2月20日(土)から、豊橋市美術博物館で移動美術館が始まっています。愛知県美術館のコレクションを、広く県民の皆様にご紹介する移動美術館は、今年で16年目にあたり、年に一度、知多半島、三河山間部・海浜部などの県内各地で開催してきました。今年は、「ひかり・いろ・かたち」をテーマに、愛知ゆかりの作家を含む近代日本洋画から現代美術までの洋画、彫刻、日本画の国内外の作品74点をご紹介しています。

↑ 会場入口
近代の洋画を拓いた高橋由一を始め、明治期に外光派として新しい絵画の作風を広めた黒田清輝、久米桂一郎などの近代日本洋画家、抽象的な表現を追究した斎藤義重や元永定正、現代の日本画壇を代表する平山郁夫や東山魁夷、豊橋ゆかりの中村正義や高畑郁子など、また海外作家では詩情豊かな作風で知られるパウル・クレーや幾何学的な表現で描き続けたアド・ラインハート等々、豊橋市美術博物館の開館30年を記念して、通常よりも規模を拡大した開催となっています。

↑第1展示室

↑第2展示室

↑第3展示室
愛知県美術館と豊橋市美術博物館の交流は古く、豊橋市美術博物館の開館1周年記念(1980(昭和55)年)に、現在の愛知県美術館の前身である愛知県文化会館美術館の所蔵作品による展覧会を開催したことにさかのぼります。以後、1989(平成2)年までほぼ毎年(1988年は開催せず)、愛知県美術館のコレクションをご紹介してきた経緯があり、今回は、実に20年ぶりの開催となりました。今回の展覧会には、木村定三コレクションなど最近の収集作品まで展示しておりますので、以前の展覧会のご記憶があるかたにも、新しい印象を持って愛知県美術館のコレクションをご覧いただくことができるでしょう。
さて、展覧会初日には、愛知県美術館長と豊橋市美術博物館長による記念対談が行われました。記念対談は、愛知県美術館長が、愛知県文化会館美術館時代に始まる作品収集の歴史を作品をご紹介しながらお話し、時折、豊橋市美術博物館長がご質問されるといった形式で進められました。愛知県美術館のコレクションが、理念をかかげ美術館を建設した桑原元知事の知見により始められたという話に、あらためてこれまで関わってきた方々の努力に感謝したいと思いました。
展覧会場では、今回の出品作家で、豊橋市在住の日本画家の高畑郁子さんの姿がありました。高畑さんは、記念対談の会場でも、最前列の席で、熱心にご聴講されていました。

↑講演会風景

↑ご自身の作品の前のお元気な高畑郁子さん
会場外には、子ども向けのコーナーを設置しています。キッズガイドやワークシートなどの鑑賞補助資料やぬり絵をご用意しています。実は、今回の展覧会にあたって作成した2種類のキッズガイドは、昨年12月から1月に数回わたって、豊橋市の教員の有志の方々にお集まりいただき、ご意見をいただいて作成したものです。教員の方々の現場での経験が活かされた内容で、クイズや質問形式に楽しんで読んでいただけることでしょう。お子様にはお手にとって、会場を回っていただければと思います。ご協力いただいた先生方どうも有難うございました。
↑キッズコーナー 出品作品のぬり絵もできます。

↑有志の教員による、キッズガイド作成ワーキンググループ
移動美術館では、これから様々なプログラムが開催されます。平日には、学校団体の児童・生徒に、愛知県美術館の学芸員が解説を行っていますが、一般の方にも7日(日)、14日(日)の午後2時から、愛知県美術館学芸員と豊橋市美術博物館学芸員の対談形式による、会場での解説会を開催します。こうした形式での初めての試みに、いまから担当学芸員は少し緊張気味です。
また、春休み期間中には、ロビーコンサート22日(月・祝)も開催します。音楽に関連した出品作品に合わせて、プロのチェロ奏者による演奏が行われます。小学生対象のワークショップ(20日(土)、25日(木))も予定されており、盛りだくさんです。詳細については、ウェブサイトやあるいは会場の豊橋市美術博物館に直接お問い合わせをしてご確認のうえ、ご参加ください。(電話0532-51-2882)
↑グッズ売れ行き好調 図録、絵葉書、ストラップなど
開会してすぐの週末2日間で来館者が1000人を超え、この一週間でも3200人余りの方の入場者となり、豊橋市民の皆さんの高い関心がうかがわれます。何度ご入場されても無料ですので、春めいてきた豊橋公園のお散歩の折にでも、是非ご来館ください。
(M.F.)
愛知県美術館のお宝は、なんといってもグスタフ・クリムトの《人生は戦いなり(黄金の騎士)》です。ということで、ウィーンに生まれてウィーンで活躍したクリムトにゆかりの地を何回かのシリーズに分けてご案内しましょう。
クリムトは父エルンストと母アンナの2番目の子供として1862年にウィーン郊外で生まれました。クリムト関係の本やカタログの年譜を見ると、生まれた所は「リンツァー通り247番地」と記されています。

↑かつての生家

↑生家にかつてつけられていたプレート
今でもこの通りや番地は存在するのか、存在するとしたら今どうなっているのかを確かめてきました。
まずはインターネットの地図検索で ”linzerstrasse 247 wien” と入力すると、あっという間に場所が特定できます。今でもその通りや番地が存在していることがパソコンで確認できました。最寄り駅は地下鉄のウンター・ザンクトファイトだということもわかります。市街地からはU4(地下鉄4号線)のヒュッテルドルフ方面行きに乗り、有名なシェーンブルン宮殿のあるシェーンブルン駅の次の駅になります。カールスプラッツ駅からは7番目です。ここまでわかればあとは実際に行ってみるだけです。

↑ウンター・ザンクトファイト駅
ウンター・ザンクトファイト駅を出たら左に向かいます。地下鉄と平行して流れる大きな側溝のような川を渡り、電車の高架を二つくぐり、少し行くとリンツァー通りと交差します。一昔前の写真を見るとリンツァー通りには路面電車が走っており、今でも路面電車が通る広い通りです。さて、交差点を左折して少し行くと、ありました! 予想していた通り、壁に生誕地を示すプレートが付いていました。

↑リンツァー通り、オレンジの建物がクリムト生誕の地

↑「リンツァー通り247番地」の表示と生誕地を示すプレート

↑プレートの中央にはGVSTAV KlIMTの名前が彫られ、下の部分には「ウィーン分離派の協同設立者の画家グスタフ・クリムトが1862年7月14日に生まれた家が此の地に建っていた」と記されています。
名前の文字も地の装飾もクリムトっぽいでしょ。単に活字を並べただけの素っ気ないかつてのプレートとは一味違いますね。クリムトの名前はサインをもとにしたもので、地の渦巻き模様や鳥のモチーフは〈ストックレー・フリーズ〉から採ったのでしょう。
生家は1968年に取り壊され、現在は別の建物が建っていますが、プレートがクリムトの生誕の地であることを示しています。しばらくあたりをうろうろしてみましたが、そこに暮らしている人たちはみな、このプレートを見ることもなく通り過ぎていきます。よほど物好きな人くらいしかここを訪れることはないのでしょう。
(HF)
*モノクロ画像出典:クリスティアン・M・ネベハイ『グスタフ・クリムト ドキュメンテーション』ウィーン、1969年。
皆さんにコレクションの魅力をお伝えしよう!と、昨年から始まったコレクション・トーク。
第4回は、現在展示されている西洋絵画から数点と写真についてお話しました。作品の背景や別の作品との関係も含め、個々の作品をできるだけ掘り下げられるようにご紹介しました。
西洋絵画については、普段はクリムトやピカソなどの陰に隠れて、あまり取り上げられることのないフランス人画家のラウル・デュフィ、アルベール・マルケ、ジャン・デュビュッフェの作品をご説明しました。デュフィとマルケはフォーヴィスムの画家仲間、デュフィとデュビュッフェは同じル・アーヴル出身です。
デュフィの1906年に描かれた《サン=タドレスの浜辺》。
彼はこの浜辺の眺めを何枚もの作品に描いています。それらの作品を見比べていると、ちょっとした発見が!当館の作品では浜辺沿いの道を2人の通行人が歩いています。が、よく見ると画面右下に黒い足が2本!!これは別の作品の傘をさした人物の表現と似ています。気に入らなかったのか、構図上の問題なのか、デュフィはこの人物を描いた後、上から塗りつぶしてしまったようです。

↑画面右下を見てください!

