが、愛知県美術館の友の会は、愛知県美術館が運営しているのではなく、美術館とは独立した団体として、美術館と協力しながら鑑賞会や講演会を開いたり、美術館をサポートする活動をしたり、会報を発行したり、他の美術館への見学会など様々な活動をしています。
 それらの活動のなかでも重要なのがそれぞれの企画展ごとに開かれる特別鑑賞会です。企画展が始まると最初の木曜日には、午前中に一回と午後一回開かれることになっています。
特に午後の鑑賞会では、夕刻、講堂で展覧会の担当学芸員からスライドなどを使った簡単なレクチャーを聴き、一般のお客さんが帰られた閉館後に展示室に移動して学芸員と一緒に鑑賞します。展示室では担当学芸員はもちろん他の学芸員も参加して作品を前に会話しながらの鑑賞です。どうも敷居が高く見られがちな美術館ですが、フレンドリーでアットホームな雰囲気の中で鑑賞できます。

 

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今回の特別鑑賞会では、カンディンスキーの《印象III(コンサート)》という代表作=1911年の1月2日にシェーンベルクの楽曲が演奏されたコンサートを聞いたカンディンスキーが翌日その「印象」を絵画化したということで有名=の前で、まさにそのコンサートで演奏された曲を学芸員がCDを用意し、参加者のみなさんはそれを聴きながら、鑑賞するというサプライズもありました。

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作品の下の壁際に特別鑑賞会のために用意されたスピーカーが置かれています。
一般来場者では経験できないことに、みなさん満足されていました。
友の会はいつでも入会できます。特典もいろいろあります。是非入会を検討してみてください。 

(S.T.)

現在愛知県美術館で開催中の展覧会「カンディンスキーと青騎士」の記念講演会を2月19日に開催しました。

 

カンディンスキーに関する論文や訳書等の多数の業績がおありで、日本における主要なカンディンスキー研究者のお一人である東京国立近代美術館の松本透副館長にぜひ講演をとお願いし、本講演が実現することとなりました。

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↑会場は早くからお越し頂いたお客さんで満員!

 

講演の題目は「〈青騎士〉の今日性」。

カンディンスキーをリーダーにして集まった前衛的な芸術家グループである青騎士は、展覧会を開いたり、『青騎士』年鑑を出版したりしました。
(『青騎士』年鑑の詳しい内容については、『AAC』67号の記事「アートライブラリーにあった『青騎士』年鑑」をご覧下さい!)

 

今でこそ、若い芸術家たちがグループ展を開いたり、雑誌の編集を行ったりすることは珍しいことではありません。
それでも、当時は自主的な芸術家グループは多くはありませんでしたから、青騎士は現在では当然のように目にするそのような芸術家グループの、先駆的な存在だったのです。

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↑スライドを交えて講演される松本氏。

 

また『青騎士』年鑑には、当時最先端のモダンアートだけでなく、民衆版画や児童画、さらには日本の絵画など、古今東西の作品の図版が掲載されました。
つまり外面的なフォルムではなく、その内的な何かが共通していれば取り上げるというカンディンスキーの姿勢を、松本氏は紹介されていました。
そのようなカンディンスキーの考え方は、現在の私たちにも強く訴えかけるものを持っているものと思います。

 

松本氏の語り口は優しいながらも、カンディンスキーや青騎士に関する高い専門性に裏打ちされた熱のこもったもので、「もっといろいろとお話を聞きたい!」と思った方も多いでしょう!

 

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↑本展の目玉作品の一つである、カンディンスキー《印象III(コンサート)》についても詳しくお話ししていただきました!


このようにして講演会は終了してしまいましたが、カンディンスキー展は4月17日まで開催しています。

 

講演会を聞き逃してしまった・・・という方も、学芸員によるギャラリートークなど、関連事業がこれからも続きます!
ぜひそちらにご参加いただいて、カンディンスキー展をどうぞじっくりとお楽しみください。
 (S.S.)


※写真中の作品はレンバッハハウス美術館蔵
Städtische Galerie im Lenbachhaus und Kunstbau München
 

4月17日(日)まで愛知県美術館で開催する「カンディンスキーと青騎士」展が、本日オープンしました!

 

抽象絵画の偉大な創始者の一人であるカンディンスキーと、彼をリーダーとして20世紀の美術史に大きな足跡を残した「青騎士」グループの活動をご紹介する展覧会です。

 

カンディンスキーが芸術家としてアートシーンに登場することになるミュンヘンの状況を伝える序章に始まり、

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第1章では、カンディンスキーがヨーロッパ各地を旅行しながら、印象派風のスケッチやメルヘンチックなスタイルで風景や人物を描いた頃の作品を展示し、
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第2章では、青騎士のメンバーとなる人物たちと交流しながら、徐々に抽象的になってゆく作品が並び、

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そして第3章ではいよいよ「青騎士」が誕生し、カンディンスキーが《印象III(コンサート)》や《コンポジションVII》などの重要作を次々と生み出すにいたる様子をご紹介します。

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↑左に写っているのがカンディンスキーの重要作である《印象III(コンサート)》。
手前の展示ケースの中には『青騎士』年鑑の初版本も展示してあります!

 


カンディンスキーの展覧会は国内でもこれまで何度か開催されてきましたが、彼と青騎士の作家の作品をまとめてご紹介する展覧会は、国内でも初めてのことです!


19日には記念講演会が開催されますので、ぜひご参加下さい。


またその他にも愛知県美術館のある愛知芸術文化センター内では、本展覧会に関連して、カンディンスキーやシェーンベルクの映像上映会など、関連事業も開かれます。
そちらもどうぞご参加下さい!


(S.S.)
 

さて、大西康明さんが作品制作を始めてすでに2週間。後半戦です。展示室の入り口まで作品がせり出してくるようになりました。もうゴールも間近です!

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 しかしここで問題が!ある部分のポリエチレンシートがうまく吊れずに落ちてきてしまうのです。どうやらシートを吊っている接着剤が弱まっている様子。天井が高い分、接着剤で吊る部分がいつもより長くなるためか。接着剤を細く繊細に垂らしてきたためか。空中に浮かばなくては作品が作品になりません。
 これまで垂らした接着剤を剥がして再スタートです。浮き上がらない部分のシートに着いた接着剤を根気強く一つ一つ剥がします。そして、綺麗になったらこれまで以上に丁寧に上から垂らしていきます。さあ、うまく浮いてほしい・・・。

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  何とか無事に浮きました!良かった。良かった。しかし、非常に脆い作品であることには変わりはありません。まさに生ものの作品です。

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こんなに大スケールになりました。明日、2月14日が開会式、15日から一般公開です。

(F.N.)

 前回は、ポリエチレンシートを土台にかけたところまでご紹介しましたが、いよいよ制作作業のメイン、接着剤を使っての固定作業が始まります。天井からポリエチレンシートの上へ溶かした接着剤を垂らして、シートを土台の形に固めつつ吊っていくのです。


 
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このように高い足場を組んで、その上から接着剤を垂らしていきます。


 
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アップで見るとこんな感じ。上からの重力が感じられます。

 

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接着剤でシートを空中に固めたら、下にあった土台を抜いていきます。そうすると、展示室にふわっと軽やかな山形の鋳型ができるというわけです。
淡々とした作業ですが、確実に展示室の中の空気が変わっていっています。もっと詳しく知りたい方は、2月15日夜に長者町で開かれるアーティストトークや、2月27日午後に愛知県美術館で行われるギャラリートークで、直接、大西さんに聞いてみてくださいね!

(F.N.)

 26日より展示作業の始まった大西康明「体積の裏側」展。その制作過程をここではご紹介していきます。


 さて大西さんは最初に、展示室6にこんな山のような立体を出現させようか、と現場の部屋を見ながら考えて・・・。

 

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  その立体を形作るためのポリエチレンシートを準備します。横幅だけで10メートルほどの大きさがあります。

 

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  そして展示ケースや段ボールなどを立体の土台となるように組み立てて、山の形に相応しい高さを出していきます。

 

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 その山に先ほどのポリエチレンシートをかければ、作品の基盤が生まれます。とは言え、まだまだ作品からは遠く・・・。これら土台やシートの形を微妙に調整していきながら、接着剤を使って空中にシートを固めていきます。続きは大西康明「体積の裏側」の裏側(2)で!

 

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(F.N.)

 カンディンスキー展と同時期に愛知県美術館ではちょっとした個展も開催されます。大西康明さんという若手アーティストの展覧会「体積の裏側」です。本日、大西さんが名古屋入りしました。これから約3週間かけて本展のために作品制作をします。


 大西さんは実は以前にも愛知芸術文化センターで作品展示をしたことがあります。4年前に「新進アーティストの発見 in あいち」美術部門に入選し、愛知芸術文化センター12階で、巨大なウミウシのようなものが暗闇に光り輝きながら収縮する作品を発表しました。

 

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↑《restriction sight AAC》、2007年、ポリエチレンシート、蛍光塗料、FAN、ブラックライト、その他

 

 今回も、4年前の作品と同じくダイナミックで空間自体を変えてしまうような作品を作る予定です。さあ、どんな結果になるのでしょうか。どうぞ皆様ご期待ください。

 

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↑からっぽの部屋で考え中

(F.N.)

