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   いよいよこの「ポロックの足跡を訪ねて」シリーズも、今回で完結です。最終回は、ポロックが最後の10年を過ごしたニューヨーク州イースト・ハンプトンです。

 

 

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▲ ロングアイランド鉄道のイースト・ハンプトン駅(2002年撮影)。ニューヨークのペンシルヴェニア駅から約3時間で到着。

 

 

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▲ イースト・ハンプトンのイースト・ハーバー(2004年撮影)。

 

 

   1945年11月、ポロックはニューヨークから東に約100マイル(160 km)離れたロングアイランドのイースト・ハンプトンという田舎に移り住みます。

 

 

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▲ ポロック邸(2011年撮影)。現在は、ポロック=クラズナーハウス・アンド・スタディセンターとなっています。

 

 

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▲ ポロックのアトリエ(2011年撮影)。

 

 

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▲ ポロックのアトリエの床(2011年撮影)。

 


   ポロックは、彼の画商だったペギー・グッゲンハイムから借金をして、イースト・ハンプトンのスプリングスという村に一軒家を購入しました。広い敷地には納屋があり、彼はそれを1946年からアトリエとして使い始めました。(ポロックのアトリエについては、このブログの「ポロック展見どころ紹介2 ポロックのアトリエ再現」をご参照ください。今回のポロック展ではアトリエを原寸大で再現し、6.5 m×6.5 mの床面にお客様に上がっていただけるようにしています。ぜひポロック独特の制作空間を体感なさってください。 ※ 原寸大再現は愛知会場のみです

 

 

 

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▲ ポロック邸1階のリビングルーム(2008年撮影)。左の壁には、現在ポロック展に出品されている人のような形をしたオブジェが掛かっています。

 

 

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▲ ポロック邸2階のベッドルーム(2003年撮影)。

 

 

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▲ ポロック邸の庭(2011年撮影)。遠くにかすかに見える川は、ポロックが愛したアカボナック・クリーク。彼は、この川の名前をとった「アカボナック・クリーク・シリーズ」という8点の連作を1946年に描いています。今回のポロック展には、同シリーズからは《星座》(個人蔵)という作品が出品されています。

 

 

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▲ 1950年にポロックがドキュメンタリー映像の撮影のために庭で野外制作を行った時の跡(2002年撮影)。この塗料は、いま現在は残念ながらほとんど消えて無くなってしまいました。その時に撮影された映像(ハンス・ネイムス+ポール・ファルケンバーグ制作「ジャクソン・ポロック」)は、ポロック展展示室内で上映中です。

 

 

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▲ ポロック邸の近くにあるスプリングス雑貨屋(2002年撮影)。現在、店主は当時と別の人に変わってしまっていますが、かつてポロックはこの雑貨屋の常連客でした。ある時彼は、56ドル分のツケを帳消しにしてもらうために、店主に《黒、白、黄、赤の上の銀》(1948年)という自分の絵をあげました。ポロックが亡くなったあと、店主がその絵を手放した時には、その130倍の値段が付きました。その後、その絵は巡りめぐって、現在はパリのポンピドゥ・センターに所蔵されています。

 

 

 

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▲ グリーンリバー墓地(2011年撮影)。奥の巨石がポロックの墓。手前は、彼の妻リー・クラズナーの墓。

 


   ポロックはこのイースト・ハンプトンで、モダンアートの運命を変える革命的な絵画を1947年から1950年の間、生み出していきました。しかし、その後は制作に翳りが見え始め、やがてはほとんど絵が描けない状態に陥っていきます。そんな衰退の苦悩の中、1956年8月11日、ポロックは飲酒運転による自動車事故を起こし、惜しくも44歳の若さでこの世を去ることになります。(ポロックの死亡事故については、このブログの2011年8月11日の記事をご参照ください。)

 

 

   「生きることと制作はひとつ」――生前ポロックは、こんなことを言っていました。すなわち、自分にとって生きることとは描くことであり、そして、描くこととは生きることである、と。この言葉自体は、凡庸な芸術家でも言いそうな陳腐なものかもしれません。しかし、ポロックが困難な探求の果てに到達したその芸術の偉大さを思う時、その言葉は特別の重みと意味を持って私たちの心に響いてきます。今回のポロック展をより深く楽しんでいただけるよう、彼の人生面を主にご紹介させていただいたこの「ポロックの足跡を訪ねて」シリーズ、これにて完結です。どうもありがとうございました。       大島徹也

 

 

  

 

   愛知県美術館の「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」、日本初のポロック回顧展および世界で唯一の生誕100年記念ポロック回顧展として、国内外から大変な好評をいただいています!
   昨年末サザビーズ・ニューヨークで、12月13日の夜6時から9時まで、わずか3時間だけの非公開の小さなポロック展(出品数9点)が開かれました。ポロックのカタログ・レゾネの編者 Francis V. O’Connor 氏、1998-99年のMoMAでのポロック展のキュレーター Pepe Karmel 氏、Jackson Pollock (New York: Harry N. Abrams, 1989) の著者 Ellen G. Landau 氏など、多くのポロック関係者が集まっていましたが、その場でも愛知県美術館のポロック展、大きな話題になっていました。

 

   さて、この「ポロックの足跡を訪ねて」シリーズ、展覧会立ち上がり後は他の記事優先のためにしばらくお休みしていましたが、いよいよポロック展もあと数日で終わりということで(1月22日[日]まで!)、シリーズ完結に向けて再開しました。

 

 

 

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▲ ロサンゼルス手工芸高校(2002年撮影)。

 

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▲ 手工芸高校の正面入口を入ってすぐ左にある「手工芸高校の名誉の壁」(2002年撮影)。右から2列目の、上から5番目に Jackson Pollockの名が。この高校の最も偉大で有名な卒業生は、間違いなくジャクソン・ポロックでしょう。

 


   1912年にワイオミング州コディに生まれて以来、家族の都合で西部を転々としていたポロックですが、16歳から18歳にかけてはカリフォルニア州ロサンゼルスに住んでいました。その時通っていたのが手工芸高校(マニュアル・アーツ・ハイスクール)です。ここでは学校の教育方針を批判して一時放校処分を受けたりもしましたが、ポロックは在籍中に彫刻やドローイングを学び、この頃すでに「自分は何らかの種類の芸術家になるだろう」と感じていました。

 

 

 

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▲ アート・ステューデンツ・リーグ(2006年撮影)。

 

 

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▲ アート・ステューデンツ・リーグの教室(2011年撮影)。

 

 

   そうして1930年、18歳の秋、ポロックはロサンゼルスからニューヨークに出てきて本格的に芸術家修行を始めます。ニューヨークで入学したのが、アート・ステューデンツ・リーグです。1875年創設のこの美術専門学校は、ポロック以外にもジョージア・オキーフ、マン・レイ、ベン・シャーン、マーク・ロスコ、バーネット・ニューマン、ルイーズ・ブルジョワ、ロバート・ラウシェンバーグ、フランク・ステラ、ロイ・リキテンスタイン、サイ・トゥウォンブリー、ドナルド・ジャッド、エヴァ・ヘス、ロバート・スミッソンなど、数多くの有名な芸術家を輩出してきています。ちょっと変わったところでは、クレメント・グリーンバーグ、カルヴァン・クラインなどもここで学んでいました。

 

 

 

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▲ ポロックが住んでいたニューヨーク東8丁目46番地(2005年撮影)。

 

 

   ニューヨークではポロックは、1935年から1945年までの10年間、マンハッタンの下の方の東8丁目46番地に住んでいました。ポロックが当時住んでいたアパートはすでに取り壊されて別の建物になってしまっていますが、その番地は今も残っています。

 

 

 

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▲ シーダー・タヴァーン(2005年撮影)。

 

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▲ シーダー・タヴァーンのカウンター(2005年撮影)。

 


   ポロックのアパートからすぐのところに、当時、シーダー・タヴァーンというバーがありました。ポロックはここの常連だったのですが、彼の他にもウィレム・デ・クーニング、フランツ・クラインなど抽象表現主義の画家たちが出入りし、飲んだくれていたことで有名な伝説的酒場です。1964年には近くの別の場所に移転して、近年まで営業を続けていましたが、残念ながら2006年に閉店してしまいました。

 

 

   1930年にニューヨークに出てきてから、ポロックは15年間をその街で過ごしました。その間に個展やグループ展を重ね、批評家グリーンバーグの後押しも得て、芸術家としての階段を一歩一歩上がっていきました。そして1945年、ニューヨークを離れることを決意し、彼の最後の地となるイースト・ハンプトンに移り住むことになります。   (T.O.)