↑緑の絵具のしたから足がみえる!?

↑これはデュフィがサン=タドレスの眺めを描いた別の作品に登場する人物
上の消されてしまった人物の足と似てるような・・・
次に写真の展示室ですが、「芸術家たちの姿」と題し、アーヴィング・ペンによる芸術家のポートレート、アンディ・ウォーホルのセルフポートレート、制作する芸術家たちの姿をとらえた大辻清司と安斎重雄の写真が紹介されています。

↑アーヴィング・ペンの写真 右からフランシス・ベーコン、ピカソ、ヘンリー・ムーア、ジャスパー・ジョーンズの肖像
特にアーヴィング・ペンの肖像写真は、さすがファッション写真家!どの作家も非常にかっこよく、ダンディです。特にピカソの肖像は絶品で、口元は襟で、額は帽子で隠れ、右目は影になって見えず、左目だけが大きく見開かれています。鋭い眼光とその周囲に刻まれた深いしわは、天才画家の強い個性を、緊張感を持って伝えます。
またフランシス・ベーコンの肖像は、通常何もない無機質な背景にモデルを置いて撮影するペンには珍しく、背景の壁に何かが貼ってあります。ひとつはレンブラントの自画像が掲載された印刷物のようです。

↑ベーコンの参照資料に掲載されていたレンブラントの自画像
ベーコンは過去の巨匠たちの作品を自らの作品に引用して制作しました。そのため、このレンブラントの印刷物のように、絵の具で汚れたりしわくちゃになった資料が、彼のアトリエに山のようにありました。ペンの写真は、レンブラントとベーコンの自画像という2重構造になっています。
さらに、ベーコンがなくなった後、アトリエからペンが撮影した写真が発見されました。

↑ベーコンのアトリエから発見された写真
面白いことに、この写真は、レンブラントの印刷物のように、絵の具が飛び散りしわだらけになっていました。ペンの写真はもはや肖像写真ではなく、レンブラントの印刷物と同じ資料になってしまったわけです。そこには自画像というイメージではなく、資料という物質としての2重構造が示されているようです。
作品には制作過程があり、作家の意図があり・・・と、さまざまな情報が隠されています。鑑賞するだけでは分からない情報を、少しでも皆さんにお伝えし、作品や作家、美術にもっともっと関心を持っていただけるようにしたいと思います!
今回のコレクション・トークにご参加くださいました皆様、ありがとうございました!
(MRM)
企画展の陰に隠れがち(?)な所蔵作品展ですが、当館では「常設展」という言葉を避けて、企画展ごとに大幅な展示替をしています。今年度最後、第5期の見どころをご紹介します。
幸い「大ローマ展」のお客様は7割以上が所蔵品展もご覧です。入口でお迎えするのは、19世紀末のアカデミー系画家が古代ギリシアへの憧れを描いた作品。ギリシア・ローマ文化の光が近代にも輝いていることをお感じいただけるでしょう。

↑エドワード・ジョン・ポインター《世界の若かりし頃》1891年
展示室4「日本画―冬から春へ」
新年は日本画から。戦後から平成にいたる作品で、冬と春の風物を題材にしたものを集めています。雪景色から桜までの季節感とともに、作者や年代による日本画表現の変化をご覧いただきたいと思います。1978年作の山本丘人《幻雪》は、写生画のようでありながら雪景と満開の梅が両立し、さりげなく松竹も組み合わせています。
今回は展示室8の木村定三コレクションでも「京都の近代日本画壇」を特集。こちらは明治から昭和前半までの掛軸を主としています。

↑山本丘人《幻雪》
展示室5 20世紀の絵画
一番大きな展示室はコレクションを代表するクリムトやピカソから始まりますが、今回は特に抽象絵画をみる楽しさをお味わいいただきたく、20世紀後半からのスペースを広くとりました。絵具を盛上げた材質感や大きな色面の力が空間に広がっています。

↑展示室5後半部
昨年度に収蔵した現代日本の大型絵画3点を初披露。吉田作品の黒は黒鉛の粉末を手指でなすりつけて描いたもの。野田はキャンヴァスを2重に張り、黒っぽい形は画布を切って三角形に折り返しています。絵に近寄ってもご覧ください。

↑吉田克朗《触 “湖底”?13・14》(1992)と野田裕示《WORK-984》(1995)

↑中上清《無題》(2007)
遠山や雲の向こうから光が射してくるような幽玄な空間に、多くのお客様が足をお止めです。
展示室6 渡辺豪[白い話 黒い話]
あいちトリエンナーレのプレイベント「現代美術の発見」第6回の渡辺豪さんはコンピュータ・グラフィックによるアーティスト。恋愛感を話す女性の声に、唇や髪も白いCG女性の動画をつけた《emo》と、暗闇から浮かび上がる書棚の本の背表紙による作品が、不思議な世界へ誘います。

↑展示室6 渡辺豪[白い話 黒い話]
展示室7 「写真―芸術家たちの姿」
美術作家の顔って案外知られていないもの。右からフランシス・ベーコン、ピカソ、ヘンリー・ムーア、ジャスパー・ジョーンズです。『ヴォーグ』誌で有名だった写真家アーヴィング・ペンが撮った芸術家たちはかっこいいですね。日本の写真家安斎重男や大辻清司が1970年の第10回東京ビエンナーレなどを撮った写真も、あいちトリエンナーレへの期待を盛上げてくれます。
↑展示室7 「写真―芸術家たちの姿」
16日(土曜)11時から森美樹学芸員による所蔵作品展ギャラリー・トークがありますので、ぜひご参加を。
(TM)
11月26日(木)と28日(土)、「視覚に障害のある方へのプログラム」を開催しました。今年3月15日ブログのワイエス展鑑賞会とあわせてお読みいただきたいのですが、今回は所蔵作品展の鑑賞です。
現在の展示では、視覚障害をおもちの方に手で触れていただけるブロンズ彫刻が14点。特に展示室入口では若い女性(戸張孤雁の《をなご》)と壮年男性(中原悌二郎の《平櫛田中像》)、そしてベートーヴェン(ブールデル《両手のベートーヴェン》)という頭像を集めました。

↑戸張孤雁 《をなご(頭部)》 1910年

↑中原悌二郎 《平櫛田中像》 1919年

↑エミール・アントワーヌ・ブールデル 《両手のベートーヴェン》 1908年
モデルの顔立ちの差に加えて、卵型の粘土を柔らかく変形した戸張、土台となる骨格に土を付けていく中原、大きな四角い塊から刻み出したようなブールデルと、作り方による造形の違いが現れています。丹念に触れていくと、こめかみや頬骨の下のくぼみに自分の指がぴたりとはまり、作者の手跡を感じとることができます。