愛知芸術文化センターでは、広報誌『AAC』を発行しています。芸文センター内や県内公立図書館(一部図書館を除く)で無料配布しているほか、ウェブ上でバックナンバーを読むこともできます。


『AAC』は、芸文センターの各部署が主催する展覧会や舞台公演などを紹介するもので、毎回各部署の担当者が集まって編集会議を行い、掲載内容を練っています。


愛知県美術館も、編集会議のメンバーに加わっています。最新の67号は、愛知県美術館で2月15日から開催される「レンバッハハウス美術館所蔵 カンディンスキーと青騎士」展にちなむ充実した記事が掲載されているほか、展覧会出品予定のカンディンスキーの作品が表紙を飾っています。

 

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↑『AAC』67号表紙
(カンディンスキー《印象III(コンサート)》
Städtische Galerie im Lenbachhaus und Kunstbau München)

 

「カンディンスキーと青騎士」展をご覧になる前に、ぜひ『AAC』をご一読下さい。


(M.Ma)

 来年1月23日まで、愛知県美術館の全展示室を使って「美の精髄 愛知県美術館の名品300」展が開催されています。その中の最後の部屋、いつも木村定三コレクションを展示している「展示室8」では、木村定三コレクションの名品のうち、愛知県美に収蔵されてから修復がされた作品がお披露目されています。


 愛知県美での作品修復は、作品を今後もずっとよい状態で皆さんに鑑賞していただくために行われるものです。一つずつの作品に個性があって他に代えがたいものであるように、いたみの具合も作品ごとに千差万別で同じものはありません。修復は、作品ごとに注意深い状態調査をした上で、その作品にとってベストな方法を、修復技術者と学芸員が相談を重ねながら行われます。


 一堂に展示された修復後の作品を眺めていると、それぞれについての修復のエピソードが思い起こされ、感慨深いものがあります。ここでは、展示作品の中から1点をご紹介。


 江戸時代の画家、呉春が描いた《蛙図扇面》は、扇絵が掛軸に仕立て直されている作品です。

 

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↑修復前は、細い軸木に掛軸を巻くことによる横折れがひどく、作品がいたんでいることはもちろん、鑑賞が大きくさまたげられていました。

 

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↑修復により、横折れが解消され、すっきりとしゃれた作品の魅力が味わえるようになりました。

 

 この作品で重要なのは、古くになされたと考えられる紙の表具です。表具の紙自体も大変いたんでおり、修復の際に再使用できるかどうか危ぶまれましたが、この作品の軽く上品な味わいには欠かせないものという判断から、修復技術者のかたに表具を新調する以上の手間をかけて再使用していただきました。


 ぜひ展示室で、修復のなった《蛙図扇面》の魅力を味わって下さい。なお、この作品は12月26日までの展示です。お見逃しなく!
(M.Ma)

 

愛知県美術館は来年2月15日から4月17日まで、「レンバッハハウス美術館所蔵 カンディンスキーと青騎士」展を開催します!

 

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カンディンスキーはご存知のように、モンドリアン、マレーヴィチと並ぶ、抽象絵画の最も偉大な創始者の一人です。そして「青騎士」は、そのカンディンスキーをリーダーに、第一次世界大戦前のミュンヘンで活躍したドイツ表現主義の芸術家グループです。

カンディンスキーと青騎士は1914年の第一次世界大戦勃発まで、ミュンヘンをヨーロッパの前衛芸術の中心の一つにする注目すべき活動を展開しました。そのドラマティックな軌跡を追う番組が、次の日曜日(12月5日)、NHKの日曜美術館で放送されます!


NHK教育テレビ 日曜美術館
「魂の色彩を ―『青騎士』 美の革命―」
出演: 有川治男氏(学習院大学教授)
2010年12月5日(日) 朝9:00-10:00

※再放送: 2010年12月12日(日) 夜20:00-21:00


この番組を見れば、愛知県美術館の「カンディンスキーと青騎士」展を10倍楽しめること間違いなしです。ぜひご覧になってください! (T.O.)

麻生三郎展 in 東京

2010年11月09日

本日、東京国立近代美術館で「麻生三郎展」が始まりました。(http://www.momat.go.jp/Honkan/aso_saburo/

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▲美術館外の看板

なぜこのブログで紹介するのかって? この展覧会は来年1月から京都国立近代美術館、4月末から愛知県美術館でも開催される予定なんです。展覧会カタログの小論3本のうち1つを当館の館長が執筆していて、私は年譜のページを担当しました。10月末には4泊5日で福岡県から広島・京都・三重・愛知と、出品作品をお借りして回りました。

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▲ガラガラなのは、開会式前の記者内覧時間だからです。

開会式の館長あいさつでは「表面的にキレイなものカワイイものがもてはやされがちな今日だからこそ、麻生三郎の重厚な作品世界を紹介したい」との言葉が。
戦時下の1943年に靉光(あいみつ)や松本竣介たちと「新人画会」を結成し、戦後も各時代状況の中で人間存在の核心を求め続けた麻生の作品は、重いけれども観る者を引き込みます。

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▲麻生が「立体デッサン」と呼んだ彫刻も2点出品されています。

会場を回りながら、愛知県美術館での展示プランが頭の中を巡り始めました。どうぞご期待ください!
(TM)

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▲愛知県美術館「カンディンスキーと青騎士」展 前売券 (見本)
【チケットの作品】 ヴァシリー・カンディンスキー《花嫁》 1903年
レンバッハハウス美術館
Städtische Galerie im Lenbachhaus und Kunstbau München

 

来年2月、愛知県美術館は 「レンバッハハウス美術館所蔵 カンディンスキーと青騎士」展(2011年2月15日[火]-4月17日[日])を開催します。
その前売券が、10月1日より発売開始されました!

 

価格は一般1000円、高大生700円。
一般当日券が1,200円で、高大生当日券は900円ですから、前売り券だと200円お得に「カンディンスキーと青騎士」展をご覧頂くことができます!

 

「カンディンスキーと青騎士」展、展覧会カタログの作成など、着々と準備が進められています。このブログでも、11月にオープンする東京会場〈三菱一号館美術館〉の様子などをご紹介していきます。

 

前売券(および当日券)は主要プレイガイド、チケットぴあ(Pコード764-347)、ローソン(Lコード46338)、サークルK、サンクス、セブンイレブン、ファミリーマート、イープラスなどでお求めいただけます。(中日新聞販売店では、前売券のみお取り扱いしています。)

それからもちろん、愛知県美術館の10階チケット売り場でも販売しています。
トリエンナーレで芸術文化センター会場にお越しの方は、お帰りの際にどうぞお買い求めください!
〈前売券の販売期間は2011年2月14日まで。ご購入はお早めに!〉

 (SS)
 

愛知芸術文化センター、そしてその周辺の街は、まさに「都市の祝祭」!と、トリエンナーレで盛り上がっていますが、愛知県美術館の内側では、次の展覧会「美の精髄 愛知県美術館の名品300」の準備が粛々と進められています。
 

展覧会のタイトルにもあるとおり、当館のベスト300の作品が展示される予定です。「ベスト300って、何だか多いな」と感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、現在当館のコレクション点数は約7600点。その中から300点選ぶのもなかなか至難の業で、担当者も頭を悩ますところ。


さて、この展覧会のチラシやポスターといった広報物が出来上がりつつあります。このブログをご覧の皆様に、一足先に公開です。

 

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↑広報物を一部ご紹介

 

当館の目玉作品はなんといってもクリムトの《人生は戦いなり(黄金の騎士)》ですが、意外なことに展覧会のポスターやチラシのメインヴィジュアルに使用されるのは初めてのこと。今回は画面中央の黄金の騎士をぐっとクローズアップした仕上がりです。


実はこのクリムトの作品は、世界中の美術館でクリムト関連の展覧会が開催されるたびに引っ張りだことなる非常に重要な作品。現在もハンガリーのブダペスト美術館で開催中の展覧会「裸の真実:グスタフ・クリムトとウィーン分離派の始まり1895?1905」に出品され、展覧会のハイライトとしての重責を担っています。この展覧会の会期は9月22日から来年1月9日までですが、全期間貸し出されると当館の名品展に間に合わない!クリムトがない名品展なんて名品展ではない!というわけで、こちらの展覧会に間に合うように11月には当館に帰ってきます(ほっ)。一方、ブタペスト美術館からは、半期だけでも展示したい!遠く離れた日本から作品の輸送費がどんなにかかろうとも展示したい!という意気込みが伝わってきます。つまりそれだけ貴重な作品だということで、何だか誇らしい気持ちになります。


当館の展覧会は11月26日(金)からと、もう少し先のことですが、当館の名品が8室の展示室やロビーなど美術館の全空間に並ぶのは、必見です!ぜひ足をお運びください。また今回の展覧会の関連事業として、当館全学芸員が一人ひとりお勧めの1点を選び、その作品を解説する説明会を行います。こちらも楽しみにしてください。(この関連事業の詳細は展覧会チラシをご覧いただくか、当館ウェブサイトの「企画展関連イベント」のページに後日掲載されますで、チェックしてみてください)

(MRM)
 

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▲ 名古屋市美術館「ゴッホ展」&愛知県美術館「カンディンスキーと青騎士」展 期間限定セット券 (見本)

 

【上の作品】 フィンセント・ファン ・ゴッホ 《アルルの寝室》 1888年
ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団) 
(c) Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)   

 
【下の作品】 ヴァシリー・カンディンスキー 《オリエント風》 1909年

レンバッハハウス美術館

Städtische Galerie im Lenbachhaus und Kunstbau München


来年2月、愛知県美術館は 「レンバッハハウス美術館所蔵 カンディンスキーと青騎士」展(2011年2月15日[火]-4月17日[日])を、名古屋市美術館は「没後120年 ゴッホ展」(2011年2月22日[火]-4月10日[日])を開催します。そこで今回、初めての試みとして、両展のセット券を発売することになりました!

セット券の価格は2,000円。これで、名古屋市美術館「ゴッホ展」に一般1名様、愛知県美術館「カンディンスキーと青騎士」展に一般1名様がご入場いただけます。「ゴッホ展」一般当日券が1,500円、「カンディンスキーと青騎士」展一般当日券が1,200円で、合計すると2,700円ですから、この2,000円のセット券は700円もお得です!

