2009年03月12345678910111213141516171819202122232425262728293031

  2月12日のブログでも触れましたが、1月31日にペンシルヴェニア州チャッズ・フォードのワイエス家の近くにあるブランディワイン・リヴァー美術館でアンドリュー・ワイエスの追悼展がありました。
 それにあわせて、今回の展覧会でも多くのワイエス作品を出品していただいている丸沼芸術の森の主宰者須崎勝茂氏と学芸員の中村音代さんが、訪米されました。その様子を教えていただきましたので、ここで少しご紹介します。

 前日の30日、天気は快晴だったが、一面の雪景色。ブランディワイン・リヴァー美術館では、追悼展の準備がされており、正面玄関ではアメリカ式の喪中のしるしなのか、松のリースの下に黒い長い布がつけられたものがウインドウに並べてさげられていました。また、展示室入り口では、大きく引き伸ばしたワイエスの写真と共に、これまで多くの大学から贈られた数多くのメダルやバナーが展示され、またケネディ大統領や、一昨年ブッシュ大統領から贈られた大きなメダルも飾ってありました。
 ワイエス・ギャラリーでは中央に、ニューヨーク近代美術館から特別出品された《クリスティーナの世界》が展示されていて、人だかりができていました。ニューヨーク近代美術館は絵の状態が悪いので貸し出しはしないといっていましたが、注意深く見ても絵は完璧に思えました。そしてニューヨーク近代美術館で見たときよりもここではなぜか大きく感じられたということです。この作品の展示は翌2月1日までの2日間だけ。
 翌日の追悼展の日は、一日限り無料開放で、朝開館15分ほど前に美術館へ行くと、開館を待つ人がすでに門まで100mほどの長蛇の列をつくっていました。これまで満杯になったところを見たことのない駐車場には、車が入りきれずに国道1号線沿いにも駐車の列が出来ていました。予想通り、開館時間になると美術館の中はあっという間に大混雑。もともと、さほど広くはない美術館は人であふれかえり、ワイエスの作品と特に《クリスティーナの世界》を見ようとする人々の長い列が出来ていました。

 日本における「?を偲ぶ会」式のセレモニーや宗教的な行事はありませんでしたが、多くの人がワイエスの画業を偲ぶために訪れていたということです。また、ワイエス家からの希望で、献花の気持ちがあれば、それに代えていくらでもいいのでと美術館に寄付を募っていました。寄付は日本からでもできます。ブランディワイン・リヴァー美術館のホームページ(→www.brandywinemuseum.org/をご覧ください。

(ST)

最後のご紹介は、高校生が対象のプログラム。高校生を限定に対象としたワークショップを実施するのは、初の試みでした。

「鉛筆デッサンをしよう。」
25日(日)13:00から16:00 対象:高校生 参加人数:33名


高校生を対象としたプログラムでは、その名の通り鉛筆デッサンをしました。まずは作品を鑑賞し、その後、作品模写と静物デッサンの2つから参加者が自由に選んで挑戦です。模写は、《クリスティーナの世界》習作、《アラベラ》習作、《そよ風》習作、《雪まじりの風》習作の4点から選び、静物デッサンでは、石、松ぼっくり、木の3つから選んでデッサンしていきました。
模写では、あらかじめ対象作品の大まかな輪郭線を描写したものが印刷された用紙に描いていきます。デッサン用紙の横に置いた作品のコピーをじっくり観察しながら、ワイエス作品に近づけていました。

thmnl_デッサンその1.jpg

↑ 画板に作品のコピーとデッサン用の紙を並べて、描きこんでいます。


静物デッサンは、こちらで準備したものをデッサンしていくのですが、今回静物デッサン用に準備した材料は先生方によって集められたものばかりです。石は、《火打石》によく似たものを、三重県の山から運んできたり、松ぼっくりは小学校の先生の協力で近所の松林から拾ってきてもらったり、枝も木から切り取ったもの持ってきたりと、先生方に苦労して集めていただいたことで、充実した内容となりました。

thmnl_デッサンその2.jpg

↑ 各地から集められたモティーフたち

 

作品鑑賞後、デッサンへと進んでいったのですが、鉛筆が動き始めると、半端ない集中力で描き進めていました。シャシャシャーシャッっと鉛筆の擦れる音とともに、作品が出来上がっていく感じです。

thmnl_デッサンその3.jpg

↑ 松ぼっくりをデッサン中

 

制作していた場所は、「かさかさな絵を描こう」同様にチケット売り場横のスペースだったため、他の来館者の人たちも多く見学してくださっていたのですが、その視線も感じていないかのような集中振りで、その方たちも感心した様子で眺めていました。

thmnl_デッサンその4.jpg

↑ 会場の様子

初めての高校生対象プログラムは、終始、参加者のみんなの集中力に圧倒された感じでした。

thmnl_デッサンその5.jpg
「鉛筆デッサンをしよう。」の制作物は、「かさかさな絵を描こう!」と同様に、ワイエス展開催期間中ラウンジ(所蔵作品展入り口前)にて展示してあります。会場にお越しの際は、ぜひご覧になって下さい。

(RK)

 

最後のご紹介は、高校生が対象のプログラム。高校生を限定に対象としたワークショップを実施するのは、初の試みでした。

「鉛筆デッサンをしよう。」
25日(日)13:00から16:00 対象:高校生 参加人数:33名


高校生を対象としたプログラムでは、その名の通り鉛筆デッサンをしました。まずは作品を鑑賞し、その後、作品模写と静物デッサンの2つから参加者が自由に選んで挑戦です。模写は、《クリスティーナの世界》習作、《アラベラ》習作、《そよ風》習作、《雪まじりの風》習作の4点から選び、静物デッサンでは、石、松ぼっくり、木の3つから選んでデッサンしていきました。
模写では、あらかじめ対象作品の大まかな輪郭線を描写したものが印刷された用紙に描いていきます。デッサン用紙の横に置いた作品のコピーをじっくり観察しながら、ワイエス作品に近づけていました。

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↑ 画板に作品のコピーとデッサン用の紙を並べて、描きこんでいます。


静物デッサンは、こちらで準備したものをデッサンしていくのですが、今回静物デッサン用に準備した材料は先生方によって集められたものばかりです。石は、《火打石》によく似たものを、三重県の山から運んできたり、松ぼっくりは小学校の先生の協力で近所の松林から拾ってきてもらったり、枝も木から切り取ったもの持ってきたりと、先生方に苦労して集めていただいたことで、充実した内容となりました。

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↑ 各地から集められたモティーフたち

 

作品鑑賞後、デッサンへと進んでいったのですが、鉛筆が動き始めると、半端ない集中力で描き進めていました。シャシャシャーシャッっと鉛筆の擦れる音とともに、作品が出来上がっていく感じです。

thmnl_デッサンその3.jpg

↑ 松ぼっくりをデッサン中

 

制作していた場所は、「かさかさな絵を描こう」同様にチケット売り場横のスペースだったため、他の来館者の人たちも多く見学してくださっていたのですが、その視線も感じていないかのような集中振りで、その方たちも感心した様子で眺めていました。