↑コルヴィッツ《恋人たち?》の鑑賞
顔で感覚をつかんだあとは、男女が溶け合うような複雑な彫刻に挑戦したり、絵画の鑑賞に進みました。

↑小出楢重《蔬菜静物》の鑑賞
今回の参加者は4回のべ27人で、うち初参加が5人。ガイドボランティアも4月におこなった養成講座で新人が増え、お一人に2名つく時も。付き添いのご家族やヘルパーも加わってかなりにぎやかでした。毎回思うのですが、一つひとつの作品についてこんなに語り合える鑑賞会もめったにありません。

↑川瀬巴水《馬込の月》と立体コピー
名古屋YWCAのボランティアに作っていただいた立体コピーの新作。試作で細かく表していた松の枝葉や右下の屋根藁は本番で単純化し、逆に省略していた、満月をよぎる薄い雲はこの版画の風情に重要だということで復活しました。
4回とも皆さん1時間半を休憩もなく鑑賞され、さらに後日個人的に来館された方もありました。ブログをお読みの方で、このプログラムを紹介したいお知り合いがおありでしたらご連絡ください。次回の開催時(まだ未定ですが)にご通知させていただきます。
(TM)
藤井達吉(1881?1964)という美術工芸家をご存じの方も少なくないと思いますが、念のため、まず簡単にご紹介します。彼は、明治14年に、現在の愛知県碧南市に生まれました。その制作活動は、日本画を中心とした絵画から、七宝、染色、漆工などの工芸分野まで実に幅広いものです。また、活動した時期も明治末から昭和までと長期に渡っていて、彼の芸術家としての全体像を把握することを難しくしています。(左図:藤井達吉肖像、大正6年)
彼は、明治の終わりから大正時代にかけて「フュウザン会」や「无型」といったなどの前衛的なグループに参加し、美術の新しい可能性を切り開こうとしていた気鋭の画家・彫刻家・工芸家たちと親しく交わりました。この時期、彼は、絵画の制作はもちろん、工芸の分野でもその近代化を掲げて個性的な作品を世に問うていきました。しかし、当時の工芸界はまだそのような個性的な制作への関心は薄かったようで、彼の制作と主張への賛同は思ったようには広がっていきませんでした。
彼は、やがてそのような活動から離れていき、昭和期の後半生には、郷里での後進の指導に重きを置くようになっていきました。瀬戸で若い陶芸家を指導し、また小原(豊田市)の和紙工芸を芸術的な創作活動へと導いたのが、他ならぬ藤井達吉だったのです。この時期になると彼の制作は文人的な性格が強まり、平安時代の継紙の技法を現代に蘇らせた「継色紙(つぎしきし)」の作品や、水墨による作品を数多く遺しました。
今、その藤井達吉の画家としての活動に焦点をあてた展覧会が、碧南市藤井達吉現代美術館で開催されています。これはなかなか見応えのある展覧会で、彼の制作の初期から晩年までの絵画制作が一望できるものです。愛知県美術館では、昭和30年に愛知県文化会館美術館として開館したときに、藤井本人から1,460点余りの作品や資料を寄贈していただいており、今回の展覧会にも10点を超える作品を出品しています。この展覧会には、そういった美術館所蔵の作品だけでなく、私自身、今回初めて見る個人蔵の作品も数多く出品されていて、さすが藤井研究の拠点美術館だけのことはあるという充実した内容です。藤井達吉ファンはもちろん、これまで彼のことをあまり知らなかった方にも必見の展覧会です。



美術館の近くには、文化財を所蔵するお寺など古い建物も多くある町並みや、地元の新鮮な魚介類を販売する魚屋さんなどもあり、散策気分で美術館界隈を楽しむこともできるお勧めスポットです。また、少し足を伸ばせば、農産物の直売の「あおいパーク」や、こちらは魚介類専門の「一色さかな広場」などもあり、見ることはもちろん、食べることでも楽しみ満載です。展覧会は1月11日(月、祝)まで、是非一度お出かけください。
(MUM)
画家としての藤井達吉
2009年11月3日(火・祝)-2010年1月11日(月・祝)
観覧時間:10:00-18:00
休館日:月曜日(ただし11月23日(月)・1月4日(月)は開館し11月24日(火))は休館)
年末年始は12月28日-1月1日休館。年始は1月2日より開館。
展覧会ウェブサイト:http://www.city.hekinan.aichi.jp/tatsukichimuseum/temporary/gakafujii.html
愛知県美術館は、国内外の近現代美術を中心に、質・量ともに充実したコレクションをもつことが自慢です。2009年3月現在で、7,400点近い作品を所蔵しており、毎年、その数を増やしています。今回は、こうした所蔵作品の収集の仕組みについてお話します。
作品を収蔵するやり方には、購入(お金を払って買う)と、寄贈(無償でいただく)があります。購入はもちろん、寄贈の場合でも、作品の管理自体にお金や人手がかかり、収蔵庫のスペースも限られるため、制限なく受けられるわけではありません。購入でも寄贈でも、美術館の収集方針にそった作品を選んで収蔵することになります。
愛知県美術館の収集方針は、次のとおりです。
・20世紀の優れた国内外の作品及び20世紀の美術動向を理解する上で役立つ作品
・現在を刻印するにふさわしい作品
・愛知県としての位置をふまえた特色あるコレクションを形成する作品
・上述の作品・作家を理解する上で役立つ資料
21世紀となった今では、20世紀美術はもちろん、「現在を刻印するにふさわしい作品」に力を入れて収集しています。また、3,285点の木村定三コレクションは、愛知県のコレクターである木村定三氏の旧蔵品をご寄贈いただいたもので、これにより美術館の所蔵作品にさらなる広がりが生まれています。作品の収集に当たっては、既に所蔵している作品との兼ね合いや、展示での活用のしやすさなども大事なポイントとなります。
学芸員は、日頃から、美術館で収蔵するにふさわしい作品の情報収集につとめています。毎年、それらを吟味・厳選して、その年に収集する作品の候補を決めます。収集候補作品については、学芸員が分担して、来歴や文献、市場価格などを調査し、愛知県美術館のコレクションの中に位置付けた調書を作成します。その上で、当館としてそれらを収蔵することが適当かどうかを、「収集委員会」を通じて外部の専門家の方々に審議していただく制度をとっています。
昨年度は、新たに25点の作品を収蔵しました。中でも、安井曽太郎《パンと肉》は、日本近代洋画の分野では久しぶりの収蔵です。フランス滞在中の1910年に制作された、安井の自信作です。12月20日(日)まで、所蔵作品展でご覧いただけます。

↑安井曽太郎《パンと肉》。これで、愛知県美術館にある安井の油彩画は3点になりました。

↑川瀬巴水の木版画のコレクション。一昨年度にご寄贈いただいたもので、こちらも12月20日までの所蔵作品展で展示中です。
(M.Ma)
ピエール・ボナールの《子供と猫》(1906年)という作品、ご存知でしょうか。当館のコレクションの1点、小作品ですが、少女と2匹の猫が描かれたかわいらしい作品です。
この作品が、フランスのラングドック地方にある山間の小さな集落、ロデヴという町の美術館の展覧会へ貸し出されました。

↑町の周囲を川が流れる
ボナールのナビ時代から晩年までの作品を70点ほど集めた「ボナール、日常のすぐれた観察者」という展覧会です。
この展覧会は10月29日で終了し、クーリエとしてこの美術館へ出かけました。クーリエとは、作品の搬送に付き添い、作品状態を確認するという仕事です。
ロデヴ美術館に着いて最初に驚いたのは、建物が非常に古い造りだということです。美術館として使用されている建物は、ルイ15世の司祭を務めたフルリー家の邸宅です。中央の庭を四角く取り囲むこの建物は16ー17世紀に建造されたものです。