  

ポロック展あとわずか

2012年01月17日

ポロック展の会期も残すところ1週間となりました。2012年が明けてからの入場者数はどんどん増しており、1月13日の夕方のギャラリートークには普段の倍の70人ほどが展示室を埋めて、大変な熱気で担当学芸員もかなりプレッシャーを感じていたようでした                                                   

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1月15日の日曜日には入場者数は2000人に届く勢いで、ポロック展の一日として最高の入場者数を記録しました。
最近はツイッターでポロック展についてつぶやく方が大変多く、ポロック展をツイッター検索すると、会場の一角にある原寸で再現されたアトリエを撮影して(再現アトリエは立ち入り撮影が可能です)報告されている方もおられます。

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 公式サポーターの石井竜也さん(米米クラブ)もこの再現アトリエに座り込んで、ポロックの制作場所を感じておられたのを思い出します。

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 展覧会もあと1週間、まだご覧になっていない方はぜひ足を運んでください!!

(S.T.)

愛知県美術館で開催中の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」。

会期が残すところ10日ほどとなった昨日、入場者数が3万人を越えました。


そこで、恒例のセレモニーを行いました。

記念すべき3万人目のお客様は、兵庫県姫路市からお越しの松本順子さん。

副館長から、記念品の図録、ポスター、展覧会オリジナル・チョコレートを贈呈させていただきました。

 

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↑ 左から副館長、3万人目のお客様・松本順子さん、名古屋市在住のご友人。

 

お話をうかがうと、松本さんご自身が趣味で抽象画を描かれるとのこと。

ぜひポロックの作品を見たいと、はるばる兵庫県からご来館くださいました。

実は、この日はいわゆる”13日の金曜日”だったため、縁起が悪いかと思い来るのを一瞬ためらわれたそうです。

それがなんと3万人目に当たり、「来てよかったです」と大変喜んでおられました。


次は目指せ4万人!

まだご来場いただいていない方はもちろん、もうご覧になった方も4万人目を目指してぜひもう一度ご来館を?!


(S.N.)

 

 

 

現在、好評開催中の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」。

抽象の極みとも言えるポロック作品を理解できるのは、成熟した大人のみ・・・

いえいえ、そうとは限りません。

 

先日、ポロック展を名古屋市昭和区にある昭和荘保育園の園児の皆さんが見に来てくれました。

先生によると、園に戻ってからポロック風の作品を制作するとのこと。
今回はその予習として展覧会を訪れてくれたようです。

映像コーナーでポロックの制作する姿を熱心に観察した後は、再現アトリエコーナーでポロックの足跡探しに大興奮!

《インディアンレッドの地の壁画》の前では、「おもしろい!」「きれい!」といった感想を発していました。

 

その後、皆さんがどんな作品を制作するのか気になったポロック展担当者3人。

後日、昭和荘保育園におじゃましてきました。

 

男の子チームと女の子チームに分かれ、まずは先生から今日のルール説明。

「今日はかたちのあるものを描くのではなくて、自由な線を描きましょう。」

スタートの合図とともに、ブルーシートの上に準備された大きな紙の上にお絵かきを開始!

まずはクレパスを手に取り、みんなものすごい勢いで紙いっぱいに線や点を描きはじめました。

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↑ 勢いよく描き始める園児たち

 

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↑ 開始1分後にはすでにこの状態!

 


次はいよいよ水彩絵具を使って、ポロック風のテクニックに挑戦。

 

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↑ 先生が準備された絵具と筆。ポロックの塗料缶と筆立てを思わせます。


園児たちは、ポーリング(流し込み)、ドリッピング(滴らし)、スパタリング(撥ねかけ)といったテクニックを見事に使い分けていて、ポロック展で予習をした成果がとてもよく発揮されていました。

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↑ ポーリングに挑戦中。なかなか上手く線が出せていますね。

 

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↑ 絵具を直接注ぎ込む。ポーリングの中でも大胆な手法!

 

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↑ これはドリッピングのようです。

 

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↑ ポロック顔負けの華麗なスパタリング!

 

そして、キャンバスの上に自らの手形や足形を残したポロックに倣って、それぞれの手形や足形を刻印。

 

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これで完成!

 

・・・と思いきや、最後に同じ色で作品の周縁部を塗りつぶしはじめた園児たち。

思わず、先生に質問しました。


「先生、これは何をしているんですか?」

「これは地塗りです。子どもたちに最初に地塗りをさせると混乱するので最後にしました。」

 

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↑ みんなで決めた色で「地塗り」。

 

なるほど・・・これは、いわゆる図と地の反転!?

そういえば、ポロックも本展出品作《トーテム・レッスン2》(1945年)などで、図と地の関係を反転させてしまうようなマスキング的手法を使っています。


こうして、《インディアンレッドの地の壁画》ならぬ、"黄の地の壁画"(男の子チーム)と"青の地の壁画"(女の子チーム)が完成しました!

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↑ 完成した作品。「地塗り」が画面をうまくまとめています。

 

こちらの保育園では、子どもたちの自由な発想を育てるため、造形のクラスを重視されているとのこと。

実際、今回見学させていただいた授業でも、何かを上手に描こうという考えから解放されたのか、ものすごい勢いで作品を仕上げていく子どもたちの姿が印象的でした。

これも、事前に美術館でポロックの作品や制作する姿を見たことに刺激されていたのかもしれません。

これをきっかけに、また美術館に来たいと思ってくれる園児が一人でもいてくれればいいなと思います。

 

「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」は、愛知県美術館にて来年1月22日まで開催。

保育園児の皆さんのご来場も大歓迎です!

また、愛知県美術館では、一般の方も含む団体鑑賞を随時受け付けています。お申込みは、当館ウェブサイトのトップページからダウンロードできる「団体鑑賞申込書」にご記入のうえ、ファクスで美術館へお送りください。(ただしご希望の日時に実施できない場合もありますので、ご了承ください。)

 

(S.N.)

 


愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(2012年1月22日まで)が、NHK「日曜美術館」で放送されます!

 

日曜美術館
NHK Eテレ
2011年12月11日(日) あさ 9:00―9:45
2011年12月18日(日) よる 8:00―8:45

 

 

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▲ ポロックの《インディアンレッドの地の壁画》の前に立つ石井竜也さん(右)、千住さん(中央)、森田アナ(左)。

 

 今回の「日曜美術館」ポロック特集では、千住さん、森田アナ、そしてメインゲストの石井竜也さんが愛知県美術館に来てくださり、展示室内で収録が行われました。
 かつて、お父様がお持ちだったポロックの画集を見て衝撃を受け、ポロックに憧れて画家になろうとしたという石井さん。収録でも、現在愛知県美術館に展示されているさまざまなポロックの傑作を前に、ご自身のポロックに対する思いや個々の作品についての解釈を、熱く語ってくださいました。
 放送は、今週日曜(12月11日)の朝9時から。再放送は、来週日曜(12月18日)の夜8時から。必見です! (T.O.)