ちなみに、カンディンスキー(1866-1944年)はどういう芸術家か、ご存知の方も多いでしょう。モンドリアン、マレーヴィチと並び称される、抽象絵画の偉大な開拓者です。「青騎士」は、そのカンディンスキーをリーダーに、1911年にミュンヘンで結成された芸術家グループです。フランツ・マルク、ガブリエーレ・ミュンターなどを主要メンバーとして、ドイツ表現主義の中核となる注目すべき活動を展開しました。愛知県美術館の「カンディンスキーと青騎士」展では、世界随一の青騎士コレクションを誇るレンバッハハウス美術館(ミュンヘン)の所蔵品の中から厳選された油彩画約60点(うち、カンディンスキー約30点)によって、第一次世界大戦前のミュンヘンで花開いたカンディンスキーと青騎士の芸術の精華をお見せします。

セット券販売期間は2010年8月8日(日)-9月30日(木)です。数に限りがありますので、購入はどうぞお早めに! (TO)


〈名古屋市美術館「ゴッホ展」&愛知県美術館「カンディンスキーと青騎士」展 期間限定セット券 販売場所〉

●愛知芸術文化センター
・地下2階 プレイガイド (日本プレイガイド)
・10階 愛知県美術館チケット売場 (※この売場のみ、販売期間は2010年8月21日[土]-9月30日[木]となります。)

●名古屋市美術館

●その他
・栄プレチケ92
・中日サービスセンター
・日本プレイガイド
・オアシス21 iセンター
・ヤマハミュージック東海名古屋店プレイガイド
・CBCラヴァースショップ
・今池ガスビルプレイガイド
・ユニモールプレイガイド
・中日文化センター
・中日新聞販売店

 

6月27日(日)、「渡辺崋山の絵画と生涯」と題し、記念講演会が行われました。講師は、田原市博物館学芸員の鈴木利昌さんです。
田原において、崋山と彼にまつわる画家たちに関する数々の展覧会を手がけてこられた鈴木さんの博識に基づき、崋山の生涯と絵画制作について、丁寧なお話をいただきました。
崋山の精力的、情熱的な人となりや、彼を囲む当時の環境が具体的によくわかり、崋山に対する親しみが増す内容でした。

 

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↑会場は、熱心に聴講される方でにぎわいました。

 

「田原市博物館の名品による 渡辺崋山展」は、いよいよ来週の日曜日、7月11日までです。
ご覧いただいた方からは、崋山の絵画の幅広さを初めて知ったとの声を多くいただいています。
前にも書きましたが、ふだん田原市博物館を訪れても、これほどの規模で崋山の絵画をまとめて見る機会はなかなかありません。名古屋の中心部で崋山絵画をお楽しみいただけるこの展覧会、ぜひお見逃しなく。(M.Ma)

今日6月4日、「田原市博物館の名品による 渡辺崋山展」がオープンしました。

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↑展示室1で行われています。

 

また、「渡辺崋山展」に関連して、所蔵作品展の中で、「和魂洋眼」と題した特集展示を併催しています。
崋山に続く時代の画家たちにおける、日本絵画と西洋絵画の間での葛藤、さらにそうした区分を超えていく営みを、所蔵作品を通してご紹介しています。
改めて、「うちの所蔵作品は層が厚いなあ・・・」との内部からの自画自賛(?)の声もあがっている、充実した展示となっています。

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↑展示室2・3にて開催中。

 

つづく所蔵作品展も、マティスの『ジャズ』など、見ごたえ十分な内容です。

さらに、展示室7では、このたび愛知県とオーストラリア・ビクトリア州の友好提携30周年を記念して、ビクトリア州から愛知県に贈られた、アボリジニのアーティストの作品をはじめとする現代版画の展示も併催されています。

盛りだくさんな展示は、いずれも7月11日(日)まで。ぜひご覧下さい。(M.Ma)

6月4日(金)から、次回展覧会がオープンします。次の展示は、「田原市博物館の名品による 渡辺崋山展」と題し、江戸時代後期に活動した、渡辺崋山の絵画をご紹介するものです。 

田原市博物館を訪ねてもふだんはなかなか見ることのできない規模で、同館が収蔵する崋山絵画の名品をご覧になれます。

しかも、観覧料は愛知県美術館の所蔵作品展と同じ500円!高校・大学生は300円、中学生以下は無料です。

名古屋の中心部で崋山絵画を堪能できるまたとない機会です。会期は7月11日(日)までと短いので、ぜひお見逃しなく。(M.Ma)

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↑展示作業中の様子です。手前の大きい絵は、重要文化財の《孔子像》。

 

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↑入場すると、最初に崋山の肖像画に出会えます。これは弟子の椿 椿山が描いたもの。

4月24日(土)、「大正期日本画の動向―小川芋銭を中心に」と題して講演会が開催されました。講師は京都国立近代美術館館長の尾崎正明さん。

長く東京の国立近代美術館におられた尾崎さんは、1993年に東京近美と当館で開催した「小川芋銭展」の主担当で、当時学芸員の仕事を始めたばかりだった私は、兵庫県の所蔵家への作品返却に同行させていただいたことがあります。

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▲講師の尾崎正明氏

 

ご講演の初めには、93年の展覧会の折、芋銭の大コレクターとして知られていた木村定三氏のお宅へご挨拶に伺ったときのエピソードを。床の間に掛けた《紆泉道人洗面之池》を指して「この絵の中に美人が隠れているが、わかるか?」という木村氏の問いに答えられたことで出品依頼が許され、それが後の当館へのコレクションご寄贈にもつながったわけです。

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▲この部分が正解?

 

その後は演題のとおり、横山大観・菱田春草らの〈朦朧体(もうろうたい)〉や、速水御舟・小茂田青樹らの細密描写といった当時の新動向が紹介され、さらに芋銭と同様に洋画から日本画への転向者や漫画的要素をもつ画家も多かったことをご説明された上で、芋銭の特異さについてのお話となりました。

河童伝説で知られる茨城県牛久で農業にも従事していた芋銭の作品には、自然の中での人間の営みへの深い共感と、「土」の匂いとそこから育まれた豊かなイメージがある、と尾崎さんはおっしゃいます。田園風景や無人の自然の向こうに河童や狐火が見えるのは芋銭にとってごく当然の感覚であり、それは古代中国の想像の世界である「桃花源」(桃源郷)を描いても実感として表されているとのこと。

幅広いモティーフをもつ芋銭の絵画世界の核心をつくお話で、会場からのご質問を含め予定時間をかなり越える、充実した講演会でした。

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▲会場の様子

 

講演の最後に触れられた「桃花源」をテーマとする作品は、展覧会後期の27日から展示されます。前期にご覧いただいた皆様も、ぜひまたお越しください。 (T.M.)
 

 

芋銭展オープン!

2010年04月09日
 

 「小川芋銭と珊瑚会の画家たち」展がオープンしました。
 4月8日午後から開会式が行われました。幸い快晴にも恵まれ、多くの方にお集まりいただきました。展覧会で取り上げた作家のご遺族の方も数名来館され、和やかな雰囲気でした。河童のお化けは茶目っ気があって面白そうというご意見もいただきました。

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△開会式の様子

 今回は、「珊瑚会」の活動の一端を取り上げていて、大正期の新しい感覚の日本画が見られます。また、木村定三コレクションの芋銭作品を全公開しますのでぜひ御覧下さい。会期中大幅な展示替えがありますので、前期・後期と2度御覧いただくことをおすすめします。

 また、記念講演会も開催されます。
 4月24日(土)午後1時半から、京都国立近代美術館長 尾崎正明氏が「大正期日本画の動向 小川芋銭を中心に」と題して講演されます。申し込み不要ですので皆様ふるってご参加下さい。(HK)

間もなく開催される「小川芋銭と珊瑚会の画家たち」展。
担当の学芸員は、その準備のために大忙し!です。この展覧会は当館のオリジナル企画で、巡回はしないため、他の美術館の学芸員さんたちと仕事を分担することがないのです。
この展覧会を担当するK学芸員は、夕方まで東京都内の美術館で作品を集荷し、夜は出版会社でカタログを校正するという過酷な日々を一週間ばかり過ごしたもよう…(お疲れ様です!)
というわけで、大忙しの担当学芸員に代わって、先週東北方面の美術館の集荷に行ってきました!個人的にはこの仕事、かなり好きです。自分の足ではなかなかいけない美術館を実際に訪れ色々と知ることができ、また学芸員さんたちとも面識を得ることができます。

さて、2泊3日の出張、初日は秋田県立近代美術館です。朝5時起き、名古屋→バス→小牧空港→飛行機→秋田空港→バス→秋田駅→電車→横手駅→トラックといった行程で、お昼過ぎにようやく美術館に到着しました。3月といってもまだまだ寒く、畑は一面厚い雪で覆われていました。借用時には、作品を貸してくださる美術館の学芸員さんと一緒に作品の状態を確認します。掛け軸の日本画の状態チェックは久々だったので、ちょっと緊張しましたが、ほとんど傷みがなく、状態の良い作品ばかりで、無事終了しました。ほっ・・・

2日目はトラックで移動して、日光東照宮のまさに隣にある小杉放菴記念日光美術館に行きました。日光に入ったあたりから雪が降り出し、一面雪景色。自然に囲まれた美術館で、庭にはサルや鹿が迷い込むことがあるとか。

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↑小杉放菴記念日光美術館正面

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↑日光の雪景色

この美術館では4月17日?5月30日まで「日光X会津 小杉放菴と喜多方美術倶楽部の人々」という展覧会が開催されます。大正時代に会津にあった美術後援会の喜多方美術倶楽部には、当館の展覧会で取り上げる珊瑚会のメンバーが中心的に関わっていたそうです。同じ時期に、関連する内容の企画展が開催される偶然に感動です!