展示室に入り、ボナールの作品と対面。

↑黄色い壁に掛けられて、普段とは少し違った表情
まだ学芸員になって間もない頃、作品の貸し出し業務を担当していたのですが、先輩から「作品を貸し出すときは、自分の子供をよその家族に預けるような気持ちで」といわれたことがあります。こうやって他の美術館で久しぶりに作品を見ると、普段以上に親しみ深く感じます。
感慨にひたるのもつかの間、早速クーリエの仕事に取りかかります。まずは展覧会の担当者の方と展示中の様子を聞きながら、作品の状態チェックをします。それが終わると、作品を運ぶための木箱に納めます。この木箱は今回の輸送のために特別に制作されたものです。的確な素材を用い、寸法も完璧で、安全面でもしっかりしたこの木箱に、ロデヴ美術館のスタッフは感心しきり、「素晴らしい!」と大絶賛でした!
↑本来はセキュリティー上お見せできない木箱の中身。今回は一部ご紹介。箱の中の銀色のシートは、水漏れ防止、断熱、気密性を保持する優れもの。
さて、今回のクーリエ業務、ここからが大変でした。
朝7時美術館から作品を搬出。そのため早起きしてホテルを出ようとしたら、なんとホテルの玄関が閉まって出られない!受付には人がいないし、美術館に電話しても誰も出ないし、ホテルの中をおろおろ行ったり来たり。ようやく7時になってホテルの従業員さんが出てきて、玄関を開けてもらい、美術館へダッシュ!搬出が終わるとすぐにトラックに乗り、パリへ向かいました。フランスを南北へほぼ横断し、なんと12時間にも及ぶ道のりでした。パリに着いたのは夜の9時、美術品輸送会社の倉庫に作品を搬入し、近くのホテルへ直行、翌朝は6時45分ホテル発という、なんともハードなスケジュール(涙)。再び作品を倉庫からトラックに乗せ、空港へ。ここで飛行機に乗せる荷物と一緒に作品が荷造りされるのに立ち会うのですが、作業が一向に始まらない!結局1時間半も待機状態でした。理由は、飛行機会社のスタッフたちが朝食に出かけていたとのこと…(またまた涙)。12時ごろ作品を飛行機に乗せて、ようやく一息。
翌日関西国際空港へ到着(本当は中部国際空港へ到着したかった…。出発のまさに5日前にパリ名古屋間直行便が閉鎖という不運…)、半日かけて名古屋へ移動。こうして、長い輸送にも耐え、作品は元気に美術館に戻りました。
このように、とんだハプニングにも遭遇してしまう大変なクーリエ業務ですが、よい事もあります。普段個人では行けないような美術館では、情報の少ない希少なコレクションを知ることができます。ロデヴ美術館には、パスキン、スーチン、キスリングなど特にエコール・ド・パリや、デュフィの作品がありました。また美術館との交流も生まれます。今回はロデヴ美術館館長でフォーヴィスムの専門家マイテ・ヴァレ=ブレッド氏と面識を得ることができました。今後、当館との協力関係にプラスになることと思います。
(MRM)
愛知県美術館では、企画展ごとにギャラリー・トークを行っていますが、所蔵作品展に関するギャラリー・トークも「コレクション・トーク」と題して今年度から始めています。
11月14日(土)に本年度の3回目として、今回の所蔵作品で特集展示をおこなっている『川瀬巴水の版画』を中心にお話ししました。
はじめに、展示室4で当館が誇るグスタフ・クリムトの《人生は戦いなり》を含めた20世紀の西洋絵画コレクションと当館の収集方針についてお話しし、次の展示室5では明治以降の日本の洋画家の多くがフランスに学んだことを黒田清輝、久米桂一郎や梅原龍三郎らを取り上げてお話ししました。実はここでのお話に黒田らが帰国後結成した白馬会の話を少ししました。それは、今回のお話の中心である川瀬巴水が日本画家の鏑木清方に入門する前に、白馬会葵橋洋画研究所で学んだ経歴のあることとつなげたかったからです。
当館の川瀬巴水のコレクションは2006年に小川潤三・郁子夫妻から寄贈されたもので、今回はその中から39点の作品をご紹介しています。
近年川瀬巴水らの新版画は注目度が高くなっています。浮世絵版画の伝統を引き継ぐ巴水の精緻な木版画は、多いもので40版も使って摺られています。その結果深い色合いの仕上げを堪能することができます。ぜひ会場へお出かけになってごらんください。
(ST)
愛知県美術館では、実に7,500点近いコレクションを所蔵しています。自慢の作品たちを、もっと皆さんに見ていただきたい、ということで、館外での公開も、企画展への貸出や移動美術館、愛知県陶磁資料館常設展での展示など、色々な試みを行っています。企画展への貸出はとても盛んで、昨年度は、海外・国内の約50の展覧会に、延べ300点を超える作品を貸し出しました。貸出によって、より多くの方に見ていただけるのはもちろん、展覧会ごとに違う切り口が示されることで、所蔵作品の新たな顔が見えてくるのも、貸出の大切な意義といえるでしょう。
最近では、コレクションの層の厚さを活かして、作品をたくさんまとめて貸し出す機会も増えています。6月まで平塚市美術館で行われていた「近代日本洋画の華?愛知県美術館所蔵品展?」(4月25日-6月21日)には、日本近代の洋画85点(!)を貸し出しました(5月7日のブログをご参照下さい)。
平塚での洋画に続き、この夏は、二つの展覧会で、愛知県美術館の日本画をまとめてご覧いただけます。下記の、碧南市藤井達吉現代美術館の展覧会に33点を貸し出し、岐阜県美術館の展覧会に24点を出品しています。後者の「岐阜・愛知・三重 三県立美術館協同企画」は、この地方の3県立美術館が協同し、3館の所蔵作品によって展覧会を構成する企画で、今年で4回目となります。写真は、岐阜県美術館への作品搬出作業の様子です。

1.点検して調書を作成します

2.裏側も点検します

3.掛軸の裏側は、巻きながら点検

4.1点ずつラベルを貼り、梱包中

5.梱包済の作品。運び出しを待ちます
搬出・搬入の際には、開催館と愛知県美術館の学芸員が、1点ずつ作品の状態を点検します。搬出の際には、輸送や展示の方法についても確認します。これだけまとまった数だと、作業も消耗戦になりますが(^^;)、無事展覧会がオープンした、お客様に好評だった、との開催館の学芸員さんのお話を聞けた時の感慨はひとしおです。平塚からの搬入、碧南・岐阜への搬出と、3週連続の大量搬出・搬入作業で、担当者が年齢を感じてしまったこの頃でした。
(M.Ma)
「愛知県美術館所蔵作品展 戦後の日本画」(7月7日-8月30日)碧南市藤井達吉現代美術館
「岐阜・愛知・三重 三県立美術館協同企画 No.4 時代を創った日本画家たち」(7月17日-8月30日)岐阜県美術館
美術館は多くの作品を収蔵しています。所蔵作品展で順次公開していますが、展示スペースや保存上の問題など色々な理由から、実際に目に触れる機会の無い作品も出てきます。そうした作品も含めて紹介するため、ウエブ上で作品を公開しています。著作権の問題などで画像の公開が難しいものもありますが、できるだけ多くの作品を公開できるよう計画的に取り組んでいます。
利用の仕方も含めコレクション検索の片鱗をご紹介します。
作品は、「キーワード」「作家」「地域」「時代」「主題」などの項目で検索できます。
今回は「キーワード」「作家」で作品を探す仕方をご紹介しましょう。
*「キーワード」検索
コレクション検索のページで、ページ上の「キーワード」ボタンをクリックしてください。
○ 全テキスト
○ 作品タイトル
○ 作家/制作名
などの項目がありますが、全テキストを選ぶと○に印が付きますので、右側の欄に、作家の名前、作品のタイトル、単語、年代など探したい言葉や数字を入力してみてください。
例えば「パリ」と入れて下の「作家検索」ボタンを押すと、「パリ」という言葉をデータに持つ関連作家が一覧表示されます。