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↑ 会場の様子

初めての高校生対象プログラムは、終始、参加者のみんなの集中力に圧倒された感じでした。

thmnl_デッサンその5.jpg
「鉛筆デッサンをしよう。」の制作物は、「かさかさな絵を描こう!」と同様に、ワイエス展開催期間中ラウンジ(所蔵作品展入り口前)にて展示してあります。会場にお越しの際は、ぜひご覧になって下さい。

(RK)

 

今日は、小学校4年生から中学生までを対象としたワークショップ「かさかさな絵を描こう」のご報告です。
 
「かさかさな絵を描こう!」
24日(土)14:00から16:00 対象:小学校4年生から中学生 参加人数:19名

このプログラムでは、ワイエスの水彩画技法の1つであるドライブラッシュ(水気をしぼった筆で描く技法)に挑戦しました。水と絵の具を使ったワークショップは、初めての試みです。もちろん美術館内のロビーなどでは水の使用が絶対無理なので、今回の会場は、チケット売り場横のスペースを使いました。

thmnl_かさかさ その1.jpg

↑ 会場の様子。床に巻きダンボールを敷いたり、机やイスを出したりと、準備が結構大変でした。。。


初めに、ワークシートを使ってドライブラッシュの作品を鑑賞し、その後、作品を輪郭線で描いた《鉄兜》(松ぼっくり男爵習作)《ラスト・ナイト》《鷹の木》の3点から1点選んで、ドライブラッシュによる彩色をしていきました。

thmnl_かさかさ その2.jpg

↑ 展示室では、対象のドライブラッシュ作品を3点鑑賞していきました。

 

筆の水気をティッシュを使いながら取り除き(ちなみに、ワイエスはティシュではなく親指と人差し指で水気を取り除いていたようです)、画面へと塗っていくのですが、どれだけ水を絞ればいいのか、絵の具と水の分量はどのくらいが丁度いいのか、その感触をつかむのが難しかったようです。

thmnl_かさかさ その3.jpg

↑ 横に作品図版を置いて、ドライブラッシュに挑戦中


ドライブラッシュの指導は、「ワーキンググループ」の先生方でおこない、筆につける絵の具の量や、筆の走らせ方など、実演しつつアドバイスをされていました。

thmnl_かさかさ その4.jpg

 


制作後に、再度展示室で、作品を鑑賞したのですが、その後の感想には、「暗いところと明るいところを分けて描いたほうがもっとよかったと思いました」とか「ワイエスの作品は、葉っぱ1本1本ていねいに描いてありました。ぼくも、もっと細かいところに気をつけて描きたいです」といったことが書かれており、ドライブラッシュを体験したことによって、新たな視点で作品をみることができたのではないかと思います。



「かさかさな絵を描こう!」の制作物が、ワイエス展開催期間中ラウンジ(所蔵作品展入り口前)にて展示してあります。会場にお越しの際は、ぜひご覧くださいっ。

thmnl_かさかさ その5.jpg

↑ 作品は、パネルの裏表に展示してあります。

(RK)

 

今日は、小学校4年生から中学生までを対象としたワークショップ「かさかさな絵を描こう」のご報告です。
 
「かさかさな絵を描こう!」
24日(土)14:00から16:00 対象:小学校4年生から中学生 参加人数:19名

このプログラムでは、ワイエスの水彩画技法の1つであるドライブラッシュ(水気をしぼった筆で描く技法)に挑戦しました。水と絵の具を使ったワークショップは、初めての試みです。もちろん美術館内のロビーなどでは水の使用が絶対無理なので、今回の会場は、チケット売り場横のスペースを使いました。

thmnl_かさかさ その1.jpg

↑ 会場の様子。床に巻きダンボールを敷いたり、机やイスを出したりと、準備が結構大変でした。。。


初めに、ワークシートを使ってドライブラッシュの作品を鑑賞し、その後、作品を輪郭線で描いた《鉄兜》(松ぼっくり男爵習作)《ラスト・ナイト》《鷹の木》の3点から1点選んで、ドライブラッシュによる彩色をしていきました。

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↑ 展示室では、対象のドライブラッシュ作品を3点鑑賞していきました。

 

筆の水気をティッシュを使いながら取り除き(ちなみに、ワイエスはティシュではなく親指と人差し指で水気を取り除いていたようです)、画面へと塗っていくのですが、どれだけ水を絞ればいいのか、絵の具と水の分量はどのくらいが丁度いいのか、その感触をつかむのが難しかったようです。

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↑ 横に作品図版を置いて、ドライブラッシュに挑戦中


ドライブラッシュの指導は、「ワーキンググループ」の先生方でおこない、筆につける絵の具の量や、筆の走らせ方など、実演しつつアドバイスをされていました。

thmnl_かさかさ その4.jpg

 


制作後に、再度展示室で、作品を鑑賞したのですが、その後の感想には、「暗いところと明るいところを分けて描いたほうがもっとよかったと思いました」とか「ワイエスの作品は、葉っぱ1本1本ていねいに描いてありました。ぼくも、もっと細かいところに気をつけて描きたいです」といったことが書かれており、ドライブラッシュを体験したことによって、新たな視点で作品をみることができたのではないかと思います。



「かさかさな絵を描こう!」の制作物が、ワイエス展開催期間中ラウンジ(所蔵作品展入り口前)にて展示してあります。会場にお越しの際は、ぜひご覧くださいっ。

thmnl_かさかさ その5.jpg

↑ 作品は、パネルの裏表に展示してあります。

(RK)

 

 ご報告が遅れましたが、先月24日(土)と25日(日)にワイエス展の関連プログラムとして、ワークショップを実施しました。
 今回のワークショップは、プログラムの内容準備から、当日の進行までを、「鑑賞学習ワーキンググループ」に参加している小・中・高の先生方の中から、有志で集まっていただいた先生方と共に進めていきました。

thmnl_その1 No.1.jpg

↑ ミーティング中の様子


 2日間で3つのワークショップを開催したので、その時の様子をご紹介します。今日は、その1「ワイエス・ワーイ!!」

「ワイエス・ワーイ!!」
 24日(土)10:00~12:00 対象:小学校1年生から3年生  参加人数:18名 
ワイエス・ワーイは、作品を鑑賞して、物語を作るといった内容のプログラムでした。
同じモチーフで描かれているスケッチや水彩画、テンペラを順番に見ていきながら、物語を作っていきます。対象作品は、《農場にて》《ジャック・ライト》《747》《松ぼっくり男爵》の4点。
先生手作りのワークシートには、制作順に並べられた4枚の絵が印刷されています。それらの作品を1つ1つ探して、作品の前に立ち、何が描かれているのか、描かれているものや人物は何をしているのだろうと、想像力を働かせながら物語を作っていきました。

thmnl_その1 No.2.jpg

↑ 《747》の前にて ワークシートに物語を記入!