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↑「日光X会津 小杉放菴と喜多方美術倶楽部の人々」展チラシ

さて、3日目は茨城県近代美術館です。茨城出身の芋銭の作品は、やはりこの美術館に多く所蔵されています。今回は特別に協力をしてくださり、貴重な作品をたくさん貸してくださいました。借用する作品が多かったので、作品の点検には、茨城から3名の学芸員さんが立ち会ってくださり、当館からも課長が合流しました。

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↑茨城県近代美術館

このように、ひとつひとつ大切な作品をお借りして、ようやく開催することができる展覧会。展覧会では、作品をじっくり鑑賞していただくことが一番ですが、作品がどこからやってきたのかを知るのも、結構面白いものです。ここで紹介した美術館からお借りした作品は、ぜひ会場で確かめてみてください。

(MRM)
 

 新年に開幕した「大ローマ展」ですが、早いもので、のこすところ1週間となりました。会期は3月22日(月・振休)までです。
ブログでもご紹介したとおり、3月13日の午前中に、ご来館者がついに10万人に到達しました。これは美術館側の事前の予想を大きく上まわる人数で、うれしい限りです。翌14日の日曜日は、3500人を超える方々にご来館いただきました。
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↑展示室で《カリアティド》をみる方々

展覧会の反響は各方面からあり、様々なメディアでご紹介いただいています。
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↑会場の出口に紹介記事を掲示しています。

団体鑑賞などのお申し込みも多数あります。もう終わってしまいましたが、会期中に行われたスライド・トーク(学芸員による説明会)にも、各回とても多くの方がご参加くださり、土曜日の回では、急きょ2回目を実施するほどでした。参加者の方には、席が足りずご迷惑をお掛けしました。
1月のブログにも書きましたが、この展覧会は、愛知県美が最も西の会場です。西日本からのお客様も、春休みにぜひ愛知県美にお越しください。

(M.Ma)


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↑展覧会カタログや、会期中のみ販売されるグッズ類もお買い逃しなく。
 

先日、ブログでも紹介しましたが大ローマ展の入場者が5万人を超えました。その約1ヵ月後の3月13日(土)についに10万人となりました。10万人目の来場者は、瀬戸市から来たご家族で、前回同様に、副館長から記念品がプレゼントされました。

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写真撮影のため、家族を呼ぶお父さんと副館長

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そろったところで記念撮影

10万人というと1日の平均入場者が約1700人となります。すごいです。10万人...どれくらいなのか想像できませんが、愛知県美術館のある東区の人口が約7万2千人なので、東区の人が全員きてもまだ足りないといったところでしょうか。

会期も残すところあと1週間です。ぜひぜひ足をお運びください。

(RK)

今度「小川芋銭と珊瑚会の画家たち」展(4月9日?5月23日)を開催することになりました。
芋銭をご存じない方のために彼をご紹介しましょう。

芋銭は「うせん」と読み、「河童の芋銭(かっぱのうせん)」として有名な画家です。吉田兼好の『徒然草』に登場する芋好きのお坊さんにちなんで自分で付けた画号です。「自分の絵が、芋が買えるほどの銭になればいい」と願ってつけたそうです。江戸の武家の生まれですが、農民となって茨城県の牛久沼のほとりに住み、奥の細道にならって日本各地を旅して、水魅や田園の風物を、時には風刺をこめながら、暖かな眼差しで描いた画家です。

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(H.K.)
 

ローマな1日

2010年03月01日

先日、大ローマ展の関連イベントとして鑑賞ワークショップ「ローマな1日」を3回に分けて開催しました。今回のプログラムは、鑑賞学習ワーキンググループに参加されている先生方の中からボランティアでご協力いただいた方と実施しました。その時の様子を少しご紹介します。

 

高校生対象の回「ローマ人のリアルクローズ」
ローマ人の衣服の一つにトガと呼ばれるものがあります。ローマ展には、このトガを身につけた人物像が展示されているのですが、高校生の回では、それに注目してどのように着ているか作品を見て想像し、実際に着てみるといったプログラムをやりました。


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熱心に作品をみながらスケッチ中

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トガは、8角形を半分にした形で、サイズが幅約1.5m×長さ約6mの大きな布です。
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大きな布を身体に巻きつけ、着方を探っています。ぐるぐるに巻いてしまい歩きにくそうです。腰に巻いている紐は、当館の友の会の方々に作っていただいたものです。


中学生対象の回「タイルでモザイク」
タイトル通り、タイルを使ってモザイク画を作りました。ローマ展をじっくり鑑賞して、モザイクに挑戦です。小さなタイルを組み合わせて、様々な模様のモザイクが出来上がりました。


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角から始めたり1列ごとにならべたりと並べ方も人それぞれです。

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小さなタイルを並べるのはけっこう大変

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素敵なモザイクができました。


小学生対象「金貨をゲット」
ローマ展では、胸像や立像をみたり、壁画をみたりしてローマ人やその生活を感じました。その後、粘土を使って、金貨を作り(ゲットし)ました。金貨に表された皇帝の姿は、全て横顔のため、みんなも横顔に挑戦です。



金貨を鑑賞


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横顔を作るのは難しそう

 

全ての回において、参加者も先生方も楽しく取り組むことができました。また、高校生の回で使ったトガは、小・中学生の回でも使用し、先生はすっかりローマ人になりきって、身につけたまま展示室へ行き鑑賞時の説明などをしていました。

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写真左にトガをきた人がいます。

(RK)
 

現在開催中の「あいちアートの森」の堀川会場・東陽倉庫テナントビル2Fにて、今週末“アーティストトーク&ライブパフォーマンス”を開催します。
日時は次のとおりです。
↓↓↓↓↓
2月21日(日)
14時?第一部:出品作家4名によるアーティストトーク
16時?第二部:出品作家山田亘によるライブ&トーク

第一部は、4名それぞれが、自作についてリレー式でトークをします。
これに参加すると、複雑な会場も迷子にならないで展示を見ることができますよ。

一番手は、▽大島成己さん。

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都市風景の中で、ビルのガラス窓に幾重にも映り込んだ様子を撮影した写真作品です。どちらがガラスの手前で、どちらがガラスの向こう側なのか、見れば見るほどわからなくなるという不思議な感覚になります。

さて、つづいては、▽寺田就子さん。

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これは出品作品の一部です。
プラスチックやガラスといった透明なものをよく使われているようです。砂のない砂時計に光が差し込んでできる影。日常の何気ない一瞬に、こんな光景がある。でも気がつかずに過ぎ去ってしまうことのほうが多いような・・・。

三番手は、▽設楽陸さんです。

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じっくりみていくと、ヘンテコな物体がたくさん描かれています。
「これはなんだ!」と思いますが、実際に歴史の本や美術の本に載っている図像とのこと。実在のものと空想のものとが入り交ざった画面は独特です。

最後は▽大崎のぶゆきさんです。

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女の人の顔がだんだん崩れていき最後には消えてしまう、映像作品です。
“リアリティの不確かさ”を表現したいと大崎さんは言っています。どうして女の人の顔に着目したのか気になります。

以上4名の作家へ、制作について質問をしながらお話を聞きます。

つづいて、山田亘さんによるライブ&トークを行います。
まずは、山田亘さんと村田仁さんによるユニット“楽器工事”のライブパフォーマンスがあります。どんなライブになるのか、これから楽しみです。
その後、山田亘さんが自作について語ります。

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△山田亘《君の不在について》

様々な風景の中に置かれた椅子が4つのモニターに映り、“そこにはいない誰か”のことを話す声が流れています。タイトル《君の不在について》にあるように、“不在”と“存在”の関係について訴えてくるようなメッセージ性の強い作品です。

21日は、計5名の出品作家が来場します。
生の声が聞けるこの機会をお見逃しなく!!
(KO)

大ローマ展が開会して約1ヶ月が過ぎ、2月10日の午前に入場者がついに5万人に到達しました。これを記念して美術館のロビーでちょっとしたセレモニーが行なわれました。5万人目の入場者になられたのは東郷町にお住まいの脇田秀夫さんで、奥様とローマ展を見に来られたようです。

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↑村田副館長から記念の品である大ローマ展の図録などが手渡されました。

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↑NHKテレビの取材も入り、当日お昼のローカルニュースでもさっそくとり採り上げられました。
 

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↑記者から取材を受けています。

次の目標は10万人です。もしかすると10万人目になるのはあなたかもしれませんよ。

(HF)

現在開催中の「あいちアートの森」、堀川プロジェクトのメイン会場「東陽倉庫テナントビル2F」にて、1月30日にアーティスト・トークを開催しました。

出品作家の関智生さんと加藤マンヤさんに、自作について語っていただきました。

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△まずは、関智生さんによる解説を聞きました。

イギリス留学時代に取り組んでいた制作方法等についての詳しい説明の後、日本に戻ってきてから改めて考えさせられたことや影響を受けた作品の紹介をして下さいました。最後に、展示作品の技法や見どころについて教えて下さいました。

関さんは「反射/反復/反転」を課題において作品制作をしているということでした。今回の出品作品は「日本の自然の緑」を「緑の補色である“赤”」で描いた風景画です。明るく見えるところに色をつけ、暗く見えるところは色をつけないという、水墨画のような手法をとっています。実際の風景をそのまま描くのではなく、写真のネガ・フィルムのように色彩や濃淡を反転させて描いていることがわかりました。

 

続いて、加藤マンヤさんの展示ブースへ移動し、お話を聞きました。

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△テーブルに見える白い作品についての説明を聞いているところ。

この作品は、食用の豚の油を精製したラードで形づくられた土地の上を人形が多数配置され、そこに作家が行ったことのある場所が投影されています。ラードは「人類に欠かせない食の歴史」を暗喩し、投影された場所を行き交う人々(人形)は、かつて自分がいた場所で今も続いている人々の人生であったり、すでに自分の中では止まってしまっている人々の記憶であったりを表している、ということでした。

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△加藤マンヤ《マーキング中毒》2008年

これは、これまでの制作話に出てきた作品のひとつです。本や雑誌を読んでいて、重要だと思うところに目印として付箋をつけることがありますよね。この《マーキング中毒》は、付箋を貼りすぎてしまうと“付箋(重要だと思うところ)”の意味が無くなってしまうことを投げかけている作品です。マンヤさん曰く「常識だと思っていることが、よく考えてみると実はおかしいことがある。FannyというよりCynicalを意識しています。作品を見た人が、自分の日常の中で同じようなことを見つて楽しんでもらえたらいい。」
マンヤさんの作品には、思わず“にやり”としてしまうユーモアがあります。

 

加藤マンヤさんは2月6日からスタートする常滑プロジェクトにも出品します。《マーキング中毒》を含む9点が、中部国際空港(セントレア)のPカウンターに展示されます。こちらも要チェックです。

今回は、作家さんの制作過程で考えていることを教えていただき、作品を見るときのヒントになりました。貴重なお話をしていただき、ありがとうございました!