同様に「作品検索」ボタンを押すと、今度は「パリ」に関連する作品が一覧表示されます。

それぞれ興味を持った作家・作品の情報を得ることができます。
*「作家検索」
次は「作家」ですが、上の「作家」ボタンを押すと「あいうえお」や「ABCD」のボタンの付いた画面になります。それぞれ「あ」なら「あ」で始まる作家が右側に表示されますので、興味ある作家を選んでください。また下段の「作家」欄に名前や苗字だけの入力でも検索できます。選択や入力後「作品検索」ボタンを押して探してみてください。(参考画面では「あ」から浅井忠を選んでいます。)

図 3作家検索・作家

他にも色々と工夫した検索方法もありますので、試に検索してみてください。
(HK)
皆さんは、愛知県美術館にお越しの際、屋外展示作品をご覧になる時間がおありですか。屋外展示ってどこ?と思われた方もいらっしゃると思います。当館の屋外展示作品の数は多くありませんが、3つのエリアに分かれて展示されています。

↑10階美術館の入口前のレストラン中庭である屋上庭園

↑10階入口前の屋外展示スペース

↑12階の屋外展示スペース
屋外で風雨にさらされることから、作品は材質が金属に限られた立体ですが、景観に合わせて作品が選択されています。普段は、ひっそりとした存在の作品たちですが、夏休みの子ども鑑賞会の時など、プログラムの中でちょっとした気晴らしに屋外に出た子どもたちには、大いに親しみある作品です。
この連休中には、これら屋外展示作品の中から主に1点の作品を鑑賞する、高校生向けのプログラムが開催されました。有志の高校の先生が企画し、数校の生徒を同時に対象とした鑑賞会「高校生のための美術鑑賞」で、これまでにも、愛知県美術館の所蔵作品展や企画展の鑑賞、また鑑賞を含むワークショップが開催されました。どのプログラムも先生方の発意による独自のもので、学芸員も企画途中でアドヴァイスしたり、作品に関するインフォメーションを提供したりと、協力して実施してきました。今回は、今井瑾郎氏の《大地》を鑑賞しましたが、愛知芸術文化センターの一角に設置され建物に調和したこの作品は、これまで団体鑑賞会ではあまり取り上げられてこなかったものです。
生徒たちは、初めに10階の所蔵作品展で、学芸員から主に彫刻作品についての解説を受けました。その後、屋外展示スペースに移動し、先生から作品を見るとはどういうことか、イメージするとはどういうことかという問いかけを受け、作品にまつわる話を聞いた後、各自で作品を鑑賞し、グループに分かれてディスカッションしました。

↑高校生の鑑賞授業風景
「上まで上ってみたい」「地球の頭がひょっこり出ているようにみえる」「作品に投げかけられている建物の影も作品の一部のように感じる」「この空間に置かれてはじめて完成したと感じる」などと屋外作品と展示環境のあり方を含めた、作品の本質に迫る意見が出され、高校生ならではの一歩踏みこんだ鑑賞会となりました。後日、各生徒は、作者の今井瑾郎氏に手紙を書き、また今井氏も返事を送ることになっていて、広がりのあるプログラムとなりました。この後、今井氏がどのような回答を高校生に寄せられるのかその後の展開も楽しみです。このように屋外作品も鑑賞者にいろいろな問いかけや広がりをもたらしてくれます。皆様も美術館にお越しの際は、是非ともこれら屋外作品にも注目していただければと思います。
なお最後に付け加えますと、これら作品は、ほこりや酸性雨の影響を免れません。季節の良い折をみて、美術館スタッフが水などを使って洗浄し、皆様に気持ちよくご鑑賞いただけるよう管理しています。
(M.F.)
愛知県美術館では、毎年、県内各地で「移動美術館」を開催しています。当館から離れた地域で、多くの方に鑑賞の機会を持っていただくため、平成6(1994)年から始めたものです。今回の開催地は、豊橋市です。先日、今年度初めての打ち合わせがあり、会場となる豊橋市美術博物館に行って参りました。連休の合間の平日でしたが、美術博物館前の広場には多数の遠足の小学生で賑わいをみせていて、美術館見学も予定されていました。

↑ 豊橋市美術博物館外観
さて、ご記憶にある方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、豊橋市美術博物館開館1周年記念(1980(昭和55)年)に、現在の愛知県美術館の前身である愛知県文化会館美術館の所蔵作品を、愛知県美術館所蔵「絵画名作展」としてご紹介しています。以後、1989(平成2)年までほぼ毎年計9回(1988年は開催せず)、豊橋市美術博物館で、愛知県美術館の所蔵作品による展覧会を開催しました。今年度の移動美術館は、それ以来22年ぶりに豊橋市を中心とする地域で愛知県美術館の所蔵作品を展示する機会となり、展示予定作品には、1992(平成4)年10月に愛知県美術館としてリニューアルオープンするにあたって収集した作品も含まれています。今年は、豊橋市美術博物館が開館して30年目の記念の年になります。そのため、豊橋市美術博物館のご協力を得て、通常の移動美術館よりも規模を拡大して開催します。現在、出品作品を最終調整しているところですが、展示内容は、近現代日本洋画、日本画、彫刻、海外作品、そして木村定三コレクションの作品も含めて約80点の予定です。愛知県にゆかりの作家もご覧いただく予定ですので、お近くの豊橋市地域の皆様はもちろんのこと、県内の皆様にも是非とも足をお運びいただきたいと思います。また、会期中には、ギャラリートークやコンサートなどの関連事業も企画中です。詳しい内容は、ウェブサイトのほか、今後作成されるチラシなどの広報物で皆様にお伝えしていきますので、どうぞ楽しみにお待ち下さい。
(MF)
会 期:平成22年2月20日(土)から3月28日(日)入場無料
4月25日(土)から、神奈川県の平塚市美術館http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-museで、当館のコレクションによる展覧会が開催されています(6月21日(日)まで)。
↑平塚市美術館
「近代日本洋画の華」と題して、明治の高橋由一や黒田清輝から1980年代までの作品70点と木村定三コレクションの熊谷守一15点、合計85点を出品しています。

↑展覧会ポスター 藤田嗣治《青衣の少女》1925年が使われています
開会前の20日(月)にまる一日かけて作品を点検・梱包、翌日トラックを送り出し、22日には展示作業に立ちあってきました。私の到着時には、担当学芸員の江口さんによる章構成の中で、ほぼ制作年順に作品が仮置きされたところ。草薙奈津子館長と館長代理の土方さんも加わり、4人で作品の配置を検討。