 


★ NHK「日曜美術館」ポロック特集インフォメーション:
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2011/1211/index.html

 


★ 愛知県美術館「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」について語る石井竜也さん:
http://www.sundayfolk.com/livlog/6g76g7y/
 

 

   愛知県美術館「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(2012年1月22日まで)の関連小展示「ジャクソン・ポロックとポップカルチャー」展、おかげさまで大好評です! 「もっと大規模に展示してほしい!」、「もっと目立つように、美術館のロビーに場所を移しては?」といったご要望多数につき、ポロック展関連小展示第2弾を緊急追加企画しました!

 


「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」関連小展示

ヒストリー・オブ・ザ・ストーン・ローゼズ  History of The Stone Roses

2011年12月6日(火)―2012年1月22日(日)
場所=愛知県美術館ロビー[愛知芸術文化センター10階]
企画=愛知県美術館
協力=林 玄徹(愛知県文化振興事業団)

 


   ザ・ストーン・ローゼズは、イギリスのマンチェスターで結成されたロックバンドです。1985年にシングル「ソー・ヤング」でレコード・デビューしました。主なメンバーにイアン・ブラウン(ヴォーカル)、ジョン・スクワイア(ギター)、マニ(ベース)、レニ(ドラム)がいます。1980年代のおわりから1990年代はじめにかけてマンチェスターで隆盛した「マッドチェスター」(Madchester)と呼ばれる音楽ムーヴメントの代表的なバンドの1つとして、その名を歴史に大きく刻んでいます。1996年に解散しましたが、2011年10月18日、再結成を宣言。世界ツアーの開催やアルバムのレコーディングに向けて再び活動を始めています。

 

 

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▲ ストーン・ローゼズのレコード・ジャケット

 


   ストーン・ローゼズ、とりわけギターのスクワイアはジャクソン・ポロックの芸術から多大な影響を受けています。スクワイアがポロックを意識し出したのは、彼自身によれば、イギリスのパンクバンド「クラッシュ」の写真集でペニー・スミスがポロックについてコメントしているのを見てのことだといいます(同バンドのポール・シムノンが、彼のベースのピックガードにポロック風のドリッピングを施していたことはよく知られています)。その後スクワイアは、ストーン・ローゼズのレコード・ジャケットのデザインを手掛けていきますが、その多くにおいて、自らが描いたポロック風の絵画を使っています。「あなた達がレコードのために生み出した、ジャクソン・ポロックへのオマージュは、どの程度重要だったんですか?」というあるインタビューでの問いに対して、スクワイアは次のように語っています。「僕にはすごく重要だった。別のジャケットで出してたら、恥ずかしかっただろうから。自分達のレコードがどういう風に見えるべきか、僕には正確にわかってたんだ。僕が1stを手掛けて、そこからはただ、他も全部僕がやるべきだ、って感じに自然になってった。……(ジャクソン・ポロックを)コピーしたのは、彼のオリジナル作品をレコード・カヴァーに使う許可なんて絶対に下りないだろう、って思ったから。で、ただ彼をコピーした――かなり楽しかったね。それから、レニが自分のドラムキットにもやってくれ、って言ってきて。その後、ギターにもやった」(『スヌーザー』39号、2003年4月)。

 

   この「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」関連小展示第2弾、「ヒストリー・オブ・ザ・ストーン・ローゼズ」は、ポロックの生誕100年とストーン・ローゼズの再結成を祝して、このバンドのポロック芸術との関わりを、セレクトされた11枚のレコードを通して探ろうとするささやかな試みです。ポロック展にご来場の際、「ジャクソン・ポロックとポップカルチャー」展(愛知芸術文化センター地下2階)と併せて、ぜひお楽しみください。12月6日(火)からです!

(T.O.)

 

 

 

  愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(2012年1月22日まで)が、NHK「日曜美術館」で放送されます!

 

日曜美術館
NHK Eテレ
2011年12月11日(日) あさ 9:00―9:45
2011年12月18日(日) よる 8:00―8:45

 

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▲ ヘレン・A・ハリソンさんのコメント収録(@愛知県美術館ポロック展展示室)

 

 ポロック展図録に巻頭論文「生きることと制作はひとつ」をお寄せくださり、11月12日には「ジャクソン・ポロック――その芸術と人生と遺産」というテーマで記念講演会もしてくださった、ポロック=クラズナーハウス・アンド・スタディセンターのディレクター、ヘレン・A・ハリソンさんが、ポロックについて「日曜美術館」のために詳しく語ってくださいました。本場アメリカのポロック専門家ならではの貴重なお話が聞けます!
  ポロック展をいっそう楽しむために、ぜひ予習代わりにこの「日曜美術館」ポロック特集をご覧になってください。あるいは、すでにポロック展に来てくださった方も、番組を見て関心を新たにして、ぜひ再度ポロック展を見にいらしてください。
 なお、この「日曜美術館」ポロック特集のメインゲストは、例のあの方です! その収録の模様は、また後日このブログでお伝えいたします。 (T.O.)

 

NHK「日曜美術館」ウェブサイト: http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/index.html

 

開幕からご好評いただいている「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」。
ご観覧いただいた方からは、見ごたえのある素晴らしい展覧会、とお褒めの言葉を多数寄せていただいています。


さて、愛知県美術館では、同じ10階フロアにあるレストラン、ウルフギャング・パックとのタイアップとして、企画展に合わせた内容で、特別ランチを創作してもらうことがあります。

ウルフギャング・パックはカリフォルニア料理のレストランなので、今回のポロック展では、ぜひポロックにちなんだメニューをとお願いしました。

今回は、ポロックが絵を学び、成功を手に入れた場所、ニューヨークをイメージしたランチ・メニューが実現。

 

ポロック展担当チームは、ずっと気になっていたこのランチを、先日食べに行ってきました。


まずは、前菜の「具沢山ビストロサラダ」。

ハムやサラミがたくさんのっていてボリュームたっぷりのサラダ。

 

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↑ 具沢山ビストロサラダ。

 

そしてメインの「骨付き鶏モモ肉のグリル ハニーバルサミコソース」。

焼き目がとても香ばしいです。こちらもこのボリューム。

 

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↑ 鶏モモ肉のグリル。

 

デザートは、「抹茶風味 New York チーズケーキ」。

ポロックのポーリングの技法を思わせるように、抹茶ソースがあしらわれていました。

 

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↑ New York チーズケーキ。

 

お昼から豪華なランチで贅沢なひと時を過ごすことができました。

 

ウルフギャング・パックのポロック展特別ランチ・メニューは、以上のセットにドリンクが付いて、定価2,000円。

それがなんと、ポロック展のチケットをご提示いただくと、1,500円!

チケットは使用前でも後でも有効なので、展覧会の前でも後でもお得に楽しんでいただけます。


ランチタイムは、11:00から17:00まで。

展覧会と合わせて、ぜひご賞味ください。

(S.N.)
 

いよいよ開幕した「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」。
初日の11月11日に、「嶋本昭三パフォーマンス」を行いました!