アーティスト・トーク第三回は、2月21日(日)午後2時?を予定しています。
(KO)
 

 「あいちアートの森」、堀川プロジェクトのメイン会場の「東陽倉庫テナントビル2F」で、1月23日(土)に出品アーティストによるトークを行いました。会場でも奥まった部屋で展示している3名の作家さんに参加していただきました。

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△右から、村田千秋さん、栗木清美さん、沢居曜子さん。(筆者)

奥に見えるのは村田千秋さんの作品です。

三作家へインタビューする形でトークを進めました。

  • 制作を始めたころの時代背景について

70年代に制作を始められた沢居曜子さんと村田千秋さんは京都市芸術大学の同級生。
「学生紛争の時代で、普通に絵を教えてもらう、普通に絵を描くような環境ではなく、“なぜキャンバスを選ぶのか”“なぜ油彩を選ぶのか”など、それを選ぶ“必然性”をとにかく問わなければいけない時代だった」とのこと。村田さんは「(師である)堀内正和さんの学内ばかりでなく学外での教えも、自分にとっては影響が大きかった」ことをお話いただきました。
一方、80年代に制作を始められた栗木さんは、「70年代の作家は“社会”を考えて制作していたように思う。80年代は海外からの情報も多く、技法も多種多様になり“自分は何をしたらいいのか”を考えさせられる“個人主義”な時代でした。」とのこと。
時代背景と共に作家の考え方や制作の姿勢も変動していくことがよくわかりました。

  • 自作について

展示してある作品についてお話いただきました。

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△栗木清美さんの作品
栗木さんは30代に色について悩み、無彩色といわれる黒・灰・白のみを使って描くことに決めた経緯などを教えて下さいました。

 

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△奥に見えるのが、沢居曜子さんの作品
沢居さんのここに展示してある作品は、ここでしか見られません。
会期が終わったら、壁にはりつけた正方形の青色のキャンバスを剥がさなければならないからです。「記録として残るだけで十分。作品は残らない方がいい。」とスパっと言い切る沢居さんでした。

  • 最後に「東陽倉庫会場でオススメの作品」を伺ってみました。

沢居さん→a Ghost from the Little Forest in the North。
栗木さん→村田千秋さん、沢居曜子さんのように自分から突き放している作品。
村田さん→映像の大西伸明さんの作品。
理由も三者三様で面白いお答えをいただきました。

 あっという間にお時間がきてしまいました。
 出品作家さんの生の声が聞けるって本当に貴重な経験だと実感しました。生きている“今”しかできないことですから。

 作家の生の声が聞ける、アーティスト・トーク第2回目の開催を予定しています。予定参加作家は、下のお二人です。

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△加藤マンヤ作品《大和カントリークラブ》
戦艦大和の上にゴルフ場です。

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△関智生作品

加藤マンヤさんと関智生さんが、それぞれ自作について語ります。
★1月30日(土)午後2時?(1時間程度)展示会場にて
皆さんのご来場お待ちしております!
(KO)

 現在開催中の「あいちアートの森」、堀川プロジェクトのメイン会場が「東陽倉庫テナントビル2F」です。

 70年代のボーリングブームのときには“ボーリング場”として、その後“配送センター”などを経て、最終的には“マンションのモデルルーム”として使われていた場所です。バブルのかおりも漂う、現代日本ならではの特殊な空間が「アートの森」に変身しました。

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△会場入口

つい通り過ぎてしまいそうな場所にあります。
向かい側に、本年開削400年という歴史ある「堀川」という川が流れています。

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△モデルルーム時代の豪華な“バスルーム”

倉地比沙支さんの手にかかればこの通り。作品をたどると、バスルームのストーリーがみえてきます。

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△モデルルーム時代の換気用ダクト部屋

巨大な黄色カタツムリのような物体は、沖啓介さんの作品《空圧タトリン》。

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△廃材置き場だった場所

a Ghost from the Little Forest in the Northの作品。扉も開けられないほどのゴミの山が、アメリカの50年代風隠れ家に変身しました。ゴミの山から出てきたものを使用していて、パワフルなエネルギーが感じられます。ずっと奥まで進んでみてください。

 巨大迷路のような会場には、36作家、約110点におよぶ作品を展示しています。どの作品も、ココでしか見られないものですよ。
(KO)

まちあるき×アート

2010年01月19日

現在開催中の「あいちアートの森 - 堀川プロジェクト」、会場が7ヶ所に分かれていますが、そのうちの円頓寺・四間道界隈の会場についてご紹介します。

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△円頓寺商店街の路地。時代が巻き戻されたような、趣きただよう一角。

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△会場の一つ、「伊藤家 蔵」
江戸時代には、尾張藩の御用商人をしていた伊藤家。堀川の水運を利用して家業を営んでいたといいます。実は2010年は堀川開削400年!この蔵も200年のときを経ています。

もう一つの会場となる「水谷邸」は、もとは病院兼住宅として使われていました。

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△洋風の外観をもつ「水谷邸」
中に入ると、洋風の部屋と純和風の部屋が混在しています。

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△村上史明さんの作品
飛行機をのぞくと、何がみえるのでしょう。

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△庄司達さんの作品
狭くて急な階段をのぼると、そこには・・・。

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△勝翔子さんの作品
扉の入口からわずかに見える大きいドーナツのようなものは、近づくと人毛で作られているのがわかります。

「水谷邸」の風情を感じたあと、少し歩いてみましょう。
すると古い町屋を利用した隠れ家的な雑貨屋さん「月のののうさ」が目にとまります。
中に入れば素敵なお姉さんが迎えてくださいますよ。

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△磯部聡さんの作品

「月のののうさ」の庭先を会場として使わせていただいています。

ちなみに、堀川と並行して走っている「四間道」は、名古屋市まちなみ保存地区に指定されています。「四間道」と書いて“シケミチ”と読みます。なかなか読めませんよね・・・。江戸時代、大火を避けるために道幅を四間(7m強)に拡張したことからこの名が付いたようです。

アートを楽しみながらの下町をぶらぶらおさんぽ、いかがでしょうか?
(KO)(KS)
 

テニスクラブ×アート

2010年01月19日

現在開催中の「あいちアートの森」の堀川会場の一つに、「ナゴヤインドアテニスクラブ」があります。

営業中のテニスクラブの1階を、今回の展示のために貸していただきました。オーナーさん、ありがとうございます。

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△テニスクラブの展示風景
奥に何かあります。近づいてみましょう。

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△山田純嗣《インスタレーション》

なんと!テニスマシーン(ボールが飛んでくる機械)がアート作品に変身しています。
下に転がるは、テニスボール。
(今は展示で使用中止ですが、このテニスマシーンは動きます。)

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△原裕治さんの作品

約50のパーツを積み重ねて一つの作品になっている、右側の作品。
チェーンソーで木を削り、人の指紋を描いています。

階段を上れば、上から作品を眺めることができます。

ちなみに2階はテニスクラブ営業中。
アートを愉しんだあとに、スポーツで一汗ながしてみてはいかがでしょうか?
(KO)



 

 あいちトリエンナーレに向け、所蔵作品展内の展示室6で若手作家を紹介している「現代美術の発見」シリーズ。第4回の宮永春香さんは1980年石川県金沢市の生まれで、2008年に金沢美術工芸大学大学院の博士課程を修了。愛知県が2007年から開催している公募「アーツ・チャレンジ 新進アーティストの発見inあいち」の2009年入選者でもあります。

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《FEITICO 抜け殻》2009年
真っ白な毛糸の編み物のように見えますが、この作品、磁器なんです。いったいどうやって作るのでしょうか?

 

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金澤アートイベントカレンダー『Equal』vol.12より
紙紐をかぎ針で編んだものに磁土をドロドロにした泥漿(でいしょう)をしみ込ませ、高温の窯で焼くと、紙紐は完全に焼失して中空の磁器になります。

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アトリエの机
紙紐と磁器。同じような形でも、印象が大きく違いますね。

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虚(そら)と骨》2003年
こちらは宮永さんが大学の学部を卒業した2003年の作品。器の外側と内側の空間が入り組んだダイナミックな造形ですが、これも紙と紙紐で作ったチューブによる立体に陶土を付け、紙が焼失した抜け殻が形となったもの。

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宮永さんはより複雑な形を作るために「編む」技法を始めましたが、できた形象からお守りのような意味性を感じて、ポルトガル語の「護符」にもとづくFEITICO(フェティシェ)というタイトルをつけました。今回出品の35点の中に、きっとあなたの心に響く形がみつかることでしょう。

(TM)
 

 文化庁の地域文化芸術振興プラン推進事業として、県内6ヶ所で現代アートやパフォーマンスなどを展観する『あいちアートの森=アートが開くあいちの未来=』が開かれます。そのうち二つのプロジェクトが、いよいよ12月からスタートします。

 5日から始まる「東栄町プロジェクト」は、廃校となった旧新城被東高校本郷校舎を使います。11月27日に、山本富章さんの作品設営へ行ってきました。

 10:30、倉庫に保管してある作品の積み込みをスタート。巨大な作品パーツに圧倒されながら、(トラックに乗るのか?)と不安に襲われました。

 案の定、4tトラック2台がいっぱいになってしまい、急遽4tトラックをもう一台呼ぶことに。二時間かかって積み込みを終え、さあ、東栄町へ出発。

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 愛知県の東端にある北設楽郡東栄町へ約三時間かけて到着、現在は廃校となっている高校の体育館へ作品を積み下ろします。

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 16:00、いよいよ展示開始です。

 まずは、梱包材を解いていきますが20年ぶりに作品を出すため、薄紙が作品に貼り付いてなかなか取れません。貼り付いてしまった紙は丁寧に剥がして、柔らかい布で綺麗に拭き取ります。

 そうして、試行錯誤しながら作品を組み立てていきます。

 重いパーツを5mの高さまで担がなければいけない状況も、作品を足場にして(!)クリアしていく作業員さん。

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 山本富章先生は、この巨大な作品を誰の手も借りずに、たった一人で制作したそうです。

 展示しながら、「20年ぶりで懐かしいとかじゃないね。よく一人で作ったと驚くよ、本当。40歳だったからできたことだと思うね。」と呟く先生。

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 そう、この作品は、20年前に幕張メッセで展示されて以来、二回目のお披露目となるとても貴重な作品なんです。体育館の広さを生かして展示した対作品は、床に引かれているラインや、天上から降りているバスケットゴールなどと、絶妙なハーモニーを奏でています。
先生曰く「20年たっても迫力あるでしょ。」

 作品の門で写真撮影もできます。この門で撮影すると元気と幸せが訪れるかもしれませんよ。

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 23:30、無事に作業終了。立派な作品がお目見えです。全体像はもったいないので、ここではお見せできません。

 是非、東栄町の旧新城東高校本郷校舎、体育館へ足をお運びください。一見の価値あります!!