たとえば、《松ぼっくり男爵》を鑑賞したグループは、初めはバケツだと思っていた入れ物が、ヘルメットであると気がついたり、《ジャック・ライト》では、制作の早い水彩には動物の頭部しか描かれていなかったことから、その動物をオオカミと判断していたようですが、その後描かれたテンペラ画には、全体像が描かれていたことからシカだとわかったりと、段階を追って作品を見ていくことによって、様々な発見をしていたようです。

thmnl_その1 No.3.jpg

↑ 右側の作品に描かれている動物がオオカミに見えたみたいですね

 

出来上がった物語を1つご紹介します。

thmnl_その1 No.4.jpg

1.あきで、くらい朝のはじまり 2.しずかな森で 3.メスのシカがうれしそうににらんで 4.りんごをたべようとした
 

ワイエス作品で、物語を作った後に、所蔵作品展へと進み、「動物ビンゴ」で作品を鑑賞しました。このビンゴは、ワークシートにある動物を展示室の中から探すといったシンプルな内容のものですが、参加者は一生懸命に作品を見ながら、動物を探していました。

thmnl_その1 No.5.jpg

↑ 作品中央に描かれている河童を発見!! 

子どもたちが、作品を鑑賞する目は、小学校低学年であっても真剣そのもので、じーっと見つめては、はっと気がつき、発見したことや感じたことを伝えてくれました。

 

その2も近日中にご紹介しますので、楽しみにしていて下さい。

(RK)

 ご報告が遅れましたが、先月24日(土)と25日(日)にワイエス展の関連プログラムとして、ワークショップを実施しました。
 今回のワークショップは、プログラムの内容準備から、当日の進行までを、「鑑賞学習ワーキンググループ」に参加している小・中・高の先生方の中から、有志で集まっていただいた先生方と共に進めていきました。

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↑ ミーティング中の様子


 2日間で3つのワークショップを開催したので、その時の様子をご紹介します。今日は、その1「ワイエス・ワーイ!!」

「ワイエス・ワーイ!!」
 24日(土)10:00~12:00 対象:小学校1年生から3年生  参加人数:18名 
ワイエス・ワーイは、作品を鑑賞して、物語を作るといった内容のプログラムでした。
同じモチーフで描かれているスケッチや水彩画、テンペラを順番に見ていきながら、物語を作っていきます。対象作品は、《農場にて》《ジャック・ライト》《747》《松ぼっくり男爵》の4点。
先生手作りのワークシートには、制作順に並べられた4枚の絵が印刷されています。それらの作品を1つ1つ探して、作品の前に立ち、何が描かれているのか、描かれているものや人物は何をしているのだろうと、想像力を働かせながら物語を作っていきました。

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↑ 《747》の前にて ワークシートに物語を記入!

たとえば、《松ぼっくり男爵》を鑑賞したグループは、初めはバケツだと思っていた入れ物が、ヘルメットであると気がついたり、《ジャック・ライト》では、制作の早い水彩には動物の頭部しか描かれていなかったことから、その動物をオオカミと判断していたようですが、その後描かれたテンペラ画には、全体像が描かれていたことからシカだとわかったりと、段階を追って作品を見ていくことによって、様々な発見をしていたようです。

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↑ 右側の作品に描かれている動物がオオカミに見えたみたいですね

 

出来上がった物語を1つご紹介します。

thmnl_その1 No.4.jpg

1.あきで、くらい朝のはじまり 2.しずかな森で 3.メスのシカがうれしそうににらんで 4.りんごをたべようとした
 

ワイエス作品で、物語を作った後に、所蔵作品展へと進み、「動物ビンゴ」で作品を鑑賞しました。このビンゴは、ワークシートにある動物を展示室の中から探すといったシンプルな内容のものですが、参加者は一生懸命に作品を見ながら、動物を探していました。

thmnl_その1 No.5.jpg

↑ 作品中央に描かれている河童を発見!! 

子どもたちが、作品を鑑賞する目は、小学校低学年であっても真剣そのもので、じーっと見つめては、はっと気がつき、発見したことや感じたことを伝えてくれました。

 

その2も近日中にご紹介しますので、楽しみにしていて下さい。

(RK)

  アンドリュー・ワイエスが亡くなって、ワイエスにゆかりのある、ペンシルヴェニア州チャッズ・フォードのブランディワイン・リヴァー美術館でお別れの会(彼の人生と作品をしのぶ会)が1月31日に開かれました。この日とその翌日の2日間、あの有名な《クリスティーナの世界》がニューヨーク近代美術館から出張展示されました。この作品は、ニューヨーク近代美術館が建て替えのために休館していたときに、作品が描かれたメイン州に里帰りしたことはあったようですが、それ以外で開館している時期に他の美術館に貸し出されることはないようです。つまりニューヨーク近代美術館は、例外的に作品を貸し出すことで、ワイエスの死に対する弔意を表したのでしょう。

 今回の展覧会では、《クリスティーナの世界》の習作が展示されています。作品ができるまでの過程をたどるのも楽しいものです!
  thmnl_DSC00650.jpg

   このように、現存作家でも(展覧会準備の段階ではワイエスは現存作家でした)、展覧会で作品を借りるのが難しいことがあります。今回のワイエス展の開催にあたり、ワイエスから二つの条件が出されました。そのひとつは良い展覧会を開催してほしいということ。至極当然のことですね。もうひとつは2006年に開催されたフィラデルフィア美術館をはじめとする大回顧展に出た作品は借りないでほしいということでした。同じ所蔵者に続けて出品依頼を避けるためです。今回の展覧会の準備を始めたのがその回顧展の開催中だったので、そういう条件が示されたわけです。この二つの(矛盾するような!!)条件は展覧会準備をきわめて困難にし、大回顧展に出品された代表作を候補からはずしながらも、できるだけ良い作品を探し出し、何度も出品交渉を行いました。その結果、ワシントン・ナショナルギャラリーの《雪まじりの風》やフィラデルフィア美術館の《粉挽き小屋》のように、2006年の展覧会には出なかった代表作を借りることができました。《粉挽き小屋》はフィラデルフィア美術館でもまだ一般に公開していない、2007年にコレクションに入ったばかりの作品です。

thmnl_DSC00653.jpg

↑フィラデルフィア美術館の《粉引き小屋》は右端、この作品の習作と共に展示されています。


  ワイエスが亡くなって、今後しばらくは展覧会が開かれることはないでしょう。少なくとも日本においては、所蔵作品を展示する展覧会はできても、アメリカから多数の作品を借りて行う展覧会はさらに困難が増したといえます。
だからこそ!!今の貴重な展覧会をお見逃しなく!

(ST)
 

  アンドリュー・ワイエスが亡くなって、ワイエスにゆかりのある、ペンシルヴェニア州チャッズ・フォードのブランディワイン・リヴァー美術館でお別れの会(彼の人生と作品をしのぶ会)が1月31日に開かれました。この日とその翌日の2日間、あの有名な《クリスティーナの世界》がニューヨーク近代美術館から出張展示されました。この作品は、ニューヨーク近代美術館が建て替えのために休館していたときに、作品が描かれたメイン州に里帰りしたことはあったようですが、それ以外で開館している時期に他の美術館に貸し出されることはないようです。つまりニューヨーク近代美術館は、例外的に作品を貸し出すことで、ワイエスの死に対する弔意を表したのでしょう。