嶋本昭三氏は、戦後日本美術史上に重要な位置を占める前衛美術集団「具体美術協会」(具体)の創設メンバーの一人です。

具体のメンバーたちはポロックの芸術から強い刺激を受けており、嶋本氏は協会が発行していた機関誌『具体』をポロックに送付していたこともあるなど、ポロックと具体、そしてポロックと嶋本氏には、注目すべき関係があります。


今回嶋本氏が行ったのは、絵具の入った容器を床に広げたキャンバスに投げつけるというパフォーマンスです。


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▲絵具が入れられた容器を、キャンバスの上にセッティング。


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▲絵具が入れられた容器を投げつけると、勢いよく破裂! 絵具が画面に激しく飛び散っています。


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▲舞台となった約10m x 8mもの巨大なキャンバスは、色とりどりの絵具で彩られていきました。


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▲パフォーマンス終了時には、「ポロック展」の看板の前で記念撮影。

 

またそのあと、嶋本氏にはポロック展も鑑賞していただきました。


本展には、60年前日本に初めてやってきたという記念碑的な意味をもつポロックの作品2点も展示されています。

それらのポロックの作品は当時の日本の美術界に強い影響を及ぼしますが、嶋本氏は当時もそれらの作品を見た、とおっしゃっていました。

60年前にポロックの作品を見て、その後も活動を続けてきた嶋本氏によるパフォーマンスを、こうして日本初のポロック回顧展の場で実現できたのは本当に有意義なことで、まさにポロック展の初日にふさわしいイベントでした。


嶋本さん、嶋本ラボのスタッフのみなさん、どうもありがとうございました!(S.S.)
 

 
  愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(2012年1月22日まで)、日本初のポロック回顧展として、おかげさまで国内のみならず、海外からも大きな注目を集めています。終了後に東京国立近代美術館に巡回しますが、「それまで待っていられない!」と、関東方面からのお客様も連日たくさんお見えになっています。

 

 

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▲ 愛知県美術館の展示室に原寸大で再現されたポロックのアトリエ。その床に座る石井竜也さん。(※ この画像は、愛知県美術館ポロック展ポスターからの切り取りです。)

 

   ところで、このポロック展ではアーティスト・石井竜也さんが「展覧会オフィシャル・サポーター」を務めてくださっており、特に、ポロック展テーマソング「Where is Heaven」を作詞・作曲してくださっています。その「Where is Heaven」が、2011.11.30にリリースされます。私もさっそく予約しました!

 

  学生時代にはポロックの芸術に憧れて画家を志したという石井さん。「Where is Heaven」のリリースに合わせて同曲のPVも制作なさっていますが、その中では見事な描画も披露していらっしゃいます。
  ポロック展テーマソング「Where is Heaven」は、音楽も映像も、石井さんがポロックのことを本当にお好きなんだということがよく伝わってくる注目の作品です。ぜひお聞きになり、ご覧になってみてください。 (T.O.)

 

 

★石井さんがポロック展について語ってくださいました!

http://www.sundayfolk.com/livlog/6g76g7y/

(上のURLをクリックして、一番下まで画面をスクロール。「ムービーを見る」をクリック。)

 

 
 

光でドリッピング!

2011年11月17日

 


  ついに実現した愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(2011年11月11日-2012年1月22日、愛知芸術文化センター10F 愛知県美術館。その後、東京国立近代美術館に巡回)。日本初のポロック回顧展として、おかげさまであちこちから大きな反響を呼んでいます!

 

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▲ 愛知県美術館「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」関連イベント
「光でドリッピング!―愛知芸術文化センターの壁がキャンバスに―」

 


  明日18日(金)と明後日19日(土)には、ポロック展関連イベントとして、「光でドリッピング!―愛知芸術文化センターの壁がキャンバスに―」が行われます。


「光でドリッピング!―愛知芸術文化センターの壁がキャンバスに―」
日時:11月18日(金)18:00-21:00
        11月19日(土)18:00-19:30
場所:愛知芸術文化センター2階屋外オアシス21連絡橋
         11階展望回廊(10階美術館前から階段)
主催:愛知芸術文化センター
協力:名古屋工業大学 北川啓介研究室
※参加・観覧無料
※雨天中止


 これは、ポロック風の描画ができるアプリを使って、プロジェクションによって愛知芸術文化センターの正面外壁に参加者が思い思いに絵を描くというイベントです。参加および観覧は無料ですので、どなたもどうぞお気軽にお越しください。


 このイベントでどんなアプリが使用されるのかは当日のお楽しみですが、ここでいくつかその手のアプリをご紹介いたしましょう。(ご使用のパソコンの種類によって、うまく作動しないこともあります。)

 

1.  iPollock   http://www.ipollock.com/
ポロックを思わせる男が、タバコをふかしながらキャンバスの前で考え込んでいます。
正面のキャンバスの部分をクリックしてください。
男がキャンバスの真ん前まで歩いていきます。
カーソルをキャンバスの上で動かすと、どんどん線が引けます。
最初は黒ですが、クリックするごとに色が変わっていきます。
左右のキャンバスにも同じように絵が描けます。
それぞれのキャンバスの部分をクリックしてみてください。


2.  jacksonpollock.org   http://www.jacksonpollock.org/
画面全体がキャンバスです。
左ドラッグで、カーソルを動かしてください。
カーソルの動きに合わせて線が引けます。
クリックすると、やはり色が変わります。


3.  drips   http://drips.nalindesign.com/
「+MOUSE」という文字をクリックしてください。
左ドラッグで、カーソルを動かしてください。
カーソルの動きに合わせて線が引けます。
ゆっくりドラッグしてやると、しぶきのような効果を強く出すことができます。
画面左下の色見本のところで好きな色が選択できます。


私も、3の drips で一枚描いてみました。
http://drips.tumblr.com/post/1003561793/number-33-1950-by-tetsuya-oshima-en-7-24-2010
ポロックのベストイヤーである1950年の絵画には、"Number 30, 1950"( http://www.metmuseum.org/toah/works-of-art/57.92 )、"Number 31, 1950"( http://www.moma.org/collection/object.php?object_id=78386 )、"Number 32, 1950"という三大傑作があります。
それに続く傑作になれっ、との思いを込めて、“Number 33, 1950”と名付けてみました!

 

皆さんも、上記のアプリでいろいろ遊んでみてください。そして、明日・明後日、ぜひ愛知芸術文化センターの外壁にも傑作を描きに来てください!  (T.O.)

 


 

ポロック展、開幕!

2011年11月12日

ついに日本初のポロック回顧展「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」が名古屋でスタートしました!


皆さんきっとこの日を心待ちにされていたのでしょう、昨日10日の開会式には、なんと500人以上の招待客が駆けつけてくださいました。


そして、この記念すべき日本初のポロック回顧展にふさわしい豪華なゲストもお迎えしました。

まずは、ニューヨーク州イースト・ハンプトンに残るポロックの自宅とアトリエを管理する研究機関である、ポロック=クラズナーハウス・アンド・スタディセンターのディレクター、ヘレン・A・ハリソンさん。

 

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↑ 開会式でスピーチをするヘレン・A・ハリソンさん。


ポロックの専門家であるハリソンさんは、スピーチの中で、生誕100年という記念すべき年に日本で回顧展が行われることに温かいお祝いの言葉を述べてくださいました。

このポロック=クラズナーハウスからは、本展のために、ポロックの作品はもちろん、貴重な資料も多数お借りしています。また、本展の見どころの一つであるポロックのアトリエ再現は、まさにハウスの協力なしには実現しなかったものです。

ハリソンさんには、本展カタログの巻頭論文も寄稿いただき、本展出品作を通じてポロックの画業を解説していただいています。

また、明日12日午後には、「ジャクソン・ポロック――その芸術と人生と遺産」と題して記念講演会も開いていただくことになっています。こちらもぜひご参加ください。

まさに本展を完全バックアップしていただいたハリソンさん。今回のお礼も兼ねて、私もいつかイースト・ハンプトンを訪れてみたいと思っています。


さて、豪華ゲストの二人目は、アーティストの石井竜也さんです!