↑昭和戦前までの作品のあとにガラスケースを開いて棟方志功の版画掛軸《華狩頌》(1954年)を納め、戦後の章は抽象画から始めて、展示の流れに変化がつけられました。
当館の所蔵作品展でこれほど日本の洋画ばかりが並ぶ機会は少ないのですが、予想以上に壮観です。神奈川周辺の方、またはあちらへお出かけの方にはぜひご覧いただきたいと思います。今月9日(土)には当館の牧野館長による講演会もあります。
(TM)
モーリス・ルイス(1912-62年,アメリカ)は、キャンバスに色とりどりの絵具を浸み込ませて、色彩の美しい広がりを表現した画家です。愛知県美術館には、このルイスが1960-61年に取り組んだ「アンファールド」(「広げられた」)というシリーズに分類される《デルタ・ミュー》があります。高さ3 メートル弱、幅6 メートル弱の巨大な作品ですので、見覚えのある方も多いと思います。

▲モーリス・ルイス 《デルタ・ミュー》 1960-61年 愛知県美術館蔵 (2008年8月1日撮影)
実はこの作品、1996年に購入した時から、展示の上でちょっとした問題を抱えていました。まず、作品の四側面が板ですべてぴっちりと覆われていました。これは、作品を移動させる時などには、板の部分を持てば作品そのものに直接手を触れずにすむため、作品保護の観点からは良いことなのですが、別の観点からは一考を要する問題でした。というのは、赤や青や黄の色彩の流れはすべて側面部にも及んでいるのですが、その美しい側面の在りようがまったく見えない状態になっていたからです。

▲展示室の壁から取り外しているところ。巨大な作品だけに、大変な苦労です。
次に、四側面を覆う板には金色の装飾物が付けられていて、このため、画面はピカピカに縁取られていました。これが、この作品の持つ広々とした感覚を害してしまっているように、私などには感じられたのです。
そういった個人的な考えを同僚の保存担当学芸員に話した際、彼女は彼女で、《デルタ・ミュー》のストレッチャーの構造やキャンバスの張りに危惧を感じており、機会があればそれらを改善すべきだと考えていたことも判りました。
それで、アメリカのルイス研究の第一人者の方、ルイス作品を数多く手がけている国内の修復家の方などのご意見をお聞きしつつ、それらの問題点を館内で慎重に議論しました。それと前後して、川村記念美術館さんからこの作品の貸出し依頼をお受けしたので、それを機会として《デルタ・ミュー》に本格的に手術を施そうということになったのです。

▲川村記念美術館から帰ってきた《デルタ・ミュー》。大きすぎて、そのままでは当館の建物から運び出せなかったので、ロール状にしてお貸しし、同じくロール状で戻ってきました。
結局、ストレッチャーの裏面にループ状の帯を何箇所か取り付けて、作品を移動させる際にはそこを持てば良いようにすることで、四側面を覆っていた板(そして、それに伴って、画面を囲っていた金縁)をすべて取り外すことにしました。

▲作品を動かす時は、この輪っかをつかんで作品を持ちます。
その他にも、さまざまな改良を加えた特製ストレッチャーに取り替えたりしています。今まで以上に美しく生まれ変わった《デルタ・ミュー》がどんなふうになっているかは、ぜひ当館にお越しいただいて現物をご覧になってください。当分の間、所蔵作品展示室の方で展示されていますから。

▲新ストレッチャーに張り込む直前の《デルタ・ミュー》。ここで見えているのは、この絵の裏面です。絵具はすべてキャンバスに浸み込んでいるので、裏面にも色彩の美しい流れが現れています。
このたびのモーリス・ルイス《デルタ・ミュー》に対する処置については、なるべく早くに正式に文書にまとめて、同種のルイス作品を所蔵する他館にご参考にしていただけるようにしたいと思っています。(T.O.)
愛知県美術館には木村定三氏とその遺族から3000点をこえる収集品が寄贈されましたが、美術館ではこのコレクションを「木村定三コレクション」と名付け、各研究機関や専門家の方々のご協力を得て調査研究や整理、管理運営を進め、必要な保存処置と並行しながらその公開に努めています。展覧会や雑誌などでも紹介されることが多くなりましたので、皆さんの中にも各地の美術館の展覧会や各種の出版物で「木村定三コレクション」という言葉に触れたことのある方たちもおられると思います。
コレクションの寄贈以来、さまざまな調査研究、保存科学的調査研究、それらに基づく登録管理を進めてきましたが、そうした活動に伴って種々の資料が集められ、作成されて、その数も年々増えてきました。担当されている方たちの努力の賜物でしょうか、作品カード、写真フィルム・紙焼、状態記録、保存処置記録や各種写真、類似作品の資料や写真など、関連する資料は増え続け、キャビネットから溢れてしまうほどでした。
今度新しくキャビネットを追加して、これまで溢れていた資料を整理していくことになりました。追加に伴い担当の方たちのデスクの配置換えもしました。これまで整理してきたキャビネットの数は倍になりましたが、整理して行くとすぐにいっぱいになりそうです。

↑新しいキャビネットの搬入の様子

↑以前の資料保存

↑キャビネット搬入後。資料整理場所が増え、スッキリ!
さまざまな方たちの協力の下、今後も寄贈者の遺志に応え、美術館の活動をより広く行っていくためにも、木村定三コレクションの調査研究を進めていこうと思います。
(HK)
↑愛知県美術館の看板作品、グスタフ・クリムト《人生は戦いなり(黄金の騎士)》(1903年)
今年春、この作品を展覧会へ貸し出すため、イギリスのリヴァプールにある美術館まで作品と一緒にでかけました。(←これはクーリエという仕事です。この仕事については、9月21日のブログに詳しい説明があります)
クリムトに関する作品が世界中から集まり、展示作業には作品を貸し出す美術館の学芸員たちが立ち会いました。《人生は戦いなり》が開梱され、壁にかけられたとき、他の美術館の学芸員たちが作品の周りに自然と集まり、「ビューティフル!!」と称賛の声があがりました。自分のものじゃないけれど、なんだかとっても誇らしい気持ちになりました。
クリムトといえば、《接吻》のように女心をくすぐる、装飾模様に彩られた甘美な作風が一般的に知られているように思います。

↑《接吻》(1907-08年)、オーストリア美術館蔵
一方、《人生は戦いなり》に描かれているのは、金の甲冑を着けた「黄金の騎士」。クールでかっこいい印象です。この作品の制作にあたって、クリムトはアルブレヒト・デューラーの版画作品《騎士と死と悪魔》(1513年)を下敷きにしたと考えられています。
↑馬に乗った騎士は、彼を邪魔しようとする死神や悪魔を無視して歩みを進めています。
《人生は戦いなり》のなかで、騎士を邪魔する悪者はヘビ。

画面左下にいる金色のヘビが、黄金の騎士の行く手を阻んでいます。けれど、ヘビはまた楽園の象徴でもあります。そう、イヴにりんごを食べさせたヘビのことです。
小さな花々が咲く楽園を進む騎士。戦う騎士と幸せな楽園…ってなんだかミスマッチですが、この作品には、当時のウィーンの保守的な美術界に戦いを挑みながら表現の自由を探求し、後に《接吻》のような優美な世界の創造にいたるクリムトの歩みがしるされているのかもしれません。
この作品はほかにもまだまだ見どころ一杯!!作品の近くでよく目を凝らしてみると、馬の美しい毛並みの描写がよく分かります。
また隠し絵のように、木の幹には怪しげな男の姿が見えます。