 今回の展覧会では、《クリスティーナの世界》の習作が展示されています。作品ができるまでの過程をたどるのも楽しいものです!
  thmnl_DSC00650.jpg

   このように、現存作家でも(展覧会準備の段階ではワイエスは現存作家でした)、展覧会で作品を借りるのが難しいことがあります。今回のワイエス展の開催にあたり、ワイエスから二つの条件が出されました。そのひとつは良い展覧会を開催してほしいということ。至極当然のことですね。もうひとつは2006年に開催されたフィラデルフィア美術館をはじめとする大回顧展に出た作品は借りないでほしいということでした。同じ所蔵者に続けて出品依頼を避けるためです。今回の展覧会の準備を始めたのがその回顧展の開催中だったので、そういう条件が示されたわけです。この二つの(矛盾するような!!)条件は展覧会準備をきわめて困難にし、大回顧展に出品された代表作を候補からはずしながらも、できるだけ良い作品を探し出し、何度も出品交渉を行いました。その結果、ワシントン・ナショナルギャラリーの《雪まじりの風》やフィラデルフィア美術館の《粉挽き小屋》のように、2006年の展覧会には出なかった代表作を借りることができました。《粉挽き小屋》はフィラデルフィア美術館でもまだ一般に公開していない、2007年にコレクションに入ったばかりの作品です。

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↑フィラデルフィア美術館の《粉引き小屋》は右端、この作品の習作と共に展示されています。


  ワイエスが亡くなって、今後しばらくは展覧会が開かれることはないでしょう。少なくとも日本においては、所蔵作品を展示する展覧会はできても、アメリカから多数の作品を借りて行う展覧会はさらに困難が増したといえます。
だからこそ!!今の貴重な展覧会をお見逃しなく!

(ST)
 

  愛知県美術館も他の多くの美術館・博物館と同じく基本的に月曜日が休館日です。美術館が休みだから学芸員もみんな休んでいるだろうと思いこんでいる人が案外多いのでは? 私自身、「月曜日は休館日だから休みだと思って連絡しなかったヨ」などと言われた経験が結構あります。愛知県美術館の場合、館長以下14人の学芸員がいますが、基本的に土日が休みです。だから、月曜日は休館日でも何人かの学芸員は出勤しています。ただし、―ここからが重要!―土日も美術館は開いているので、学芸員が誰もいないというわけにはいきません。そこで土日でも4人の学芸員が出勤するローテーションを組んでいます(ちなみに土日に出勤した人は、その前後の金曜日と月曜日が休みになります)。学芸員個人からすると、ひと月に一回くらいの割合で土日勤務が巡ってきます。
 では、月曜日の休館日に学芸員はいったい何をしているか? 休館日には休館日にしかできない仕事があるのです。たとえば球の切れた展示室の照明を取り替えたり、業者がおこなう各種の点検に立ち会ったりとか(展示室や収蔵庫に業者が入る場合は、学芸員が必ず立ち会います)。展示作品を入れ替える作業をすることもあります。先週の休館日には、出勤している学芸員が数人がかりで、一日かけてワイエス展に展示されている一部作品の場所を入れ替える作業をしました。展示室で、ワイエス担当のM学芸員から、こことここを入れ替えるという計画を聞かされたときには、総合的に判断して今日はやめておいた方がいいかなとも思いましたが、思い切ってやってしまいました。

(HF)

展示替え前
thmnl_before.jpg

展示替え後(深緑色のバックパネルは長くて重いので移動がとてもたいへんでした)
thmnl_after.jpg

 百貨店やお菓子屋さんでは、今年もヴァレンタイン商戦真っ只中!最近はチョコレートの種類も豊富になり、何を買ったらいいか迷ってしまいますよね。家族に、恋人に、そして日ごろお世話になっている方に・・・素敵なヴァレンタインデーになるといいですね。
 さて、美術館でも「ヴァレンタイン企画」として、現在開催中の企画展の作家アンドリュー・ワイエスを愛してくださる皆様に素敵なプレゼントをご用意!

 まずは展覧会へ足をお運びください。(この企画は2月15日までです。まだワイエス展をご覧になっていない方、急いで!!)
 じっくりワイエスの作品を堪能した後、会場内に設置してあるハートのカードに、好きな作品とワイエスへのメッセージをご記入ください。↓
valentine1.jpg

 

 ご存知のとおり、ワイエスは1月16日に他界されました。スタッフ一同、悲しい気持ちで一杯ですが、作品を鑑賞した後の感動を天国のワイエスに伝えられるように・・・ということで、この企画を続行することになりました。
 

 カードはシールになっているので、記入したメッセージをパネルに貼ってください。ハートマーク一杯のパネルができあがりつつあります。
thmnl_ayethvalentine 002.jpg

これらのメッセージのうちのいくつかを選んで、ワイエスのご家族へ届ける予定です。

 そしてお楽しみのプレゼント!グッズやポスター、ウルフギャング・パック(芸術文化センター10Fレストラン)のランチコース券が抽選で当ります。ハートのカードの裏側が応募用紙になっているので、必要事項をご記入の上、箱の中に入れてください。2月16日以降、プレゼントの発送により当選者の発表に替えさせていただきます。

それではHappy Valentine!

(MRM)

 

 

 百貨店やお菓子屋さんでは、今年もヴァレンタイン商戦真っ只中!最近はチョコレートの種類も豊富になり、何を買ったらいいか迷ってしまいますよね。家族に、恋人に、そして日ごろお世話になっている方に・・・素敵なヴァレンタインデーになるといいですね。
 さて、美術館でも「ヴァレンタイン企画」として、現在開催中の企画展の作家アンドリュー・ワイエスを愛してくださる皆様に素敵なプレゼントをご用意!

 まずは展覧会へ足をお運びください。(この企画は2月15日までです。まだワイエス展をご覧になっていない方、急いで!!)
 じっくりワイエスの作品を堪能した後、会場内に設置してあるハートのカードに、好きな作品とワイエスへのメッセージをご記入ください。↓
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 ご存知のとおり、ワイエスは1月16日に他界されました。スタッフ一同、悲しい気持ちで一杯ですが、作品を鑑賞した後の感動を天国のワイエスに伝えられるように・・・ということで、この企画を続行することになりました。
 

 カードはシールになっているので、記入したメッセージをパネルに貼ってください。ハートマーク一杯のパネルができあがりつつあります。
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これらのメッセージのうちのいくつかを選んで、ワイエスのご家族へ届ける予定です。

 そしてお楽しみのプレゼント!グッズやポスター、ウルフギャング・パック(芸術文化センター10Fレストラン)のランチコース券が抽選で当ります。ハートのカードの裏側が応募用紙になっているので、必要事項をご記入の上、箱の中に入れてください。2月16日以降、プレゼントの発送により当選者の発表に替えさせていただきます。

それではHappy Valentine!