米米クラブの活動をはじめ、シンガーとして成功された石井さんですが、実は10代の頃は画家を目指しておられました。そして、そのきっかけとなったのが、なんとポロックの絵を画集で見たことだったそうです。

そんな縁もあり、本展のテーマ・ソングの作曲をお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。

そうして出来上がったポロック展テーマ・ソング「Where is Heaven」(11月30日リリース予定)が会場に流れる中、スピーチ台へとあがった石井さん。

ご自身のポロックへの熱い思いと同時に、ポロックがいかにその後の美術、さらには音楽にまで影響を与えているか、ということを石井さんらしい言葉で語ってくださいました。

 

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↑ ポロックについて熱く語る石井竜也さん。


何より印象的だったのは、ポロックという画家の功績が、2011年現在も私たちの中に生きた文化として引き継がれている、という石井さんの言葉でした。

ポロックは分からない、遠い存在だと漠然と思っている方も、石井さんに習ってこのような視点で展覧会をご覧になると何か発見があるかもしれません。


開会式後は展覧会も楽しんでおられた石井さん。アトリエ再現にも興味津々のご様子でした。

 

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↑ アトリエ再現コーナーでの石井さん。


ちなみに、石井さんは本展音声ガイドのナビゲーターも務めていただいています。一つ一つの作品について石井さんのコメントを聞きながら鑑賞するのも、きっと面白いはず。私もぜひ聴いてみたいと思っています。

 

「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」は、来年1月22日までの開催です。

皆さんも、この歴史的な展覧会をくれぐれもお見逃しないように!!


(S.N.)

 


 

  

 愛知県美術館渾身の一大企画「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(2011年11月11日-2012年1月22日、愛知芸術文化センター10F 愛知県美術館。その後、東京国立近代美術館に巡回)の開幕が来週に迫ってきています。
 その前に、ポロック展関連小展示「ジャクソン・ポロックとポップカルチャー」展(2011年11月1日-2012年1月22日、愛知芸術文化センター地下2階アートスペースX前通路展示ケース)が、一足先に今日から始まりました!

 

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▲ 展示作業中のKS学芸員、SN学芸員、SS学芸員

 

 この「ジャクソン・ポロックとポップカルチャー」展は、ポロックの芸術が欧米や日本の大衆文化に与えた影響を、レコードやファッション、玩具等の実際のさまざまな商品から探ろうとするものです(企画=愛知県美術館)。愛知県内の貴重な某個人コレクションを一挙公開です!

 

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▲ オーネット・コールマン「フリー・ジャズ」1961年(1960年録音)

 

 1950年にポロックは、自分の制作方法について次のように言っています。「私はドローイングに取り組むのと同じ感覚で絵画に取り組みます。すなわち、ダイレクトであるということです。私はドローイングから制作することはしません」。「即興性」という点で、ポロックの絵画とジャズ音楽の間には深い関係性がありますが、このオーネット・コールマン(アメリカ、1930年-)のレコードのジャケットでは、1954年のポロックの絵画《白い光》(現在、ニューヨーク近代美術館蔵)が表紙のデザインに使われてます。

 

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▲ ザ・ストーン・ローゼズ「ザ・ストーン・ローゼズ」 1989年

 

 ストーン・ローゼズ(イギリス、1983-1996年、2011年-)のファースト・アルバムです。ジャケットには、このバンドのギタリスト、ジョン・スクワイアが描いたポロック風の絵画《バイバイ、バッドマン》(1988年)が使われています。スクワイアは現在、画家として本格的に活動しています。バンドはつい最近再結成され、ロック・ファンの間で大きな話題になっています。
 ポロックに対するストーン・ローゼズの関心は並ならぬものがあって、1989年リリースの「ゴーイング・ダウン」では、「彼女はまるで ジャクソン・ポロックの《ナンバー5》」と、歌詞にポロックの名と彼の具体的な絵画作品のタイトルまで出てくるほどです。


 ここでは上のようにレコードを2つご紹介するだけになりますが、この「ジャクソン・ポロックとポップカルチャー」展には、他にもさまざまな種類の興味深いグッズが出品されています。11月11日(金)から始まる「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」にお越しの際は、ぜひこちらの小展示もついでにご覧になっていってください。 (T.O.)

 

 


 愛知県美術館の「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」、本日8月11日より、ポロック展公式ウェブサイト上ほかで前売券オンライン販売開始です! それぞれ当日券価格から200円OFFの、一般前売券=1,200円、高大生前売券=800円です。さらにお得な早割ペアチケットもあります。一般2枚組(切り離し使用可)=2,000円。

 

 今日、8月11日はポロック展スタート(11月11日)のちょうど三ヶ月前。そして、たまたまポロックの命日でもあります。(ここからは、いつもの「ポロックの足跡を訪ねて」風に・・・)

 

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▲ ポロックの死亡事故現場(2003年撮影)。右側の木の幹には、花輪が二つ捧げられています。

 

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▲ ポロックが自分の運転する自動車で死亡事故を起こした時に履いていた靴の片方(本物)。その隣のホイールカバーの方は、ポロックの愛車に付いていた本物ではありませんが、それと同タイプのものです。この靴とホイールカバーのセット(ポロック=クラズナーハウス・アンド・スタディセンター蔵)は、今回のポロック展に参考資料として出品予定です。

 


 1956年、55年前の今日、ポロックは飲酒運転による自動車事故で命を落としました(享年44歳)。現場はイースト・ハンプトンの自宅まであとわずかのところ。これまで何度となく走って勝手知ったる道だったはずですが、ハンドル操作を誤って木立に突っ込み、車は横転。即死でした。

 

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▲ ポロックの墓(2008年撮影)。

 

 ポロックの遺体は、イースト・ハンプトンの「グリーンリバー墓地」に埋葬されました。今でもこの墓地は残っていて、ポロックの墓は小高くなった特別な一角にあります。妻のリー・クラズナーは1984年に亡くなりましたが、クラズナーもグリーンリバー墓地に埋葬されました。

 

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▲ クラズナーの墓(2003年撮影)。ポロックの墓のそばにあります。


 このグリーンリバー墓地は、普通の墓地ではありません。ポロックとクラズナーの住んだイースト・ハンプトンは、他の芸術家や批評家、詩人などにもゆかりの深い土地だった関係上、それらの人々の墓もここには多くあるのです。

 

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▲ 右:「アメリカのアクション・ペインターたち」(1952年)という論文で有名な批評家、ハロルド・ローゼンバーグの墓(2008年撮影)。左:ローゼンバーグの妻の墓。

 

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▲ 抽象表現主義の画家、アド・ラインハートの墓(2008年撮影)。

 

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▲ 同じく抽象表現主義の画家、イレイン・デ・クーニング(ウィレム・デ・クーニングの妻)の墓(2008年撮影)。


 私も亡くなったらぜひこのグリーンリバー墓地に墓を建ててもらいたいと、まだ存在せぬ私の子孫に対して勝手に願っている次第です。それはさておき、今回のポロック展では、ポロックの住んだイースト・ハンプトンをご紹介するDVDを制作し、展覧会会場で流す予定です。そのDVDの素材撮影に近々行ってきますが、その際、このグリーンリバー墓地の様子も撮影してくるつもりです。どうぞご期待ください! (T.O.)

 

愛知県美術館で11月から開催予定の、画家ジャクソン・ポロックの日本初回顧展。

本日、この展覧会の公式ウェブサイトが公開となりました。

(2012年7月16日現在、このサイトはすでに閉鎖されています。)
 

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展覧会の見どころや、ポロックという画家について解説を読むことができますので、ぜひチェックしてみてください。
コンテンツはまだ少ないですが、これから徐々に充実していく予定です。開催までときどき訪れてみてくださいね。


上記公式サイトでもお知らせしていますが、ポロック展愛知会場の前売券販売は、8月11日(木)から。

(プレイガイド等での販売は9月15日から。)


前売券と同時に、さらにお得なペアチケットも発売されます。

お友達と、ご家族と、恋人と・・・2人で一緒に展覧会を訪れるのはもちろん、1人で2回使うこともできます。

周りの人と「ポロック展、絶対行こうね!」と今から盛り上がっている方、「2回は見に行くぞ!」というポロック・ファンの方にはこのチケットがおすすめです。


ただしこのペアチケット、9月11日までの期間限定販売となります。(短くてごめんなさい…)

ご購入を検討される方はどうぞお早めに!