あいちアートの森公式ホームページ⇒http://aichiartnomori.com/
(KO)
 

 ただいま愛知県美術館で開催中の「放課後のはらっぱ」展。実は、この美術館では初となる試みが行われています。それはボランティアによるガイドツアー!展覧会の説明を専門とするボランティアスタッフが、「放課後のはらっぱ」展の見どころを、お客様と展示室を回りながらお話してくれます。
 このガイドツアー、開始するまでに実はかなりの研修が行われました。ガイドボランティアをつとめる方々は各アーティストや作品の細かい情報まで学んできたのです。ガイドマニュアルも、ボランティアさんたちの意見を取り入れつつ作りました。
 とは言え、実際にお客さんを前に話すときは、それぞれのガイドボランティアさんの個性が出るものです。実際、櫃田作品を前にすると言葉に熱の入る方もいれば、教え子さんの活動に共感しながらお話する方も・・・。どんな方のツアーに参加するかによって、展覧会の見え方もちょっと変わってくるかもしれませんね。
 毎週土曜、日曜と祝日に、午前11時と午後2時の計二回行われています。申し込み不要、参加費無料なので、ツアーに参加してみたい方は愛知県美術館のロビーにお集りください。

 

 

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↑この看板が出ている日にはガイドツアーがあります。

 

 

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↑あいちトリエンナーレ2010プレイベント「後ろの正面」展の会場運営ボランティアによる日誌。ボランティアさんは、こういう交換日記のようなものをつけています。



また、自分もガイドボランティアをやってみたい、という方にもお知らせ。これからもボランティア募集が行われるので、あいちトリエンナーレのHPをご確認ください。(ガイドボランティア以外にも、作品とお客さんをつなぐ会場運営ボランティア、アーティストと一緒に活動するアーティストサポートボランティアなんていうのもあります)。皆様の参加をお待ちしております!

 

 

 10月10日から、いよいよ長者町地区であいちトリエンナーレ2010に向けたプレイベント「長者町プロジェクト2009」が始まります。長者町は、名古屋駅と栄のちょうど真ん中に位置する全国でも有数の繊維問屋街でしたが、繊維不況で空き店舗が次第に増えました。しかし、街の人たちのなかで、長者町を再生しようという気運が高まり、最近ではカフェやギャラリー、レストランなどを誘致して次第に新しい装いを見せ始めました。そんな長者町で、9組のアーティストがさまざまな作品を展開する、という展覧会です。 

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▲インフォメーションセンターと展示スペースへと改装されつつある「長者町繊維卸会館」。築約60年!雰囲気あるでしょ? 

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▲昼間はこんなかんじ。 

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▲ 二階のはこんなふうに。懐かしさを覚える雰囲気です。

  イベントも盛りだくさんで、10月9日には石田達郎とジム・オヴェルメンによるパフォーマンス、12日には山本高之+出口尚宏による「みがきッコ」パフォーマンス、10日から15日まで淺井裕介の公開制作などなど、まだまだいろいろあるので、詳しくは公式ウェブサイト(http://aichitriennale.jp/chojamachi/)をチェックしてみてください!


より大きな地図で 無題 を表示

▲長者町繊維卸会館の場所はココ。地下鉄丸の内駅からも伏見駅からも徒歩圏内です。

 また東海ケーブルチャンネルさんで放送中の、「あいちトリエンナーレTV」でも長者町情報が特集されています。動画はこちらから→(http://www.doga.pref.aichi.jp/ch5/index.html)。

(KS)

濱田樹里展

2009年09月05日

「放課後のはらっぱ」と同時に始まった所蔵作品展内の一部屋(展示室6)で、「濱田樹里展“根源の在処(ありか)”」を開催しています。これは注目作家をご紹介する「テーマ展」と、あいちトリエンナーレ2010に向けた「現代美術の発見」シリーズ3(1は三沢厚彦さん、2は平田あすかさん)という位置づけとを兼ねたものです。
濱田樹里(はまだ・じゅり)さんは1973年生まれで2000年に愛知県立芸術大学大学院の日本画専攻を修了、現在名古屋造形大学で専任講師をされています。

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↑《焔にたつ華》2005年


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濱田さんの作品は長大です。展示室内の2点はどちらも縦2mで、横は約17mと約11m。それぞれ壁2面にまたがっています。

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↑(《流・転・生》2009年)
マグマのような赤や、鳥の羽のような白がうねる画面に、巨大な花々が咲き・しおれ・再び芽吹くさまが描かれています。赤色には、濱田さんが小学校高学年まで育ったインドネシアの赤土の大地がオーバーラップされているとのこと。花は大地を覆う生命体の象徴で、長い時の流れの中で生死を繰り返す命の根源がテーマとなっています。

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↑作品部分

愛知県立旭丘高校の美術科在学中から日本画の画材を用いているのも、土や砂の触感に近いという理由から。絵に近づいて見ると、ざらざらとした岩絵具のほか、貝殻を砕いて作る胡粉(ごふん)、金・銀・赤・青の金属箔などの材質感も豊かです。

大作ではありますが、洋画家のように大キャンヴァスにグイグイ描くというのではなく、幅70?のパネルを床に寝かせての制作。アトリエでは作品の全貌は見えません。細かな作業で蓄積されたエネルギーが、展示会場で爆発するのかも。

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↑展示室6とその前通路の作品展示風景

展示室外、通路の壁には幅約4.5mの《陸の花》(2003年)。これら3点が鑑賞者を取り囲みます。
 「これは写真じゃわからないなあ」と思った貴方、そのとおりです。会場へおいでになり、大作の流れに身をまかせてみてください。
 

(T.M.)

平田あすか展

2009年07月13日

 あいちトリエンナーレ2010のプレイベントとして、4-5月の「アニマルズ in AAC 三沢厚彦の世界」に引き続き、「平田あすか“サボテンノユメ”」を開催しています(会場は所蔵作品展内の展示室6)。

 平田さんは1978年名古屋市生まれで2005年に名古屋芸術大学大学院の版画コースを修了。現在は水彩と色鉛筆によるドローイングと、ベルベットやサテンの布に脱色と刺繍をした作品をおもに制作しています。

 

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■写真:《鳥の夢》2008年

 一見優しく可愛い色づかいの作品の中では、人の体から頭部が離れて飛んで行ったり、鳥や蝶・魚・奇妙なサボテンなどとつながったりして、不思議な物語が進行しています。

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■写真:布作品の展示壁

布の作品は、私とO学芸員が高い足場に登って展示しました。

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■写真:アートスペースでのおはなし会

 7月4日に平田さんと展覧会監修をしていただいた高橋綾子さん(名古屋芸大准教授)による「おはなし会」を催し、メキシコやケニアでの制作体験や、個々の作品の意味などを伺いました。

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■写真:《空の狩人》2009年

 平田さんの絵によく登場する、角のようなトゲが生えたサボテンは「湖と漁師の神が一人の女をサボテンの上で生け贄にした」というメキシコの伝説から、十日ほど想像をめぐらせて生まれたそう。

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■写真:《空の狩人》の一部分

 オオカミに乗って雲間を飛び交う、ちょっと怖いサボテン人間たち。でもその中に、サボテンのマスクを脱いで休憩している人も。

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■写真:《吐息》2009年

  「不景気で何かと風当たりの強い日本だけど、みんなで力を合わせてがんばろう」って絵だそうです。片足だけ見せている人が一人います。

 皆さんどうぞご覧になって、色々と物語を想像してみてください。
(T.M.)

あつまる・アニマル

2009年05月08日

 5月2日、アニマルズ in AAC―三沢厚彦の世界展ワークショップ「あつまる・アニマル」が開催されました。参加してくれた20名くらいの小学生たちと一緒に、まずは作家の三沢さんご本人による作品鑑賞ツアーです。

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▲「しっぽはなんで切れてるの?」

 小学生向けのワークショップですが、三沢さんの言葉に付き添いの保護者の方々も熱心に聞き入っています。

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▲「大きいってどういうことか分かる?」「アリさんからみたら君はすごく大きいけど、僕からみたら君は小さいよね」
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▲「ニガウリって知ってる?似てるでしょ」

 一通り作品を見終わったら、今度は水彩絵具で動物の絵を描きます。「ライオンのライオンらしさってどこにある?君たちのなかのライオンはどんなライオン?どういうかたちでどういう色してる?」という三沢さんの問いかけに、子どもたちは一所懸命頭の中で動物のイメージを膨らませていきます。

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 最初は「うーん」と悩んでいた子も段々調子がでてくると筆がすいすい進んでいました。どちらかというと低学年の子の方が積極的で何枚も描く子もいましたが、高学年の子はじっくり考えてから描こうとします。

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▲みんなの絵が勢揃い!

 三沢さんの作品を細かいところまでしっかり覚えていて再現する子もいれば、既存の動物を組みあわせて新しい動物をつくる子も。それぞれが思い描いた動物が集合。三沢さんが一枚一枚丁寧にコメントしてくれました。

 みんなが描いた絵は、今月24日まで愛知芸術文化センター2階フォーラムに掲示されています。お立ち寄りの際は是非ご覧ください。
(KS)

すでに、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、現在、愛知芸術文化センター内で開催中の「アニマルズ in AAC 三沢厚彦の世界」展に合わせて、スタンプラリーを実施しています。(以前のブログでもご紹介しました。)
 今回の展覧会では、芸文センター内のいろんな場所に作品を展示していることもあり、来場されたみなさまに、作品を探しながら、楽しく鑑賞していただこうと、スタンプラリーを行っています。実際に参加された方は、どうでしたか?楽しんでいただけているとうれしいです。

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スタンプ押し中

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 スタンプラリーのガイドには、作品の配置場所を載せているのですが、作品を実際に展示するよりも前に作るので、展示場所が変わってしまったらどうしようという不安を抱きながも変更はないだろう(というかしてほしくないなー)と思いつつ準備をしました。
しかし、やはりその心配は的中してしまい、、、8階に展示予定であった「ヤモリ」が、10階へと移動してしまったり、美術館の展示室内の作品の場所が入れ替わってしまったりといった変更が出ました。
でも、結果的には、その場にいる動物はイキイキしているし、オリエンテーリングのように、「ヤモリ」を探し出す楽しさが増えました。参加された方々には、少しご不便をおかけしますが、楽しく「ヤモリ」を探していただけるとうれしいです。

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8階にいるアニマル 何かわかりますか?