(MRM)

 

 

 1995年、阪神淡路大震災が起こった直後の2月に、愛知県美術館ではアンドリュー・ワイエス展を開催した。震災の影響は少なからずあって、アメリカから借りる約束だった作品が届かなかったり、関西で借りる予定の作品を借りに行けなかったりと随分と苦労した。1月17日が来るたびにそのときのことを震災と共に思い出すのだが、今年の1月17日は私にとっては大変な激震の日となった。アンドリュー・ワイエスが前日の夕方に亡くなったのだ。しばらく前から体調が崩していると聞いてはいたが、17日の未明にワイエスのコレクション・マネージャーからのメールでその訃報を知らされた私は、朝になるとあちこちからの電話やメールでのやり取り、美術館に出勤しての対応など、慌ただしい一日を送った。

 展覧会の準備で会った1993年の秋以来15年の間に数年に一度の割合で本人と会ってきたが、温和で飾らぬ人柄は変わることはなかった。一般にアンドリュー・ワイエスは人嫌いで、会うことも難しく、とっつきにくい人物との風評があるが、それは周りの人のガードが固いからである。実際に会ってみると、気さくでいやな印象はまったくない。始めて会った時も「何でも聞きたいことを聞いてくれ」と、こちらの緊張を和らげてくれたの思い出す。夏を過ごすアメリカ北東部のメイン州にあるワイエス家所有の島に彼を訪ねたときは、ちょうど腰の手術をしてそれほど経っていなかったこともあって、彼の手を引いて家庭菜園のある家の近くを散歩した。彼の手は暖かだった。3年前にはそれまでの交流の結果、予期しなかったことに愛知県美術館に作品を一点寄贈いただくという幸運も得た。

 1917年に有名な挿絵画家の息子として生まれたワイエスは、病弱なこともあって学校教育は受けず10代に入るとアカデミックな絵の手ほどきを父親から受けた。しかし、幼い時から見よう見まねで描き始め早くからその才能を見せていたという。父からのある種の英才教育もあって、二十歳を迎える頃にはテクニックの優れた将来有望な水彩画家として知られるようになっていた。しかし、彼を真に厳しく真剣で、時に思索的なワイエスとして成長させたのは、少年時代からひとり近隣を歩き回る中で自分自身を見つめてきたことや、踏切事故での父親の突然の死、自分自身の生死をさまようような片肺を切除した大手術の経験であった。彼自身の言葉に「私はこの世のはかなさというものに人一倍敏感である。すべては移り変わる。父の死がそう教えてくれた」とあるように、日本の『方丈記』の無常観にも通じるような観念を会得していた。そのような感覚が我々日本人にも好かれる理由かもしれない。

 しかし、彼自身は日本的なものに興味を持っていたわけではない。アメリカで国民的画家と評されるのは、17世紀にニューイングランド地方に植民してきた清教徒たちが持っていた質素で堅実な生活を尊ぶ感覚に響く作品を描いてきたからだろう。にわかには信じがたいが、それは消費社会や繁栄を謳歌するようになってもアメリカ人の多くが建国以来底流として持ち続けているものである。彼の描いてきた対象は、生まれ故郷のペンシルヴェニア、チャッズ・フォードという自然豊かな田舎町と、夏の家のあるメイン州クッシング近辺のみであった。それは彼にとって見慣れた風景であり、見知った人々であったが、そこに見ていたものは、自分を育ててくれた真理を内包した景色であり、敬意に値する人生の重みや存在感を感じさせる人々だった。彼を有名にした作品《クリスティーナの世界》のモデルとなったメイン州の人物と家を30年間にわたって描き続けたり、生家近くの農場に至っては10代から描き始め、主人が亡くなった以後も含め70年間にわたって描き続けたりしている。あるいはセンセーショナルな報道をされたヘルガという女性モデルも、15年間にわたって描き続けた。風光明媚な景色を求めて旅するようなタイプの画家とは異なり、深く知った対象でないと描けなかったといってもいいだろう。だからこそ我々に残された作品からは、一瞬の光景を切り取った画面ではなく、ある時間の幅が凝縮されたような深みを感じることができる。

 ワイエスの評価については、アメリカでも議論の分かれるところであった。モダニズムを信奉する評論家の中には彼を単に「うまいイラストレーター」だと切って捨てる者もいたのは事実で、元メトロポリタン美術館長のトマス・ホーヴィングも述べているように、ワイエスは誤解されやすい部分があり複雑な画家である。それは、挿絵画家であった父親の影響なのか、時に物語臭さの強い絵作りをした作品を残していることと、なにより写真や図版のような印刷物になったときに、実作品が持っている質感や強さが失われやすいことにある。実作品をつぶさに目にする機会があれば印象はかなり違ったものになるだろう。印刷物になったときには、「写真のようにただ再現描写するだけの画家」と解釈されかねない危うさもあり、以前写真を基にしたスーパーリアリズムが流行したときには、その一派に括られたこともあったのである。

 1974年以来、これまで日本でも何度も展覧会が開かれてきており、日本人の好きな画家の一人といってもいいだろう。ワイエス自身が内容に関与した展覧会は、折しも現在愛知県美術館を巡回中のものが最後となってしまった。何かの因縁を感じずにはいられないが、この展覧会はこれまでと違い、彼が手の内を見せるかのように、これまで公開せずに保管してきた素描や水彩を完成作とともに展示することを了解したものである。そこに見られるのは、畏まってスーツに身を包み、周りの人にガードされたワイエスでなく、気さくに打ち解けた自分を見せてくれるワイエスである。彼は91歳になって自分をさらけ出すことの抵抗感を乗り越えられたのかもしれない。作品からは彼の息遣いや視線を生々しく思い起こさせてくれ、訃報のニュースとともに記憶に残るだろう。
(ST)

 1995年、阪神淡路大震災が起こった直後の2月に、愛知県美術館ではアンドリュー・ワイエス展を開催した。震災の影響は少なからずあって、アメリカから借りる約束だった作品が届かなかったり、関西で借りる予定の作品を借りに行けなかったりと随分と苦労した。1月17日が来るたびにそのときのことを震災と共に思い出すのだが、今年の1月17日は私にとっては大変な激震の日となった。アンドリュー・ワイエスが前日の夕方に亡くなったのだ。しばらく前から体調が崩していると聞いてはいたが、17日の未明にワイエスのコレクション・マネージャーからのメールでその訃報を知らされた私は、朝になるとあちこちからの電話やメールでのやり取り、美術館に出勤しての対応など、慌ただしい一日を送った。

 展覧会の準備で会った1993年の秋以来15年の間に数年に一度の割合で本人と会ってきたが、温和で飾らぬ人柄は変わることはなかった。一般にアンドリュー・ワイエスは人嫌いで、会うことも難しく、とっつきにくい人物との風評があるが、それは周りの人のガードが固いからである。実際に会ってみると、気さくでいやな印象はまったくない。始めて会った時も「何でも聞きたいことを聞いてくれ」と、こちらの緊張を和らげてくれたの思い出す。夏を過ごすアメリカ北東部のメイン州にあるワイエス家所有の島に彼を訪ねたときは、ちょうど腰の手術をしてそれほど経っていなかったこともあって、彼の手を引いて家庭菜園のある家の近くを散歩した。彼の手は暖かだった。3年前にはそれまでの交流の結果、予期しなかったことに愛知県美術館に作品を一点寄贈いただくという幸運も得た。

 1917年に有名な挿絵画家の息子として生まれたワイエスは、病弱なこともあって学校教育は受けず10代に入るとアカデミックな絵の手ほどきを父親から受けた。しかし、幼い時から見よう見まねで描き始め早くからその才能を見せていたという。父からのある種の英才教育もあって、二十歳を迎える頃にはテクニックの優れた将来有望な水彩画家として知られるようになっていた。しかし、彼を真に厳しく真剣で、時に思索的なワイエスとして成長させたのは、少年時代からひとり近隣を歩き回る中で自分自身を見つめてきたことや、踏切事故での父親の突然の死、自分自身の生死をさまようような片肺を切除した大手術の経験であった。彼自身の言葉に「私はこの世のはかなさというものに人一倍敏感である。すべては移り変わる。父の死がそう教えてくれた」とあるように、日本の『方丈記』の無常観にも通じるような観念を会得していた。そのような感覚が我々日本人にも好かれる理由かもしれない。