(S.N.)

 

   愛知県美術館渾身の一大プロジェクト、 「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」 (11月11日スタート。来年1月22日まで。その後、東京国立近代美術館に巡回します) 。その関連記事として始めたこの「ポロックの足跡を訪ねて」シリーズ、今回はちょっと番外編的にアイルランドです。


 まず初めに言っておきますと、ポロックはアイルランドに行ったことはありません(それどころか、生涯アメリカ国外に出たことがありませんでした)。では、アイルランドはポロックとどんな関係があるのでしょう。

 

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▲ ダブリン・ライターズ・ミュージアム(2006年撮影)。アイルランド文学に興味がある人は、まずここへ。

 

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▲ ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』(1922年)の舞台となったダブリン郊外サンディコーヴの塔(2006年撮影)。現在はジェイムズ・ジョイス博物館になっています。


 ポロックの両親(アメリカ生まれ)は、二人ともスコットランド系アイルランド人の血統でした。それゆえ、ポロックにもその血が濃く流れています。だからなのでしょうか、あるいはたまたまでしょうか、ポロックは熱心な読書家というわけではありませんでしたが、アイルランド文学がお気に入りだったようです。彼の書斎からは、ジェイムズ・ジョイスを筆頭に、ジョージ・バーナード・ショーの『人と超人』、ショーン・オフェイランの『アイルランド人』などを見つけることができます。ジョイスについては、『ユリシーズ』(1934年ランダムハウス版)、『スティーヴン・ヒーロー』、『ユリシーズ』(1946年モダンライブラリー版)、『フィネガンズ・ウェイク』の4冊を持っていたほどでしたが、なかでも『ユリシーズ』はポロックの制作にちょっとした関連があって興味深い存在です。


◆  ジャクソン・ポロック《五尋の底に》1947年 ニューヨーク近代美術館
画像=http://www.moma.org/collection/object.php?object_id=79070


 ポロックの1947年の作品に《五尋の底に》(Full Fathom Five)という絵があります(「尋(ひろ)」は長さを表す単位)。そのタイトルはポロックの友人が提案したもので、本人もそれをOKしてそのように決まったのですが、シェイクスピアの『あらし』の中に、次のような有名な一節があります。

父君のいますは,たっぷり五尋 [Full fadom five],
 その骨からは珊瑚ができ,
かつてのその眼は今は真珠,
 朽ちる身はことごとく,
海の変容を受けて,
貴く奇しきものとなる。
ニンフが刻々鳴らす,葬いの鐘
                 [奥で] ディン,ドン。
ほら,聞こえる――ディン,ドン,ベル。

(外山滋比古他編『英語名句事典』大修館書店、1984年、213頁)


 ポロックがこの一節を知っていたかどうかは分かりません。でも、それに関係した一節がジョイスの『ユリシーズ』に登場しており、少なくともそちらは知っていたはずです。


 向うが五尋の淵なんでね。そなたの父はもはや五尋の水の底 [Full fathom five]。一時になればと言ったな、あの男。溺死体にて発見。ダブリン湾口の浅瀬に潮が満ちれば。小砂利の流れ溜りや、扇状に群がる魚どもや、貝殻などを押しのけて。死体は塩に白くさらされ、引波から浮びあがり。そら、ぽっかり、ぽっかり、イルカくん、頭を見せては陸地のほうへ。あそこだ。はやく鉤にかけろ。引っ張れ。たとえ水底深く沈んだにしても。つかまえたぞ。気をつけろよ。

(ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ I』丸谷才一、永川玲二、高松雄一訳、集英社文庫、2003年、131頁)
 

 

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▲ ダブリン湾、サンディコーヴの塔からの眺め(2006年撮影)。


 

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▲ ダブリン市内、リフィ川の河口(2006年撮影)。向こうはダブリン湾。



 ポロックの血統とジョイスへの関心を追って、2006年にアイルランドを訪れた時、ポロックの《五尋の底に》の主調色に奇しくもよく似たダブリン湾の青緑色の水面を眺めながら、「五尋ってどれくらいの深さだろう」と思いを巡らせてみたりしました(ちなみに、五尋は10メートル弱)。

 

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▲ ダブリンの盛り場のバー(2006年撮影)。

 

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▲ 旧ジェイムソン蒸留所(2006年撮影)。アイリッシュ・ウィスキー「ジェイムソン」の博物館になっています。


 ところで、アイルランドは文学も素晴らしいですが、酒もおいしいです(良い酒は良い文学を生むのでしょうか)。ダブリン市内にはバーがたくさんあって、飲む所には困りません。酒好きだったポロックにはたまらない街でしょう。この夏ポロック(8月11日が命日)のお墓参りに行く時には、ジェイムソンの小瓶でもお供えしてこようと思います。 (T.O.)

  

 

  

 

 愛知県美術館はこの秋、「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」を開催します(11月11日 - 来年1月22日)。それに関連してお届けしているこの「ポロックの足跡を訪ねて」シリーズ、4回目となる今回はアリゾナです。

 

 

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▲ アリゾナの荒野(2004年撮影)。この写真を撮影した時は残念ながら曇天でしたが、アリゾナは、晴天時には赤い大地と青い空のコントラストがとても美しいです。

 

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▲ アリゾナの道路(2004年撮影)

 

 ポロックは幼少期、アリゾナと深い縁がありました。1913年(1歳)から1917年(5歳)の間、アリゾナの州都フェニックスに住んでいましたし、1923年(11歳)から1924年(12歳)にかけてはフェニックス近郊に住んでいました。また1927年(15歳)には、グランド・キャニオン(アリゾナ州)のノース・リム(北側の縁)近辺の測量調査団に、兄サンフォードと一緒に参加しています。(のちにアルコール中毒になり、最後は飲酒運転による自動車事故で亡くなってしまうポロックですが、酒を覚えたのはこの時でした。)

 

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▲ 日没時のグランド・キャニオン(ノース・リム、2004年撮影)

 

 1944年(32歳)、ポロックはある芸術雑誌の誌上アンケートに答えて、次のように言っています。「私は西部に対してはっきりした感覚を持っている。すなわち、その地の広大な水平性である」。ここでは「アリゾナ」とは明言されていませんが、ポロックが幼少期に転々とした西部のそれぞれの土地の特徴や、その時の彼の年齢などを考えると、そこで彼が言う「広大な水平性」の感覚は、アリゾナの体験と深く結びついているように思われます。また、グランド・キャニオンの圧倒的なスケール感も、後々のポロックの仕事に影響を及ぼしているのではないかとしばしば言われています。

 

 

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▲ トント・ナショナル・モニュメント(アリゾナ州トント、2004年撮影)。中央の崖の凹み部分に先住民(サラド人)の住居跡があります。

 

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▲ 上記の住居の内部(2004年撮影)。壁、窓、階段などの存在がはっきり確認できます。

 

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▲ 先住民(ホホカム人)の球技場(プエブロ・グランデ博物館、アリゾナ州フェニックス、2004年撮影)。ホホカムの球技がどんな種類やルールのものだったかは、残念ながら不明です。

 

 アリゾナ州には、アメリカ先住民の遺跡が今もたくさん残っています。少年時代、ポロックは兄たちと一緒にそれらの遺跡をいくつも探検しています。上記の1944年のアンケートの中でポロックは、「私はかねがね、アメリカンインディアン美術の造形的質には非常に感銘を受けてきた。インディアンは適切なイメージを手に入れるその能力において、また絵画的主題を構成するものについてのその理解力において、真の画家のアプローチを持っている。彼らの色彩は本質的に西部のものだが、彼らのヴィジョンは、あらゆる真正の芸術が有する根本的な普遍性を持っている」とも言っていますが、すでに少年時代にポロックは、こんなふうに先住民文化に深く接触していたのでした。

 

 

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▲ 制作中のジャクソン・ポロック、1950年
Photograph by Hans Namuth © Hans Namuth Ltd.