美術館の中にも、アニマルズがいます。もちろんスタンプもあります。

今回のスタンプは、以前ご紹介したように、三沢さんに描いていただいたのですが、そのスタンプになっている動物を使ったプレゼントもご用意しています。スタンプを全部押して、ぜひプレゼントを手に入れて下さい。どんなプレゼントかは、来てのお楽しみってことで!!

(RK)

 

 

いるのもケモノ類

2009年03月31日

 あいちトリエンナーレ2010のプレイベント・現代美術の発見Iということで、「アニマルズ in AAC―三沢厚彦の世界」が愛知芸術文化センターのフォーラムで3月24日から開催されています。トリエンナーレでは草間彌生渡辺英司西野達島袋道浩ヤン・フードンホアン・スー・チエダビデ・リヴァルタなどの作家が出品を予定しています(まだまだ順次増えていきます)が、まずそれに先駆けて、この愛知芸術文化センターや現代美術そのものに多くの方に親しんでいただこうということで、三沢さんにこのセンターの複雑な空間を活き活きと使ってもらうようお願いしたのがこの展覧会です。

 フォーラムでの展示・開催と平行して、美術館のなかでも4月3日のオープンに向けて着々と準備が進んでいます。今回は普段なかなか見ることのできない彫刻展示の様子をご紹介しようとおもいます。

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▲マルミミゾウの頭が美術館の入口からフォーラムへ移動中。

 基本的に美術館は展示室に作品を展示することを考えて作られていますので、その他の場所へ移動するのは結構大変。このゾウの頭を通すために扉を一時外してあります。

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▲クレーンで吊らないと重くて持ち上がりません。

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▲台車に乗ったワニ。四人がかりで移動します。ワニちょっと楽しそう。

頭からしっぽまでで6m近くあります。他の美術館スタッフも異様な迫力が気になるのかちょくちょく様子を見に来てくれます。

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▲展示と平行して展覧会リーフレットのための撮影も。

展示が終わった作品からどんどん撮っていきます。撮影は深夜まで続きました。

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▲地下2階のNADiffさんでは展覧会にあわせて三沢厚彦特設コーナーができていました。グッズすごく充実してます。

 春休みにフォーラムでの展示をご覧になった方も、4月3日から美術館でシロクマやワニ、ユニコーンが首を長くして待っていますので、是非また足を運んでみてください。タイトルは前回に引き続き回文です。
(KS)

アニマル見るマニア

2009年03月12日

 来月から始まる「アニマルズ in AAC―三沢厚彦の世界」展のために、作家の三沢さんの制作現場にお邪魔してきました。製材所の一部を間借りして、ほぼ等身大の動物が二体並んでいました(これは残念ながら今回の展覧会には出品されませんが…)。材料のクスノキの良い匂いが立ち込めています。

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▲左はウマ、右は…さてなんの動物でしょう?


 この展覧会は「あいちトリエンナーレ2010」に向けてのプレイベントということで、通常の美術館展示室で行われるものとは違って、芸術文化センター全体を使って作品を展示します。つまり、美術館以外にも、オアシス21から繋がっている地下2階や、2階の地上エントランス、8階の壁面など、色々な場所に動物たちがうろうろしているということです。

 展示場所が散らばっていて、いくつか見逃しちゃうお客さんもでかねないし、どうしたものか、と色々考えて、スタンプラリーをすることにしました。全部制覇した方には豪華賞品!とまではいかないですけれど、まあちょっとしたプレゼントは用意できるかも知れません。スタンプを作りたいという話を三沢さんにお伝えしたところ「僕が描きますよー」と快く引き受けてくださいました。ということでオリジナルスタンプができることに!

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▲スタンプ用のドローイングです。


 全部で16体ほど展示するんですが、ひとつひとつがものすごく大きくて重い。一番大きなゾウは600kg前後あるそうです。だから輸送も展示も大仕事。展示場所まで移動する経路を確保するために、美術館の入口ガラス扉をこのために一時外してもらうなど、綿密な計画を立てておかないと、「やばい、これ入んないじゃん…」と当日途方にくれてしまうなんてことになりかねません。

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▲ゾウができるまでの様子は絵本になっていますよ。


 皆さんが来館されたときには、動物たちが無事のびのびと芸文センターを占拠(?)できていますように!展示の様子はまた後日お伝えしたいと思います。

(記事タイトルは回文です。内容とはあんまり関係ありません)
(KS)

  2月12日のブログでも触れましたが、1月31日にペンシルヴェニア州チャッズ・フォードのワイエス家の近くにあるブランディワイン・リヴァー美術館でアンドリュー・ワイエスの追悼展がありました。
 それにあわせて、今回の展覧会でも多くのワイエス作品を出品していただいている丸沼芸術の森の主宰者須崎勝茂氏と学芸員の中村音代さんが、訪米されました。その様子を教えていただきましたので、ここで少しご紹介します。

 前日の30日、天気は快晴だったが、一面の雪景色。ブランディワイン・リヴァー美術館では、追悼展の準備がされており、正面玄関ではアメリカ式の喪中のしるしなのか、松のリースの下に黒い長い布がつけられたものがウインドウに並べてさげられていました。また、展示室入り口では、大きく引き伸ばしたワイエスの写真と共に、これまで多くの大学から贈られた数多くのメダルやバナーが展示され、またケネディ大統領や、一昨年ブッシュ大統領から贈られた大きなメダルも飾ってありました。
 ワイエス・ギャラリーでは中央に、ニューヨーク近代美術館から特別出品された《クリスティーナの世界》が展示されていて、人だかりができていました。ニューヨーク近代美術館は絵の状態が悪いので貸し出しはしないといっていましたが、注意深く見ても絵は完璧に思えました。そしてニューヨーク近代美術館で見たときよりもここではなぜか大きく感じられたということです。この作品の展示は翌2月1日までの2日間だけ。
 翌日の追悼展の日は、一日限り無料開放で、朝開館15分ほど前に美術館へ行くと、開館を待つ人がすでに門まで100mほどの長蛇の列をつくっていました。これまで満杯になったところを見たことのない駐車場には、車が入りきれずに国道1号線沿いにも駐車の列が出来ていました。予想通り、開館時間になると美術館の中はあっという間に大混雑。もともと、さほど広くはない美術館は人であふれかえり、ワイエスの作品と特に《クリスティーナの世界》を見ようとする人々の長い列が出来ていました。

 日本における「?を偲ぶ会」式のセレモニーや宗教的な行事はありませんでしたが、多くの人がワイエスの画業を偲ぶために訪れていたということです。また、ワイエス家からの希望で、献花の気持ちがあれば、それに代えていくらでもいいのでと美術館に寄付を募っていました。寄付は日本からでもできます。ブランディワイン・リヴァー美術館のホームページ(→www.brandywinemuseum.org/をご覧ください。

(ST)

  展覧会では作品を展示する支持体(壁や台)が必要です。愛知県美術館の多くの展示室には構造体としての壁のほかに可動壁があり、それを動かして区画を作ることができます。チャイナ展(通称)の場合、作家ごとに必要なスペースがかなり違うため、簡単に可動壁で区画を作るわけにはいきません。可動壁を使うとだいたい同じ面積の区画になってしまうからです。
  チャイナ展の展示計画の最大の問題は、先行して展覧会が行われた(行われている)国立新美術館と国立国際美術館より、愛知県美術館は展示に割けるスペースがずっと狭いこと。いつもは所蔵作品展で最初に入る展示室4やその入口の前室1と呼ばれる部分、さらにいつもレームブルックの彫刻が立っているラウンジや、ショップ前のロビーまで使ってなんとか収める計画です。
  どの作家の作品をどこに配置するか、思案を重ねながらいろいろと案をつくった結果、Ver.5でやっと決着を見ました。一昔前は、100分の1の縮尺の展示室の図面に鉛筆と定規を使って書き込んでいましたが、一点作品を動かすだけでその壁全体の作品を書き直さないといけないという面倒くささがありました。今はパソコンを使うので、移動も簡単(何年か前にパソコンでそれをやり始めたのは、何と一番年長のM館長!です)。thmnl_イラストレーターで作った平面図2枚.jpg

↑イラストレーターで作った平面図

それでも、この展覧会では映像用のブースを7つも作らないといけないし、壁もいくつも立てないといけないので、平面図だけでは空間的な感じがいまいちつかみきれません。そこで、ホコリをかぶっていた企画展示室のマケット(立体模型)を引きずり出し(形跡から、最後に使われたのが2002年の「中西夏行展」)、パネルを切って壁を作ってみました。想定していたよりも高さが必要な壁があることが判明!!