 しかし、彼自身は日本的なものに興味を持っていたわけではない。アメリカで国民的画家と評されるのは、17世紀にニューイングランド地方に植民してきた清教徒たちが持っていた質素で堅実な生活を尊ぶ感覚に響く作品を描いてきたからだろう。にわかには信じがたいが、それは消費社会や繁栄を謳歌するようになってもアメリカ人の多くが建国以来底流として持ち続けているものである。彼の描いてきた対象は、生まれ故郷のペンシルヴェニア、チャッズ・フォードという自然豊かな田舎町と、夏の家のあるメイン州クッシング近辺のみであった。それは彼にとって見慣れた風景であり、見知った人々であったが、そこに見ていたものは、自分を育ててくれた真理を内包した景色であり、敬意に値する人生の重みや存在感を感じさせる人々だった。彼を有名にした作品《クリスティーナの世界》のモデルとなったメイン州の人物と家を30年間にわたって描き続けたり、生家近くの農場に至っては10代から描き始め、主人が亡くなった以後も含め70年間にわたって描き続けたりしている。あるいはセンセーショナルな報道をされたヘルガという女性モデルも、15年間にわたって描き続けた。風光明媚な景色を求めて旅するようなタイプの画家とは異なり、深く知った対象でないと描けなかったといってもいいだろう。だからこそ我々に残された作品からは、一瞬の光景を切り取った画面ではなく、ある時間の幅が凝縮されたような深みを感じることができる。

 ワイエスの評価については、アメリカでも議論の分かれるところであった。モダニズムを信奉する評論家の中には彼を単に「うまいイラストレーター」だと切って捨てる者もいたのは事実で、元メトロポリタン美術館長のトマス・ホーヴィングも述べているように、ワイエスは誤解されやすい部分があり複雑な画家である。それは、挿絵画家であった父親の影響なのか、時に物語臭さの強い絵作りをした作品を残していることと、なにより写真や図版のような印刷物になったときに、実作品が持っている質感や強さが失われやすいことにある。実作品をつぶさに目にする機会があれば印象はかなり違ったものになるだろう。印刷物になったときには、「写真のようにただ再現描写するだけの画家」と解釈されかねない危うさもあり、以前写真を基にしたスーパーリアリズムが流行したときには、その一派に括られたこともあったのである。

 1974年以来、これまで日本でも何度も展覧会が開かれてきており、日本人の好きな画家の一人といってもいいだろう。ワイエス自身が内容に関与した展覧会は、折しも現在愛知県美術館を巡回中のものが最後となってしまった。何かの因縁を感じずにはいられないが、この展覧会はこれまでと違い、彼が手の内を見せるかのように、これまで公開せずに保管してきた素描や水彩を完成作とともに展示することを了解したものである。そこに見られるのは、畏まってスーツに身を包み、周りの人にガードされたワイエスでなく、気さくに打ち解けた自分を見せてくれるワイエスである。彼は91歳になって自分をさらけ出すことの抵抗感を乗り越えられたのかもしれない。作品からは彼の息遣いや視線を生々しく思い起こさせてくれ、訃報のニュースとともに記憶に残るだろう。
(ST)

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 ↑ワイエス展のメインヴィジュアル《三日月》の作品を解説している様子

 好評開催中のアンドリュー・ワイエス創造への道程(みち)展ですが、1月10日土曜日に記念講演会を開催しました。ところが大変なアクシデントがありました。その舞台裏をちょっとご紹介しましょう。
 2日前になって講師のヴィクトリア・ワイエスさん(アンドリュー・ワイエスの孫娘)から、「体調不良で日本へ行くことができない」というメールが入りました。おー!担当者は真っ青!すぐに善後策を館内で協議しました。
 まず、講演会そのものを開催するか否か、するとしたらどのように行うか?その場合は聴講者にどう知らせるか?などいろいろと問題点などを検討しました。結論は、直前に送られてきていた講演会の原稿を元に担当学芸員が代読する方式で、とにかく予定講師でなくても講演会を開くことにしたのです。その場合にもまだ問題がありました。200人近くの講演会聴講希望者に対して、状況報告をしなくてはなりません。当日出勤していた職員で手分けして、一斉に電話に飛びついたのでした。
  さらに講演会では原稿を代読するだけでは、内容が通じません。それは、作品写真を見せながら話すことを前提とした原稿だからです。ヴィクトリアさんはコンピュータを持ってきてパワーポイントで、見せる予定だったのです。エクスプレスでCDを送ると言われたのですが、当然間に合いそうにもありません。そこで、そのデータをメールで送ってもらうことにしました。が、またもや問題発生!職場で使っているコンピュータのメールサーバは大きすぎるファイルは受け取れない!ヴィクトリアさんにファイルを細かく分割してもらい、職場ではなく、担当者の個人メールアドレスにも送ってもらうことで解決を図りました。ただ、受け取ったものをもう一度組み立てるのにさらに手間がかかりました。これらのやり取りは、緊急のこともあり、アメリカの昼つまり、こちらの深夜から未明にかけておこないました。
 一番大変だったのは、原稿の翻訳でした。前日に学芸員5人に手分けをして、翻訳を始めました。その時点では画像が届いていなくて、説明をするのにも画像がないとよくわからないものもあり、手探りのようにして訳した部分もありました。

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↑ピンチヒッターとして急遽演壇に立ちました!

 そして当日、なんと講演会開始15分前まで、眠い目をこすりながら、手分けした翻訳を、とりまとめて訂正したり、確認したりして本番を迎えました。本当に冷や汗ものでしたが、なんとか間に合わせることができ、多くの方に聞いていただくことができました。
 講演会の内容は、担当者も見たことない作品も紹介できて、身近にいる人ならではの内容でした。美しいヴィクトリアさんには比べるべくもありませんが、なんとか合格点をいただけたのではないでしょうか。


 (ST)

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 ↑ワイエス展のメインヴィジュアル《三日月》の作品を解説している様子