 

 アリゾナ州北東部にはアメリカ先住民・ナバホ族の指定居住地が大きく広がっています。ナバホ族といえば砂絵がよく知られていますが、色砂を指の先から流し落として地面に絵を描いていくその独特な制作の仕方(参考画像=http://www.artsology.com/navajo_sand_painting.php)は、ポロックに大きな影響を与えました。
 ただし、ナバホの砂絵は本来、純粋な芸術作品として制作されるものではありません。それは、病人の治癒のための儀式の一環として祈祷師(シャーマン)によって制作され、最後には跡形もなくすべて消されてしまうものです。
 あるポロックの伝記の作者によると、ポロックは少年時代、先住民の居住地で砂絵の制作を何度か見たことがあるそうです。しかしながら、これには懐疑的な向きもあります。というのは、ナバホの砂絵の儀式は、デモンストレーション等でなければ、原則的には関係者以外立ち入り禁止の秘儀だからです。秘儀だから少年時代のポロックが砂絵の儀式を見たはずがない、と単純に言うこともまたできないのですが、ともかく、私が2004年にナバホの指定居住地を訪ねた際、本物の砂絵の儀式を見たいと、出会った何人かのナバホ族の人にツテもなく聞いて回ったところ、やはり「秘儀だから無理」とのことでした。

 

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▲ アリゾナで買ったお土産品の砂絵

 

 しかたがないので、砂絵の儀式のデモDVDと、お土産用のアート作品としての砂絵を買ってアリゾナをあとにした次第です。いつか本物の砂絵の儀式を体験してみたいと今でも思っています。  

(T.O.)

 

 

  

 

愛知県美術館がこの秋開催する「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(今年11月11日 - 来年1月22日)の見どころ、その2をご紹介します!

 

 

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▲ ニューヨーク州イースト・ハンプトンに現存するポロックのアトリエ(2006年撮影)。

 

 

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▲ 制作中のポロック、1950年
Photograph by Hans Namuth © Hans Namuth Ltd.

 


ポロックは1945年、長年住んだマンハッタンを離れ、車で3時間ほどのところにあるニューヨーク州の田舎町イースト・ハンプトンに引っ越しました。そして1947年から1950年にかけて、絵画芸術の新たな地平を切り開く一連の革新的な絵画を生み出したのですが、その時彼が制作していたアトリエが、イースト・ハンプトンには今も残っています。

 

 

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▲ ポロックのアトリエの床(2003年撮影)。キャンバスをはみ出してあちこちに飛び散った絵具が、ポロックの制作の様子を生々しく伝えています。

 

 

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▲ 《収斂》(1952年)の制作の跡でしょうか(2002年撮影)。《収斂》画像=
http://www.albrightknox.org/collection/collection-highlights/piece:pollock-convergence/

 

 

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▲ ポロックのものと思われる足跡も所々に(2005年撮影)。

 


「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」では、ポロックの作品約70点(うち絵画約40点)を世界中から集めて展示する予定で、目玉作品のうちの2つは2011年2月16日に当ブログ(「ポロック展見どころ紹介1 日本のポロック受容における記念碑的2作品」)ですでにご紹介したところですが、作品以外での目玉として、絵具の飛び散った床面まで複製したポロックのアトリエの原寸大モデルの展示も計画しています!

 

ポロックにあっては、結果として生み出された作品も革新的でしたが、それを生み出した制作方法もまた革新的でした。それまで画家はイーゼルに垂直に立て掛けたキャンバスに正対して描いていたのですが、ポロックはキャンバスをイーゼルから床に引きずり下ろし、床の上に水平に広げられたキャンバスに時には足を踏み入れながら、流動性の塗料を流し込み、撒き散らして描画しました。――その時の画家とキャンバスの実際の位置関係は? その時画家にとってキャンバスはどう見えていたのか? など、アトリエの原寸大モデルによって、ポロックの特殊な制作フィールドをお客様に体感していただくことができれば、きっとポロック芸術を理解する大きな助けになるのではないでしょうか。(床の複製については、お客様にそこに上がっていただけるようにしたいと思っています。)

 

このポロックのアトリエの原寸大再現計画、海外の美術館を出品交渉で回っている時にも、向こうのキュレーターたちに非常に注目されました。実は1998-99年にニューヨーク近代美術館(MoMA)でポロックの大回顧展が開催された時にも、ポロックのアトリエの再現は試みられていたのですが、それは断片的でまったく不完全なものでした。あるアメリカの美術館のチーフ・キュレーターなどは、「ウチの大切なポロックを貸すのだから、あなたが目玉の一つだと言うアトリエの再現、MoMAの時みたいな中途半端なことはしてくれるなよ」とおっしゃったものです。安全上、展示スペース上、予算上など、困難な制約がいくつかありますが、せっかくの機会ですから、私も中途半端なことはしたくありません。完全再現とまでは行かずとも、ポロックの制作のあり方を十分にお伝えできるものになるよう努力したいと思います。どうぞお楽しみに! 

(T.O.)

 

 

  

 

愛知県美術館はこの秋、「生誕100年  ジャクソン・ポロック展」を開催します(今年11月11日 - 来年1月22日)。それまでの間、当ブログにてポロックゆかりの地をご紹介する「ポロックの足跡を訪ねて」という記事を連載していきます。第1回目となる今回は、ポロックの生地を訪ねます。

 

 

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▲ ポロック巡礼の聖地コディの街の入口の看板(2004年撮影)。乾いた荒野に、澄んだ青い空と白い雲。どことなくマグリットの世界のようですね。

 

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▲ コディの街並(2004年撮影)。いかにもアメリカ的な田舎町です。

 


ジャクソン・ポロックは1912年、アメリカ西部のワイオミング州コディに生まれました。コディは西部開拓史における伝説的人物ウィリアム・フレデリック・コディ(通称バッファロー・ビル)が建設した街で、彼の名をとって「コディ」と名付けられました。西部開拓史の英雄バッファロー・ビルが建設した街に、現代アートの開拓者ジャクソン・ポロックが生まれたのは、なんとも奇妙な縁です。いや、時代を背負う人物には、得てして何かしらそういったことがあるものなのでしょうね。

 

 

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▲ ポロックが生まれたワトキンズ牧場のあったあたり(2006年撮影)。

 

ポロックはコディの外れにあるワトキンズ牧場で、5人兄弟の末っ子として生まれました。ワトキンズ牧場はすでに無くなっていますが、現在も牧草地のままで、セージ・クリークという小川が近くに流れるのどかな一帯です。


コディにはポロックの親友だったハリー・ジャクソン(1924年 - )という芸術家が住んでいて、このハリーさんはポロックとコディの関係について次のように言っています。「ポロックはコディというこの新しい街に生まれたことを疑いなく大切に思っていました。ポロックは一歳に満たなかったですが、これらのものすごい草の広がりは、彼の比類なく敏感な潜在意識の最も深いレベルに消えることなく焼き付きました。……彼は、広大な平原が周囲に広がるバッファロー・ビルのコディに生まれたことをいかに誇りに思っているか、しばしば語っていました」(ハリー・ジャクソン、インタヴュアー/訳=大島徹也 「1948年から1950年のポロック」 『芸術/批評』 3号 [2007年]、15頁)。

 

 

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▲ コディの街の象徴、ハート山(2006年撮影)。

 

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▲ 曇りの日のハート山(2004年撮影)。《西へ》のような、アメリカの地方の情景を描いたポロックの初期の陰鬱な絵画世界に通じるものがあります。
ジャクソン・ポロック 《西へ》 1934-35年頃  スミソニアン・アメリカ美術館蔵(画像=http://americanart.si.edu/collections/search/artwork/?id=19820
ポロックの初期の代表作で、「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」に出品予定です!