↑男の顔がどこにあるか分かりますか?
こうやって実際の作品をよく観察すると、いろんな発見があります。
クリムトの作品を所蔵している美術館は、日本国内ではたった数館。そのうちの3館は豊田市美術館、飛騨高山美術館、当館となぜか東海地方に集中しています。この冬、クリムト巡礼の旅なんていかがでしょうか。
(MRM)
(当館と豊田市美術館は2009年3月までの所蔵作品展で展示予定です)
愛知県美術館の所蔵品展示のお話です。愛知県美術館では常設展という表現をしていません。それは展示されている作品が固定的ではなく、企画展の会期にあわせて、大幅な展示替えを行い、そのつど特集展示やテーマ展などもしているからです。ルーブル美術館のように、モナ・リザはこの展示室、といった固定的な展示ができる作品ばかりになればうれしいのですが、また、展示室の数もたくさんあればいいのですが、そういうわけにも行きません。作品保存の観点からも、日本画のように出しっぱなしにすることが難しい作品が多いのも、展示替えを必要とする理由のひとつでもあります。
さて、現在の展示(12月23日まで)ですが、所蔵作品展とはいいながら、愛知県美術館の所蔵品でない作品が、たくさん展示室に並んでいます。どうしてかって?それは、現在開館20周年を過ぎて改装工事をされている小牧のメナード美術館の作品を預かっており、そのなかからの選りすぐりを、愛知県美術館の所蔵品と一緒に展示しているからです。
以前にも、東京国立近代美術館が工事のときにその所蔵品を預かり、また三重県立美術館の工事のときも作品を預かって、愛知県美術館の所蔵品展示室で公開しました。作品を預かることになるのは、やはり愛知県美術館の日ごろの活動と収蔵設備の充実、他館との人的ネットワークが大きな要因でしょう。

今回も同じように普段ではなかなか見ることのできない、組み合わせで展示室を一段と豪華にしています。たとえば、愛知県美術館が誇るクリムトの《人生は戦いなり》の壁を隔てて隣には、メナード美術館の白眉、ジェームス・アンソールの《仮面の中の自画像》が見られますし、近代日本洋画の展示室では、中村彝の俊子像が3点(愛知県美術館の《少女裸像》、メナード美術館の《婦人蔵》、《少女像》)もそろい踏みをしていたり、小出楢重の典型的な静物(愛知県美術館蔵)と裸婦(メナード美術館蔵)が、あるいは、安井曽太郎の油の乗った時期の風景画(《承徳喇嘛廟》愛知県美術館蔵と《焼岳》メナード美術館蔵)が競演しています。

さらに、前室2には舟越桂の作品《肩で眠る月》(愛知県美術館蔵)と《長い休止符》(メナード美術館蔵)が静かな雰囲気を醸し出しています。

ロビーにあるのはメナード美術館の守護神?マリノ・マリーニの木彫の代表作《馬と騎手(街の守護神)》です。ちかくにある愛知県美術館のルイーズ・ニーヴェルソン《漂う天界》の黒とよい対照を成しています。
このように普段の見慣れた愛知県美術館の所蔵品が、比べて見られる作品が一緒にあることで、また別の側面を見出すことができる展示になっています。企画展のファイニンガー展とともにこの機会に是非、所蔵作品展も楽しんでください。
(ST)
メナード美術館 リニューアル・記念特別展
「島田鮎子―たおやかな色と形」
2009年4月25日―6月28日
11月20日から、移動美術館が始まりました。今年は武豊町のゆめたろうプラザ(武豊町民会館)で、今月30日まで、この連休中も開催しています(25日(火)は休館日なのでご注意を)。愛知県美術館から離れた地域で、多くの方に鑑賞の機会を持っていただくために、平成6(1994年)から始まったものです。県内各地、三河山間部や渥美半島等々でおこなってきましたが、知多半島には、記念すべき第一回に南知多町で開催して以来、実に15年ぶりに戻ってきました。
これまで、体育館や地域の美術館で開催してきましたが、今回の会場は、コンサートホールも使うという初めての試みで、安全にどうやって展示するかが最大のポイントとなりました。何度となく会場に足を運んで、武豊町の方のお知恵も拝借して、プランを練りました。また展示する作品も、ホールという性格に合った、舞台芸術に関連した作品も並べています。今回は照明も舞台照明を使用してとのことで、もっていった彫刻たちも、華やかな舞台照明にあてられて、ドラマチックに見えてきます。特に、ベートーヴェンの肖像は、本当はこういうコンサートホールに飾られたかったんだという声が聞こえてきそうで、その場の雰囲気ににぴったり合っているのです。
またもう一つの会場のギャラリーは、少々台形というスペースなのですが、グレーの壁に小品の絵画と彫刻たちが、しっくりとなじんでしまい、驚きました。展示室の外には、地元の学校の先生方の発案で、「あなたの選ぶベストワン」のコーナーがあります。武豊町民会館に飾りたい作品は?家で飾りたい作品は?を選ぶ人気投票です。このまま飾っておいてもいいような気がしてくるほど、作品たちがなじんでいるので、投票にまよってしまうかもしれませんが、ぜひ投票してみて下さい。また、先生がたが、展示作品の1点を使っての、子供向けのぬり絵も用意してくださり、子どもたちのぬり絵も会場をにぎわしています。こちらの作品もぜひ楽しみにご覧ください。


期間中はギャラリートークやワークショップなど盛りだくさんで、お近くの方はもちろん、なんども足を運んでみて下さい。おなじみのコンサートホールやギャラリーがいつもと違う顔をして待っています。
(MF)
企画展ごとに開催している学芸員のギャラリー・トークを、所蔵作品展でもスタートしました。これまでも特集展示のおりや学校などの団体様向けにはよくやっているのですが、ふだんの美術館にももっと親しんでいただきたいとの願いからです。第1回は11月14日(金)の夜間開館時におこないました。
開催日時について、美術館友の会会員の皆さんへはお知らせできましたが、一般の方々への告知はHPの「イベント」→「その他のイベント」内でしたので、ほとんどお集まりいただけないのではと・・・・。意外なことに(?)30人以上のお客様がおいでになり、感激とともに珍しくドキドキ。
今回はいくつか小道具を用意してみました。高橋由一の《不忍池》では私が上野で撮影した実景写真をご披露。無風状態の写真と比較すると、絵の上方では左から右に、下方では右から左に風を吹かせていることに気づかれます。
▲高橋由一 《不忍池》 油彩・画布、1880年頃

赤と緑の色の交響が美しい、小出楢重の《蔬菜静物》では、野菜や果物が黒塗りのテーブルに映った様子も見どころです。この作品図版の蔬菜本体に切り込みを入れて折り上げ、テーブルの縁や壁も折り曲げると、立体画像のできあがり。ミュージアム・ショップの絵葉書(70円)で作れますのでお試しあれ。
このほか、ファイニンガー展に関連させての特集〈キュビスムとその周辺〉の部屋では、「さまざまな方向から見た物の形を、一つの平面上に重ねて描く」ということを感覚としてご理解いただこうと、8つの立方体が重なる〈四次元立方体〉の模型を透明シートで作ってみました。
初回としては、お客様とご一緒に楽しい時間が過ごせたように思います。第2回は12月6日(土)午前10時30分からですが、担当学芸員がかわります。お話しする作品の選定や内容もガラリと変わるはずですので、そうした違いも含めてご来館の楽しみに加えていただければ、と思います。
(TM)
今、所蔵作品展の展示室8で特集展示「受け継がれる木村定三コレクション」を開催しています。これに関係する3つの催しが終わったところですが、その裏話をちょっぴりさせて頂きます。