 好評開催中のアンドリュー・ワイエス創造への道程(みち)展ですが、1月10日土曜日に記念講演会を開催しました。ところが大変なアクシデントがありました。その舞台裏をちょっとご紹介しましょう。
 2日前になって講師のヴィクトリア・ワイエスさん(アンドリュー・ワイエスの孫娘)から、「体調不良で日本へ行くことができない」というメールが入りました。おー!担当者は真っ青!すぐに善後策を館内で協議しました。
 まず、講演会そのものを開催するか否か、するとしたらどのように行うか?その場合は聴講者にどう知らせるか?などいろいろと問題点などを検討しました。結論は、直前に送られてきていた講演会の原稿を元に担当学芸員が代読する方式で、とにかく予定講師でなくても講演会を開くことにしたのです。その場合にもまだ問題がありました。200人近くの講演会聴講希望者に対して、状況報告をしなくてはなりません。当日出勤していた職員で手分けして、一斉に電話に飛びついたのでした。
  さらに講演会では原稿を代読するだけでは、内容が通じません。それは、作品写真を見せながら話すことを前提とした原稿だからです。ヴィクトリアさんはコンピュータを持ってきてパワーポイントで、見せる予定だったのです。エクスプレスでCDを送ると言われたのですが、当然間に合いそうにもありません。そこで、そのデータをメールで送ってもらうことにしました。が、またもや問題発生!職場で使っているコンピュータのメールサーバは大きすぎるファイルは受け取れない!ヴィクトリアさんにファイルを細かく分割してもらい、職場ではなく、担当者の個人メールアドレスにも送ってもらうことで解決を図りました。ただ、受け取ったものをもう一度組み立てるのにさらに手間がかかりました。これらのやり取りは、緊急のこともあり、アメリカの昼つまり、こちらの深夜から未明にかけておこないました。
 一番大変だったのは、原稿の翻訳でした。前日に学芸員5人に手分けをして、翻訳を始めました。その時点では画像が届いていなくて、説明をするのにも画像がないとよくわからないものもあり、手探りのようにして訳した部分もありました。

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↑ピンチヒッターとして急遽演壇に立ちました!

 そして当日、なんと講演会開始15分前まで、眠い目をこすりながら、手分けした翻訳を、とりまとめて訂正したり、確認したりして本番を迎えました。本当に冷や汗ものでしたが、なんとか間に合わせることができ、多くの方に聞いていただくことができました。
 講演会の内容は、担当者も見たことない作品も紹介できて、身近にいる人ならではの内容でした。美しいヴィクトリアさんには比べるべくもありませんが、なんとか合格点をいただけたのではないでしょうか。


 (ST)

 愛知県美術館と同フロア(愛知芸術文化センター10階)にあるレストラン「ウルフギャング・パック」さんのご協力で、アンドリュー・ワイエスにちなんだアメリカのカントリー風のスペシャル・ランチが実現しましたー。

thmnl_lunch3.jpg

 ランチはサラダ、スープ、メインのミートローフ、デザートにブルーベリー・パイ、フリードリンクが付いて2,000円と、大変お得です。さらに、ワイエス展の入場券を提示すると、なんと500円割引の1,500円で食べられるんです。これはすごい!

 アメリカの家庭料理として大変ポピュラーなミートローフは、レストランのシェフ、ウルフギャング・パック氏のお祖母さん直伝のレシピとのこと。また、デザートにふんだんに使われているブルーベリーは、ワイエスが夏を過ごすメイン州の特産品。この州だけで北米の約25%ものブルーベリーを生産しています。色んなかたちでアメリカを味わえる素晴らしいメニューですね。

thmnl_hotchoco.jpg

 このスペシャル・ランチ以外のメニューも、ワイエス展入場券の提示で10%割引になりますので、この機会に是非ご利用くださいませ。また、少し気が早いですがバレンタイン期間には特別企画として、新メニューのホット・チョコレートも登場する予定。まだまだ寒い季節が続きますが、展覧会を見終わったらレストランでほっと一息、身体を温めていってください。
(KS)

 愛知県美術館と同フロア(愛知芸術文化センター10階)にあるレストラン「ウルフギャング・パック」さんのご協力で、アンドリュー・ワイエスにちなんだアメリカのカントリー風のスペシャル・ランチが実現しましたー。

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 ランチはサラダ、スープ、メインのミートローフ、デザートにブルーベリー・パイ、フリードリンクが付いて2,000円と、大変お得です。さらに、ワイエス展の入場券を提示すると、なんと500円割引の1,500円で食べられるんです。これはすごい!

 アメリカの家庭料理として大変ポピュラーなミートローフは、レストランのシェフ、ウルフギャング・パック氏のお祖母さん直伝のレシピとのこと。また、デザートにふんだんに使われているブルーベリーは、ワイエスが夏を過ごすメイン州の特産品。この州だけで北米の約25%ものブルーベリーを生産しています。色んなかたちでアメリカを味わえる素晴らしいメニューですね。

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 このスペシャル・ランチ以外のメニューも、ワイエス展入場券の提示で10%割引になりますので、この機会に是非ご利用くださいませ。また、少し気が早いですがバレンタイン期間には特別企画として、新メニューのホット・チョコレートも登場する予定。まだまだ寒い季節が続きますが、展覧会を見終わったらレストランでほっと一息、身体を温めていってください。
(KS)

 あけましておめでとうございます。
 昨年からスタートしたブログですが、今年も美術館の面白い話題をご提供できるよう、スタッフ一同楽しみながら取り組みますので、どうぞご愛読くださいますようお願いいたします。

 さて、このブログで何度か準備の様子をご紹介した「アンドリュー・ワイエス?創造への道程」展が、今日オープンしました。一般公開に先立ち行われた開会式には、展覧会にご協力いただいた来賓の方をはじめ、関係者の方々をお迎えしました。また今日はお正月休みの最終日とあって、10時の一般公開と同時に多くのお客様が来場され、とてもにぎやかなオープニングとなりました。

 この展覧会の準備に携わった一担当者としては、ようやく、そして無事オープンでき、感慨もひとしお…

thmnl_アンドリュー・ワイエス開会式 049.jpg

↑開会式テープカットの様子

 展覧会の見どころは、ワイエスがひとつの作品を完成させるまでの経緯が、素描や水彩の習作とともにたどれることです。最初の関心事から最終的には別のものへ興味が移ったり、さまざまな技法を用いて感情赴くままに描いたり…ワイエスの制作の秘密が垣間見えます。

thmnl_アンドリュー・ワイエス開会式 081.jpg

↑展示会場の様子


 また会場では、ワイエスの孫娘ヴィクトリア氏によるインタヴュー映像も見ることができます。thmnl_アンドリュー・ワイエス開会式 082.jpg

↑モニターに映るワイエスの姿をぜひ会場でご確認ください!

素顔のワイエスを知る機会はこれまでなかなかありませんでしたが、91歳になってもいまだ制作意欲満々!!のワイエスの真摯な姿や言葉に、お正月ののんびりモードも吹き飛んで、なんだか背筋がシャンと伸びるような気持ちです。

 皆さんも、ワイエスとともに2009年の新たなスタートを!そしてこの1年が素晴らしいものになりますように…

(MRM)

 あけましておめでとうございます。
 昨年からスタートしたブログですが、今年も美術館の面白い話題をご提供できるよう、スタッフ一同楽しみながら取り組みますので、どうぞご愛読くださいますようお願いいたします。

 さて、このブログで何度か準備の様子をご紹介した「アンドリュー・ワイエス?創造への道程」展が、今日オープンしました。一般公開に先立ち行われた開会式には、展覧会にご協力いただいた来賓の方をはじめ、関係者の方々をお迎えしました。また今日はお正月休みの最終日とあって、10時の一般公開と同時に多くのお客様が来場され、とてもにぎやかなオープニングとなりました。

 この展覧会の準備に携わった一担当者としては、ようやく、そして無事オープンでき、感慨もひとしお…

thmnl_アンドリュー・ワイエス開会式 049.jpg

↑開会式テープカットの様子

 展覧会の見どころは、ワイエスがひとつの作品を完成させるまでの経緯が、素描や水彩の習作とともにたどれることです。最初の関心事から最終的には別のものへ興味が移ったり、さまざまな技法を用いて感情赴くままに描いたり…ワイエスの制作の秘密が垣間見えます。

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↑展示会場の様子


 また会場では、ワイエスの孫娘ヴィクトリア氏によるインタヴュー映像も見ることができます。thmnl_アンドリュー・ワイエス開会式 082.jpg

↑モニターに映るワイエスの姿をぜひ会場でご確認ください!