 


コディの街の中心には、ランドマーク的な老舗ホテル「アーマ・ホテル」があります。

 

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▲ アーマ・ホテル(2006年撮影)。

 

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▲ アーマ・ホテルのレストラン(2004年撮影)。


アーマ・ホテルはバッファロー・ビルが立てたホテルで、ポロックの父親も一時そこで働いていたことがありました。ホテル内のレストランやバーはほとんど西部劇の世界で、カウボーイ姿の人たちが普通に食事をしたり酒を飲んだりしています。

 


アメリカが世界に誇る偉大な芸術家の生誕の地ということで、コディはポロックで町興しでもしているのかと思いきや、少なくとも私がその地を訪れた2004年時と2006年時には、そのような気配はまったくありませんでした。また、ホテルの人や観光案内所の人たちに「ポロックの生地を知っていますか」と尋ねると、「知らない」という答えがほとんどでした。そして、「ポロックはここコディの生まれなんですよ」と教えると、みな驚くという次第でした。2009年にマティスの生地、フランスのル・カトー=カンブレジを訪れた時には、街のあちこちにマティスに関する建物や看板、マティスにあやかったショップや商品を目にしたのですが、コディでのポロックの存在の薄さは意外でした。世間一般ではどうしてもポロック=ニューヨークのイメージが圧倒的に強いのでしょうね。

 

 

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▲ コディのマクドナルド(2004年撮影)

 

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▲ コディのマクドナルド店内の壁面(2004年撮影)。

 


それでも何かポロックにちなんだ現在の物がコディにないかと探してみたら、一つ見つけました。マクドナルドの店内の壁紙(そして壁に掛かっている絵自体の背景)が、見事にポロック風でした!

 

コディにはまだまだ興味深いポロック関連スポットがありますので、今日のところはここまでとして、次回の「ポロックの足跡を訪ねて」は、「生地コディ(後編)」をお送りしたいと思います。

 

 

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愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」は、今年11月11日スタートです(来年1月22日まで)。どうぞお楽しみに! 

(T.O.)

 


愛知県美術館がこの秋開催する「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(今年11月11日-来年1月22日)の見どころをご紹介します!

 

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▲ ジャクソン・ポロック 《ナンバー7, 1950》 1950年
油彩・エナメル塗料・アルミニウム塗料、キャンバス 58.5 x 268.6 cm ニューヨーク近代美術館
Gift of Mrs. Sylvia Slifka in honor of William Rubin.719.1993
© 2011. Digital image, The Museum of Modern Art, New York / Scala, Florence

 

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▲ ジャクソン・ポロック 《ナンバー11, 1949》 1949年
エナメル塗料・アルミニウム塗料、キャンバス 114.3 x 120 cm インディアナ大学美術館
© Indiana University Art Museum / Jane and Roger Wolcott Memorial, Gift of Thomas T. Solley


日本でポロックの実作品が初めて紹介されたのは、今からちょうど60年前、1951年の第3回読売アンデパンダン展においてでした。それはその3年後に具体美術協会を創設することになる吉原治良や、同協会のスター作家となる白髪一雄に注目すべき影響を及ぼしますが、その時にやってきたのが上の2作品です。

 

1点目の《ナンバー7, 1950》はポロックの絶頂期の作品にして横が約3mという大きさで、ポロック絵画のアクション的要素も存分に発揮された秀作です。現在の所蔵者はあのニューヨーク近代美術館(通称MoMA)! ポロック展をやるならモダンアートの殿堂MoMAの協力を何としても取り付けねばと思っていましたが、MoMAもこの作品が日本の美術界にとってどれほど重要かをきちんと理解してくださり、無事に拝借OKとなりました! 2月7日に当ブログでご紹介したポロック展開催予告ポスターでも、さっそく図版に使わせてもらっています。

 

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2点目の《ナンバー11, 1949》は、1951年の第3回読売アンデパンダン展時には、1点目の《ナンバー7, 1950》以上に注目された作品です。

 

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▲ 1951年第3回読売アンデパンダン展出品目録。

 

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▲ 『みづゑ』547号(1951年4月、第3回読売アンデパンダン展特集号)

 

同展の出品目録に図版が掲載されたのみならず、『みづゑ』の同展特集号の表紙を飾っています。この作品は現在、インディアナ大学美術館所蔵。2009年の12月、私は古本屋で見つけた『みづゑ』同号の現物を携えてインディアナ大学美術館に出品交渉に行ってきました。先方は自分のところのポロック作品が1951年に日本のメジャーな美術雑誌の表紙になっていたことを御存じなかったので、その号を資料用にと差し上げたところ、大変に喜んでいらっしゃいました。だからというわけではないでしょうが、インディアナ大学美術館もMoMA同様、日本美術界にとってのそのポロック作品の重要性をすぐに理解し、快く出品を承諾してくださいました。

 

こうして今回のポロック展では、日本のポロック受容において記念碑的な意味を持つこれら2作品が再び揃ってやってくることになりました。愛知県美術館の「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」、どうぞご期待ください! (T.O.)

 

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愛知県美術館はこの秋、「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(2011年11月11日-2012年1月22日)を開催します!

このポロック展、実に日本初のポロック回顧展となります。これまでも過去に別のいくつかの美術館でポロック回顧展は計画されてきたようですが、さまざまな事情からいずれも実現には至りませんでした。最大の問題はおそらく、作品が集まらないというものでしょう。2006年にポロックの絵画が1億4000万ドル(1ドル=100円とすれば、なんと140億円!)という最高額を叩き出したのは今でも話題に上る衝撃的な出来事ですが、それは単発のこととしてさて置くにしても、現代作家の中でポロックが最も作品を集めにくい画家の一人であることは間違いありません。そんな困難を乗り越えて、日本美術界待望のポロック回顧展がついにこの秋、愛知県美術館で実現します!

そんなふうに国内の熱い期待を背負ったこのポロック展ですが、さらに、世界からも大きく注目される要素を備えています。本展は「生誕100年」と銘打ってあるとおり、ポロック(1912年アメリカ生まれ。1956年没)の生誕100年を記念して開催するものですが、どうやら本展が世界で唯一の生誕100年記念ポロック回顧展となりそうなのです。本国アメリカにとってはポロックは国宝級の存在ですから、まずアメリカで大々的に行われそうなものですが、私が出品交渉でアメリカ各地、またヨーロッパ各地の美術館や画廊を回ってきた中で、競合企画について耳にしたことは不思議と今日まで一度もないのです。(生誕100年記念回顧展ではないですが、スペインの某美術館が本展のちょっと前の時期に小さなポロック展を計画しているという情報は一つだけ入っていました。しかしこれも、やはり作品が集まらないという事情からでしょうか、延期になったと先日聞きました。)そんなわけで、欧米のアート関係者の間でも Aichi Prefectural Museum of Art の “Jackson Pollock: A Centennial Retrospective”、かなりの話題になっています!

100年に一度の歴史的なイベントとなるこの「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」、どうぞご期待ください! また、当ブログにてポロック展開催までの間、「ポロックの足跡を訪ねて」(仮題)という連載記事を月1回程度のペースでUPしていく予定です。こちらもお楽しみに! 

(T.O.)