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↑企画展示室のマケット


  チャイナ展では、通常は所蔵作品展の入口になっている所がチャイナ展の入口になり、なんと順路が逆回り!どうしてそうなったのかというと、楊福東(ヤン・フードン)の映像作品は、通常の企画展で最初に入る部屋(展示室1)しか適当なスペースが取れず、この作品は2006年の近作なので、最初よりも最後に見せたい...展示する場所を変えられない以上は順路を逆にするしかないということになったわけです。このような試みは初めてなので、お客様にはとまどわれる方もいるかもしれませんが、逆に新鮮味を感じさせてくれるのではないかと期待もしています。

(HF)
 

  愛知県美術館も他の多くの美術館・博物館と同じく基本的に月曜日が休館日です。美術館が休みだから学芸員もみんな休んでいるだろうと思いこんでいる人が案外多いのでは? 私自身、「月曜日は休館日だから休みだと思って連絡しなかったヨ」などと言われた経験が結構あります。愛知県美術館の場合、館長以下14人の学芸員がいますが、基本的に土日が休みです。だから、月曜日は休館日でも何人かの学芸員は出勤しています。ただし、―ここからが重要!―土日も美術館は開いているので、学芸員が誰もいないというわけにはいきません。そこで土日でも4人の学芸員が出勤するローテーションを組んでいます(ちなみに土日に出勤した人は、その前後の金曜日と月曜日が休みになります)。学芸員個人からすると、ひと月に一回くらいの割合で土日勤務が巡ってきます。
 では、月曜日の休館日に学芸員はいったい何をしているか? 休館日には休館日にしかできない仕事があるのです。たとえば球の切れた展示室の照明を取り替えたり、業者がおこなう各種の点検に立ち会ったりとか(展示室や収蔵庫に業者が入る場合は、学芸員が必ず立ち会います)。展示作品を入れ替える作業をすることもあります。先週の休館日には、出勤している学芸員が数人がかりで、一日かけてワイエス展に展示されている一部作品の場所を入れ替える作業をしました。展示室で、ワイエス担当のM学芸員から、こことここを入れ替えるという計画を聞かされたときには、総合的に判断して今日はやめておいた方がいいかなとも思いましたが、思い切ってやってしまいました。

(HF)

展示替え前
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展示替え後(深緑色のバックパネルは長くて重いので移動がとてもたいへんでした)
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  来年度最初の企画展「アヴァンギャルド・チャイナ―〈中国当代美術〉二十年―」に向けて、ポスターやチラシなどの印刷物の準備が進んでいます。この展覧会では、デザインを京都の豊永政史さんにお願いしました。豊永さんはこの展覧会のカタログのデザインもしていますし、第二会場である国立国際美術館のポスターやチラシも手がけています。

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チラシ:左から国立新美術館、国立国際美術館(デザイン=豊永政史)、愛知県美術館/校正刷り(同)

  第一会場の国立新美術館のポスターやチラシを初めて見たときの印象は、「あれ?! ずいぶんと地味だなあ」というものでした。展覧会の最初の会場はいろんな点でいちばん大変なのですが、とりわけこの展覧会は無事開催できただけでも奇跡的! だからポスターやチラシが地味というのは次元の違う話になります。第二会場の国立国際美術館では豊永さんにデザインをお願いすると聞いていたので、どんなデザインになるのか期待していたのですが、同じデザインを愛知で使うにはちょっとシブすぎました。すっきりとしたデザインでとても綺麗なのですが・・・。愛知会場では、もっと派手で、もっと人目を引くようなデザインが必要と考えていたので、こんな感じのものをという意向をデザイナーに伝え、こちらの要望を取り入れてもらうかたちでデザインをお願いしました。おかげさまで希望通りのハデハデで人目に付きやすいポスターやチラシができそうです。

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B0サイズのポスター/校正刷り(デザイン=豊永政史)

今回はB0サイズのポスターもつくります。駅などで普通に見かけるポスターがB1サイズで、それを横に二つ並べた分の大きさです。愛知県美術館でこれまでB0サイズのポスターを作ったのは、2005年の「自然をめぐる千年の旅」展と2007年の「若冲と江戸絵画」展の二回だけです。大きく派手なポスターは、きっとみなさんの目にもとまることでしょう。

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11月2日、テーマ展出品作家松藤孝一さんのレクチャーが行われました。松藤さんのこれまでの歩み、ガラスの赤ちゃんの制作過程などをお話していただきました。
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↑レクチャー後質問を受ける松藤さん

簡単ですが、レクチャーの内容を一部ご紹介!
今回展示しているガラスの赤ちゃんの原形が誕生したのは、アメリカ留学中のこと。その当時社会問題となった「クローン」から生れました。アメリカでは、コンセプトやテーマ性のある制作が重要視されたそうです。
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↑《Copy-babies》1999年

日本に帰国後、日本美術に触れたことを通して、ガラスの赤ちゃんは進化を遂げていきます。特に康勝作《空也上人像》を知ったときの衝撃は、とても大きかったそうです。赤ちゃんの口から蝶が飛び出した作品は、この康勝の作品から着想されました。

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↑あまりに斬新な造形!!康勝作《空也上人像》13世紀初期 京都・六波羅蜜寺 
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《宙遊赤子座像》

制作過程も興味深いです。最初は蝋で赤ちゃんの形を作ります。
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↑黒い蝋で作るので、ガラスとはずいぶん印象が異なります。
蝋から石膏で型をとり、そこへガラスを流し込みます。それからガラスを何日もかけてゆっくりと冷やし、ようやくガラスの像ができます。さらにガラスの表面を磨き、ふっくら、つるっと滑らかな赤ちゃんの肌が仕上がります。

また赤ちゃんは目にも注目!です。目は表情を左右する一番重要な箇所で、目の形や大きさ、色など、今回松藤さんが特に試行錯誤を重ねたところです。

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↑《宙遊赤子座像》部分

現代美術の面白いところは、アーティストの作品を、制作された同じ時間・時代の中で享受できるところ。レクチャーでは、長い時間を積み重ね、また出会いや経験、偶然の出来事を通して様々な試行錯誤や模索を繰り返してきた松藤さんの制作が良く分かりました。そしてたどり着いた今回の展示。過去のどの作品とも違うものになっていて、ガラスの赤ちゃんが醸し出すなんとも不思議な空間が体感できます。松藤さんの「今」をぜひ目撃してください!!

(MRM)

松藤孝一さんのHP→http://www.koichimatsufuji.com/
 

ワーキンググループ

2008年10月21日

 今日は、当館でおこなわれている教育普及活動の一つ[先生方との鑑賞学習ワーキンググループ]についてご紹介します。
 先週の18日(土)に、[先生方との鑑賞学習ワーキンググループ]がありました。ワーキンググループとは、登録制の研究会で、鑑賞学習に関心のある先生方が月に1回のペースで集まり、鑑賞教育の事例研究や、美術館で実施する事業への協力、学校と美術館をめぐる鑑賞教育の課題についての討議などを担当の学芸員と共におこなっているものです。

 今回のワーキンググループでは、次回開催の「アンドリュー・ワイエス –創造への道程-」に合わせて、実施予定の関連ワークショップとセルフガイド、鑑賞補助教材についての話し合いがおこなわれました。

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▲美術館の会議室にて
 ワークショップについての意見交換では、どのようなアプローチが小・中学生に有効なのか、美術館ですべき活動はどのようなことなのかなど、先生の側からみた意見も多く出て、活発な意見交換ができました。今後も話し合いを重ね素敵なワークショップ、セルフガイド、鑑賞補助教材にしていきます。

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▲ワーキンググループ終了後も、多くの先生方が残り意見交換をしていました。


 ワークショップの内容や日程は未定ですが、近日中にお知らせしたいと思いますので、ぜひ参加していただきたいと思います。先生方との協力によってどのような内容のワークショップやセルフガイドになるのか、楽しみにしていて下さい。
(RK)

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↑展示作業中の松藤さん

今回テーマ展の作家に松藤さんが決まった昨年の1月から、ほぼ毎月打ち合わせを繰り返してきました。しかしこの約10ヶ月におよぶ打ち合わせや展示準備が、すべて順調だったわけではありません。作品の材料であるガラスに問題があって、作品が割れてしまうハプニングがありました。松藤さんも私も真っ青!になりましたが、松藤さんのガンバリで、展示には十分の作品が完成しました。

またこの展覧会に際しパンフレットを作成したのですが、これまたひと苦労…印刷までのスケジュールがかなりハードでした。

10月某日 夕方5時から展示作業スタート 深夜11時半までかかる
翌日  朝8時から照明のセッティング
        午後会場を撮影、写真現像
        夕方デザイナーさんに写真をわたし、パンフレットのデザイン
さらに2日後   印刷会社さんへいざ入稿!したところで、実際の写真と仮のレイアウトがぴったりはまらない!!というトラブル発生、印刷会社の担当の方が走り回って、何とか事態を収拾…

デザイナーさんは徹夜してパンフレットを仕上げてくれました。デザイナーさん、印刷会社の担当の方以外にも、いろんな希望に快く応じ、作品の面白さを引き出して写真に収めてくれたカメラマンさん、パンフレットのテキストを英訳してくれた翻訳家さん、展示台を制作してくれたディスプレイ会社の方など、今回の展覧会はさまざまな人の力が集結しました。
パンフレットの完成案を見たとき、デザイナーさんが「この展覧会の仕事に参加できて本当によかった。このプロジェクトに関わった人たちがこれだけがんばったのだから、その想いは展覧会を見る人にもきっと伝わるはず」と言ってくださいました。
数年間学芸員の仕事をしていて、こんな素敵な言葉をいただいたのは初めてで、とても感動しました。このプロジェクトに関わってくださった皆さんのプロ意識は、本当に素晴らしかったです。

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↑まもなく完成するパンフレット

公開間近の松藤孝一展。この展覧会を見てくださる皆様に、松藤さんをはじめ、展覧会を支えてくれた人たちの想いが届きますように。

テーマ展の詳細はこちらhttp://www-art.aac.pref.aichi.jp/exhibition/sp_index.html
(MRM)

 10月17日から始まる「ライオネル・ファイニンガー展」のポスターが街に貼り出されています。すでにご覧になった方もいらっしゃるでしょうか?
 よーく見ると右下にQRコードがついています。携帯で「ぱしゃっ」とやれば、モバイル版の愛知県美術館サイトに飛ぶことができます。すごい!(といいつつ私の携帯電話はQRコード読めない機種だということに気付きました…)。

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▲こういうやつです。


 インターネットの分野ではどんどん新しい試みがなされていますが、美術館がそういう技術をうまく活用している例は、まだまだ少ないのが現状です。ブログもQRコードも既に新しいとは言いがたいですし、もっともっと面白いことができそうだな、やれることはどんどん模索していかなければならないな、と実感しています。

 8月に行ったパフォーマンスのイベントでは、Ustream.tvTwitterいうサイトを使って、映像と位置情報を全世界同時配信するという実験をこっそりやっていたのですが、そのような試みを大々的にお知らせするにはもう少し時間がかかりそうです。

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あ、QRコードは(株)デンソーウェーブの登録商標です。
(KS)