素顔のワイエスを知る機会はこれまでなかなかありませんでしたが、91歳になってもいまだ制作意欲満々!!のワイエスの真摯な姿や言葉に、お正月ののんびりモードも吹き飛んで、なんだか背筋がシャンと伸びるような気持ちです。

 皆さんも、ワイエスとともに2009年の新たなスタートを!そしてこの1年が素晴らしいものになりますように…

(MRM)

ワイエスの寄贈作品

2008年12月10日

 今回の「アンドリュー・ワイエス 創造への道程(みち)」展に出品されている愛知県美術館所蔵作品は、2006年にアンドリュー・ワイエス夫妻から直接愛知県美術館に寄贈を受けた作品です。

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↑左側が愛知県美術館所蔵の《氷塊I》(1968年) 「アンドリュー・ワイエス―創造への道程」(Bunkamura ザ・ミュージアムの展示風景)

 ワイエス夫妻からの寄贈作品を所蔵している美術館は数多くあるわけではありません。愛知県美術館が寄贈の話をいただいた時、ワイエス・プライヴェート・コレクションの学芸員であり、マネージャーのメアリー・ランダ氏は、「これまでワイエス夫妻が美術館に寄贈したことはなかった!」と述べていました。愛知県美術館へ寄贈を頂いたと同時期にフィラデルフィア美術館にも複数の素描類が寄贈されましたが、それは同年に大規模な回顧展を開いたからだと推測できます。
 では、愛知県美術館へはどうして寄贈されたのでしょうか?愛知県美術館では1995年に大規模なワイエス展を開きました。その頃はバブル景気のなごりで、数多くのワイエスの作品が日本にありました。今から思うと信じられないくらいの質をもった、つまり代表作として数えられるような作品が、それも数多くあったのです。その展覧会後、愛知県美術館はいくつかの所蔵先から寄託を受けました。その数およそ40点。その中には1976年、メトロポリタン美術館で開催された「アンドリュー・ワイエスふたつの世界」展の中心を成したコレクションも含まれていました。また、そうした寄託品を預かるとともに個人所蔵家の作品をアメリカで開催されたワイエスの展覧会に借用する交渉の手伝いをしたりして、ワイエス家との良好な関係を保って来ました。
 そして寄贈を受けた2006年にもアメリカで開かれた「アンドリュー・ワイエス メモリー・アンド・マジック」展への日本からの借用にも力を貸したのでした。今から思えばそうした長年にわたる作品保護や協力関係に対するお礼だったのではないかと考えられます。
 作家やその遺族、あるいは所蔵家との関係は展覧会の時の一度きりの関係ではありません。美術館活動は派手な企画展に目が行きやすいのですが、表舞台には出にくい地道な活動がやがて花開くことのあることをこの作品の寄贈が示しています。
 ただ、あれほどたくさんあったワイエスの寄託品はそのほとんどが現在はアメリカへ売られて戻って行ってしまいました。うーん残念!

(ST)
 

 東京のBunkamura ザ・ミュージアムで、ついに「アンドリュー・ワイエス―創造への道程(みち)」が始まりました。愛知県美術館では来年1月4日から開催です。中部地方以西のワイエス・ファンの方は首を長〜くしてお待ちいただいているんじゃないでしょうか。
 ひとつの展覧会がオープンするまでには、様々な作業が行われています。今回はその一端をご紹介します。
 国内、海外を問わず、輸送されてきた作品はまず専門の方による厳しいチェックを受けます。万が一にも傷が付いたり汚れたりしてはいけませんからね。それが済んでから、展示に向けた作業に入っていきます。今回のワイエス展でご紹介する作品のなかには、これまでに展示されたことのない初公開のものも多数含まれています。そのような作品は、紙一枚の状態で(もちろん厳重に梱包されて、ですが)届きます。
 紙の作品は痛まないようにマット(台紙)に装着してから額装されます。専門の方の手で作品を一点一点慎重にマットに装着していきます。使われている糊や装着用の紙は、作品に極力影響を与えない特殊なものを使っています。

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 もちろん作品の大きさは一点一点違います。それぞれの作品に合わせたマットと額を作らなければなりません。作品の端まで見られるように、マットに開ける穴はできるだけ大きくしたいのですが、大きすぎると作品が装着できません。バランスが重要です。

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 作品がこれまで未公開だった場合、作品写真が撮影されていないことがあります。そこで今回のカタログや広報物に掲載するために作品の撮影を行います。できるだけ生で見たときと同じ感動を伝えられるように…カメラマンさんの腕がなります。

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 さて、額装が終わったら展示作業です…が、その前にもう一度、作品を移動する度ごとに必ず入念にチェックをします。後ろにはチェックが終わった作品が展示されるのを待っています。

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 このような過程を経て、晴れて皆さんの前にお披露目、ということになります。

DSC00601.JPG

 Bunkamura ザ・ミュージアムでの展示の様子です。

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 カタログと前売りペアチケット。ワイエスの画集やカタログは、日本語で読めるものが殆ど絶版状態で非常に少ないので、今回の展覧会カタログは貴重な一冊になると思います。お買い逃しのないように!
 ペアチケットは二枚組で1,900円と通常よりもかなりお得です。前売り期間中(2009年1月3日まで)のみの販売になりますので、ご家族ご友人と一緒にワイエス展を、という方は是非お買い求めください。美術館10階チケット売場やプレイガイド、大学生協などで販売しております。
(KS)

ワーキンググループ

2008年10月21日

 今日は、当館でおこなわれている教育普及活動の一つ[先生方との鑑賞学習ワーキンググループ]についてご紹介します。
 先週の18日(土)に、[先生方との鑑賞学習ワーキンググループ]がありました。ワーキンググループとは、登録制の研究会で、鑑賞学習に関心のある先生方が月に1回のペースで集まり、鑑賞教育の事例研究や、美術館で実施する事業への協力、学校と美術館をめぐる鑑賞教育の課題についての討議などを担当の学芸員と共におこなっているものです。

 今回のワーキンググループでは、次回開催の「アンドリュー・ワイエス –創造への道程-」に合わせて、実施予定の関連ワークショップとセルフガイド、鑑賞補助教材についての話し合いがおこなわれました。

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▲美術館の会議室にて
 ワークショップについての意見交換では、どのようなアプローチが小・中学生に有効なのか、美術館ですべき活動はどのようなことなのかなど、先生の側からみた意見も多く出て、活発な意見交換ができました。今後も話し合いを重ね素敵なワークショップ、セルフガイド、鑑賞補助教材にしていきます。

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▲ワーキンググループ終了後も、多くの先生方が残り意見交換をしていました。


 ワークショップの内容や日程は未定ですが、近日中にお知らせしたいと思いますので、ぜひ参加していただきたいと思います。先生方との協力によってどのような内容のワークショップやセルフガイドになるのか、楽しみにしていて下さい。
(RK)