いやあ、シンポジウムというのは、やっぱり難しい。これで2回目になりますが、今回もまた担当としましては不完全燃焼で終わってしまいました。でも皆様から伺うお言葉やアンケートには、熱心なご感想やら励ましの言葉が多く、普段はあまり紹介されない美術館の裏方活動というか基礎研究の部分に、こんなに興味を持っていらっしゃる方々が多いのだなあということを、今回もまたつくづく感じたのでした。
ただこの手のものをまともにやると、ただ「小難しい話」になってしまい、またどうしたって「地味」であることには間違いなく、それを少しでも「分かりやすく」「面白く」というのが、毎回、担当が苦しむところなのですが・・・。ああ、やっぱり、難しい。
前回のシンポジウムで何より残念だったのは、日本画の独特の技法、裏彩色(うらさいしき)や裏箔(うらはく)といった技法についてお伝えしきれなかったこと。もちろん講師の先生は、これ以上はないだろうという写真などをご準備下さいましたが、やはり写真では限界があり、またそれを見越して見本までもお持ち下さったのですが、それはそれで極わずかな方にしか見て頂けない・・・、そこを担当としましては、なんとかしたいという思いにかられたのでした。今回の特集展示ではサンプル資料を展示しました。日本の伝統的な顔料そのものの美しさや、それを絹の表と裏と両面から彩色した「透ける」色の重なり・・・その立体的な色彩の妙を、実際に見て頂きたいと思ったからです。その上で作品をご覧いただけると、また違った目で作品の美しさ、神秘さに触れて頂けるのではないでしょうか。サンプルを制作して下さっているところも、一部ですが撮影させて頂きました。またいずれ、そういうものも参考資料として展示に取り入れていこうと思っています。


さて、今回の展示で担当が一番ふんばったのは、作品とお客様の距離。これはいささか自慢したいことなのです。なんたって作品が展示ケースのガラスから10cmの距離にあるのですから!! 特に今回のシンポジウムのテーマにもなった阿弥陀三尊来迎図の衣類を表現している「きり金技法」は、虫眼鏡で見たって「凄い」の一言。この、とてもこの世の人の手によるものとは思えない精緻なるものを、展示ケースの奥の壁に展示したって、とても見ることはできません。だから担当はまず展示の仕様に精一杯の知恵を絞りました。でも・・・、それより何より語りたいのは、展示の前のガラス磨き。これだけ作品が近いと日頃はあまり気にならない程度のガラスの曇りも致命的です。だけどこれがこれが・・・!! 最初はもちろん普通にワイパー方式。だけど寄る年波か、段々と腕が上がらなくなってくるのです。だったら今度は両足開きのガニ股スクワットで!! それこそ髪を振り乱し、なりふりかまわず、執念の鬼婆の如く! ああ、こんな姿はとても亭主、子どもにも見せられないわあ・・・と思っていたら、ガラスの向うで先輩学芸員がニコニコ手を振っているではないか。「力、入ってるねえ」。「うー、なんのこれしき、主役は作品よお。学芸ではないのよお」なぞと訳のわからないことを口走りながら磨くこと1日半。腰は痛いし、時間は迫るし、でもやっぱり「最高の状態で見て頂きたい!!」。おかげで(??)、ちょっとどこの博物館でもやってない、迫力の展示になったと悦に入っていますが、いかがでしょうか? あっ・・・いえ、ガラスではなく作品を見てくださいね。

スライドトークの方も非常に盛会。竹上先生の「使える糊になるのに10年、1人でできる職人になるのが10年、だから弟子入りして最初の年に作った糊をもらって、暖簾(のれん)わけさせてもらう」という話には、会場からため息が。また豊橋市出身の加藤先生には「頑張って下さいね」と、逆に先生を励ますお客様もいらっしゃり、シンポジウムとはまた違う小規模の会ならではの良さを再認識致しました。
スライドトークはもう一度、11月29日に行われます。
(NN)
愛知県美術館では来週17日から「ライオネル・ファイニンガー」展が始まりますが、全国各地の美術館・博物館でも様々な展覧会が開催されています。そしてそんな各地の展覧会で愛知県美術館の所蔵作品をご覧いただくことができます。一部をご紹介します。芸術の秋、行楽の秋、おなかいっぱい幸せな秋になりますように。
愛知県美術館の所蔵作品をご覧いただける主な展覧会(作品名) *10月9日現在
・群馬県立近代美術館「山口薫?幻影のカンヴァス」展
(作品:山口薫《ボタン雪と騎手》)※10月28日まで 巡回あり
・川村記念美術館「モーリス・ルイス 秘密の色層」展
(作品:モーリス・ルイス《デルタ・ミュー》)※11月30日まで
・東京富士美術館「Happy Mother, Happy Children」展
(作品:ピエール・ボナール《子供と猫》)※12月14日まで
・平塚市美術館「近代日本画の巨匠 速水御舟?新たなる魅力」展
(作品:速水御舟《西郊小景》)※11月9日まで
・静岡県立美術館「十二の旅―感性と経験のイギリス美術―」展
(作品:ベン・ニコルソン《1933(スペインの絵葉書のあるコラージュ)》他)※10月26日まで 巡回あり
・小松市立宮本三郎美術館「家族の肖像」展
(作品:宮本三郎《家族》他)※11月24日まで
・碧南市藤井達吉現代美術館「碧南の空と大地の間展―まちを彩る彫刻たち―」
(作品:佐藤忠良《レイ》他)※12月7日まで
・大阪市立美術館「佐伯祐三展―パリで夭折した天才画家の道―」展
(作品:佐伯祐三《自画像》)※10月19日まで その後10月24日から高松市美術館へ巡回
・岡山県立美術館「五姓田のすべて?近代絵画の架け橋?」展
(作品:山本芳翠《月下の裸婦》)※11月9日まで
・木村定三コレクションにつきましては、木村定三コレクション:館外公開情報(http://www-art.aac.pref.aichi.jp/collection/kimura/kokai.html)をご覧ください。

各地の展覧会会場へ搬出する前には 必ず作品を点検します。細部まで状態を観察するために、ライトや虫眼鏡を使うこともあります。
(MI)
愛知県美の看板作品、グスタフ・クリムトの《人生は戦いなり(黄金の騎士)》は、5月から8月末日までイギリスのテート・リヴァプールで開かれた展覧会Gustav Klimt: Painting, Design and Modern Life in Vienna: 1900に出かけてお留守でした。

▲テート・リヴァプールの外観
海外の美術館などと作品を貸し借りする場合、所蔵館の人が輸送や展示作業などに立ち会うことがよくあり、その人たちをクーリエ(courier)といいます。このたび私がクリムトをお迎えに行ってきましたので、裏方の仕事としてちょっと詳しくご紹介します。
9月2日朝セントレアを発ち、飛行機と鉄道を乗り継いでリヴァプールに着いたのは22時半頃(日本時間3日6時半)。翌朝さっそく仕事です。ビートルズ誕生のこの市は世界遺産に登録された港町で、テートはドックにある古い煉瓦造りの倉庫を改造した美術館。展示室の壁の上にも煉瓦が見えます。《黄金の騎士》は黒く塗られた壁にカッコよく飾られていました。日本からもう1点の貸出者、豊田市美術館の学芸員K氏も点検・梱包作業中。

▲展示の様子
テートの保存担当者と一緒に絵と額縁を懐中電灯で照らしながら、貸出し時に作った調書と見比べて新しいキズや絵具のひびなどがないことを確認。壁からはずした作品を包み、輸送用のクレート(木箱)に収めます。箱の中は作品を衝撃や空輸時の温湿度変化から守るため、紙・ウレタンやスポンジのクッション・木製内蓋・発泡スチロール板・断熱防湿シート・摩擦防止シートなどで何重にもなっています。現地の習慣では、クレートも作品も立てたままで作業をするよう。なるほど、キャンバスがたるんでいる場合などは立てたままがよさそうですが、今回はクッションの中に作品をグイグイ押し込んだりしないよう、収納時には水平に寝かせてもらいました。

▲木箱に収納された《黄金の騎士》

▲収納完了!